40話:最果てからの旅立ち
ジークフリードの物語を終えた後、ラグナとセタンタは外の空気を吸う為に祭壇の外に出ていた。そのままセタンタに連れられて山を登ったラグナは高峰へと辿り着く。
そこから見える景色に、ラグナは言葉を失った。
「驚いたか?」
「──」
太陽が西へと沈む夕暮れ時──海のように広がる雲にその雲の合い間から顔を出す山々。そして、その遥か彼方にて地平線に沈み行く橙色の太陽にラグナは心を奪われた。
「すごいな、こんな美しい世界があるのか……」
「俺も初めて見た時はそう思ったぜ」
岩肌に腰掛けるセタンタに倣い、ラグナも地面に座り込んで絶景を眺める。
明け色に輝く世界と共に照らされるラグナの心には目の前に広がる光景への感動と、その世界が漂わせる哀愁への寂しさが渦巻いた。
(もうすぐ今日の半分が終わる。あの話からもうそんなに時間が経っていたのか)
ラグナは今更だが時の流れを思い出した。それでも眼を離すことは無く、自身の記憶に広がる光景を焼き付けた。
「……なあ、ラグナ。お前は自分の名前に込められた意味を知っているか?」
「名前の意味? 聞いた事ないな」
セタンタからの唐突な問いにも、ラグナは視線を動かさず答える。そんなラグナに優し気な眼差しを向けながらセタンタは【ラグナ】の名に込められた意味を教える。
「神々の言葉で、【黄昏】って意味だそうだぜ」
「黄昏? 俺の名前が、か?」
名前の意味に、ラグナはようやくセタンタを見る。
「ああ。師匠はテメェを拾って育てるって決めた時に、その名前にするって決めたらしい」
「らしいって、股聞きかよ。でも、黄昏か……」
ラグナは再び夕陽を、黄昏の空を感慨深く見つめる。
「不思議だな。綺麗なのに、何故か悲しくなる。広大なのに、不思議と寂しい。太陽が沈むからかな」
「旭は繁栄の象徴で、その反対の落陽は衰退の象徴だからな」
「なら、どうして師匠は俺に黄昏の意味を名付けたんだ?」
「それは師匠にしか分からねえよ」
「それもそうか」
ラグナは頭上を仰ぎ見る。頭上の空には境界線が出来ていた。西から橙色の空、東からは藍色の空
そのまま背後へと振り返れば、太陽の番である月が姿を現している。
「……昔、師匠が月に見えたことがあるんだ」
「月に? 太陽じゃなくってか?」
「師匠は凄い人……じゃなくて、神様だったんだよな」
苦笑しながらラグナは言葉を続ける。
「太陽ってさ。明るくて眩しくてそれこそ何よりも輝いてるって思うだろ? でも、そのせいで手が届かないって言うか。目で追うことが出来ないって思ってる」
「まあ、実物の太陽なんて直に見てれば眼が潰れるだろうよ」
「そういう現実的な話じゃなくてさ。手が届かないって言うなら月もそうだけど、月は一方的に見下ろすのでは無くて、こうして見上げることが出来る。その優しい光が、師匠によく似ているな──って、そう思うんだ」
月に手を伸ばしながら、ラグナは語る。しかし、掴もうと広がる掌が遥か空の彼方に浮かぶ付きに届くはずは無く、握るラグナの手は虚空を掴んで終わる。
何も掴んでいない自身の右手を見つめて、ラグナはセタンタへと振り返る。寂しげな眼差しがセタンタを見つめる。
「師匠に会いたいか?」
「会いたいさ。家族に会いたいって思うのは当たり前だろ?
