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56話:実技鍛錬

 『加減はするが、手抜きはしない』

 いつかセタンタがラグナに向けて放った言葉だ。

 始めてその言葉を聞いたラグナには、その言葉の意味を理解するのは出来なかったが、今のラグナにはそれを少しは分かる事が出来た。


「……」


 実技訓練において、教師側を手伝うラグナの役割は至って単純だ。

 三人一組で生徒の相手をする事である。

 怪我の防止として鉄製ではなく木製の武器と皮製の防具を扱う事が義務付けられているが、ラグナはせめてもの加減として、普段扱う剣を封じて格闘術を駆使している。

 それでも尚、他者を圧倒するのはラグナの技能が圧倒的だということの裏づけだ。

 元々、ラグナがセタンタから一番初めに会得したのは、剣術でも槍術でもなく、体術だった。それを軸にして付け加えられたのが得物を使った|であり、それを排したラグナが次に発揮するのは、純粋な身体能力だ。


「ッッ!」


 前蹴りを盾で受け止めるパーシーだが、その勢いに押されて後退る。間髪居れず追撃に入ろうとすれば、ラグナの側面からアンナがフォローに入ろうと迫る。


 ラグナは標的を変える。

 本来、アンナの得物は一対の短剣だが、あくまでも訓練としてそれらは封じられている。彼女もまた、同様に純粋な体術を駆使して攻撃を繰り出す。

 そして、それにラグナも応戦する。


「……ッ!」


 攻防の間に、パーシーは体制を整えてタイミングを窺い、さらにその後ろでは、マリーが魔法の詠唱を唱えている。

 冒険者が相手をするのは基本、人外──魔物である。人一人では対処の困難な生き物に対して、いかに人間が闘うかとすれば、それはやはり連携だろう。

 その点を鑑みて、パーシー達の役割は非常に優れているとラグナは評価している。

 パーシーが先陣を切り、アンナが隙を埋める形でフォローに入る。そして、その後ろにいるマリーが魔法を唱えて三人の中で攻撃役を担う。

 防御と牽制、攻撃を分担したバランスの良い組み合わせだ。


「火種よ、敵を穿てッ──」


 詠唱を完成させたマリーから火の魔法【火球】が襲い掛かる。訓練の為、扱われる魔法は初歩のものだが、それでも威力としては十分だ。

 詠唱を聞いていたアンナも攻撃を止めて後ろへと跳び下がる。


「──ッ!!!」


 大きく息を吸い、大きく脚を持ち上げてから、地面を強く踏みしめた。

 ラグナと火球の間に石の壁が生まれて魔法を防ぐ。【石壁】と呼ばれる土属性の魔法の一つだ。

 だが、同じ初歩的な魔法でも詠唱の有無と、魔法を受け止めてもビクともしない石の壁の存在感が、マリーとラグナの間にある差を思い知らせる。

 再び詠唱を試みる彼女だが、彼女から見て遥か前方にある石壁が破砕される。

 何事か。そう思って動きの止まったマリーに対して、今度は崩れて落ちて行く破片達が突如、彼女に向けて飛来する


「!」


 跳んでくる石に反応が遅れて棒立ちになる。しかし、今度はマリーを守るためにパーシーが割って入り盾で石の破片たちを防ぐ。


「大丈夫か!?」

「ッ、ええ!」

「詠唱の続きを──ッ!」


 指示を飛ばすパーシーのもとにアンナが飛んでくる。咄嗟に受け止めるが小さな位地の破片とは比べ物にならない質量は流石に受け止めきれず、尻餅をつく。


「ツッ……平気?」

「……」


 何も言わず、一度だけ縦に頷いてからアンナはパーシーの元から離れて立ち上がる。三人が向く方角では、平静のままラグナが佇んでいる。


