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47話:視る者、睨る者、観る者、見る者達

2019/5/9

編集&追記しました。

 ラグナと同学年は、九十九人いる。

 そのうちの半分以上が男子だ。

 合計で百人はいる新入生は、それぞれ三つの教室に組み分けされ勉学に励むことになる。


 平民の学生には入学式などの行事は無く、初日は簡単な自己紹介と担任となる先生からの授業課程の流れの説明が行われて自由時間となる。

 

「ラグナだ。よろしく頼む」


 自分の出番が回って来たラグナは、立ち上がり名乗ってそのまま座る。

 本当にあっさりとした自己紹介だが、それ以上を話すことがない当人からすればこれくらいがちょうどよかった。


(そんな珍獣扱いの眼差しを向けられても不快なんだ「」がな)

「大変だね」


 自然と隣に座るルームメイトのパーシーが、慰めの言葉を投げかける。

 だが、ラグナには何の効果もなく、溜め息をつく。


「そう思うのなら助けてくれ」

「そうしたいけど、僕じゃあどうすることもできないかな」

「……まあ、そうだろうな」


 椅子に座ってもなお、隣に座るパーシーよりも頭一つ分は背丈の大きなラグナは机に肘をつく。


「俺は野生の動物か? 遠目から視線を送られても俺にどうしろと言うんだ」

「あぁ……ラグナ君は怖いからだと思うよ」

「怖い? 俺が、か?」


 ラグナは思わずパーシーの言葉に怪訝な表情を向ける。

 商会で遊び相手をしていた年商の子供たちからは、怖いと言われたことなど一度もなかったラグナにとっては、その評価は新しいものだった。


「うぅ~ん、隻眼で目つきも鋭いし、初めて顔を合わせた人からすればやっぱりラグナ君って、大人びた雰囲気をしていて怖いんじゃないかな」

「そういうものか?」

「多分ね。正直なことを言うと、僕も部屋で顔を見た時は怖いって思ったよ」

「……そんなつもりはないんだがな」


 自覚が無く、意識もしたことが無い【見た目が怖い】などと言う評価にラグナは再びため息をつきながら机に突っ伏してしまう。 その様子にパーシーは苦笑するしかなかった。


 

 パーシーは、そう正直にラグナの第一印象を返したが、それ以降の印象を口にすることは無かった。

 部屋で言葉を交わしたとき──。

 ラグナがパーシーと言う人物を探るように、パーシーもラグナと言う人物を探っていた。


 パーシーと言う名前は、家族が与えた愛称であり本名ではない。

 本名は【パーシヴァル・フォン・ルフト・ベルン】──ロムルス王国から北方を治める【ベルン公国】の長。

 ベルン大公家の嫡男であり、次期当主だ。


 本来なら、平民生ではなく貴族生としてこの学院に通うはずの彼が何故、こちらに居るのか。当然、それには理由がある。

 ベルン公国は、魔境と隣接する地区が多くある。そのため魔物による被害は当然の様に発生し、それに対する対策として冒険者の派遣や開拓、雇用による領地や住民の警護などの依頼から、冒険者たちの行き交いは激しい。


 公国の貴族たちも、先祖が魔物の脅威にさらされてきた血脈や経験から自己研磨を欠かさず、戦士としての一面を持ち合わせている。

 パーシー。否、パーシヴァルも父の方針で雇用した冒険者たちから対魔物の戦闘を学んで己を鍛えていた。


 だが、そんなベルン公国の貴族達は王国の貴族たちからは、魔物と闘っている血生臭い田舎貴族とささやかれている。当然だが、そんな陰口は当事者達の耳に入っている。

 そのため、公国貴族は王国貴族の事は──。

 ぬるま湯に使ってるくせに口先だけは一丁前の役立たず共と酷評している。


 建国から長い年月による忘却によってもたらされた関係を憂慮した、国王ロムルス二五世は、その関係の修復を目指して各大公に、子息をレムス学院に入れるように命じる。


 ロムルス王には十二を迎えた嫡子【ユリウス・フォン・ユーグ・ロムルス】が居り、奇しくも各大公にも十二歳となった子供達がいた。

 彼ら彼女らに交流を深まらせて関係の修復を図ろうとしたのだ。


 だが、実際に子供を学院に送り込んだのは、東の【グラニム家】と西の【グリンブル家】だけだった。

 南のニルズ家は元々、とある時期を境に王家や貴族達に対しては閉鎖的な態度をとっており、今回の発令も当然の様に無視した。


 そして、北のベルン家──パーシヴァルの父親である現ベルン家当主は【ある計画】の為に、冒険者養成をしているレムス学院の実態を調べる為に、息子と息子そっくり影武者を送り込んだ。

