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34話:ラグナ達の選択

 メイヴの来訪から早三日が過ぎた。あの日からアーロンを筆頭にエルフの上層部は連日会議を開いている。当然、議題はメイヴが告げた服従勧告を受けるか否かだ。


 断固拒否、戦うべきだ──そう言う者もいた。

 勝てる見込みが無いなら従うべきだ──そう言う者もいた。


 アーロンも、長としてこの会議に毎日参列し朝から晩まで袋小路の話し合いに参加している。そのせいで家族との交流は激減し、心配するフィオーレとアイリスの言葉にも疲れた笑みを浮かべてしまう始末で、家族の絆に暗い影を落とした。


 狩人達も、先の一件の事も含め獣人に対する警戒が色濃くなり、狩りに行く者と里を守る者と別れたことで、収穫の比率は落ちている。

 加えて言うと、これまで友好的だったセタンタに対しても──【獣人だから】、と言う理由から無意識な警戒心を抱いてしまう。

 それを察知したセタンタは、徐々にエルフとの交友を控えていき、遂にはあまり部屋から出て来なくなった。

 そして、ラグナも、付き合いの長いセタンタの方に同調して、彼と共に借屋の中で武具の手入れをするだけの日々を送っていた。


「何と言うか……今までで一番が居心地悪いな」

「あー、まー、そーだろーなー」


 テーブルに着くラグナは、白狼族の一撃負った短剣の亀裂を睨みながら哀しげな言葉を零す。それに対してセタンタは、気だるそうに返事する。

 ラグナは、短剣を仕舞いセタンタを見る。ベッドでごろりと横になっているその様子を見て──理不尽な差別感情を向けられている事に共感を抱き、退屈している事を理解する。


 溜め息を吐いて、ラグナは窓から外の様子を見る。

 これまで、ラグナがこの窓から見てきた景色は、穏やかに暮らすエルフ達の生活だった。

 若いエルフの女性達が話し合いをしていて、子供達が遊んで回る姿や弓矢の鍛練をする姿──そして、それを見守る狩人の姿だった。

 しかし、今彼の目には、険しい顔をした狩人達の姿だけしか映らない。

 平穏だったエルフの里の姿無く、ただただ張り詰めた空気だけが外を支配している。


「セタンタ、どうにかならないのかな?」

「ん~~……既に話はエルフ全体に及ぶ話になっているからな」


 ラグナの言葉にセタンタは、身体を起こす。ただし、普段の彼には珍しく思案顔を浮かべている。


「逆らえば蹂躙される、従っても使い捨ての道具──どっちを選んでも戦の火はエルフに降り掛かる」

「……それを理解しているからこそ、アーロンさんも決め兼ねているんだろうな」

「まあ、決めるのは俺達じゃなくエルフ族だ……俺達部外者は、普通は引っ込んでるものだぜ?」

「それは! ッ、そうだけど…………」


 そう言いながらラグナの脳裏に思い出すのは、昨夜の出来事だ。


 眠れず、気を紛らわそうと外へ出たラグナ。

夜空に浮かぶ月を見て、手を伸ばして(くう)を掴む。

しばらくして帰ろうとした矢先──ラグナは、憂鬱気な顔を浮かべて、自身と同じく夜空を見上げるフィオーレを見掛けて声をかけた。彼女の口からは、ここ最近の父親の様子が語られた。


『連日話し合いをしているが、方針は未だに決まらずその中心に立っているアーロンには大きな負担が圧し掛かっている。食も進まず、昨日の夜はとうとう何も食べずに眠ってしまった』

困ったお父さんだ──苦笑いを浮かべながら告げるフィオーレの表情に、ラグナは何とかしてあげたいという気持ちに駆られた。


(俺の心は、あの人のおかげで救われたんだ……だから、今度は俺があの人を助けたい)


 ラグナにとっては、恩返しもある。だが、それと同時に、【困っている誰かを助けたい、力になりたい】と言う道徳心から来る正義感。そして何よりもあの時と同じ【見てみぬふりをしてやり過ごすのが気に入らない】と言う義憤が、彼の心を突き動かした。


