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61話:北方の公子パーシヴァル

 ラグナとアリステラが話をしているほぼ同時刻──。

 学院の建物から離れた敷地の一角でパーシーはとある人物と向かい合っていた。

 自分とよく似た出で立ちの貴族の少年とその婚約者の少女。

 少年はパーシヴァル・フォン・ルフト・ベルン。

 少女はセルヴェリア・フォン・イーニス・グリンブル。

 北方ベルン公国を束ねるベルン家の嫡男と、西方グリンブルを束ねるグリンブル家の次女という、本来ならば平民が顔を合わせることなど無いだろう人物が何故、パーシーと向かい合っているのか?


 否、彼らは周囲に対してそう周知させてきたに過ぎない。実際には違う──。

 平民生のパーシーと言う名の少年。彼こそが真の【パーシヴァル・フォン・ルフト・ベルン】なのだからだ。そして本物の彼の前に居て、貴族としてのパーシヴァルを演じるのは影武者である従者である真の名は【ラモラック】と言う。

 無論、この事実はこの場に居る当事者達と婚約者という立場を重んじて事前にパーシヴァルの口から真実を告げられていたセルヴェリアの三人だけである。


「そっちは変わりないようだね。ラモラック」

「そちらも息災のようで何よりです。パーシヴァル様」


 平民生として遜色のない衣服に身を包んだパーシヴァルに対して貴族という身分にふさわしい整った衣服に身を包んだラモラックが礼を取る。第三者──いや、この場に既に三人居るので、第四者に目撃されれば、それは異様な光景だ。

 主従として深々と頭を下げるラモラックだが、パーシヴァルは苦笑いする。


「止せ。幼い頃の付き合いだ。僕らの間にそんな畏まったものなど不要だよ」

「……分かったよ。そっちは変わり無いようで安心したよ」


 そんなパーシヴァルの言葉を受けて一転した態度をとりながらラモラックは顔を上げる。セルヴェリアは思わず溜め息を吐いた。貴賓を重んじるパーシヴァルだが、ラモラックは自由を重んじる。

 容姿こそ運命の悪戯のように瓜二つの両者だが、その性格は全く違う。

 それでも、自分達にとって大事な事がある故に、彼を信頼して本来の立場を一時的に入れ替えた。

 そして婚約者に協力を頼み、彼女に負担を掛けている事には申し訳なさがあった。


「セルヴェリア。君にも苦労を掛けているようで申し訳ない」

「いいえ。王家と王国、四公と公家の行く末を思えばこの程度の苦など大したものではありません。ましてや、夫となる者を支えるのは妻となる者としての勤めです」

「……すまないな」


 パーシヴァルはそういって笑うが、心中は複雑だった。

 貴族──狡知や陰謀、思惑や権益、地位と権力など様々な欲望が犇く世界は、同じ貴族であるパーシヴァル達から見てもドロドロとした嫌悪を抱くものだ。そして、それは未だ十を過ぎて間もない彼らにも着いてまわる。

 ましてや、長い治世と王国貴族を中心にした腐敗の影響で深まった国の溝──二人はその中に居て、パーシヴァル自身は離れた位置にいる状態だ。渦中の二人は些末な悪意に晒されているだろうのだろうと思えば、罪悪感はある。

 それでも、目の前にいるラモラックとセルヴェリアはそんな事に苦言も漏らすことは無い。


(奔騰気質の自分には、勿体ないな)


