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44話:選ぶ者と強いられる者

ラグナの身長なのですが12歳の平均身長が149~156なのに対して、大体162くらいです。

二人で積み上げられた書面と向き合うラグナ達の元に、最近になってこの屋敷に雇った女中が持って入ってきた。


 二人の視線に対して、二人に対して仕事の邪魔をしてしまったことへの謝罪と仕事をこなすために、最初に、失礼いたします、と言って深く頭を下げる。


「ラグナ様にお手紙が届いております」

「誰からだ?」

「学院からです」

「学院? 学院………………ああ、レムス学院からか」


 手紙の貰い手であるラグナは、女中から差出人の名前を聞き──やがて思い出したように、だが大した興味も示した様子も無い。

 そのまま女中から手紙を受け取り文面に目を走らせる。

 しかしその表情は次第に険しくなり、読み終えると同時に、ラグナは呆れともいえる溜め息を吐いた。

 フェレグスは静かに人払いを命じる。女中は詮索することは無く一礼して業務へと戻って行った。


「……手紙にはなんと」


 女中が去ったのを確認してからフェレグスが尋ねる。

 だが、彼も何が書かれていたのか大方の予想がついているのだろう。その表情からは疑問も疑惑も感じない。


「入学の案内状と出資の願い状だ」

「やはり、ですか……」


 舌打ちをして答えるラグナを咎めるどころか、先程のラグナ同様に溜め息を吐くフェレグス。そして、冷ややかな視線を手紙に向ける。


「お金を出してくれれば俺を貴族の一人として招く……だとなッ」


 苛立ちを隠すことなく、ラグナは二枚の紙を握りつぶした

 

 このロムルス王国には【レムス学院】と呼ばれる教育機関が存在する。

 十二歳を期に貴族の子供や、騎士を目指す者達を集めて教育するために設立された場所だ。

 三年の期間を費やし、子息達に対して【貴族としての義務・責務】を教える由緒ある学院だ。

 

 時代の流れと共に規模は拡大化した。そして貴族だけなく、【傭兵】や魔境などの未開拓地で生計を立てる【冒険者】を目指す平民の為の教育にも力を入れている。


 平民の子供達が学ぶ【平民舎】。

 貴族の子供達が学ぶ【貴族院】。

 この二つの校舎が並んで立ち並んでいる。


「心中、お察しします」

「…………」


 手紙を握りつぶし、丸めるラグナを咎めることはない。

 それは、仮にフェレグスがラグナと同じ立場だったら同じことをしていたと思ったからだ。

 レムス学院について調べ上げて情報を集め、その実情をラグナに教えたのは、他ならぬフェレグス自身なのだから──


 由緒ある学院だけあって、その実績は多くある。

しかし、歳月の経過と共に学園の実態には不穏な影や噂が飛び交っている。

 

 

 主なものとしては、貴族の子息たちの横暴ともいえる行いだ。

 元々、気位の高い貴族の子息は自身より格下の人間を見下す者は少なくない。


 地位を笠に平民院の生徒達や自分より身分の低い貴族性を蔑ろにする。

 勉学を疎かにし、暴力をふるう。

 酷い者ではその頃から淫行に手を出す者達(主な被害者は平民の少女)も存在していたという事例もある。 

 令嬢は着飾る事と贅沢を覚え、親の金を使った散財を覚える。

 さらに良家の子息と結ばれようと善人を被る一方で、障害となりえる女子を精神的に追い詰め蹴落とすなど、陰惨なやりとりが繰り広げられる。

 

 腐敗と陰惨だけがはびこる中で一番の問題は、それらを教育者たちが止められていないという点だ。

 