「俺は、このまま【何もしない】でいるのは嫌だ」


 冷ややかな、それと同時に見定めるような視線を向けるセタンタの顔を見て、ラグナは言葉を発する。


「──ったく、お人好しめ」


 溜め息を吐くセタンタだが、唇を吊り上げてラグナに笑いかける。口には出さなくとも、その表情には弟分に対する賛辞があった。


「で? 何かあるのか?」

「それは、まだ分からない──だからセタンタ、知恵を貸してくれ」

「おう──って言っても、俺のお(つむ)はそんなに役に立つかわからねえぞ?」

「そういうこと言うなよ。ってか、自覚してるならフェレグスの授業ちゃんと受けとけばよかったじゃないか」

「やだ」

「即答するなよ……」


今度はラグナがやれやれと溜め息を吐く。だが、その後二人は静かに笑いあった。


「さて、んじゃあ。改めて今の状況を整理しよう」

「分かった。まず、俺達は今、エルフの長であるアーロンさんの恩返しとしてここで滞在させてもらっている」

「それはいつまで?」

「いつまで? それは…………そういえば言われてなかったな」

「まあ、ずっと此処に居るわけにも行かないな」

「だが、それは今じゃない……そうだろ?」

「ああ」


 セタンタは頷く。


「そして、今回はエルフと獣人──細かく言えばそれを束ねた白狼族の問題だ。俺達はどちらに味方する?」

「当然、エルフ族だ……あいつらには恩義も借りないからな」

「そうだな。俺も正直、連中が気に入らない」

「それでいいのか?」

「時には、それで判断しても良いって事だよ……良いかラグナ? 気に入らない連中と、無理やり波長を合わせる【必要】はあっても、合わせてやる【義理】は無いんだぜ。覚えておけ」

「……話を戻すよ。状況を見れば、どっちが有利なのかと言えば──」

「当然、獣人側だな。何しろ連中は数が多い」


 セタンタの回答に、ラグナも眉間に皺を寄せる。

 味方をするのはエルフ側だが、優勢なのは獣人側という状況──現実を見れば、たった二人の助っ人で、この状況を打破する事はできない事を、ラグナは自覚している。


「ラグナ。お前も何も考えていなかったわけじゃないだろ? 言ってみ?」

「ああ、まず獣人……メイヴは、エルフの服従と同時進行で翼人族(ヴァルキュリア)との戦争の準備をしていたんだったよな?」

「確かな……成る程、確かに悪くない案だな」


 ラグナが言おうとしている案を読み取り、セタンタも小さく首肯する。


「翼人族とエルフによる共闘を築くか……確かに、互いに喧嘩吹っかけられた側だから、利害は一致しているな」


 だが──そう言ってセタンタは、言葉を切る。


「それだと根本的な部分が解決していないんだよな。残念ながら……」

「どういうことだ?」

「エルフ側の総意としては、恐らく争いそのものに巻き込まれたくない筈だぜ。【獣人に屈したくない】だけなら、もうとっくに誰かが会議の中で言ってるだろうしな」

「……確かに、そうか」

「元々エルフは、争いごとを好まない。それにエルフは感覚と集中力が発達しているのに対して、獣人は感覚に加えて身体能力が高い。一対一で戦えば、まずエルフに勝ち目は無いだろうしな」


