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33話:獣人族 その2

 獣の王がやって来た。その言葉を受けて獣人達の処罰については一時保留となった。狩人が件の王を呼び言っている間──アーロン達も困惑した面持ちで話し合いをしている。


「セタンタ、獣の王って何だ?」

「分からん──俺もはじめて聞いた」


 ラグナは、隣を歩くセタンタに尋ねる。しかし、返ってきた意外な言葉に眉を潜める。


「……ラグナ。獣人族について話していたか?」


 セタンタの問いに、ラグナは少し記憶を掘り起こす。

 彼の口から聞いたのは、彼が獣人で──彼の種族は、セタンタ一人を残して途絶えてしまった事。


(これは、獣人族についての知識とは言えないな……)

「いや、そんなに──ただ、セタンタの口からじゃないが、少し前にフィオーレさんから少し聞いたよ」


 森林地帯と隣接する平原を住処とする亜人種であること。

 エルフとは元々親交があったこと。

 獣人と一括りに呼ばれるが、複数の種族が存在する。


「ああ、大体そんな感じだ」


 フィオーレから聞いた獣人の知識に対して、小さく頷く。しかし、その表情は獣の王という言葉を聞いたときから険しいままだ。


「ここで大事なのは、獣人ってのは元々複数の種族を人括りにまとめる総称って所だ……あの三人と俺を比較しても、全然違っただろ?」

「……ああ」


 セタンタの耳と尻尾は狼なのに対して、彼らの耳や尻尾は丸みを短いものだった。


「あいつらは、【猫人(キャットピープル)】の獣人達だ──それも、部族が別々のな」

「部族?」

「さっきも言ったが獣人は、俺達を指す総称だ。そこからさらに種族として俺のような【狼人(ワーウルフ)】、あいつらのような【猫人】、他にも【兎人(ボーパルバニー)】や【犬人(コボルト)】──海底には【魚人(サハギン)】なんて奴もいる」


 だが──一度、溜め息をついてセタンタは言葉を続ける。


「同じ猫人にも血や習慣が異なる【部族】がある。昼に活発に動く部族に対して、夜に活発に動く部族がいる。単独の力に重きを置く部族もあれば、仲間との絆を大事にする部族だって居る──」


 同じ、或いは似たような姿にも拘らず、その暮らしや習慣は異なる。セタンタだからこそ知っている獣人の習性が語られる。


「そして、そういう部族間って言うのは複雑でな。基本的に相容れない筈だ」

「……」

「基本的に狩に生きる者だが、相容れないって事は、いつも争っているって訳じゃない。お互いに不干渉に徹していた筈だが、徒党を組むなんてのは……異常だ」

「なら、その獣の王と言うのが、何かをしたと?」

「……何のつもりだか知らないがな」


 再び溜め息を吐くセタンタだが、やはり顔は険しく、目には怒りが宿っている。ラグナはそれ以上、聞く事はしなかった。

 それから間もなくして、狩人のリーダーが、獣の王を連れてきた。


「……あれが、獣の王?」


護衛を二人左右に連れて入って来たのは──意外にも女性の獣人だった

戦士と印象を抱かせる凛々しい佇まいをしており、白い頭髪に混じりセタンタと良く似た狼の耳を生やしている。

革と金属で作られた鎧衣服の上で、ジャラジャラと音を立てるのは、魔物の骨を削って作っただろう飾り物。

そして背には丸い盾に、腰には二本の短剣と一本の片刃の剣を差している。

彼女の左右を守る護衛は男と女で、装備は似た様なものだ


「【白狼族】か……」

「白狼族? じゃあ、狼人っていうことは、種族はセタンタと同じ?」

「そうだ。だが、あいつらは西の平原でも更に西側にいた筈だ……」


 【獣の王】と名乗る白狼族はエルフ達を一瞥し、次に猫人族を睨み、再びアーロンのほうを向いた。


(無視しやがった……)