 そして、ラグナの元に入学状。それも貴族同然の待遇という好条件が送られてきた理由は単純だ。

 ラグナ達に貴族との繋がりを作らせたいからだ。


 貴族達も人間であり、社会の中で生きている。お金が無ければ生きていけないし、財源が無ければ生活できない。

 王国からは税収としてそれらを賜るが、それだけで生きていけるような節制の利く貴族は。指の数程度しか存在しない。

 それらを支えるのが貴族と手を結ぶ商人達だ。

 貴族は己の欲を満たす財源の一部として、商人はお高い身分達の家名を使って信憑性を得る。お互いの利害が上手く一致した結果とも言える。

 学院にも多くの商会が出資している。その条件として貴族院に自らの子供たちを編入し、貴族の腰巾着などをしてパイプを作る事を企んでいるのだ。

 

 ウェールズ商会は、王国にて設立して早々に高い実績をたたき出した新進気鋭の商会だ。

 そして、その長は今年、十二歳になった若者だという噂が立っている。

 

 つまり、レムス学院はウェールズの長(ラグナ)を、貴族達の学び舎に入れて貴族とウェールズ商会のパイプ役として双方に恩を売りたいのだ。

 ある意味では、ラグナが好意的に受け止める【(したた)か】とも言える。

 だが、今回に至ってはラグナの心に怒りを宿らせるだけだった。


「他人風情が、俺に命令するな」


 怒りのまま、ラグナは握りつぶした推薦状を宙へと放り投げると、頭上を漂う紙切れに小さな火弾を放った。小さな火種は紙切れを貫き、一気に焼き尽くした。

 とどめといわんばかりに、薙いだ左腕から放った魔法の風が舞い落ちてきた燃えカスを吹き飛ばす。


「──ッ」


 鼻で息を鳴らし、手足を組みながら収まらぬ怒りを鎮める。

 何故、これほどにラグナは怒りを抱くのか? それは彼のこれまでの人生の岐路ゆえだ。


 今から四年前、ラグナが初めてわがままを言った歳でもある。

 両親に会いたいと思い、師スカハサに許しを乞うた。ラグナの身に降り掛かる出来事を予測していたスカハサはその望み否決するがフェレグスの説得を受けて、試練と言う体裁を用いた。

 そして、それを乗り越えたラグナを心配する一方で送り出した。


 二年前、ラグナの成長を見たスカハサは彼に対して魔境に行く事を提案した。

 スカハサ達の考えや、意向はあった──それを読めない愚鈍なラグナではない。

 だが、その選択肢の決定権はラグナに委ねられた。そして、現在の環境にいることもラグナ自身が選んで決めたことだ。


 わがままを二度言うまいと誓った。それから努力を重ねる日々──そんな成果を認められてスカハサから幾つもの選択肢は与えられた。

 

 行くか、行かないか? 帰るか、残るか、旅立つか?

 その選択肢の中から何を選ぶのか? それを決める権限はラグナに委ねられた。

 そして、ラグナは選んできた。


 スカハサでもなく、セタンタでもなく、フェレグスでもない。言葉を交わしたことも無ければ、顔を見合わせたことも無い。

 そんな見ず知らずの赤の他人に決められるなど、ラグナには不愉快極まりなかった。

 

