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50話:邂逅の少年

49話と同じく、今後の話の流れと、二人のやり取りを重視して書き直しました。

実力不足により、恥ずかしい限りです。後、48話の最後の部分とかも削除しました。

(何故、こうなった?)


 ラグナは戸惑いながら状況を整理する。

一人の少女と向かい合っている。少女の名前はアリステラ──貴族の令嬢であり生徒だ。その彼女に乞われるまま、ラグナは彼女の話し相手をすることになった。

 己に対して探るような眼差しでもなく、敵意をむき出しに睨みつけるのでもなく、影から観察するのでも無い。優しい視線の裏側に何か強い意思を感じながらも、言葉を交えてくる少女に、一つの敬意を抱いてラグナは相手をする事にした。

 だが、ラグナの頭の中は困惑の渦中にある


 アリステラと言う人間を最初見たとき、ラグナは彼女に母同然の存在を重ねた。それは本の一瞬の事で、次に彼女の事は何処か儚げな印象を与える少女だと思った。

 ラグナの顔を見て泣き、そして名前を乞われて教えたら再び泣き──


目の前に居るこの彼女はどうだろうか? 育ちの良さから言葉や仕草に優雅さと清楚さを滲ませる少女だ。そして、清廉な乙女であり、凛然とした女性だ。

 最初の印象から大きく変わった目の前の異性の姿に、ラグナは気圧される。


(この女は何を考えているんだ?)


 当然、ラグナは彼女に対して警戒心を抱く。見定めようとアリステラの目を見て推し量ろうとする。だが、彼女の眼には欠片の思惑も感じられなかった。

 見守るように温かく、慈しむように優しく、そして確固たる意志を宿した強い瞳──その目を見たラグナは、彼女の瞳に再びスカハサを重ねる。

 何故、自分に対してこんな瞳を向けるのか? 今さっき出会ったばかりの少女が、何故自分をそんな優しい眼差しで見つめるのか? 疑問が深まる。

 そうしている間に、ラグナはアリステラに乞われて名前で呼び合うことが決まってしまう。警戒はするが、やはりそこに悪意はない。

裏が無い。無償の善意ともいえるアリステラの態度は、ラグナがこの学院で被ると決めていた氷の仮面を引き剥がし溶かしていく。

 それに比例して戸惑い、混乱は懐かしいものへと変わっていく。そしてその懐かしさが、スカハサの面影が重なる彼女に対して安らぎを見出す。


(彼女は何者なんだ?)


 己でも気付かない内に、ラグナはアリステラと言う少女に対して、興味を抱き始める。元々、此処へ来たのは教室に居る空気に嫌気が刺したからで、彼女とのやりとりの中ではそんなものを感じていないラグナは、話し相手をするという頼みを受け入れることにする。

 自分が元々、貴族と平民では違うという適当な理由を自分の中で作って去ろうとした事を忘れて──。


「……で、何を話すんだ?」


 木の根元でラグナは、アリステラと向き合うように座りなおして彼女に問いかける。


「何でも良いのよ。私はただ、貴方と話がしたいだけなの」

「そう言われてもな……」


 ラグナは首の後ろに手を遣りながら考える。秘密にしなきゃいけないこと、打ち明けられない話が多すぎる彼には難しい話だ。そもそも、ラグナはあまり他人と話をした事が無い。話すとしても商会の中での事務的な会話であり、彼が本当の意味で言葉を交えたのは両手の指で数え切れるくらい数しか居ない。

 口下手ではないが、ラグナは進んで会話の出来る人間ではなかった。


「……悪いが、特に思いつかない。」


 ラグナは、正直にそれを打ち明けた。


「すまないな。話し相手になると言って、俺からは何も言えない……」


それを聞いたアリステラは小さく、愉快そうに笑い声を小さな口から漏らす。


「変な人。普通は、そんな事を打ち明け様なんてしないわ」

「そういうものか?」

「ええ、貴方って、正直な人なのね」

「嘘を吐くのは好きじゃないだけだ」

「……だったら、貴方は優しい人ね」


 親が子を見守るような、温かい眼差しを向けながらアリステラはラグナをそう評価する。

 