 こちらの存在に気付いていない訳では無いだろう。別にラグナは、こっちを見ろとは言わない。だが、分かった上で自分達の存在を無視されることにはそれ相応の不快感を抱く。しかし、あくまでも事を見守る為に口は出さない。

 話を進めるべくアーロン達に頷く。それを横目で見たアーロンは、獣の王に向けて口を開く。


「さて、我々は君たちを来訪者──そう扱ってよろしいのかな?」

「ああ、構わんぞ」


 一連の出来事の舌の根が乾かない中で姿を見せた獣の王を名乗る者達に、アーロンは静かに怒気を孕んだ言葉を投げかける。しかし、当の相手は不遜な態度を崩さない。


「貴様、長に向け無礼な!」

「良い──では改めて名乗ろう。私はエルフの長のアーロンと言う」

「獣人族を束ねる【メイヴ】だ」


 物言いに対して牙をむくエルフ達を制して名乗る二人──だが、両者の間には不穏な気が漂っている事は第三者の目からは明らかだ。


「わざわざ供回りをつれてきたと行く事は、此度(こたび)の一連についてでよろしいかな?」

「ああ」


 アーロンの──否、エルフ達全員の目が鋭くなる。怒気とも殺気とも付かない気配が一気に立ち込める。メイヴの護衛達も剣に手を掛けるが、涼しい顔をする彼女に制される。


 その会話の中でラグナは、聞き耳を立てながら隣のセタンタに問いかける。


「なあ、セタンタ。白狼族ってどんな奴らなんだ?」

「さっきも言ったが、平原の最西端に拠点を構える連中だ。狩猟を主にしているが、馬を飼いならして操る。だが元来、気位の高い連中だ。進んで多種族に関わるなんて事は無かった」

「……そんな連中が獣の王か」

「何のつもりかは知らんが、ありゃ野心と野望を炎にくべる目だ」


 そういうセタンタの表情には、嫌悪の色が浮かぶ。


「【強い奴が何をしても良くて、弱い奴は何をされても悪い】──俺達が持つ信条とは違う。歪んだ考えだ」

「……」


 ラグナは、隅に追いやられている猫人族に目を向ける。俯かせた顔を青白く変色させ、夥しい量の汗を流して身体は小刻みに震えている。しかし、その目には悔しさがにじみ出ており、歯を食いしばり、恥辱に耐え、怒りを押さえ込んでいる。

 白狼族を──メイヴに怯えている彼らを見て、ラグナは複雑な同情を抱く。


「下僕の不祥事については謝罪しよう。だが、今回は、侘びるよりもお前達エルフに勧告に来たのだ」

「勧告、ですか?」

「何、そう難しい言葉ではない──我ら獣人連合の傘下に入る事を進めに来た」


 その言葉を聞き、エルフ達は騒然とする。ただアーロンだけ腕を組み、侮蔑の眼差しをメイヴに向ける。


「言葉を疑いますな。何故、我々エルフが獣人族との長き関わりを絶ったのか……よもやそれをお忘れでしょうか?」


 この森に住むエルフと平原に住む獣人族は、友好関係だった。しかし、獣人族で種族、部族による争いが起きるようになり、エルフはその飛び火を避けるために獣人とのかかわりを断ち切った。以前、フィオーレから聞いた言葉がラグナの脳裏を過ぎる。


「ああ、無論知っているとも──だが、先も言ったが獣人は、我ら白狼族の名の下に降った。つまり、貴殿が懸念を抱く争いはもう無いのだ」

「……成る程。しかし、聞き間違いですかな? 今の言葉は【我々の下に付け】、と聞こえたのですが?」

「そうだ」

「これまで、エルフと獣人の交友は対等なものでした。だが、貴方の申し出はあまりに一方的過ぎる」

「強者の下に弱者が付くのは当然であろう」


 ガタリ──音を立てて構えたのは、エルフ狩人達だ。呼び方は違うが、彼等は一角の戦士だ。

それを戦う前から弱いと、下に見られることに怒りを抱く。だが、そんな彼等の殺気に対してもメイヴ達は涼しい顔を崩さない。


「…………一体、何を考えているのですか?」

「お前達の力が欲しい」


 アーロンの言葉に、メイヴは己の野心を語り始める。


「この魔境には多くの部族がありながら互いに好き放題をしている。これではいつまで経っても安寧には程遠い。だからこそ、唯一の頂点を作り上げその下に忠誠を誓わせるのが早いと考えたのだ」