「ああ、もう。無茶苦茶だよな」


 三人相手にして呼吸一つ乱していない様子に、パーシーは苦笑いするしかない。

 ただでさえ同年代で武術も魔法も両立できているのだ。

 別に、優れていると言うのは不思議な話ではない。だが、ラグナの場合はその言葉は適切ではないのだろう。そうでなければ、教師側がこんな特例を提示しない。

 いっそ、天才だのと呼ばれている方が納得のいく話だ。だが、その呼び方は他ならぬラグナ当人に否定された。


『自分よりも強い奴はいる』


 ごく自然に、当たり前の事を言うように、ラグナが言ってのけた言葉だ。

 想像できるだろうか? 今、自分達を圧倒している者よりも強い者のことなど──。

 これが鍛練ではなかったらと、考えれば背筋の寒くなる話だ。

 だが、これはあくまでも鍛練だ……ラグナを倒すか、自分達が倒れるまでは続く。まとめやくでもあるパーシーは呼吸を整えてから、再び構える。


「マリーは再び詠唱を、アンナは僕と同時に仕掛ける。タイミングを計って連続攻撃だ」

「分かった」

「ん……」


 恐らく、失敗に終わるだろう。そんな予想しながらも、三人は出来る事をやり遂げようと足掻くことになる。

 対魔物を想定した戦いだが、ラグナはあくまでも受身の姿勢で仕掛けるのを待つことになっている。


 トン、タン──

 離れた位置でパーシー達が仕掛けてくるのを待ちながら、ラグナは小さな跳躍でリズムを取っている。


「よし、行くぞ!」


 号令と同時に、ラグナへと仕掛ける。

 マリーはその場で詠唱を始め、その後間もなくして前衛として二人が動く。

 対するラグナも動いたのを捉えてから反撃として石畳を蹴った。


 最初に仕掛けたのは、アンナだ。三人の中で一番身軽な彼女が、最初に躍り出て攻撃を繰り出す。ラグナと同じく、体術を駆使した連撃だ。

 だが、ラグナもそれに対応する。そして攻撃の間隙を縫って反撃に転じる。


「────ッ!」


 一拍の呼吸の後、放たれた正拳突きを、アンナは咄嗟に腕を十字にして防ぐが、それごと彼女は叩かれる。


「ウォオオ!」


 だが、攻撃に転じた場所をパーシーが割って入った。攻撃として盾撃を繰り出した。

 流石のラグナも攻撃から直ぐにそれに対応しきれず、中途半端な防御体制でそれを受けてしまう。

 

「~~ッ」


 ほんの僅かに、ラグナが後退る。


「マリーッ!」


 その掛け声に呼応するように、後方から再び火の玉が襲い掛かる。今のラグナには、先程のように石壁を展開する準備が整っては居ない。ラグナを赤い閃光が包んだ。


「やった……ッ!」


 魔法の一撃を浴び、舞った土煙が立ち込める。それでも油断無くパーシーは構えたまま、待つ。煙からラグナが飛び出し、襲い掛かる。


「無傷!?」


 マリーは驚き声を挙げる。自分の魔法は確かに直撃した。考慮はしているとは言え、まともに当たって無事なはずは無いという自負はあった。

 だが、ラグナは大したダメージを負った様子ではなく、そのままパーシーに仕掛ける。


「クッ……ッ!」


 パーシーは咄嗟に盾を前方に構える。

 だが、ラグナは身を伏せる──狙ったのは足だ。水面蹴り右腕を軸として体を回転させながら放たれた蹴りで、足の関節を打ち、絡め取る。

 足を踏ん張っていたが、それでも弱点である関節を逆側に取られれば痛みから逃げようと反射的に動いてしまう。だが、盾を構える腕は前に向けている。

 結果、パーシーは受け身を取ることも出来ずに石畳に背中を強く打ち付ける。


「ッ──ハッ!」

 