 貴族生のところにはパーシヴァルの影武者が入学して生活をしている。

 その一方でパーシヴァルは、愛称を偽名として平民の生徒に成りすまして黒い噂の立ち込める学院に入り込んだのだ。


 そして、パーシヴァルはその生活の中で、とんでもない人材を見つける事になる。

 試験の中で、熟練の冒険者を相手に互角以上の戦いを示して見せた長身の少年──どこか人とは違う雰囲気をまとった新緑のコートを羽織った剣士の腕前に、パーシヴァルは魅了された。


 そして、運命か──偶然、その少年と同室になったと知った時は、思わず夢かと思い固まってしまった。

 ラグナと名乗った人物。そして、言葉を交わし人となりを知る同時に、己と同じく何かの秘密事をしていることを知った。パーシヴァルはその秘密を暴きたくなった。

 自分の手元に引き込みたい。それほどの人材を引き込む材料を引きずり出す。

 パーシヴァルは、慰めの言葉とは裏腹に探るような視線で、ラグナを視ていた。




 ため息を吐き机に突っ伏すラグナ。それを後ろから睨む少女がいる。

 少女の名は【マリー】。冒険者と薬師を営む魔法師を両親に持ち、自身も優れた魔法師であると自負する少女──だった。


 彼女の自信が打ち砕かれたのは、数日前──入学試験の時だ。

 入学試験で迷わず魔法の実技試験を選んだ彼女は、順番を待ちながら他の受験者の魔法を見ていた。

 結論から言えば、彼女は心で『自分の方が勝っている』と、笑っていた。

 様々な詠唱とそれに応じた魔法を見るマリーは、両親から教わったレベルの高い魔法に自信を持っていた。


 魔法師の両親から生まれた子供は魔法に対して特別才能に優れていると言う訳ではない。

 だが、彼女は才能にも恵まれていた。それは両親が期待する程の若き才能だった。


 そんな優越感に浸っていた彼女の肩を叩く者がいた。彼女が振り返った時、思わず驚いた。

 デカい男がそこに居たのだ。金髪に赤眼の隻眼、深緑のコートを羽織った少年──その長身から、十二歳なのかと疑問を生じる程だった。

 だが、その直後──彼女は再び固まる事になる。


「あいつらは魔法を使うときに何かをしゃべっているようだが、あれは何をしているんだ?」


 さも当然の疑問の様に問われた言葉に、彼女は口をsぽかんと開けた。

 当然だ。今、受験者たちが行っているのは、魔法の【初歩の中の初歩】なのだ。それを、まさか知らないなどと言う人物が現れれば、唖然とするだろう。


「詠唱よ」


 ただそれだけ答えて、マリーは後ろの人物を、ド素人と認定して自身の事に集中した。

 そして、自身の出番となる。鎧の人形の前に立ち、深呼吸をして魔法を唱える。


「火よ集え。炎と化せ。槍と変じて貫き、そして焼き尽くせ!」


 自身が最も得意とする火の属性。その中でも技量を必要とする【炎槍】を放った。炎の槍が鎧をまとった人形へと突き刺さり、そのまま火達磨へと変えてしまう。

 彼女は一気に注目を浴びる。

 

 貴方達とは違うのよ。マリーは優越と愉悦を感じながらその場を下がる。

 そして、次の出番となったのは、自分の次であるあの長身の男と擦れ違う。

 その時、彼女は一つの疑問のようなものを感じた。

 

 その男は、一度もこちらを見てこなかったのだ。今も此方を見つめてくる脚光のような視線がある中、一瞬とは言え一番間近にあった視線は、まるで然したる興味もこちらに向けていなかった。

 それが彼女のプライドをわずかに傷つけた。


 見てやろうじゃないの、アンタがどんな魔法を使うのか……。

 興味でもあり、対抗意識でもあった。

 だが、心の中では、先程のやり取りから、男を見下していた。


 新しい人形が用意される。男が、試験官に確認を取った直後だった。

 