「その為に、手始めとして獣人族全てを降したと?」

「そうだ。そしてエルフを取り込み、最後は山麗の【翼人族(ヴァルキュリア)】だ」


「──、セタンタ。翼人族って?」


 ラグナは、セタンタにすかさず問いかける。


「森と平原から北方にある山があるんだが、その麓を根城としている亜人が【翼人族】だ。ルーツは俺達と同じだが、奴らは背中にデカイ翼を生やしてるから、空を自由に飛べるのさ」

「……ちょっと羨ましいな」


 ラグナも言葉にはしなかったが、何となく想像が付いた。

 同時に、まだ島に頃に飛行魔法を編み出そうとして失敗した経験から、自由に空を飛べるという事に、ラグナは羨望を抱いた。


「奴らも基本は狩猟を主にしている。おまけに奴らには女しか生まれない。だから種を残す為に、他の種族から男を連れ去ったりするから、獣人とは全体的に仲が悪い」


 セタンタの言葉が終わるのとほぼ同時に、テーブルを強く叩く音が聞こえた。ラグナが目を向けると、今まで平静を保っていたアーロンが怒りをあらわにしているのが分かった。


「ッ! お前達の戦いに、我々を巻き込むと言うのか!?」


 アーロンの怒号が響く、他のエルフ達も、狩人達も同じように怒りの表情だ。

 何が彼等をそうさせたのか、ラグナは分からない。忌々しげに舌打ちをするセタンタに再び尋ねると──


「簡単な話だ。地面を走る奴らが、空を飛ぶ連中を落すのには【何】を使う?」

「……まさか、あいつ等」


 疑問を提示され、考えから直ぐに答えは導き出される。だが、それは同時にメイヴが何故、翼人よりも先にエルフ達を取り込もうとしているのかが良く分かった。


「戦をしたいというのなら、お前達だけで行え! 我らが同胞を、望まぬ戦いの尖兵になど送り出してたまるか!!」


 アーロンの口から再び怒号が発せられる。

 メイヴは、エルフの狩人の弓術を見込んで、それが空を飛ぶ翼人族の脅威になる事を理解していた。だから、エルフを取り込もうとしている。

 加えて、獣人族を統一した勢いと数の暴力に物を言わせて、対等なやりとりではない。服従と言う道を強いらせようとしている。


確かに、実績はある。それだけの力もある。だが、そこには平等が存在しない──エルフと言う種族を担う者として、ましてや自分達と無関係な状況にアーロンは仲間を守る為に怒りをむき出しにする。

だが、その怒号を受けて尚、メイヴは笑ってみせる。


「考えてもみろ、エルフの長よ。今、我らと争ったところで貴殿らが勝てると思っているのか? 言っておくが、戦いとなるのなら我らは一切容赦しないぞ」


 冷ややかな言葉がメイヴの口から続く。


「この里を蹂躙しつくし、手向かう者は子供だろうと殺す。企てた者は臓物を引きずり出し、その血は、亡き武神に捧げる。生き残った者は一人残らず隷属とする。そんな未来の為に、貴殿は獣人族全てを相手にすると?」