 そう自嘲して、次いで頭を切り替えて本題を持ち出す。


「それで、件の事は分かったのか?」

「はい。まあ、パーシヴァル様の予想通りですけどね」


 肩を竦めながらそう言って手渡される小さな紙を受け取るとパーシヴァルは直ぐそれに目を通す。

 少し険しくなり、通し終えると溜め息を吐く。



「グリストンに、バエザルト──例年通り王国の武門筋ばかりだな」


 パーシヴァルが受け取った紙に書かれていた内容。それは、今月の末に行われる貴族と平民の生徒代表による交流試合における、貴族側の代表の候補者たちだ。

 どの名も王国内では武断派として名を馳せていた名門ばかり──だった。


「ええ。とは言っても、もうあいつ等は剣もまともに振るえないくらい堕落していますけどね」


 近くで見ていただろうラモラックは失笑混じりにそう告げる。パーシヴァルもセルヴェリアもそれを咎めることは無く、事実として受け止めていた。


「四方を大公に守られ外敵は無く、国内にある魔物の生息域も冒険者ギルドや農村の自警団達に対応されているのが原因ですかね」


 ロムルス王国の建国より成り立っている中央の王国の統治と四公による公国の護りは何重にも敷かれた中心であるロムルス王家の統治社会を万全なものにしていた。

 そして密書に記されていた貴族の家名も、かつて魔物や神聖皇国などの諸外国によって内外に脅威を抱えていた頃は、王家と民草の守護者勇名を馳せていた。

 しかし、長い歳月を経て王国に長い治世が敷かれると剣は振るわれることを失われていた。そして、王国の貴族の生活源は民からの税からなる国からの財──何もしなくても降ってくる金は、彼らを堕落させるのには十分だった。


「名剣も、手入れを怠れば鈍らに成り下がる──良い例だな」


 無論、争いの無い平和な世こそが人々の望む者だろうが、同時に悦楽のみを得た者がそこから抜け出すのはほぼ不可能に近い贅沢に、外敵の居ない安穏とした中央での生活は、かつては王家と共に立ち上がった武名を馳せた名家の多くを最早、武名とは名ばかりの貴族へと成り下げてしまった。

 彼らは実力で代表になったのではない。その家は名将の血筋だから──そんな理由だ。

 ならば何故、代表は王国貴族だけなのか? 理由は簡単だ。王国は公国を見下している。栄えある武闘の代表は自分達にこそふさわしいと圧力を掛けて彼らを蹴落としているのだ。立場ならば王とほぼ同等の力を持つが、国としての権力ならば王国のほうが未だに強い。

 そして、こんな杜撰な選定は今回だけではない。その前も、その前も、さらにその前も、ただ王国内の武の象徴の家柄というだけで、彼らに決められてきたのだ。


(咎める者も、正そうとするも袖にされ続けて来た結果の一つか……)


 無論、正そうとする者はいただろうが無意味に終わっている。長らく放置していたというのもあるだろう。しかし一番の問題は、やはり貴族間の仲だろう。王家はそうでなくとも、王の側近である貴族達は公国を見下す。そのせいで仲は悪い。その一方で、外敵からの盾として機能している公国の恩恵にありついているのだから、盗人猛々しいとも言える。

 冷えきったのだと理解するパーシヴァルは、半ば鎖国状態として本当に必要最低限の交易しか行っていない南のニルズ公国の現状はいっそ清々しいとも思えた。


(そういえば、ニルズ公国と取引をしている商会が王都に会ったな。確か名前は──ウェールズ商会、だったか)


 ふと思い出すように頭に現れた一つの名前──それは何故か引っかかりをパーシヴァルは感じた。だが、今はあまり関係ない事だと、隅に追いやる。


「そして、代表候補には……やはり、殿下がいるか」

「ええまあ……とは言っても、剣を振るう出番なんてないでしょうけど」


 その名を聞きパーシヴァルは小さく溜め息を吐く。

 ユリウス・フォン。ユーグ・ロムルス。次期国王の嫡子にてこの国唯一の王太子。現ロムルス王の一人息子でもある。自分達の代に忠誠を誓うだろう相手だが、その人物を思えばパーシヴァルの着いた溜め息は小さいものだが、重たいものを纏っている。


