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72話:二度目の決闘裁判

 決闘裁判の前日──ラグナは一人、寮を抜け出して外へと出ていた。

 ロムルス王国にやって来てからは……スカハサの事を知ってからは不思議とする事が無かった夜空に浮かぶ月を見上げる。夜風を浴びて物思いに耽り……静かに部屋へと戻る。

 考えていた事は山ほどある。忘れてしまっていた事も山ほどある。様々なものが頭や身体の中心で混ぜ合わさり、重たい何かとなってへばり付く。


(……どちらにせよ、全てがこれで終わるんだ。だが──コレで良いのかな? 師匠、俺は間違っていないのかな?)


 自分ではあくまでも最善を選んでいるつもりだ。

 だから後悔をしていないし、迷いが生じるはず無いと──ラグナは思っていた。だが、そんな自身とは裏腹に、ラグナの中には不安と迷いが生じている。それが心に現れたのは、アリステラに自分の決断を口にし、彼女が自分の前に立ちはだかると決意を表明された時からだ。

 男だ女だの関係ない。戦うという相手を侮ることも軽んじることもしない……だが、何故かラグナは彼女と戦う事に躊躇している。それが、自分の行動への自身に陰りを落とす。

 

(師匠、セタンタ、フェレグス、ジークフリード……俺は今、間違っているのか?)


 その弱音のような、或いは自分への問いの言葉に答えてくれる相手は居ない。

 正しいか、間違いか……そんなことはこの後の連中に決めさせればいいと豪語したラグナだが、それは自分の行動に対して、心からの決意と自信かあるからこそだ。しかし、アリステラに対して告げた自身の決断には、決意はあっても自信を持つことが出来なかったのだ。

 そして、ラグナは疲れてしまっていた……。自分では見つけられない回答に瞼を閉じる。言いようの無い感情の正体がわからないラグナは、痛みのような感覚を抱きつつ瞼を閉じる。


「…………」


 閉じていた瞼を開ける。ラグナが居たのは闘技場の控え部屋だった。

 一体いつの間に? そう考えてから、自分がうたた寝をしていたのかと思い出して瞼を擦る。

使い慣れた両刃の剣。

エルフが織った深緑のコート。

傷の後遺症によって万全ではない左腕を補うべく覆った鋼鉄の手甲。

食事と、睡眠をある程度とった──一度目とは違い、ラグナの状態は万全に近い状態まで回復していた。

だが、精神的な面では不安のような得体の知れない何かが覆っている。それがなぜかを考え、猫背の状態で目を擦った右手を見つめる。拳を開き、握りを二度三度繰り返した後に──それを振り払って顔を上げて立ち上がる。

誰にも迎えられる事は無く、誰にも疎まれる事は無く舞台へと姿を現す。一度目の時と同じく、ぐるりと周囲を見渡せば、やはり生徒達を中心に観客が居た。さらにグリストンを始めとした大人も居る。

そもそも、この戦いの内容自体が異例に異例を重ねた者であるというのは、ラグナにも自覚できた。

そして、そんな彼の目の前に対戦相手となる少女が姿を現す。


「…………ほお」


 これから戦うというのにアリステラの姿を目視したラグナは、思わず感嘆の息を溢した。

長い髪は後頭部にて一本に結い束ねており、とても新しい彼女の顔がある。

普段は、簡素ながらも青と白の彼女に良く似合う衣服アフタヌーンドレスだったが、目の前にいる彼女は動きやすさを重点に置いている。

 身軽さの代償に革鎧すら身に付けず、青いベストの下に白布のトップス──短い深紅のスカートの下には白いズボン(パンツ)を穿いて脛を守る為に革のロングブーツを履いている。青と白を基調としているのはアリステラのこだわりかもしれないと推測しつつ、彼女の腰に添えられた武器へと視線を向ける。

