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41話:見送る者達

出来れば空全体が橙になっている間に投稿済ませたかった……無念。

 『行ってきます』──そう言って旅立っていったラグナの背中を、ジークフリードとセタンタは旅立つラグナの背中を見送る。


[これで良かったのですか?]

 

 旅立つラグナの背中が完全に消えた事を見届けたジークフリードは呟くように問いかける。セタンタは気まずそうにジークフリードの背中に座る彼女へと視線を向ける。


「あいつが選んだことだ」


 銀竜の背中に隠れていたスカハサは感情の籠っていないような声でそう答える。

 セタンタはジークフリードが舞い降りた瞬間、その背中にスカハサが乗っていることに気付いた。しかし、彼女に口止めされてラグナに教えることが出来なかったのだ。


[我が言いたいのはその事ではありません。本当に、ラグナに顔を合わせず良かったのか、と尋ねているのです]

「良いさ。わしは元々会うつもりは無かったのだからな」

「……そうは言いますけど、ねえ。」


 弟子達の言葉に返すことなく、スカハサは西に沈む太陽を見つめる。暮れの空に輝く光に彼女は目を細める。


「あいつが俺達に向けた言葉は、師匠。あんたに言いたかった筈だぜ」

「…………」

「わざわざクリードに帰ることも許さず、それなのに此処まで見送りに来たと思えば、隠れて姿を見せずに、師匠。あんた何がしたかったんだ?」


 ラグナが旅立つ直前に告げた言葉にはわずかな寂しさが含まれていた。それを感じ取ったが故、セタンタの言葉には静かな怒りが込められていた。


そんなセタンタの問いに対してスカハサはそれに答えようとはしなかった。

何も言わず、彼方の夕暮れに手を伸ばす。

沈み行く太陽は彼女の手に収まる。

しかし、彼女が掌を握っても彼女の手は虚空と握り、太陽を掴むことは出来ない。


「遠いな……」


 誇らしげに、しかし、悲しげに、スカハサはそう呟きながら握り拳を胸に抱く。彼女の胸にあるのは自身の末弟子の事だ。


(いつの間に、本当に、本当に大きくなって……)


 心で呟くスカハサの心をめぐるのは古い記憶がよぎる。

 長い時間を孤独に生きた。数多の神の一柱。その中でも初期に生まれたスカハサは、闇と冥府──それらを統べて、【死】を司る女神として君臨した。

 しかし、命の終わりとして忌避される死を司るが故に、彼女は人からも、神々からも恐れられた。

 

 誰も彼もが、彼女と彼女の力を恐れた。誰からも何からも距離を置かれた。彼女は恐れられた。そして、彼女もそんな孤独を恐れていた。

 

 望んでそうなったわけではない。好きでそうなったわけではない。

 

 一人が怖い。孤独が怖い。孤高が嫌い。静寂が嫌い。

 

 怖がらないで。恐れないで。逃げないで。跪かないで。許しを請わないで。


 触れたい。触れられたい。愛したい。愛されたい。守りたい。守られたい。

 

 見てほしい。聞いてほしい。感じてほしい。知ってほしい。

 

 そばに居て。手を握って。頬に触れて。体を抱きしめて。唇に触れて。


 願った。望んだ。

しかし、誰もその願いを聞いてくれるものは居なかった。

 だから彼女は自らの手でそれを作るしかなかった。

 

 神と巨人が争う前──死に行く知恵の巨人の首を生かすことにした。

 その知識が惜しいと神々を説得し、彼に新たな肉体を与えて侍らせた。

 

 神代の終わりの頃──始祖を亡くした銀竜を救った。

 その強大さが神々の代行者になるだろうと説き、代行者として神々無き地の監視を託した。

 

 穢れた人間の歴史の頃──一人生き残った黒狼の少年を助けた。

 一人取り残され、それでもなお懸命に生きようとする幼い戦士に共感し、互いに理解者になろうとして救い上げた。


 賢者を侍らせ、竜の王を従え、戦士を育てた。スカハサの心は潤った。

 だが、その心の奥底で何かが乾いた。


(あの子に会ったのは、そんな時だったな──)


 今から遡り十年前の頃──

 自分が何を欲しているのか分からぬまま時が経った。そんな時、ふと何かに惹かれるように、スカハサはこっそりと大陸に舞い降りた。

まるで喉が渇いた生き物が水の匂いを頼りに行く様に森を進んで、見つけた。


 存在すら否定されて捨てられた人間の赤ん坊を拾った。

 捨てられた子、否定された子──スカハサは初めて、他者を哀れに思った。

 

