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48話:再会:邂逅

 アリステラは小さい頃から本を読む事が好きだった。

 黒い髪──不吉の色。忌み嫌われる髪を持つ少女。

 陰口を言われ、父に遠ざけられた。

 味方がいなかったわけではない。ただとても少なかった。

 孤独ではないが、寂しい生活だった。

 

 だから好きな本は、英雄と囚われのお姫様の物語。

 物語の中の正義の騎士が悪い竜を殺し、囚われのお姫様を救い出してくれる存在──。 

 悪い竜に捉えられた姫。

 王に乞われた若き英雄。

 光の加護を受けた聖剣と英雄を支える仲間達。

 仲間と共に竜を打ち倒す英雄の姿。

 そして英雄は姫の手を取り幸せに暮らすと締めくくり、物語は終わる。

 ごくありふれた、そんな内容の絵空物語だ。


 自分自身を悪い竜に囚われた孤独な姫に重ねた。

 自分を救い出してくれる異性に憧れた。英雄のような人物との出会いを夢見ていた。


 だがある事件を切掛けに、アリステラは変わった。

 英雄や姫ではなく英雄に打倒される悪い竜を一人の少年に重ねた。

 

 描かれた黒い竜と同じ──。

 黒い服に身を包んだ、金髪赤眼の幼い少年。


 【ラグナ】と名乗った同い年くらいの男の子。

 助けてくれた。救ってくれた。

 なのに、悪者にされてしまった。

 悪い事なんてしないのに──。


 悪い竜とは違う。

 彼女にとって助けてくれた恩人だというのにだ。

 本来なら、正義の英雄のような立場にいるはずだったのにだ。


 或いは、この竜もまた、周りの勝手な押し付けで悪と断じられたのでは無いのか?

 その少年の出来事の後、アリステラが本を読んだときに抱いた疑問だ。


 人や作物、家畜を食らう悪い竜。

 人間だって作物や家畜を食べている。

 宝を集める悪い竜。

 昔の人間だって同じ事をしていた

 姫を攫った悪い竜。

人攫いなど昔から起きている。事実、アリステラ自身が体験した。


 竜の行いは、形は違っても人がこれまでの歴史の中で行ってきた事とそう変わりは無いことに気付いた。

 否。いいえ。

 違う。これは正解であって、間違いでもある。


何故なら──今も人間は同じ人間にそれをやっているのだから。


 疑問は更に深まり、怒りのようなものへと変じる。

 人が同じことをやっているのに、この竜は駄目なのか? 悪とされなくてはならないのか?

 湧き水のように噴き出す疑問。

 大人達からすれば、それは屁理屈の様な疑問だと叱るだろう。

 だが、彼女は、この話の何処が良かったのかが分からなくなった。いつしかこの話が嫌いになった。


 竜を少年に重ねる。何処か冷たい態度だったが、繋いだ手を放さない優しさを持つ温かい少年。

 怖い場所から自身を抱えて救い出してくれた恩人。

 多くの敵の中でも強く立っていた。自分と正反対の場所にいた人。


 慈しむように、憐れむように、竜のような少年を思う。


 もしも、あの時──あの少年の手を離さなかったのならば──。

 あの子は隣に居てくれたのだろうか?

 

 もしも、彼が隣にいてくれたのならば──。

 こうしてその少年の事を思い出してこんなに切ない気持ちにならなかったのではないか?


 もしも、また会えたのなら──いや、無理なのだろう。

 見ている。知っている。黒い霞の中に、遠くに消えてしまった少年の姿──。

 積み上がる記憶の中で、決して埋めない様に抱え続ける憧れ。

 そして何も返すことが出来なかったことへの罪。


 無力を呪った。

 弱い自分を切り捨てると誓った。

 魔法を覚えた。細剣を学んだ。

 臆病を恥じた。

 挫けぬ強さを持とうと決めた。

 痛みを知っているからこそ、痛みを受ける他者に寄り添える優しさを持とうと決めた。


 決意して、決心して──それから四年が経過した。

 気付けば周囲に蔑む者はいなくなっていた。

 変わったと思う。

 変われたと、思う。


 彼のおかげだ。

 だから、無理だと知りながら、望みを捨てられない。奇跡が起きて欲しいと祈る。

 願わくば──会いたい。言葉を交わしたい。声を聞きたい。

 望むならば──覚えていて欲しい


 アリステラの中の四年を支えた気持ち。

 研鑽と努力にくじけそうな彼女を奮い、寄り添った感情。

 心の中にある春のような優しい温もりのような想いは、今も尚冷めてはいない。




 アリステラはその顔を見た時、呼吸をことすら止めてしまった。

 そしてふと、少し前の出来事を振り返る。

 学院の教室。子息令嬢の蔑視を無視してミーアと校舎を散策した。

 そして、誰も居ない中庭にたどり着いたアリステラは、心地良さからミーアに自由を与え、自身は木陰で読書をしていた。

 昔から本を読むのが好きだった彼女の集中力は、同時に悪癖とも言えた。自身を見つめる斜め後ろの存在にも気付かないのだから。

 ふいに強い風が吹き、アリステラの持つ本から栞を連れ去る。


 そしてその行方を追おうと振り返ったときだ。そこで少女は幻を見たような気持ちに陥った。

 太陽を思わせる金色の髪。

 左を帯で隠し僅かに見開く赤い瞳。

 小さくに開いた口は戸惑いなのだろう。

 見上げる程に高い長身の若者だが、ほんの僅かだが輪郭に幼さが残っている。

 見知らぬ少年が何時の間にか自分の後ろに立っていた。

 だが、そうではない。アリステラの時間を止めたのは、そんな事ではない。


似ていると、彼女は少年の顔を見て想った。

否、似ているではない瓜二つだ。

金の髪も、赤い瞳も、忘れないと決めた記憶にある幼い子供の輪郭に全てが重なった。


 夢を見ているのか?