セタンタの問いにラグナはか細い声で即答する。セタンタにとってラグナは自分の次に強い自慢の弟分だ。強く、賢く、優しい。人を惹き付けるために必要な要素の全てを持ち合わせたスカハサ達の集大成とも言える人物だ。
だが、そのせいで忘れそうになるがラグナはそれでも未だ十歳の少年なのだ。
自分の為ではなく、誰かの為に戦う義侠と度胸を心に宿しても──。
理を探求して、人間の身で空を飛ぶ法則を仮定し編み出す頭脳を持っていても──。
大きな敵を相手にしても臆する事無く挑み、それを打倒する知識と武術を身に付けていても──。
ラグナはまだ幼いのだ。
分からない事から耳を背けたくなる事だってある。敬愛する人の温もりを感じたいと恋しくなる事だってある。
セタンタにとってもジークフリードが語った真実の歴史は、寝耳に水の物語だった。現に、ラグナは人間の陰惨な行いを聞かされ、自分が人間であるという事に耐えられず心を砕いた。
言葉では割り切ったといっても、ラグナの心が未だに掻き乱れている事が表情から窺える。
だが、セタンタはその先に続く言葉を見つけることが出来ず沈黙する。
(俺が人間だったのなら、ラグナみたいになってたのかもな……)
価値観なのかもしれない──セタンタは思った。そしてセタンタはふと自身の半生を振り返った。
セタンタの部族である【黒狼族】は、自由を重んじる部族だった。誇り等何よりも己を貫き己として終わる。だからどこかに永住するのではなく常に部族で野山や森などを移動しながら暮らしていた。
セタンタもその価値観を持って育った。ただ他の同族と違うようになったのは。彼が唯一人の生き残りになった事がきっかけだった。
セタンタがラグナほどの背丈の頃の話だ。
実兄に鍛練で負けたのが悔しくて、部族の拠点を飛び出したセタンタ──ほとぼりが冷めて拠点に戻ったセタンタが目にしたのは、魔物の群れによって蹂躙された同族の姿だった。父も母も兄も弟も、最早誰が誰かも分からず、肉塊になった仲間達に群がる魔物達を見て、セタンタは生き残るために──。
そこから必死に逃げた。
仇を討とうとは思わなかった。【自由に生きる】──その価値観を刷り込まれたセタンタにとってあの光景は、【運悪くそうなった】に過ぎない。
家族を、仲間を、帰る場所を失った哀しみを胸に抱きながらセタンタは生きようとした。その心の奥底で【死】への恐怖が芽生えていた。
そこからセタンタは兄よりも弱い自分がどうすれば生き残れるかを考えた。魔物の残飯を漁った事がある。死に物狂いで自分を追いかける魔物から逃げた事がある。泥まみれになるのも構わず地べたに這い蹲って隠れた事がある。
それだけでは生き残れないと知ったセタンタはもっと考えるようになった。
罠を仕掛ける事を覚えた。奇襲を仕掛ける事を覚えた。騙まし討ちを仕掛ける事を覚えた。
仕留めて食らい、しくじれば逃げる。それを繰り返してセタンタは弱肉強食の魔境を生き延びた。
『生き続けることが、俺の【誇り】だ』
スカハサに拾われてそこでわずかな勉学を受けるまでセタンタが胸に刻み込んでいた言葉だ。
そうして誕生したのが今のセタンタであり、その根幹に根付いたラグナと同じ、そして彼以上の【求生者】としての思考だった。
故に、ジークフリードの物語を聞き終えたセタンタの感想は──
『そんな事があったのか……』程度のものでしかなかった。
だがラグナは違った。多くの影響を受けても、ラグナの人生はラグナ自身のものだ。生涯で何に大事にするか、何を誇りとするかはラグナが決めることだ。
自分は人間ではない。だからラグナが何故、死にたいなどというほどに打ちひしがれたのかは分からなかった。
(ただなぁ、あれは駄目だ)
死にたい──。
これはまだ良い。そう思うときがあるかもしれない。
どうして師匠は俺のなんかを拾ったのか──
だがこの言葉だけはセタンタの中で最大の禁忌であった。
あの言葉はラグナ自身の全てだけでなく、これまでラグナを導いた全てを否定する言葉だった。セタンタは初めてラグナに手を上げた。衝動のままに怒鳴りもした。
やりすぎたか? やってしまった後に反省するが、やったことに後悔はしていない。それがラグナの為を思ってことだからだ。
「けど、皮肉だな。師匠を月に重ねる俺の名前は太陽だったのか……」
しかし、ラグナは弱い声でそう呟く。セタンタには掛けられる言葉が見つからなかった。だが、切なげな顔をするラグナは、それでも笑ってみせる