 同じ獣人だからこそ分かる。セタンタは、困った表情で頭を掻きながら現実的(ざんこく)な言葉を告げる。その言葉を受けたラグナは、口に手を当てて考えながら口を開く。


「なら、俺達が考えるのは、【エルフ族を戦争に巻き込まない方法】ということか?」

「そんなところだな」

「それは……確かに難しいな」


 思案にふけるラグナ──その眉間には徐々に皺がよっていく。セタンタも自分で口に出したとは言え、自分の頭で特に妙案が思い浮かばない事に、天井を見上げて溜め息を吐く。

 頭の中では──ああでもない。こうでもない。と、案が浮かんでは消えていく。そうして時間だけが過ぎていく中で、扉を叩く音がした。


「……誰だろ?」


 ラグナとセタンタは顔を見合わせる。

今の里の状況を鑑みたセタンタが、【万が一】に備えて槍をベッドの下に隠してから頷くのを確認して、ラグナが扉を開ける。そして扉の前に居た女性を見て、少し驚いた。


「こんにちは」

「フィオーレさん? それに、アイリスちゃんも……」

「お邪魔してもいいかしら?」

「え? ええ。どうぞ……」


 銀髪の長女と金髪の次女──族長アーロンの娘達の突然の来訪に、ラグナは戸惑いを隠せなかった。

 そのまま、言われるがまま彼女を部屋に入れてしまう。


「どうして此処に? 何かあったのですか?」

「うん、それもあるけど。お父さんの代わりに、皆を代表して謝りたかったの」


 そう言って、フィオーレは深々と頭を下げる。ラグナはそれに驚き、セタンタは眉を吊り上げる。


「ごめんなさい。貴方たちをこんなことに巻き込んでしまって……」

「どうして頭を下げるのですか? 辞めてください。謝られるような事をされた覚えは無いですよ!?」

「そんな事は無いわ。私たちが貴方達を里に招いてしまった事で今回の一件に巻き込んでしまった。だから──」

「辞めな。そんな謝罪は俺達には必要ない」


 フィオーレが言い終える前に、セタンタが冷淡な言葉でそれを遮る。


「俺達が【頭喰蝗(ヘッドイーター)】から二人を助けたのは、確かに事の成り行きだった。だがな……俺達には【無視する】って言う選択肢もあったんだ。だが、俺達はそれをしなかった──選んだのは、俺達だ」

(いや、セタンタが先に走ったよな……)


ラグナは、あの時の出来事を思い出して、僅かな改変がされている事を指摘する。しかし、口には出す事無く、セタンタの言葉に耳を傾ける。


「此処で寝泊りさせてもらってるのもご厚意に甘えただけ──遠慮してさっさと出て行くって選択肢もあった中で、前者を選んだのも俺達だ」

(いや、だからそれもセタンタが──) 

「ラグナ、言いたい事あるなら後で聞いてやるからその目を止めろ」

「…………~~♪」


 目を指摘されたラグナは、口笛を吹いて誤魔化した。


「とにかくだ。何が言いたいかって言うとだな。先の事なんて神様くらいにしか分からないものであって、過ぎた事を蒸し返して謝られるのは筋違いだってことだよ」

「……すみません」

「それに、既に首を入れた時点で俺達も無関係ではありません。何が出来るかはわかりませんが……俺達にも力を貸させてください」


 セタンタの言葉を受け、それでも申し訳なさそうな表情をするフィオーレに、ラグナは励ましの言葉を送る。そうして、ようやく彼女は『ありがとうございます』と言って、頭を下げた。


「それで、俺達に何か用向きがあるのですか?」

「ええ。捕らえた猫人族の事は覚えているかしら……彼等がね、貴方たちと話がしたいって言ってるわ」

「……あの人達が?」


 無論、ラグナも猫人の事は覚えている。咄嗟とは言え、白狼族に殺されかけた彼等を助けた経緯があるのだから。そんな彼等が一体何のようがあると言うのか? 疑念と興味が、ラグナの心を渦巻く。


「まあ考えるのは聞いた後でも良いだろ……会ってみようじゃねえか。」

「…………分かった」


 セタンタの薦めもあり、ラグナは猫人の捕虜達と会う事を決める。


 フィオーレ達に連れられラグナ達は大樹の城へと辿りつく。

 煮るなり焼くなり好きにしろと言われたが、処罰については一度見送りにすると決まり、彼等は、この場所にある牢屋に閉じ込められ世話をされている。

 その世話をフィオーレも手伝っており、彼女を通じて今回の要望が伝わった。

 