 怒りを鎮めようと深くため息を吐き、さらに腰深く座る。

 そして改めてフェレグスへと顔を向ける。


「……はあ」


 そんなだらしないラグナを咎めることなく瞑目するフェレグス。

 やがて、苦笑いしながらフェレグスはラグナへと視線を向ける。


「しかし、予定通りとも言えますな」


 フェレグスの言葉に、ラグナは半眼を作って見つめ返す。

 結論から言えば、この全てはフェレグスの読み通りだ。その為に、情報収集の片手間で経営のやりくりを行い、情報操作を行っていたのだ。


 ラグナはフェレグスから外出を止められなかったのは信頼がある。

 しかし、ラグナ=ウェールズ商会という関係を欺く為に出入りについては事前に造った隠し口を用いらせた。

 その結果、多くの人間にはラグナと言う名の少年がウェールズの人間であると言う結びつきが出来なくなる。

 全てはラグナにより多くの学びの機会を与える為に──。

大げさにフェレグスが行った情報操作だった。


 二人は、手紙が来るのは分かっていた。

 二人は、どんな内容が来るかも予測できていた。

 唯一の予想外は、思った以上に手紙の内容が苛立たせるものだったということだけだ。


「本当に良く分かったな」

「情報は社会と言う空間において何にも勝る武器になりますからな」

「成る程な」


 ただ、とフェレグスは珍しく自慢気な面持ちでこう付け加える。


「私はこれでも神代の頃からこの頭の中身を磨いて来たのです。たかだが百も生きれば十分な程度の人間ごときの浅はかな知恵など手に取るようにわかります」


 その言葉にラグナは愛想笑いを浮かべる。


「怖いな……これじゃあ、俺がチェスでフェレグスに勝つのはまだ当分だな」

「ラグナ様は筋も良いので、そう時間は掛からないでしょう」

「どの口が言うのか……」


 昨日、通算二百敗目を飾ってしまったラグナからすれば、フェレグスの世辞は皮肉でしかない。

 ラグナは肩を竦めて姿勢を正す。

 そして、手が止まっていた作業を再び始める。フェレグスもそれに倣う。


「確か、学院に居る間は基本的に学院寮での生活になるんだったな」

「左様にございます」

「商会自体は殆どフェレグスの手腕で成り立っているから心配ないが……そうなると、また新しい家財が必要なのか?」

「それでしたら直ぐに手配できます。なるべく、今使っているものと同じ材質の物をご用意いたします」

「……ありがたいが、それで悪目立ちするのも癪だ。ただ、そうだな……定期的に本を送ってくれると助かる」

「かしこまりました」


 手紙の内容は忘れて、書類と向き合いながら先の事を確認して決める。

 既に二人の頭では、今後の次と、次の次への段取りが練られていた。

 



 失礼いたします──ノックの後女中は、室内の人物の許可を得ずに部屋の扉を開ける。

 そしてずらりと積み重なる本の山の中で、椅子に座って本をめくる令嬢が居た。


 自分の世界に入り込み、こちらに気付かず本から眼を離さない主の近くによる。

 黒く長い髪とは対になるような真っ白は肌の横顔……物語の登場人物たちに入り込んでいるようで、その唇は時に微笑み、時に引き締める。

 読む姿は優雅なのにころころと愉快に変わる少女の横顔。そんな愛らしい姿を女中は何も言わずに眺める。

そして、呼びかけのかわりに本のいたずら心で少女の横顔に自身の唇を近づける。


 耳にふぅ……と、無防備な令嬢の耳に女中が吐息を吹きかける。


「ッ!?」 


 驚く声を挙げて少女は顔を上げる。そして、次に自分に悪戯をした女中に気付いて頬を膨らませる。


「ミーア。いきなり、悪戯するなんてひどいじゃない」

「申し訳ございません。しかし、日がな一日中こうして本を読むだけでは刺激が足りないかと思いまして、ささやかな日常の変化を与えてみました」

「いらないわ」

 