「なら、きっとアンタ──アリステラも、そうなんだと思うぞ?」

「私も? 私は……いいえ、私は優しくはない。そう見えるのなら、そう振舞っているだけでしかないの」


 だが、ラグナにそう返された瞬間、アリステラの表情は曇る。そのままラグナから視線を外し、俯いてしまう。


「何故?」

「…………」


 一瞬、切なげな瞳でラグナの顔を見つめるも、彼女は言葉を発しない。その仕草にラグナは、漠然とだが大きな理由がある事だけは理解した。

 そして刹那、此方に向けた視線から──。


踏み込んで欲しいという願いを感じ取る。

 ラグナには何故、彼女が自分に対してそんな視線を向けてきたのか、皆目の見当が着かない。しかし、彼女が他ならぬラグナに対してそれを望んでいる事だけは分かる。

 だから、ラグナは自らの言葉を撤回する事はしなかった。


「何故、そう思う?」


 その代わりに、アリステラに対して敢えて聞き直す。

 その言葉には、大きな踏み込みではなく、小さな踏み込みを読み取ったアリステラはポツリと言葉を漏らす。


「何も出来なかった事への償い」

「償い……」

「そう。まだ幼い頃に、私を助けてくれた人を助けられなかったことへの罪滅ぼし」

「罪滅ぼし……」


 ラグナはそれ以上何も聞き返す事はせずアリステラの、喜怒哀楽の感情が入り混じった複雑な面持ちを見つめる。

 先程の自分に何かを訴えるような、求めるような眼差しを向けた事を思い出し、彼女の真意を測ろうとする。だが、ラグナには分からなかった。


(償い……過去、か……)


 ラグナは考える。彼にとって、過去とは乗り越えるものであり縛られるものだ。振り返るのも良い、残しておくのも良い。だが、そこに引き摺っていては前に進めない。縛られてしまっていては踏み出せない。

 大事なのは今であり、過去とは何処かで割り切り前に踏み出す為の糧だと考えている。そう考える事で、そのきっかけを誰かに与えられる事で、ラグナは自分の中に確固たる己と言うものを作り上げた。

 

(だが、彼女は少し違うようだな……)


 打ち明けられた話を聞いて最初、アリステラは何かの過去に縛られた少女なのではないかと考えた。だが、それでは怒りと悲しみはあっても、喜びにはなりえないと言うのを、過去の経験に囚われ他者を拒絶していたラグナは良く知っている。


(彼女は、過去を(いだ)いている)


 思い出を思い出とするのではなく、清濁の全てを分けることなく刻み込んでいるのではないのか? 今も過去も、等しく大事にしているのではないのか? ラグナは、アリステラの内側をそう睨んだ。

 正しいかもしれない。違うかもしれない。

 それでも、ラグナは彼女に少し興味を抱いていた。明確に、自分とは違う見方をする人間に興味が湧いた。

 その上で、ラグナは改めてアリステラに対して告げるべき言葉を考える。そして、取り繕う事はせず、純粋に自分の考えを言う事にした。


「アリステラ……俺には、アンタが自分をそう評する理由を察することは出来ない。だが、俺はやはり優しい心根の持ち主なんだと言う事は分かる」

「……でも、これは与えられたものであって、私のものでは」


 アリステラは尚も否定する。その横顔を見つめながら、ラグナは言葉を続ける。


「憧れや切っ掛けとは、与えられるものではなく、自ら変じるものだと思っている。その優しさは……俺以外の者から見れば違うのかもしれないが、俺はその優しさは他でもないアンタ自身が築き上げた者だと思うぞ」

「……」

「口で言うのは簡単だが、実際に行動や態度で示せる人間と言うのは本当に少ない。俺がこうして、アンタと話をしようと思ったのも、その心根が良い人間だと判断したからだ」


 アリステラの反応は無い。だが、ラグナは言葉を続ける。

 

「何があったかは聞かない。だが、これまでの事を否定するな。大事に居抱いているものを、拒絶するな」


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