「…………」


 向かう途中──アイリスの足が止まり、フィオーレに強くしがみ付く。


「ごめんなさい、アイリスは彼等の事が怖いみたいなの」

「それは──いえ、あんな目に遭えば当然ですよ」


 これから会うのは自分を連れ去った張本人たちだ。未遂で終わったとは言え、間に合わなければ二度と家族や仲間の下に帰らなかったかもしれなかった。少女を恐怖で縛り付けるのには十分すぎる理由だと、ラグナは察する。


「此処から先は、俺達だけで大丈夫です。アイリスちゃんについていてあげてください」

「……ええ、分かったわ」

「気を、つけてね」


 怖がりながらも、ラグナ達に言葉を投げかけるアイリスに二人は微笑んで、先へと進んだ。そして、進んだ先で、牢に繋がれた三人の猫人族と遭遇する。

 鉄のよって遮られ、扉にあたる部分には、ラグナ達が居る側に頑強な金属製の錠前が付けられている。壁には申し訳程度に作られた小窓があり、そこにも鉄製の棒が組み込まれて、脱出を阻止している。


「この造りは恐らく人間だな。滅多に使われた事は無いだろうが……名残りだろうな」

「……そうか」


 ラグナ達が牢屋の前に立つと、猫人の一人が顔を上げる。そして二人の顔を見て驚いたように目を見開く。


「アンタ達は……まさか、本当に連れて来てくれるとはな」

「彼女に感謝しろよ」

「ああ、分かってる」

「まずは名乗っておこうか……俺はラグナ。それでこっちがセタンタだ。あんた達は?」

「俺の名は【リンク】──猫人の部族【朝の民】の長の息子だ。最も──【元】が付くけどな」


 リンク──記憶を辿りそう名乗った猫人の顔は、セタンタに追いつかれて()されて連れ戻されてきた者である事を思い出す。もう一人は彼の部下で、別の一人は、リンク達と親睦のある【野の民】だという。


「ふぅん。その口ぶりからすると、やっぱりテメェの所は戦って負けたんだな」

「ッ、あぁ……その通りだ」


 壁に寄りかかりながら放たれたセタンタの言葉に、リンク達は僅かに怒りを見せる。しかし、直ぐに諦めたような表情を浮かべて項垂れる。


「もし良かったら、経緯を聞かせてくれないか?」

「構わないさ。少なくとも、俺達はあんた達に命を救われた身なんだからな」


 リンク達、猫人族は平原地帯の東側──つまり、森林地帯に最も近い場所を縄張りにしていた。エルフとも交友の会った彼等は、魔物の素材など取引と共に、狩りの手伝いや武器の製作・伝授などを行っていた。


「だが、エルフとの交友は途絶えたのだったな?」

「俺の爺ちゃんの頃……長の座を巡って内輪揉めが始まったらしい。俺達、朝の民は元々数が多いからな。結局、その途中で爺ちゃんも死んで、親父の代にようやくまとまったのさ」

「……成る程」


 ラグナは、セタンタの方を見ると、溜め息とつきながら肩を竦める。


「そこから親父を中心にして部族の再編がされてきたんだが……それが終わって、エルフとの交友を復活させようと考えていた矢先に、連中がやってきたんだ」

「連中? 白狼族のことだな」

「ああ。エルフの時と同じで、服従しろ、と言って来た──親父はそれを拒んで戦ったが、殺されちまった。親父は、猫人の中で最強の男だった。それが負けて首を晒されたとなれば……俺達には道は一つしかなかった」


 そう言うリンクは、悔しさで唇を噛みながらそう告げる。自分の父親の首を見セつけられた。【父親】と言うものを知らないラグナでも、息子である彼が、尊敬する人物の無残な姿を見ればどう思うのか……それは何となく分かった。

 だが、ラグナの中に疑問が浮かびあがる。


「分からないな。従わせるのなら、朝の民達の体制が整える前に仕掛けるのが定石だろう?」

「……言い訳のしようも出来ないくらい、徹底的に叩き潰す為さ」


 ラグナの疑問に答えたのはセタンタだった。


「白狼の連中は、朝の民の戦意を完全に挫いて屈服させる為に、わざとお前らが万全の状態になるのを待ってたんだ。その上で圧倒的な力の差を見せ付けて二度も逆らわせないようにしたんだろうな。それに俺を含めて狼人は、ぶっちゃけ戦闘狂だ。【事のついでに強い奴と戦える】──奴らにとっては御の字だろうよ」