「長い時間を経てようやく恵まれた跡継ぎは、随分と甘やかされて育てられたようだな。王も人の子……と言う事かな」

「王国貴族は胡麻擦りの為の甘言。それに対して俺達の言葉は国の事を考えての苦言。どっちが聞いてて気持ち良いかなんて、考えるまでも無いだろうな」

「姉上も心を痛めているようです」


 姉のことを想うセルヴェリアの言葉は苦しげだった。

 王太子ユリウスとセルヴェリアの姉であるアナスタシアの婚姻関係だが、彼女曰く二人の間の進展はあまり進んでいないらしい。この婚姻話も亀裂の走っている現状を憂いた亡き先王が、国の関係を修復・補強するために遺した言だった。本人達の意志は関係ないし、そもそも貴族同士の婚姻で私情が混じる方が稀有だ。

 それでも国の次期トップと三華と謳われる美貌と器量を備えた美女の婚姻など誰もがうらやむだろう光景だろう。


「それでも、殿下の寵愛を目的に集う者は大勢居ます」

「選り取り見取りで、殿下は鼻の下伸ばしてますよ……」

「それは…………凄いな」


 二人曰く王太子は、そんな婚約者を他所に近づいてくる側室狙いの女達にうつつを抜かしていると言うのだ。正妻は決まっていてもその次、さらにその次の座は空白。そこを狙ってこの歳で女達の戦いは始まっている。


(アナスタシア様は花のような人だが、内側の芯は強い人だからな)


 セルヴェリアとの婚約者であるパーシヴァルから見れば、アナスタシアは義理の姉に当たる彼女とは当然、面識もある。

 ふんわりとした穏やかな淑女だ。セルヴェリアと同じ栗色の長髪は彼女の性格を表すように柔らかい。そして女性的な体付きは数多の男の視線を釘付けにし、おっとりとした優しい物腰は、不思議と彼女に甘えたいと思わせるものがあった。


(殿下からすれば生殺し状態、なのだろうな)


 それだけの圧倒的な美貌を纏った女性を妻として迎える。つまみ食いくらいはしたいだろう。

──と、男だからある程度の理解を示せてしまうと思ったパーシヴァルだが、そんな事を口にすれば目の前の婚約者を怒らせることは分かっているので黙っておく。

 とにかく、彼女もまた貴族の娘だ。その点の高潔と純血も兼ね備えている。正式な式を挙げるまで彼女は、自らの貞操を守り続ける事を決意している。それが例え未来の夫であろう男に対してもだ。

 だから、王太子ユリウスは、それほどの美女を将来、傍に迎える事を約束されながら他の女にふらふらと近寄るのだ。

 なぜなら、触れさせてくれない花よりも、触れられる花を愛でるのは男として当然の事だ──と、本人が思っているからだろう。

 しかし、それは浅慮な行動だ。


「殿下はまんまと泥のような貴族社会の悦楽に浸ってしまったわけか……」


 パーシヴァルの言葉にセルヴェリアは憂い、ラモラックは皮肉を込めて肩を竦める。

 何と言ってもこの国の次の頂点に立つ存在が近くにいるのだ。近づいて気に入られればそれだけである程度の権力がついてくるのなら、子も、その親も喜んで近づくだろう。

 そして、国の歴史を振り返れば、正妻よりも側室や妾を寵愛した事で国に要らぬ混乱を招いた事例は、内外に数多く存在する。


「ニルズ公の懸念は的中したわけだ……」


 王国と公国の関係修復・補強を目的とした現国王の方針として、四大公と王太子を学院にて共に置き、さらに婚姻関係を結ぶという考えは、決して悪いものではなかった。だが、現状の貴族達と言うのは権力に対して貪欲だと言う事を王は見抜けていなかった。

 『餓えた野獣に釣り糸でもない糸に括りつけた肉を下ろしてどうする?』──顔を出さず、ただ文の一通にて苦言したニルズ公の言葉だ。

 言わずもがな、肉と言うのは四公や王太子のこと。餓えた野獣と言うのは王国の貴族達のことである。

 その説得も、半ば鎖国同然に国境線を厳重にして国内から出てこないニルズ公だからと一蹴されてしまったのは、パーシヴァル達も父母から知らされている。

 『関わる相手を見誤るな』──そういわれたことを思い出し、何故か一癖ある同居人の顔を思い浮かんでしまいパーシヴァルは苦笑いする。


「二人も苦労をしているだろう」

「基本的に王国の子息は此方を見下して見てきますから」

「……それを改善する為という魂胆も、当事者がその調子では難しいな」

「けど、そんな連中に囲まれた殿下は、ねえ……」


 少なくとも、こんな事がグリンブル本国で知られれば当主の怒りは凄まじいものになるだろう。何と言っても溺愛する娘を嫁にくれと言われて差し出すのに、それを蔑ろにされているのだ。怒らない訳がない。