 此処は現だ。風が証明してくれた。

 ならば。幻を見ているのか?

 此処は現実だ。少年は(じつぶつ)を掴んでいる。

 少年が手に持つ栞を差し出してくるが、アリステラは受け取らない。まじまじと目の前の顔を見つめる。


「……大丈夫か?」

「──え?」


 大丈夫か? 確かめるような言葉に、戸惑いの声を漏らす。

 そこでふと、自分が何時の間にか涙を流している事に気が付いた。


「ッ──! ごめんなさい、何でもないの」

「何でもないのに、涙が流れるのか?」


 慌てて涙を拭い去る。泣く事を止めたと誓ったのにも関わらず泣いている自分が恥ずかしくなった。

 問われても、誤魔化そうとする。

 だが、当然の疑問のように問いを返された。察さない目の前の少年に僅かな怒りを抱く。

 奪い取るように、栞を少年の手から受け取る。


「ありがとう」

「別に、飛んで来たのを思わず取っただけだ」

「…………」


 身近な言葉を交わしながら、目の前の少年を改めて見る。

 似ている。漠然とそう思い──次に抱いたのは、大きいと言う印象だ。

 男女の差もあるが、目の前の人物はその中でも大人に負けない体格をしている。

 

 表情も顔立ちも落ち着いているが教員と思うには若すぎる。

 上級生達は授業中でここにはいない。

 つまり此処にいるのは、自分と同じ新入生くらいだ。


 次に服装を見る。

 深い森を思わせる暗い緑色のコートを羽織っている。その下は上下が共に黒い生地だ。

 首には綺麗な翡翠の石と何かが刻まれた木片。そして生き物の角を削った小さな笛のような飾りを下げている。

 そして、腕には金属を仕込んだ左右で長さの違う(左腕の方が肘の手前まで覆っている)手袋を嵌めて背中からは剣の柄が覗いている。

 貴族の生徒ではないと言うのは一目でわかる。


「貴方は、平民の生徒なのね」

「……ああ」


 考えた後──短く、そしてハッキリと肯定する。しかし、その言葉にアリステラは内心でドキリとする

 別に礼儀作法を求めたわけではない。だが、冷たい風のように放たれたたった二つの言葉には微塵の礼も含まれて居ないのが分かった。

 ほんの少し前の気遣うような言葉が嘘のような……氷のように冷たい返答だった。

 敵意は無い。悪意も無い。

 温かさも無い。冷たさもない。

 だからこそ感じたのは、本当に何もない【無】と言う拒絶だ。

 驚くだろう。目の前に居る人物に対して此処まで関心を持たずに対応する者が、目の前に居るのだから──。

 何を口に出そうとしたのか、それを見失いアリステラは言葉を詰まらせてしまう。


「……何か用があるのか?」

「え?」


 驚いた後に、さらに驚く。

 相手のほうから話しを掛けられた。先ほどと同じ一切の感情の篭らない冷たい言葉だが──。

 しかし、咄嗟の反応に対応できず、アリステラは首を横に振ってしまった。

 それを見た少年は「そうか」と、告げて踵を返す。


「邪魔をしたな」


 それだけ言うと本当にその場を立ち去ろうとする。

 一切の興味を無くしたかのようなその態度に、アリステラは焦った。


「待って!」


 その場を去ろうとするラグナは呼び止められた時、此処との中で舌打ちをする。


「──何だ?」

 

 振り返り、問いかける。その一方頭の中で、何処で失敗したかを考える。

 当然だが、ラグナは彼女に対して好印象を持たせようとしてあの態度を取ったわけではない。理由はある。

 ラグナはアリステラ──少女の服装や物腰から直ぐに貴族生の生徒である事を見抜いた。同時に、今この状況があまり良くない事も察知する。

 ラグナの頭の中には、既にロムルス王国の仕組みや社会制度が叩き込まれている。当たり前だが、その中には貴族と平民の立場の複雑さと、闇や溝の深さもだ。

 

 ラグナは平民の生徒で、目の前の少女は貴族の生徒。

 他の面子に見つかれば、どちらに対しても良い事は無いと、予測した。

 本来ならそう簡単に交わる筈の無かった接点の筈が自分の判断を怠った事でつながれた事にラグナは苦境に立ってしまう。

 だからこそ、彼女との出会いに関しては【無かった事にする事】が、最適解だと判断し、さっさとこの場を去るのが良いと行動に移した。

 結果は、失敗しているが──


(儘ならないな……)

 

 せめて、大したことでは無い事を願いながらラグナは再び向き合う。

 

「貴方の名前は?」

「────」


 今度はラグナが驚かされた。

 態々呼び止めて何故、自分の名前を尋ねるのか?

 それも貴族の令嬢である少女が、一介の平民である自分自身の事を?

 何故? 何の為に? ラグナは瞬時に考える──しかし、分からない。だが、たった一日で【隠した刃】が露見するとは思えない。


「…………ラグナだ」


 ラグナは正直に答える事にした。彼女の言うとおり、名前だけを答えた。

アリステラにとっては再会。過去を抱えて、変わった少女。

ラグナにとっては邂逅。過去を乗り越えて変わり続ける少年。

でも、優しい心を持つ二人。

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