「ッ──!」


 アーロンは言葉を詰まらせる。悔しさから歯を食いしばり、拳を強く握り閉める。

 ラグナから聞いても、理不尽極まりない要求だ。だが、同時にアーロンとメイヴの間にある力の差があることを、見てとれてしまった。

 降った所で戦に駆り出される。歯向かった所で殺される。どっちを選んでも、戦いになる事は必定だった。

 重たい沈黙がエルフに過ぎる中で、メイヴは冷ややかな笑みを浮かべる。


「今すぐに全てを決めろとは言わない。だが、我らに時間が無いのも事実──一週間後、我らは翼人族に対して戦を仕掛ける。従順の意志があるのなら手勢を率いて来るが良い」


 ただし──メイヴは言葉を続ける。


「来なければ、それは我らへの宣戦と見做す──努々(ゆめゆめ)考えておくが良い」


 対話──否、既に対等な話し合いなどではなかった。メイヴが告げて、二つの苛酷な道を選ばせるだけ。勧告と言うにはあまりにも一方的な会話が終わる。

 事実になりえるからこそ、言葉を詰まらせ──アーロンは悔しげに睨む他ない。そんなアーロンを無視して、メイヴは護衛の一人に何かを命じる。

 命じられた護衛は、腰からゆっくりと【鉈剣(ファルシオン)】を引き抜き、捕まった猫人族のほうを向く。そして、瞬時に距離を詰めると手に持つ刃を振り上げた。

 

ラグナの感覚が、嫌な予感を察知する。短剣を引き抜き、床を蹴った。

斬首の音──ではなく、剣戟の音が鳴り響く。猫人族に振り下ろされた鉈剣を割って入ったラグナが二本の短剣で受け止める。


「グッ!」

「!」


 だが、受け止めた衝撃からか、それとも先ほどの戦闘によるダメージが響いたのか、短剣に亀裂が走る。

 対して、護衛は突如割って入った異物に対して驚き目を見開く。隙を逃さず、ラグナは蹴りを放って、自分より巨躯の白狼族の男を突き放した。


「テメェ、何のつもりだ?」


 ラグナは、しびれる腕を庇いながら睨みつける。

 対するメイヴも、外野が突然割って入ったことに眉を潜める。


「……何だ、貴様は」

「何だ、じゃねえよ……お前、今こいつらを殺すように言ったな?」


 腕を組み、悪びれもせずに答えるメイヴにラグナは更に目を鋭くさせる。


「確かに、こいつ等には【エルフに従うように促せ】と命じた。手段こそ問わなかったが、こいつ等はそれに失敗した。元々他の部族よりもエルフと交友があったからこそ選んだが、失敗したと言うのなら、失敗したなりのけじめをつけるものだろう?」

「それをするのはテメェじゃねえ」

「……邪魔をするなら殺すぞ」


 メイヴの言葉と同時に、護衛が殺気をみなぎらせる。ラグナも短剣を握り直して腰を低くする。呆気に取られるエルフの狩人達も、我に帰って護衛の方に矢を番える。

 そして両者が動こうとした瞬間、両者の間に一本の槍が突き立った。


「ラグナの言うとおりだ。俺も人の子と言えた義理じゃねえが……殺すってんならそれを下すのはエルフだ」


 槍を投げたセタンタが、静かに──しかし怒気を纏ってメイヴに近づきながら告げる。


「用が無くなったんならとっとと失せろ。次に顔を合わせるのは一週間後だ」

 

 セタンタの怒りを含んだ声に対してメイヴは、言葉を無言で受け止める。

もう一人の護衛が剣を手に掛け、ラグナと対する護衛もラグナを警戒しつつ、セタンタの背後を狙える位置に移動する。


「貴様……いや、まさかな」


やがて何かを言い掛けてから踵を返して部屋の外へと向かう。


「興が削がれた──そいつらの事は煮るなり焼くなり好きにしろ。エルフ達よ、賢明な判断を期待している」


それだけ言って護衛と共に獣の王は帰っていく。その後ろ姿に対して、エルフ達は全体の危機に難儀の表情を浮かべ──殺されかけた猫人はうなだれる。

 ラグナとセタンタは、睨むような目つきでそれを見送った。


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