 何よりもラグナが注目したのは、彼女が腰に帯びている奇妙な得物である。鞘に収まっている時点から刃物である事は分かるが、刺突剣レイピアと呼ぶには、刀身の形がしっかり片刃である事が分かるし、細剣サーベルと呼ぶには、手を守る【護拳】がなく、何よりも柄の形には布によって生じた菱形の文様が目立つ。ならば己と同じ剣か? それも得物の反りが違和感を与えて己で納得することが出来ない。

 多くの武器をセタンタから見せられた事はあるが、あの形状は産まれて始めてみるものだった。

そんな食い入るように自身の得物を凝視してくるラグナの姿を、微笑ましく見つめるアリステラ──やがて、その視線に気付いたラグナは改めて彼女の顔を真っすぐ見返す。

改めて、アリステラという淑女は、麗人と呼ぶにふさわしい凛然とした佇まいをしていた。


 そして、彼女もまたラグナと同じく、迎えられず疎まれず──異物を見るかのような冷ややかな視線を浴びせられながら前へと歩み出た。

 それに答えるようにラグナもゆっくりと前へと歩み出し、始めと言われればすぐさまお互いの間合いになる距離まで両者は近づく。


「本当に出て来るとは思わなかった」


 顔を合わせて一言、ラグナは最初に口を開いた。呆れもなく、軽蔑もなく──何故来たんだ? そんな、小さくて静かな怒りが含まれた言葉だった。

 

出てきてほしくなかった。

彼女と闘いたくなかった。

 放っておいて欲しかった。

 自分自身、何故彼女との戦いをここまで拒むのかは分からなかったが、少なくとも彼女に刃を向けることは出来るだけ避けたいと思っていたのは確かだった。

 彼自身は、きっと戦う事が避けられないと理解したらそんな甘い考えを消し去ってしまうと自覚しているからこそ、そうなる前に避けたかった事だったのだ。


「まさか、あの場での言葉が冗談だと思われていたのですか?」


 それに対してアリステラは疑問をぶつける。涼やかな笑みの裏には先程迄無かった怒気が混じっている。ラグナは静かに首を横に振ってそれを否定した。


「いや、ただの単に──願い、みたいなものさ。だが、願いと言うのは総じて簡単には叶ってくれないものだ」

「……でも、私の願いは幾つか叶っていますよ?」

「こうなることがか?」

「はい。これもあります」

「それは──いや、良い」


 尋ねようとしてそれを止めるラグナ。アリステラの微笑みが、その追及を拒んでいるように感じられたからだ。聞いても答えが返ってこないことが分かるのならば、聞く意味は無意味である。

 そのまま、ラグナは次の話題を探してアリステラの得物へと視線を向ける。間近で見てわかるかもしれないと淡い期待を抱いていたラグナだったが結局、彼の記憶には該当する武器は存在しなかった。

 なので、ラグナは素直にアリステラに得物の話題を振った


「見た事ない武器だな……」

「刀を見るのは初めてですか?」

「カタナ…………そうか、これがそうなのか」


 思い出したようにラグナは過去の記憶を思い起こす。

あれはまだラグナが武術を教わって間もない頃──珍しく、セタンタとフェレグスの二人掛かりでの武器に関する系統や扱いに関する授業を受ける事なった時である。

 

ラグナが現在いる大陸【ケルデニア大陸】とは別に、海によって別たれた大陸にて生まれた剣に属する得物だ。

 曰く、剣よりも軽く、剣よりも鋭い──だが、その刀身の細さと薄さゆえに折れやすい玄人向けの武器だと聞かされている。

 最も、フェレグスでさえも海の先にて生じた異なる文明を調べつくすのには限界があった為、ラグナが実物を見るのは今回が初めてだった。故に、ラグナはアリステラの腰に添えられた刀と言う未知の武器を興味深く観察する。一通り観察してから、そんな得物を扱うアリステラへの認識を修正した。

 