 恥ずかしいのか、怒っているのか。わずかに頬を膨らませてミーアと呼ばれた女中に非難の視線を送る。


「……それよりも、お嬢様。ご当主様がお呼びです」

「お父様が…………どうせ学院の事でしょうね」

「はい」


 令嬢は溜め息を吐いて本に栞を挟んでから閉じる。


「やはり、気が進みませんか?」

「お兄様の話を聞いて、気が進むと思うの?」

「いいえ」


 即答だった。

 長らく付き添ってくれているミーアの正直な答えに、令嬢は苦笑いする。


「それを言った所で、結局通る事なんて無い……」

「しかし、王国の貴族の横暴は代を重ねることに酷いものです。このままでは──」

「それ以上は駄目よ、ミーア」


 ミーアの唇に人差し指を押し付けて令嬢は言う。それが彼女の口を噤ませた。

 例え事実でも口に出して良い事と悪い事がある。

 令嬢は、ミーアの事が信頼しているし、大事にしている。だからこそ、その先は言わせなかった。


「内側が腐ろうと、私は王家に忠誠を誓った貴族の令嬢なの。滅多な事は口にするのなら、私はミーアを叱らないといけない」

「……申し訳ありません」


 ミーアの謝罪を聞き入れてこの話を終わらせる。その一方で、令嬢は心で彼女に二つの言葉を呟いた。

 先ほどの言葉が自分の今後を思っての言葉を理解しているからこその感謝の想いだ。

 そして本来なら、それは自分の言うべき言葉だというのに、それを言わせてしまったことへの謝罪の想いだ。


「さあ、行きましょう」


 空想に浸っていた時間を名残惜しく、物語の続きを気にしながら、令嬢は父の元へと向かった。

 父の元へと向かった令嬢だが、呼び出した内容は案の定、彼女の今後の事だった。


「もう分かっていると思うが、お前も十二だ」

「はい。我が家訓に倣い、三年間レムス学院にて貴族としての義務を学ぶのですね」

「そうだ。元々はそのためにお前をこの王都内に呼んだ」

「承知しております」

「……娘を、一人旅立たせるのは忍びないがな」


 よく言う──。

 扉の前にて控えていたミーアは、当主である令嬢の父親に対して冷たい視線を向ける。

 都合がいい時だけ、彼女の父親面をする男に、敬意などない。


 貴族達において、黒いは聖教における忌み子の象徴。【闇】を連想させるという意味合いと、平民にはごくありふれた色だからと言う理由で【貧困】の証拠として差別の的にされる。

 そして彼女が忠誠を誓う令嬢もそうだった。黒い髪だからという理由で幼い頃から謂れの無い差別を受けて来た。ずっと年上の大人達が仕えている筈の彼女に向けて影で蔑んでいるのを何度も聞いた事がある。


 そして、彼女の父親もそんな娘を助けようとはせず、殆ど居ない者同然に扱っていたのを知っている。

 だが、敬愛する令嬢のために鉄面皮を被り、並行に徹する。


「我がグラニム家は、東の公国を預かる由緒ある家系だ。王家と各公国の関係が悪くなる前に、中央とより強い関係を結んで結束を改める必要がある」

「その為に今年度では、王太子と各国の大公の子息令嬢が一様にレムス学院にて同じく勉学を勤めのですね」


 娘の確認に対し父親はそうだ、と首肯する。


「次期国王の第一候補である殿下との繋がりを築き、王家と大公。王国と公国の絆を改めて強固なものにするのがお前の役目だ」


 平静を保ち続けるが、ミーアは内心で舌打ちしたい気持ちになった。つまるところ、この父親は自身の娘を生贄同然に、放り込もうとしているのだ。

 

 レムス学院内の腐敗の実情は上流階級の中では既に出回っている情報だ。

 王国内にてぬるま湯のような環境で好き放題してきた貴族と、その子息達が彼女に何をするかなど容易に想像できる。

 腹の下で組んでいた手に力が入る。しかし、一端の女中如きでは物申す事など出来ない。その悔しさから握る拳にさらに力が加わる。


「エイルヘリアとの長い戦争が終わって長い時が立つ……より良き国としての体裁を保たなくてはならない。お前には期待している。頼むぞ、アリステラ」


 東の公国グラニム公国の当主である父親の言葉が令嬢へと告げられる。

 やがて娘は──アリステラ・フォン・テュルグ・グラニムは顔を上げる。


「分かりました」


 そう短く、そしてハッキリとそう告げたアリステラは部屋を出る。

 その時にミーアは彼女の目を見た。覚悟を宿したその目にわずかな哀愁を秘めた蒼の瞳。大海のように美しい輝きは、広い何かを見据えようとする決意が籠っていた。

感想、ブクマ、閲覧者の数が活力となる。


はい。と言う訳で、一章編に出したあの時の女の子です。

金髪赤目のラグナとは対照的に黒髪ロングに蒼眼の美少女です。

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