 セタンタの酷く冷淡な言葉が牢屋に響く。怒りを押し殺していることを、ラグナは感じ取る。とにかく、白狼族は己の力を誇示しつつ、他の獣人部族に襲来し参加に治めていった事が判明する。


「なら、次はエルフのことだ」

「白狼族は、元々俺達の部族がエルフと交友があるのを知っていた。手段は問わないから従わせろと命じられた」

「それは聞いている。だが、何であんな手段を取ったんだ?」

「──エルフの連中には、俺達のような目に遭ってほしくなかったからさ」

「どういうことだ?」

「親父は、小さい頃にエルフの作った薬で命を助けられた事があったらしくてさ……『いつかこの恩を返したい』って常々俺に言ってた。だったら、息子の俺がそれを引き継ぐのは当然だろ? エルフじゃ、白狼族には勝てない……だったら、始めから戦わせない方法を取ればいいってな。」

「……だから、態々こんな憎まれ役を買って出たのか?」


 リンク達は、エルフ達を戦わせないために、敢えて憎まれる事を覚悟で人質をとる方法を選んだ。エルフが仲間意識の強い種族である事を存じているかは分からないが、人質を条件に白狼に従わせるだけで良かった。

 今回の猫人の仕組んだ行動は──後に、遺恨を向けられようとも構わない。リンクが父親から受け継いだ恩返しを、彼なりに考えて編み出した覚悟の決断だった事を、ラグナ達は理解する。


「……」


 ラグナは目を閉じるものの、掛ける言葉を見つけられなかった。形は違うが、目の前に居る猫人は、信念を持つ勇士である事が分かる。


「──で、何で俺達を呼んだんだ? まさか、態々命助けてくれてありがととか、自分達の境遇話すために呼び出したわけじゃねだろ」


 そんなラグナの後ろで話を聞いていたセタンタは、真剣な顔つきになって牢屋の前に立ち、リンクに問う。


「言えた義理じゃないが、俺の賭けはお前達によって潰された──そのせいで、エルフは白狼族に服従か、抵抗かを迫られちまった。つまり、お前らは今回の問題の片棒を担った同然だ」

「……何が言いたい。今度は謝罪しろってか?」

「そんなわけ無いだろ。あんた達に賭けたいって思ったんだ」

「賭ける?」


 問うラグナに対して、リンクが口にした言葉は予想できることだが驚くものだった。


「白狼族を倒す事さ……俺はアンタに一撃で伸されたし、お前はエルフの手助けがあったとは言え、二人掛かりで互角に戦った。それに、白狼の一撃を防ぎきった上に反撃を加えた──俺達には出来なかった事だ」