「ところで、私から一つ提案がるのですがよろしいでしょうか?」

「提案?」


すると今度は、アリステラの方から言葉を発する。先程の二人だけに聞こえるような言葉ではなく、周囲聞きとれる声量でだ。



「はい。グリストン卿がいうには、決闘裁判では魔法の使用が禁止されている【ということになっている】ようなのです。ですが、私は魔法も力の一つと思っています」


 話題に持ち込まれたグリストンは前回と同じく顔を紅潮させる。しかし、喚いた所で既に彼には何の力もない。そしてアリステラはその怒りの視線を無視して言葉を続ける。


「ですから事前に、お互いに魔法の使用を事前に認め合うのはいかがでしょうか?」


 途端に周囲からざわめきが起こる。

 そして提案を受けたラグナは当たり前だが落ち着いて意図を考える。


「成る程、そうすれば、前回のような言い掛かりをつけられる心配は無くなるわけか」


 ちらりと視線を横へと向ければ、観客席にて何かを喚いているグリストンが見えた。何かというのは、本当にラグナ達の耳に届いていなかったからである。

 そして、現在も取るに足らない文句ばかりを垂れていてみっともないと思いながら、ラグナは、視線をアリステラへと戻す。


「無論。貴方が魔法を使う事に対しても私は何も言いませんし、この場に居る者達に何も言わせません」

「構わない……お互いに、枷を抜きにして戦おうというんだろ?」


 提案を受け入れるラグナ……彼女が何も考えていない筈がない。彼女を信頼できる人物と見ているからこそ、その提案を受け入れる。


「……なあ、一つ聞いていいか?」

「はい。なんでしょう?」

「先に言っておくが、侮辱とは捉えないでほしい……何で、お前は剣と魔法を学んだんだ?」


 それは素朴な疑問だった。これまでの会話などを振り返れば、ある意味ラグナの問いは当然だったかもしれない。彼女は令嬢で、ただの少女ではない。剣と魔法とは無縁の生き方をするのが当然であろう少女が何故、そこまで自らの鍛える道を選んだのか? 

ラグナは、少なくともアリステラと言う少女は自分とは真逆の位置に生まれ育った人物だと思っていた。だから、彼女が自分と勝負をすると言った時には素直に驚いたし困惑した。

 そして、今も自分や周りに臆することなく立っている少女の姿が、自分とは違う異質を生み出していることを察知して、そして不思議だった。


「昔、私は同い年の男の子に助けてもらったことがあります」


 ラグナの問いに対する答えは、昔話だった。


「その男の子は、私よりも強くて凄い人だった」

「……その男の子に憧れて、自分を鍛えるようになったのか?」

「それもあります……でも、何よりも──あの残酷な世界をみて、自分が無力な事が死ぬほど嫌になっただけです」

「……死ぬほど、嫌か」


 何もしないのが嫌なラグナは、悲しみと怒りを含んだその言葉に、自分と彼女は似た者同士なのかもしれないと共感した。

そして、ラグナはこれ以上の問答は不要であると判断した。

 

「……ならば、証明してみせろ」


 ゆっくりと、背中に挿した剣を握りしめると一気に抜き放つ。

 鞘の内側と刀身が擦れ合い音を立てる。

そして抜き放たれた剣を構えるのではなく、堂々と棒立ちの状態で相手を睨み見据える。

 それに応えるようにアリステラも腰の刀に手を添えると、そのままゆっくりと抜刀し、そして静かに構える。刀の柄をしっかりと握り絞め……しかし、余分な力を加えないかのように両の腕は真っ直ぐに下へと向いており、刀の切っ先は地面擦れ擦れを浮いている。

 アリステラはおもむろに瞼を閉じると、大きく息を吸い込みそして吐き出した。そして静かに開かれる彼女の蒼の双眸は、先程よりも強い意志と決意を秘めて輝いていた。


「貴方に全力を見せます」


 ハッキリと、ラグナへと向けられて放たれた言葉に答えるようにラグナの右手は剣の柄を強く握るのだった。


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