「何だよ、そんな辛気臭い顔して。俺の顔に何かついてるのか?」
「いや……お前が寂しそうな顔してたからな」
「そうか?」
ラグナは自分の頬に触れて自分の表情を確かめる。
しかし、それで分かる筈もなく数度頬を触って止める。
「まあ、そんな風に見えたんだろうな……でも、祭壇で言ったろ? 俺はスカハサの弟子である事を誇りとして生きる。そして、それに恥じない強い人間になると──二年前に誓った」
ラグナの心の底には生きたいという願いがある。その為に強くなりたい、賢くなりたい。二年前の出来事から、改めて己自身に誓った思いは今もラグナの胸で静かに燃える。
「今は分からないことだらけだけど……何時か全てを理解し飲み込むさ」
「……そうか」
[それでこそ我らが弟だ]
頭上からの声に二人は空を見上げる。夕陽に照らされ黄金に輝く銀竜がラグナ達の前に降り立った。
セタンタはギョッ、と目を見開いて固まってしまう。
「ジークフリード……」
[ラグナ。真実の歴史を聞き思うことがあるだろうが、踏ん切りがついたようだな]
「ああ……そうだ。ジークフリードは、師匠が俺に名前に込めた願いを知っているのか?」
ラグナの問いかけに、ジークフリードは静かに頷いた
[先も語った通り、神々は本来ならば人間には関わらなかった。それにも関わらず、主がお前を拾ったのは、融和を説いた人間のようにお前の強い意志が何かを変えると期待したからだ]
黄昏を見据えながらジークフリードは語る。
[セタンタの言った通り、黄昏は衰退を抱かせる。だが、沈んだ太陽は再び東から昇るように、お前は人間の中で異なるものを見出すだろう。主は、それを見越し、そして願ってお前にその名を与えたのだ。]
「期待、願い……か」
噛み締めるようにラグナもまた黄昏を見据えながらジークフリードに問う。
「深いな……俺の名前は──」
[背負えるか?]
「背負えるか、じゃない。背負える男になるんだよ、これからな。教えてくれてありがとう。気が引き締まった」
頬を叩いて自身に活を入れてから、ラグナはセタンタ達に輝くような笑みを見せる。幼さを残した戦士の面持ち、なれど子供の様な無邪気な笑顔に、二人の兄弟子の顔がほころぶ。
「それで、ジークフリード。これから俺達はどうするんだ? クリードに帰るのか? それとも、しばらくは此処にいるのか?」
[それを決めるのはお前だが……もう一つの選択肢がある]
「もう一つの選択肢?」
そう言って背後から近づく背後を察知しラグナは振り返る。そこに居た老紳士を見てラグナは驚く。
「お久しぶりですラグナ様。少し見ぬ間にお顔立ちが凛々しく成られましたな」
「フェレグス!? どうしてここに?」
クリード島に居る筈のフェレグスの出現にラグナは思わず大きな声を挙げてしまう。しかし、問われたフェレグスはただただいつもと変わらぬ様子で落ち着いた態度でラグナに接する。
[久しいな、叡智の巨人よ。此処にお前が来るのは神代の終わりの頃か]
「そうだな竜王よ。最後にこの地を訪れたのは、遥か彼方の同胞への決別を込めてだった」
「……ジークフリード、どういう事だ?」
フェレグスとジークフリードのただならぬ雰囲気にラグナは戸惑う。混乱するラグナにフェレグスは一礼して説明する。
「ラグナ様。ジークフリードより歴史の真実を聞き、私に関しても幾らかの疑問を抱いたでしょう。改めて、名乗らせていただきます。私の名は【フェレグス・ミーミル】……神代の初期、神々と争い敗れた亜人【巨人族】の者です」
「ミーミル? 巨人族?」
フェレグスの口から語られた正体や種族について尋ねるようにラグナはジークフリードに顔を向ける。
[お前に話したのは神代の末期からの物語だったが、厳密に言えば、神同士の争いの前に、神々は一つの争いを行っている。その相手が、この最果ての地よりさらに北にて息を潜める巨人族だ]
「巨人とは書いて字の如く、大樹の様な体躯と粗暴な性質を併せ持った亜人種であり──神々ですら総力を挙げて戦った者達です。彼らは──」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。いきなりその巨人? それについて話されても困る」
フェレグスが巨人族について語ろうとするのを止めて、ラグナは頭をかく。
「その会話については何時かに機会にしよう。とにかく、フェレグスはその巨人族だって言う事なんだな?