 ましてやグリンブル公国はロムルス王国をエイルヘリア神聖皇国から護る盾だ。放棄する事など出来ない。

 直接、諫言を言った所で周囲を固める連中のおかげでそれが意味を成してくれるかも分からない。


「悔しいな。知ったところで、今の僕らには力が足りない」

「でしたら、今からでも交代しますか?」


 そう提案するラモラックだが、パーシヴァルは首を横に振る。

 そして、次に浮かべたのは冷笑だった。


「いや、良いさ。それに元々、期待などしていなかったからな……」


 これまでとは一転して、冷酷ともいえる言葉を吐き出す。しかし、二人はそれを咎める事は無い。元々、国王の思惑に乗った形だが、パーシヴァルは──否、ベルン家はベルン家で思惑が合ってこの話に乗っているに過ぎないのだ。

 ベルン家の目的は、王都に建てられている冒険者ギルドの本部をベルン国内へと移させること、並びにこの学院にて行われている冒険者養成機関の権限を引き抜く事だ。

 ベルン公国は魔境に隣接する国であり、その開拓者として冒険者を国で雇っている事が多い。しかし、新人冒険者の質の悪化に伴い事情を調べた結果、学院にまで伸びた貴族の腐敗の影響だと判明した。このままではベルンの開拓事業に支障を来たすと判断したベルン家は、国王の言に従いパーシヴァルとラモラックを学院に入れてその水面下にて冒険者ギルド本部に接触した。

 ベルンの当主は自身の息子の手腕には絶対の信頼を抱いている。そして行動を悟られない為に、国からの接触は敢えてせずにパーシヴァル達に依存していた。


 冷酷な話だが、彼等もまた貴族なのだ。ましてや国一つを持つ身でもある。

 始祖である初代ロムルス王より、大公の位と飛躍と栄達を意味する神鷲フレスベルグの家紋と家名を与えられたベルン家に王家への執着など微塵も無かった。


「歴史を見れば、栄光と衰退は一体だ。王国にもその時が来たというだけ……」


 パーシヴァルも、本音を言えば王国がどうなろうと、知った事かと思っている。滅びるのはその国の政を担う者達がその役割を怠ったに過ぎないと切り捨てていた。彼が愛するのは産まれたベルンと、その領民と領地の安寧と繁栄だけだ。

 むしろ、それこそが一つの国の頂にて政を行う家に生まれた男としての姿である。とは言え、彼が目の前のセルヴェリアの事を心から大事に思っているのは事実だし、その姉の幸福を望むのも本心だ。


「交渉はどうなんですか?」

「正直、あまりうまくは進んでいないよ……ギルドの本部の中には貴族から賄賂を貰って地位を得ている者が何人もいるからね、まずはそこの膿を取り除かないとな」

「……では、自分と交代しますか? ベルン家の嫡男として堂々と顔を出せば、連中も動くかもしれませんよ」

「そうしたいが……もう少しこのままで居るよ。同居人がとても聡い人でね。恐らくバレてしまうのかもしれない」

「……平民なのでしょう? 問題にはならないと思いますが?」


 最もな意見を口にするラモラックだが、その言葉に対してパーシヴァルは静かに笑いを返した。


「どうしても、その人物が気になってね」


その言った表情は、これまでとは違い清々しく、楽し気なものを纏っていた。ラモラックもセルヴェリアも、そんな彼の顔を見るのは随分と昔の事だった。

 

「或いは、彼なら──変えてくれるのかもな」


 そして、見惚れる二人の耳に入ることは無く、晴天を覆い始める雲の中に消えて行った。

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