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63話:交流試合 その2

 ラグナは会場ではなくパーシーの顔へと向かい合う。

 溶岩のような赤く、熱く、禍々しい感情がラグナの全身を支配しようとする。それをパーシーに向けるのはお門違いだと、理性で押し殺してラグナは平静を装う。しかし、握り拳となるラグナの右手は爪が食い込み皮膚を破って血を流す。

 そんな彼の後ろで試合は始まるが、その喧騒は彼の耳に入ることは無い。 

 そんなラグナの圧を受けて尚、パーシーもまた平坦な態度で言葉を続ける。


「名ばかりへと成り下がった高貴な者達が、己等の立場を保つ為に催された……いや、穢された伝統とでも呼ぶべきだな。そんな下らない理由はあっても、意味は無い。外側を取り繕う為に作り上げられた茶番劇の出来上がりさ」


 かつては違ったと、パーシーは語る。だが、今広がるこの光景は貴族の権力誇示そのものであり、それは民を愛し、民の盾となり、民に愛され支えられるという本来ある貴族とかけ離れた行いであると、パーシーの冷淡な視線は訴える。

 ラグナは口を挟まない。無言でその言葉を聞く。そんな彼の後ろで三試合目が終わる。首だけを後ろに剥き振り返れば、引き分けと言う事になっている。

 だが、誰の目から見ても外傷は平民の代表の方が多く、貴族は衣服にかすり傷がある程度だ。引き分けと判定するには不自然すぎる光景だ。


「貴族の方が飽きたのだろう。負けたというのは外聞が悪いから、引き分けと言う事で両者が退場すると言う対応にしているのさ」

「…………つまり、あの騎士も貴族側という訳か」

「騎士は王と貴族に従う者だからね」


 睥睨。醜悪な生き物を見つめるように、ラグナは中央に立つ銀甲冑に侮蔑の視線を送る。銀──その色をあんな奴が纏う事は、ラグナには度し難い事だった。

 アンナは相変わらず言葉を発しない。ラグナを観て、時々試合の光景を横目で見て直ぐにラグナへと視線を戻す。


「きっと、始めの頃はそうではなかった筈だ。貴族は貴族として、大小さまざまだろうが誇りや矜持を抱いてそれにふさわしい在り方をしていた。それがいつからか錆付き、忘れられ、そして放っておかれた。誰も何もしなかった結果──ここまで墜ちてしまった」

「……ならば、何故平民達は黙っている?」

「平民が貴族に歯向かえば、それだけで罪となる。それは個人に留まらず家族にまで及ぶ……だから彼等は逆らわない。逆らえない。恐怖は人を縛り付ける。後は──」


 パーシーが言い終わる前にラグナはその場から立ち去ろうとする。しかし、それは当然呼び止められる。


「何処に行く気だい?」

「……お前には関係がない事だ」


 柄にも無く、ラグナは冷たい言葉をぶつけた。それは真実であると同時に嘘でもある。

 真実としては、これからラグナがすることは二人には一切、与り知らぬ事だということ。嘘としては、自分がこれからする事に二人を巻き込みたくないということ。

 だが、パーシーにはラグナが何をするかがわかった。


「無駄だ。それで何かが変わるのなら、誰かがやっていただろうさ」

「…………」

「それとさっきの続きを話そうか。この破綻した身分社会でも、何故民達の不満が爆発しないのか? 答えは単純さ。このままでもいいと思っているからさ」

「……なんだと?」


 ラグナは振り返り問い詰める。

 パーシーの目は呆れと哀しさという憂いを瞳の奥底に宿しながら、それでも冷ややかに答えた。


「大半の民にとっては、誰が上に立とうと正直、どうでも良いのさ……自分達に被害さえ与えなければ、誰が王になろうと、誰が貴族として上に立とうとも、自分達の生活を脅かさなければそれでいい。より良くなるのならば尚、良いとは思っても……現状でも彼等の大半以上が平穏に過ごせる。この学院内もそうさ。彼等が傷付いても、自分達は特に被害は無い。それで満足なんだよ」


 ラグナは何も言わない。言葉を無くした訳でも無いし、言葉を発する事が出来ないわけでも無いし、言葉が見つからないわけでも無い。

 ラグナは、酷くその通りなのだろうなと思った。それは、自分が良く知っている事だ。この学院に来る前に、ラグナは何人かを救った。だが、それで人々が何か変わったかと見れば、何も変わってはいない。一人を救っても、一人を変えても、全ては変わらない。

 知っている。分かっている。理解している。

 自分の行動はこの世界の中にある、小さな王都の中であってさえ、小さな些事なのだということを──。


(嗚呼。知っているさ……俺の行いは多くの人からすれば、余計な事なんだってことくらい)


 自覚はしている。

 

(だが──)


 それでもラグナの心はそれを見て見ぬフリをすることを許せなかった。

 己を貫けと、送り出してくれた恩師が居る。

 その言葉に背き、己の心に嘘を吐いて、己の身体を抑え付けるのは嫌だ。

 己の生きる矜持と戦う術を叩き込んでくれた恩師が居る。

 いつだって余裕綽々だったが、それでも真正面から常にぶつかりあってくれた。競うとはそういうことであり、あんなどちらかが相手を一方的に嬲るものを認めることなど出来ない。


「……」


 ラグナは再び歩を進める。


「ラグナ、君は利口な人間だ。自分の行動が何を意味するかくらい分かるだろ?」

「ああ。分かっているさ」


 パーシーが止めようとするのも理解している。アンナは相変わらずラグナを観つめている。そこには意識はあっても意志は無い。パーシーの言っている言葉も分かるし、アンナが何故何も言わずに己を観察するのかも、ラグナはもう分かっている。


「だが、俺はもう決めた」


 正しいか、間違いか。そんな事でラグナは選ばない。

 自分がそれを許すか? 許せないか?

 使命感がある。あれを認めるなと、知性が訴える。

 義憤がある。あれを許すなと、心が叫ぶ。

 誇りがある。あれを壊せと体が燃える

 それだけで、彼には十分なのだ。

 二人に振り替えらず、そう言ったラグナの脳裏に浮かぶ二人の目標が笑う。ラグナもまた、それに応えるように口の端は僅かに持ち上げた。そして、すぐに唇を引き締めるとラグナは再び前へと進む。振り返ることは無い。

 

「───そうか……なら、見せてくれよ。君が何処まで変えてくれるのかをさ」


 パーシーは、もうラグナを止める事を諦めた。否、元より止める事は出来ないだろうと思っていた。そして、自分の予想通り止まる事の無い背中へと期待を込めて彼を見送った。

 そして隣を見る。そこに居たアンナはいつの間にか姿を消していた。


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