 男は左腕を薙ぎ払った。

 瞬間、風の刃が生じて、鎧を両断した。


 注目と、沈黙が支配した。

 それは簡単な風の属性魔法【風刃】だったが、それでも鎧を両断する切れ味を発揮した。だが、そうではない。

 男は何も言わなかった。唱えなかった。ただ左腕を薙ぎ払って魔法を放ったのだ。


 詠唱無しの魔法は、それこそ魔法に精通した人物が、それでも修練を重ねて為せる芸当だ。

 マリーの両親は、まだその域に達していない……それを、目の前の男が当たり前の様にやってのけた。

 信じられない。今見た現実を飲み込めずにいる中、その男はさっさと試験場を後にする。

 沈黙の会場を堂々と歩く──そこには他人に対する興味など存在しなかった。


 マリーは、あの男が自分に問いかけた質問の意味を理解した。

 あれは純粋な興味であり、無知から生じた問いではなかったのだ。


 一つ上の場所に立っているとマリーは思った。

 だが、次の瞬間には自分の目の前に、圧倒的な壁が建てられた。


 奇しくも、マリーはその男と同じ教室に割り振られた。

 ラグナ。そう名乗ってさっさと席に座ってしまった男の背中に睨むような視線を送るが、その視線を他の視線と同じように捉えているのか振り返ることは無い。

 それでもマリーは見続ける。

 目の前に立ちはだかる巨大を見上げるように、超える為に今は見つめるだけだった。



 

 ラグナと、名乗っていた彼を、少女は斜め後ろの席から観察していた。

 【アンナ】──彼女は、裏側の人物だ。暗黒街の奥にある組織の一つに所属する彼女は、金を渡されてとある人物からの依頼を受けてこの学院に潜入している。


 とある老紳士が持ち込んできた依頼は、組織の中で対象と同い年の彼女に任される形になった。

 その依頼の内容は──【ラグナと名乗る少年】の観察・警護・報告だ

 何故、貴族ならともかく、普通の平民の生徒の警護なのか? そんな疑問は組織内でもあったが、老紳士の気付かれてもいいのでそのまま続行してほしいという内容。そして膨大な前金から、深い詮索をすることは無く、アンナに仕事が回る事になった。


 寡黙で無表情な少女だが、密かな自信があった。だが、それは早々に敗れてしまう。


 だが、一瞬だ。ほんの一瞬だけ、アンナは対象と目が合った。

 『何か用があるなら言いに来い』

 その目は確かにそう語っていた。すぐに気づかれてしまった。表には出さないものの、アンナの内心は大いに乱れた。

 顔を合わせてそれも無数に集まっている視線の中からの数秒だ。その僅かな時間の中で、彼女は気付かれた。

 裏の人物としてこれほど衝撃的なことは無い。


(一体、何者なのか?)


 だが、だからこそアンナには生まれて初めての興味と言う感情が沸いた。

 

 理性的な物腰の半面で、野性的な感覚を持つ合わせる。

 先程の視線の中にあった、氷のような冷たい印象を感じさせる。

 だが、今隣の席の人物と話す中には微風のような爽やかさが隠れている。


 汚れ仕事もしてきたアンナは、その中で観る目を培ってきた。

 だからこそ、気付かれはしたもののラグナと言う人物の持つ何かが、体から醸し出す雰囲気が、形容し難い、不思議なものと感じ取った。

 そして、一目見た瞬間に彼を【強い】と、理解した。


 子供が持つものではない。

 だが、大人が持っているものではない。

 今までで一度も経験したことがないそれに、彼女は自覚なく惹かれていた。


 それは依頼とは別に芽生えた感情の一つだが、それを彼女にはそれが分からない。

 ただ、凄まれても彼から視線を外すことは無い。


 アンナは今もラグナと言う少年を見つめている。




 興味の視線が多い。

 詮索の視線が真横から送られる。

 敵対の視線を背中からぶつけられる。

 観察の視線を斜め後ろから向けられている。


(駄目だ、耐えられない)


 自然と、ラグナはそこから逃避を選択した。

 教師の説明が終わったと同時に、ラグナは【誰も着いて来るな】、と言うオーラを放ちながら教室を出た。

 

(何なんだ一体──)


 パーシーからの視線には気づいていたものの、自分に此処まで視線が集まる事はラグナは予想していなかったラグナにはあの空間は耐えられなかった。

 魔物達のような獲物を見る視線ではない。殺意もなく悪意もない視線だ。だが、それを四方八方から送られれば流石に嫌になる。

 だが、それを止めろと言っても応じるとは思えない。ラグナは溜息を吐きながら足を進める。


(時間が解決するのを待つしかないか)


