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53話:兄弟子達

 時は一年半前に遡る。

 即ち、ラグナがロムルス王国に行って一年が経過した頃──魔境は平穏な時の流れを送っていた。

 弱肉強食の領域で、弱い生き物が強い生き物に食われる。

 その空間の中で、亜人達は父祖が築いた領域の中で慎ましく暮らしている。

 武闘派の獣人族──その中でも特に勇猛な部族である白狼族が起こした覇道も鳴りを潜め、平原にも平和が訪れていた。

 ただ風の吹く音だけが聞こえる……人間と言う異物が存在しない世界を、山の頂からセタンタは見下ろしていた。


「…………」


 岩だらけの地面に槍を突き立て、胡坐を掻いて眼下を見渡し、そしてはるか南の地へと目を向ける。

 何も言わず、何も聞かず──彼方に居るだろう弟の行く末を案じる。暫くそうしていると、地面の揺れを察知する。セタンタは振り返ることなく、自分の背後に迫る巨大な影に対して呆れる。


「いーのかよ。最強の存在が、こんな所まで出張ってよ」


 降り立ったのは銀色の巨竜──セタンタ達の兄弟子であり、最強の生物【竜種】の王であるジークフリードだった。

 本来なら領域である霊峰から出てこない兄弟子の出現にも驚くことは無く、セタンタは振り返らない。


[霊峰から出て行くお前の気配を感じたのでな]

「だからって、何でお前なんだよ。フギンなりムニンなりがいるだろ?」

[……兄弟弟子同士、水入らずでも良かろう]

「ああ、そうかよ」

[ラグナが心配か?]

「……」


 日の光を浴び、全身の鱗を銀色に輝かせる竜の王ジークフリ―ドへの問いに、セタンタは肩を竦める。


「心配ってのとは、ちょっと違うな」

[ならば何故、お前は此処でこうしている? 態々、山を越えて魔物を蹴散らし、南の地を一望できるこの場所まで、何故お前は来た?]

「…………うっせえなぁ、ちょっと思い出しただけだっての」


 ガリガリと、乱暴に頭の後ろを掻きながらセタンタは吐き出す。


「ラグナの奴は、また新しい場所に行っちまった。アイツにとって、未知ってのは何にも勝る宝の山なんだろうが、決して良い事ばかり起こるとは思えねえ」


 魔境でのやりとりを知っているセタンタは、ラグナが向こうでも同じことになってないか、それを心に引っ掛けていた。


「アイツ、上手くやれているのかってな」

[それを心配というのだが……。そうだな。お前の気がかりは、我も同じだ]

「あ? お前もか?」

[ラグナに真実の歴史を離した事。あれは良くも悪くも、ラグナが築いていたものを大きく崩す事になった]

「……」


 真実の歴史──欲に塗れた人間達の手による亜人への迫害と、闇を忌み嫌う風習を植え付けた欺瞞の教えの数々。


「俺は特に何も思わなかったがな、生きてりゃ死ぬし、良い事悪い事もあるもんだろ」

[だが、ラグナはそうと割り切らぬだろう]

「だろうなぁ……」


 末弟ともいえるラグナの教育には、セタンタも大きくかかわって来た。

 だからこそ、セタンタは今この場に居る誰よりもラグナと言う人間を理解しているつもりだ。

 知性と勇気を兼ね備えた心優しき人間。悪しきを許せず、正しきを尊ぶ──真人間だ。


(アイツにとって、同じ人間がやった事は、耐えられる事じゃねえ)


 あの話を始めて聞いた時のラグナの錯乱ぶりは今も記憶に焼き付いている。それでも人間として生きている事に誇りを持っていたラグナの心を打ち砕くには十分すぎた。

 そのラグナが、それを行った末裔である人間達の世界に行っている。何事もなく終わるなどと、そんな希望的な観測など、セタンタもジークフリードも出来なかった。


「エルフとの関わり、フィオーレちゃんとのやりとりでアイツは学んだだろうがな」

[平静は保つだろう。だが、心奥底に焼き付いた嫌悪は、大事なもの諸共に人間と言う存在を消し去っただろうな]

「……」


 善人のラグナが、その所業を許す事も、過去と割り切ることも出来る筈はない。きっと、人間を許すことは出来ないだろう。あれもまたラグナにとっての一つの分岐となったのは確かだった。