 セタンタを、次にラグナを指差しながらリンクは言葉を続ける。


「お前、そんな事考えて死ぬ気か? 仮にエルフが解放してくれたとは言え、白狼族はまずお前を殺すだろうぜ」

「弱い奴、負けた奴は死ぬ世界だ。なら俺達は、既に二回も死んでる──だったら、せめて自分の覚悟くらいは成し遂げたい。それだけさ」


 エルフを守りたい、助けたい──同じ意志を掲げるラグナ達は、リンクの言葉を拒絶する理由は無い。


「だが、戦いになればエルフは飲み込まれる。そして、俺達二人──仮にあんた達を加えた所で五人だ。その程度の数で戦況はひっくり返らない」

「分かってるさ。だが──獣人の習わしを使えば何とかなるかもしれない」

「獣人の? セタンタ、何のことだ?」


 ラグナはセタンタへと問いかける。

 セタンタは、何かを考えるように、思い出すように腕を組んで唸り──やがて、思い出したように顔を上げる。


「ああぁ~~~~確かに、そういやあったな。そんなの」

「何? 忘れてたの?」

「え、いや、そんな訳ないぞ! ただほら、あれじゃん……俺達、島暮らしだったろ? だから、やる相手が居なかったから……」

「その事を、世間一般では忘れてたって言うんだろ? で、何の話さ」

「決闘だ」

「決闘?」

「──要するに、一対一の殺し合いを申し込むのさ」


 一対一の戦い──その言葉でラグナは納得する。普段セタンタと摸擬戦を行っていたが、あくまでそれは【鍛錬】の一環に過ぎなかったため知らなかったからだ。


「……成る程、その習わしを使って、エルフと白狼族の代表で白黒つけるって事か」

「だが負けた側は、それこそ糞みたいな扱いされようが文句は言えない。自分の命だけでなく、自分の背中に居るものすべての未来を担う事になる」


 個人が全てを背負う戦い──必然的に、仲間内で最も強い者がそれを担うのは、ラグナにも分かる。だが、アーロン達がそれを納得するか? それに白狼族がその申し出を受けるのか? 疑問や不安の種は多くある。


「白狼族は戦うことが好きな連中だ。浅知恵だと笑いながらも、受けるだろうよ」

「なら、こっち側だな。エルフの狩人にやってもらう……つもりはないよな?」

「当たり前だろ。世の中には【言いだしっぺ】っていう言葉があるからな……何、悪知恵も働かせて、エルフには火の粉被らせないようにするさ。仮に負けても──」

「それ以上先は言う必要は無い。負けたら俺が死ぬだけ──そうだろ?」


 苦笑しながら言うラグナに、セタンタはにやりと口を吊り上げた。




 猫人太刀との会話を終えて、ラグナとセタンタは牢を出る。外で待ってくれていたフィオーレ達を見て安堵する。


「おかえりなさい」

「大丈夫だった?」

「ああ、大丈夫だよ、何かされたわけでもないし……」

「何を話したの?」

「なんから話せばいいか……とにかく、色々かな」

「それじゃあ、分からないわよ」


 苦笑するフィオーレ達に笑みを返して、ラグナは次にセタンタを一度振り向いて頷く。


「アーロンさん達は、今は会議中だよね?」

「え? ええ、その筈よ。でも、どうしたの?」


 フィオーレ達を見るラグナには、強い覚悟が宿っていた。




 その翌日、猫人族に案内されて来たエルフの使者が、メイヴの下に遣わされる。

 使者は『贈り物を預かって来た』とのみ答えて、彼女に小さな木箱を渡した。

 それを受け取り中身を見たメイヴは、わなわなと震えて大声で叫んだ。


「【エルディア】を呼べ!」


 メイヴの言葉に姿を現したのは、彼女が最も信を置く巨漢の戦士【エルディア】だった。跪く彼にメイヴは、自らに送り付けられたものを突き付けて命じる


「これはお前の不始末でもある。奴の首を刎ね、白狼の力を見せ付けろ!!」

「……御意ッ!」


 鉈剣を掲げながら、巨漢の白狼族の男が答える。鍛錬に戻るエルディアの背を見届けた後、メイヴはそれを握り潰した。その手から血が滴る。

 その血でメイヴは自らの唇に紅を差し、残虐な笑みを浮かべる。


 木箱に収められて居たのは【刀身に亀裂の走った短剣】──獣人族達には、他部族に対して共通する二つの習慣がある。

 想いを募らせた異性に、己が仕留めた獲物を送る愛の申し込み。

 己の得物を送りつけ、一対一による雌雄を決する事を求める決闘の申し込み。


 エルフの未来を肩代わりし、ラグナの死闘が始まろうとしていた。


※メイヴ

ケルト神話、アルスター伝説の物語に登場する女王。(妖精の女王ともされている)

争いで英雄クー・フーリンに敗れるものの、しかしその憎しみから、彼を死に追いやった。


※リンク

英語で大山猫を意味する【リンクス】より。 (注)某【時の勇者】は無関係です


※エルディア

アルスター伝説の物語【クーリーの牛争い】に登場する戦士【フェルディア】或いは【フェル・ディアド】より。

クー・フーリンとは固い友情を結んでいたが、決闘の末に親友である彼の手で殺される。

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