 諦めともいえる感情を抱きながら、ラグナは進む。当てもなく暫く歩いていると、別の口から外に出てしまう。


「此処は……」


 周囲を見渡しながら歩く──。

 左側に壁があり、右側には広い芝生を挟んで建物がある。

 芝生は花も咲き誇り、訓練場ほどではないにしろ広く爽やかな心地がする。その中央には巨大な樹木が生えていた。

 上を見上げると青い空があり、の中を白い雲が流れ、太陽が照らしている。

 微風と草花が靡く音がするだけの、とても静かで爽やかな空間だ。


(良い場所だな……)


 咽かなその場所に懐かしさを感じながら、ラグナは芝生の中へと足を踏み入れる。

 思い返すのはクリード島のスカハサ達と過ごした日常の一部だ。

 スカハサの屋敷にも広い中庭があり、セタンタとの鍛錬やスカハサとの魔法の修練をしていた。


(だが──)


 それよりも懐かしいスカハサとの記憶がある。

 まだ四歳の頃だった。中庭でスカハサの膝枕をしてもらった事がある。

 子守唄をせがんで、清水の様に済んだ歌声を聞きながら温かい温もりを感じて眠りに就く。無垢で無知だった頃の懐かしい記憶──。


「──、──」


 それを思い出して、自然とラグナは鼻歌で子守唄を奏でる。奏でながら、中央にある大樹に触れる。そして背中を預けて座り込む。


(立派な木だな。魔境の樹木とは比較にならないが、幹がしっかりしている。それに温かい)


 大きな命がそこにはある。ラグナは自然と目を閉じてしまった。

 風の音、背中から感じる鼓動のような音、遠い記憶の子守歌、そして草花の香り。

 人間の手が加えられていない、ありのままの自然の心地をラグナは堪能する。


(そういえば、環境が変わったせいで気を休めることが出来ていなかったな……)


 此処に人はラグナしかいない──解放された気持ち。このまま微睡みに全てをゆだねてしまいたいと思った。

 今日は何の予定も無い。ゆっくりと、静かに瞼を閉じて行く。



 ペラ──、それは風の音とともに聞こえた。

 本のページ、紙を捲る小さな音に、ラグナは直ぐに閉じようとした目を開き、手放し掛けていた意識を体に縛り付ける。

 風が運んできた小さな音だが、それは間近で発生した音に対して、ラグナは素早く周囲を確認する。見渡した範囲では、それらしき音の原因は存在しない。

 腰を上げて、静かに後ろへと回り込む。


 そこには一人の少女が居た。

 横顔は一冊の本を見つめていて、日陰の中で黙々と目を走らせ、ページをめくる。


「……」


 驚いた──誰かにそう問われたのならば、ラグナは肯定するだろう。

 一瞬、その少女が敬愛する師匠(スカハサ)に重なって見えたのだから。


(変だな……名前も知らない。だけど、確かに一瞬──)


 もう一度見た時、面影は無くなっていた。

 彼女をもう一度見る。

 名前も知らない少女を見つめる。 


 黒い髪の少女。

 黒くて長い髪の少女。

 黒くて長くて綺麗な髪の少女だ。

 全てを塗りつぶす色にもかかわらず、その黒は光を放っていた。

 スカハサと同じ──しかし、異なる黒だった。

 横顔から見える、本を見つめる瞳は広大で深い海と同じ蒼い瞳だ。

 纏うドレスは上質で、夜に変じる空模様のような群青──よく映えているとラグナは思った。


 その姿を見たのは、刹那の時間だ。

 だが、直感的に、本能的に、ラグナはその少女の事を──綺麗だと思った。



 ふと強い風が吹く。

 ラグナも少女も思わず目を舞い上がる砂から庇う。

 砂の代わりに風は悪戯をするかのようにように、少女が持つ本から栞が宙へと飛ばした。ラグナは水からに向けて飛来する紙切れを反射的に掴んだ。

 少女も反射的に、舞い上がった栞を追って振り返り顔を上げる。


「ぇ……」


 少女はそこで始めてラグナに気付いた。

 そしてラグナの顔を見て固まる。

 幻を見たように、夢の世界に入ってしまったかのように──小さな囁きだけを残して時を止める。


「………………」


 自信を見上げる少女の顔を、ラグナは動揺しながら見下ろす。

 

 深蒼の双眸と深紅の隻眼。

 相反する色は、互いを引き付けるように、吸い込まれるように互いを見つめ合う。


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