 フェレグスのように言葉を語る事のできない無知な生き物。

 ジークフリードのように威厳があるわけではない無垢な生き物

 セタンタのように強さを持っているわけではない無力な生き物


 だが、神々の誓約があった。

『すまぬ』と思いながら、拾った赤ん坊を元の木の根元に置こうとした時──赤ん坊は静かにスカハサの手を握った。


 弱弱しく──しかし、強く。 

赤ん坊は生きようとした。

 無知で無垢で無力だが──赤ん坊は生きようと、死に抗おうと、自らを拾い上げる彼女が手を差し出すよりも先に、自らを抱えるスカハサの手に触れた。

 

(なんて愛らしいのだろう)


 その瞬間、彼女は自分の中で何に飢えていたのか理解した。従者ではなく、代行者ではなく、弟子ではなく──|【子】が欲しかったのだ(おやになりたかった)。  

 この子は私が育てる。神々が一方的に押し付けてきた神々の制約などどうでも良く、この子を育てると決心した。

 

 銀竜の血を与え、自らの乳を与えた。

 寂しがって泣き出す姿が可愛かった。

 四つん這いになって思いの外早く寄ってくる姿が面白かった。

 ふらふらになりながらも足だけで立ち上がり、尻もちを就く姿が可笑しかった。

 セタンタの呼び方の真似をして『しーしょ』と呼ぶ姿が微笑ましかった。

 健やかに育つ姿を眺めるのが、何よりも愛おしかった。


 スカハサにとってその時間は、まさしく光だった。

 

 しかし、時は残酷だ。人間である赤ん坊の成長はスカハサたちから見れば恐ろしく速い。


 一年経ち、二年経ち──一人で立てるようになった。

 三年経ち、四年経ち──本をせがむ様になった。

 五年経ち、六年経ち──魔法を知りたい、武術を学びたいと望むようになった。

 七年経ち、八年経ち──腕を上げると同時に、どこか暗い影を見せるようになった。

 九年経ち、十年経ち──クリード島で教えられることが無くなった。


 嬉しい。その一方で、寂しかった。

 いつの間にか立って歩くのは普通になり、自分で本を読むようになり、鍛錬に励むのが日常となり、自己研磨を日課とするようになった。


 無垢な赤ん坊は、物腰落ち着いた少年へと成っていた。

 だが、それと同時にどんどんとスカハサの手元から離れて行く様に遠くへと進んでいってしまう。

 

 そしていづれは──。


(嗚呼、本当に大きくなったな)


 玉のように小さく、愛らしい子供だった。

何があろうとも、どんなことが起きようとも、ラグナは自分の家族である事が誇らしい。 

 

 いつまでも共にあって欲しいと、スカハサは願う。

だが、師として親として、弟子の……我が子の可能性をどこまでも広げたいと思う。


願いを押し殺し、養育者としての己を貫いた。


 ラグナは、スカハサを月と重ねて思いを馳せた。

 だが、重ねていたのはスカハサも同じだった。懸命に生きようとする赤子の命の眩しさを見たあの時から育てると決めた瞬間、赤子を太陽に重ねた。

 

そして守りたいという思いと、見守ろうという決意を込めて月と太陽が向かい合う事の出来るこの刹那の時間に願いを込めて【黄昏(ラグナ)】と名付けた。


「行って来ます、か」


 ゆっくりと、しかし少しずつ沈んでいく太陽に視線を向ける。


「いってらっしゃい。我が最後の弟子」

(さようなら。私の可愛い子………)


 既に旅立ったラグナの代わりに、夕焼けの太陽にスカハサは別れを告げる。

 その心で呟く別れの言葉は誰にも届くことはなかった。


 月は去り行く太陽を見送る事しかできない。

 それでも尚、親として愛する我が子の旅路に祈りを込める。


 二人の弟子は、師に対してそれ以上の言及はしなかった。

 愛しさを宿し、慈しみを宿し、寂しさを宿し、悲しさを宿し──細めた目で太陽を見つめ続けるその姿が、酷く孤独に見えた。


これにて二章完結!!


※ラグナ

北欧神話における終末の日を意味する【神々の黄昏ラグナロク】から。

物語の設定上ではラグナと言う名前単体に【黄昏】の意味が込められている。

しかし、現実での【ラグナ】という言葉はスペイン語で【湖】という意味になる。


※セタンタ

ケルトの大英雄【クー・フーリン】の幼名より。

名前に【道を進む者】という意味が込められている。


※ジークフリード

ドイツの英雄叙事詩に登場する悪竜を倒した大英雄【ジークフリート】より。


※スカハサ

アルスター伝説に登場する影の国の女王【スカアハ】より。


※フェレグス・ミーミル

フェレグスはアルスターの英雄【フェルグス・マク・ロイヒ】より。

ミーミルは北欧の知恵の巨人【ミーミル】より

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