「疑いますかな?」
「フェレグス達の言葉を、か? そんなまさか、と言いたいけど……」
ラグナは困ったような顔をしてフェレグスを見つめる。大樹の様な巨体と言うが、当のフェレグスはセタンタよりも背が低い老紳士だ。
疑惑を含んだ眼差しを向けるラグナに、フェレグスはただただ苦笑する。
「せめてそこは聞かせてくれるかな」
「かしこまりました。力を貴ぶ巨人族の中でも私は、力よりも知恵に興味を抱く変わり者でした」
「うん」
「ある時、私の巨人の王に『お前は雑魚だが使いようがある。その知恵とやらを俺達の為に役立てろ』。そう言われたのです」
「成る程、それでどうしたんだ?」
「『馬鹿に貸す知恵は無い。お前の下らない会話で私の勉学が数秒無駄になった、どうしてくれるんだ』──そう答えたら、怒った王に首を刎ねられました」
「ぇぇ……」
あっさりと言うフェレグスだが、それを聞いたラグナは戸惑う。
「胴は焼かれ、首は野に投げられましたが巨人と言うのはしぶとく、私も首のまま何日か意識を保っていたのです。そこを神々に拾われ、話の通じる神々となら上手くやっていけると思い、仮初の肉体を作って貰いそこに首を繋げたのです」
「……そんな事が出来るのか?」
「神々とはそれほどの力を持っていたと言う事です」
神々だけじゃない。フェレグスもだ──ラグナはそう言いかけたが、それがフェレグスの正体やそうなった経緯なのだと納得する。
(昔は昔で、神は神で本当に無茶苦茶だな……)
「分かったよ……それで、フェレグスが此処に居るというのは、三つ目の選択肢に関係あるんだな?」
[そうだ。だが、決めるのは他ならぬお前自身だということ忘れるな]
「ああ……聞かせてくれ」
[人間を知りに行く。これが我が主がお前に与える三番目の選択肢だ]
人間を知りに行く。ジークフリードの言葉に、ラグナは真意を考え、理解して顔を上げる。
「つまり、人間の国へ行く……という事か」
[そうだ]
「………………」
ラグナは考える。クリード島に帰るか? ジークフリードの下で鍛えるか? 人間の国へと行くか? その選択肢が己に何をもたらしてくれるのかを考える。
クリード島に帰る。それが与えてくれるの──安穏だ。
スカハサが居る。セタンタが居る。フェレグスが居る。これまで自分が過ごしてきた日常へと帰るだけだ。
だが、それは──帰るだけで、何かを得ることは無い。
ここに残る。ジークフリードに望めば、己を鍛えてより高みに行くことが出来るかもしれない。だが、それが絶対に成しえるのか? ラグナはその確証を持てない。
セタンタでさえも長い時を経て認めさせたジークフリードを、人間の俺はどれだけの歳月を経ればそこまで辿り着けるのか。それが出来るとしても自分には時間が掛かり過ぎると、ラグナは呼んだ。
人の国に行く。恐らくフェレグスと共に行くのだろう。だが、脳裏によぎるのは忘れることが出来ないあの忌まわしき思い出が、ラグナの胸を締め付ける。
ただそう産まれただけで疎まれる。しかも、それはただの偽りの歴史だという真実が、ラグナの心に怒りを灯す。
人間を知る。それに何の価値がある? 期待など、微塵も抱くことは無い。ラグナはそれに何の意味があるのかを考える。
フェレグスを見る。何も言わず、ラグナを見守る。
セタンタを見る。一瞬、気まずそうな顔をして頭を掻き、改めてラグナを見る。
ジークフリードを見る。黄昏を背負いながら、ラグナを見据える。
「……決めるのは俺自身、か」
ラグナは、一つを選ぶ。
「人の国行くよ。そして改めて、人間って言うのを見てみたい」
分からないことだらけだからこそ……知識がそれを求めた。
期待などしていない。だが、きっと今を置いてそれは二度と訪れないと分かった。
[……それがお前の選択か?]