 セタンタの脳裏には、傷つけられた過去によって、他者とのなれ合いに怯え避けていたラグナの姿が浮かぶ。その傷はエルフの少女によって癒されたが……果たして、人間の中にそれが出来る人材が居るかなど、彼には思えなかった。ましてや今回、ラグナの根底根付いたのは、恐怖ではない。

 その行いの歴史の中で、安穏を貪る人間達への嫌悪だ。


[フェレグスが上手く繋いでくれることに期待する他ないだろう]

「……だが、それでもその選んだのはラグナだ。アイツだって分かってる筈だ。だからそんな、無責任なことはしないだろうさ。きっとアイツは大事なものを得て返って来るだろうさ」

[ほお?]


 呟くように返された言葉に、ジークフリードは興味深くセタンタを見る。


「アイツは強いだけじゃない。頭も良いし、何よりも自分が正しいと思う事を選択できる奴だ」

[しかし、人間と言う生き物は歪だ。善を口にして悪を成す……それを当たり前のようにできる]

「きっちり考えて、考えた上で行動が出来る。そう言う時のアイツは、自分の為じゃなくて……誰かの為に動く」

[成る程。だが、それは権力を振りかざす者を敵に回すであろうな]

「ハッ、アイツがそんなのにビビるかよ。アイツが嫌なのは、何もしない事だよ」

[……]


 セタンタとの問答で、ジークフリードは意外だと思った。

 セタンタがこれほどまで、ラグナの事を肩に持つとは予想していなかったからだ。そして、その顔が、自分の事かのように誇らしげなのだ。


「俺がラグナと同じ頃なんざ、俺は武器振り回すだけしか能の無い奴だった。それに比べりゃ、アイツは俺の何十倍も努力してる。アイツは……」

[……]

「元々、ラグナは人間社会なんかほとんど知らない。馴染むのに時間は掛かるだろうが、多少浮こうが、なんだって良い。ラグナがアイツらしく生きていりゃ、俺はそれで満足なのかもな」


 ジークフリードは、口を挟むことなくセタンタの独白に耳を傾けた。


「ラグナ自分の事、小さくて未熟だって思ってるみたいだが俺は、アイツは何かデカい事をやるって信じてる」

[……それが、お前の望みか?]

「望みじゃねえ。期待とか、予感とかそんなもんだ……何て言ったって、アイツは俺の弟子でもあるんだからな」


 愉快に笑い、セタンタは立ち上がる。


「まあ、心配してないわけじゃねえ……だが、ラグナはきっと上手くやるさ」

[……セタンタ。弟分が出来て、お前も変わったな]

「…………そうかもな。あ、おい、ラグナに話すなよ? 一生胸の中にしまっておけ」

[フッ、考えておこう]


 セタンタの言葉に対して、ジークフリードは不敵に笑う。笑いながら、遥か南の眼下を見下ろす。広大な大自然の先にある人間の世界は、ジークフリードの目をもってしても捉えることは出来ない。


[或いは、あのエルフの娘同様に、ラグナの根幹を蘇らせるほどの者が現れれば、大いに意味のあるものとなろうがな]


 しかし、それは欲張りだと自嘲し、大翼をはばたかせ霊峰へと戻る。


「あ、おい! 俺は置いてくのかよッ!」


 舞い上がる巨体を見上げながらセタンタは慌てたように怒鳴る。しかし、それを無視してジークフリードはさらに多角へと舞い上がっていき、霊峰へと迂回してしまう。


[歩いて此処まで来たのだ。修行がてら、また歩いて戻ってこい]

「この、ッ、だあ! 分かったよ! やりゃ良いんだろ、やりゃあ!!」


 ぶつくさと言いながら、セタンタは傍らに突き立てていた槍を引き抜いて肩に担ぐ。

 弟弟子が日々成長を遂げるのに、自分はそれに追いつかれるわけにはいかないというプライドがある。

 何時か、自分に並び立つ日、そして自分を超えるその日が来るまでセタンタもまた自分の道を進む。


(しっかし、ラグナに影響を与える人間ねえ。あんな有象無象の中に、そんな奴いるのかぁ?)


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