 パーシーの口から苦し気な息が吐き出される。

 ラグナはそのまま足をほどき、直ぐに立ち上がったラグナは直ぐに標的へと目を向ける。強撃を腕に受けたアンナはまだ動けず、パーシーも直ぐに起き上がれない。

 咄嗟の魔法は全て避けられてラグナはマリーの眼前まで移動した。


「そこまでッ!」


 ラグナがマリーの眼前に立った時点で、観戦していた教師が止めに入る。その言葉で構えていた拳を解いてラグナも息を吐いた。


「先生、まだ私はッ!」

「魔法師がその距離まで詰められたら終わりだ。次の組は俺が相手をする、ラグナは少し休め」

「……分かりました」


 食って掛かるマリーを一蹴して、教師は淡々と次の作業へと移る。

 ラグナも倒れた二人を起こしに行き起こすのを手伝いにむかう。


「……さっきの魔法、どうやって防いだの」

「…………これを使った」


 その直前、マリーの指摘に対して右手の握り拳を解いて見せたのは、石の飛礫だ。本来ならこの鍛錬上にはない筈のものだ。


「石壁を壊した時に生じたものを幾つか拝借した。これを火球にぶつけて、俺に当たる前に相殺したのさ」

「…………」


 納得したのだろうが、悔しいのが上回ったのか……歯噛みしながらマリーはアンナの下へと向かう。ラグナも飛礫を捨ててパーシーの下へと向かう。


「立てるか?」

「ああ、何とかね……」


 差し出された右手を掴んでパーシーは立ち上がる。ちらりと目を向けた先では、アンナは自力で立ち上がっていた。


「相変わらず容赦ないなぁ」

「剣は封じているんだ。これくらいが妥当だと思うが?」

「まぁ、そうだね……こっちが勝つ様な加減よりも少し及ばないくらいが、こっちの反省点と向き合える心持になるからね。ラグナ君のやり方は良いと思うよ」

「……俺に魔法や武術を教えてくれた人のやり方を踏襲しているだけだ。要はまねごとに過ぎない」

「それを実践できるのでも凄いと思うけどね……」


 小休止に入りながら交わされるパーシーとのやりとりに、ラグナは小さく首をかしげてから終わらせる。


「それで、ラグナ君から見てどうだった?」

「どう、とは?」

「今は教える側なんだ。君の目から見てさっきの僕達の動きはどうだったのかって事さ」

「……ああ、そう言う事か」


 理解してラグナの脳裏に呼び起されるのは、まだこの実技鍛錬が始まって間もない頃の動きだ。それと比較すれば多かった粗さや雑さが無くなっていると思う。

 そもそも、誰かと協力するという事自体、あまりしたことが無いラグナには多くを騙れる考えは無い。


「悪くは、なかったんじゃないか」

「曖昧だなぁ」

「後で先生に聞いてくれ、俺には答えづらい」


 そんな言葉を返されてはこれ以上、ラグナの口から言えることは無い。早々に本職の人物へと丸投げした。

 流石にこれ以上は聞き出すことは出来ないとパーシーも苦笑いするしかなかった。


(だが、動き自体は確かによくなっているな……)


 今現在、教師を相手に三人で対抗しているグループと、先程のパーシーたちを比較しても動きは良く分かる。

 まず、パーシーと言うきちんとした司令塔が存在しているのが、大きな差だろう。突発的な連携攻撃よりも、あらかじめ予行を立てた連携の方がお互いのフォローに入りやすく隙を突きやすい。

 それに教師はあえて狙っていないが、教師と後衛の間に大きな空白が生まれている。その気になれば、一気に前衛として戦っている二人を無視して後衛を狙う事もできる程の隙が生じてしまっているのが、客観しているラグナには良く見える。

 その上で、自分なら迷うことなくその点を突いているだろうという確信があった。


(あくまでも前衛を主観にしているのか……あくまでも鍛錬としているのか)


 いずれにせよ、今のラグナに何かをする権限は無い。


(加減はしているが、難しいな……)


 己に対して遠目から鋭い視線を向けているマリーの存在に気付きながら、特に疲れてもいない身体を休めながらラグナは考える。

 どうすることがよいのか? どうやるのかがよいのか? セタンタならばどうするだろうか?

 考えたところで、答えが無いという事は薄々感づいているが、それでも考えてしまう。


 自分がここにいる意味を含めて。こうして誰かと競う中で抱いてしまう飢えのような感覚から目をそらすために──。

 ただ純粋に、自分より強いやつを相手に挑んでみたい。

 二年間──蓄積されてきた感情は、此処にいる間も満たされることは無く、ラグナの中に積もっていく。

 違う。ここで知るべきことは、望むことは、それではないと──頭では理解しながらも、心や感情は納得してくれない。

 或いはと言う期待は、ほんの少しだけあった。それは既に心の中から消えている。

 不満とも言えるその感情に、ラグナは蓋をする。


 自分が、此処に何を知る為に来たのかを忘れない為に、この感情は不必要だからだ。

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