「ああ。多分、捨てられても人間として生まれた俺にとっては、これが最後の機会だと思うからさ」
「そうか……」
一瞬、寂しげな眼差しを送り、ジークフリードは眼を瞑る。そして目を見開くと疎の双眸が眩しい光を放つ。
ラグナは咄嗟に目を庇う。そして光が収まり、自らの手に何かが握られているのに気づいてそれを確認する。
「……眼帯と、これは?」
手に収まっていたのは革で出来た眼帯と、生き物の骨の一部で作った首飾りの様な物
[竜眼は人間達からすれば異質だ。人間の国では多くの理不尽を目の当たりにする。それに対する怒りが、お前の左目に宿るだろう]
「……だから、これで隠せって事か。けど、こっち?」
[それは【竜角笛】と呼ばれるものだ。もしも助けを欲した時にそれを天に吹け。それ我はお前が何処に居ようとも助けに向かおう。エルフの首飾りと共に、常に首より掛けておくが良い]
「……ありがとう。ジークフリード」
二つの送るものを強く握尻目、ラグナはそれを身に付けた。
そしてジークフリードを見上げる。
「こうして会えたのに、あっという間に分かれになるんだな」
[そうだな。だが、しばしの別れだ。それに我はこの地より世界を見守る者。お前の事もここより見守ろう]
「真実を聞かせてくれてありがとう。そして、俺を生かしてくれてありがとう。此処に戻って来た時はまた話を聞かせてください」
[分かった。思うが儘に生きよ、我が弟よ]
ジークフリードと言葉を交わし、次にセタンタと向き合う。
「魔境で、色んな事教わったな」
「良い事も悪い事もあったけどな?」
「それは……まあ、忘れてくれとは言えないか。でも、セタンタが導いてくれたから此処に辿り着けた」
「そうか? そうかもな……ただ、俺の力だけじゃねえ。お前の力もあるさ」
セタンタとラグナは笑い合い、どちらが先とは言わず手を差し出す。
「寂しくて泣くなよ?」
「セタンタこそ」
「俺が泣くかよ、ただ、やっぱり、弟が行っちまうのは寂しいな」
「…………」
「元気でな」
「……ああ」
握手を交わし、セタンタに背中を叩かれてフェレグスの下へと向かう。
「よろしいですかな?」
「ああ……ここからどうやって行くんだ?」
「山の麓に主が異門を作られております。それを潜り、人間の国──ロムルス王国へと行きます」
「分かった」
「ラグナ様が旅立って大よそ半月の間に、こちらでも下準備は済ませております。あの時の様な辛い目にあう事はありません」
半月──それだけの時間の流れが立っていた事に驚きながらも、ラグナは頷いた。
「……一度、クリードに戻らないのか?」
「……残念ながら、それは出来ません」
申し訳なさそうに答えるフェレグスに、ラグナは何も言う事はしなかった。
言葉を交わし終え、ラグナはフェレグスと共に山を降りる。その前にラグナの足が止まる。
(……本当は、師匠にちゃんと言いたかったけど……)
旅立つ前に無理やり言葉に出した言葉があった。スカハサにこそ、今度こそ言いたかった。何も心配はいらないと、もう大丈夫だとそれを示したかった。
「……二人共」
見送る二人に振り返り──その言葉を口にする。
たった六文字の短い。しかし、温かい大事な言葉を──。
「行ってきます」




