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30話:力の片鱗

 翌日、ラグナは誰に促されるわけでもなく自分から外に出た。そして、そのまま自分達を里まで案内してくれた狩人達を見つけると、その人達に向けて頭を下げ、これまでの非礼を侘びた。


 エルフ達は、そんなラグナの様子に戸惑い、訳を聞こうとするが──狩人のリーダーの男は、仲間達を制して、深く聞く事をせずラグナを許した。

 そして次に、族長に頭を下げに行き、彼の許しを貰い──そして、たまたま通り縋ったセタンタを唖然とさせた。


 部屋に戻ったラグナにセタンタは、何があったと聞くが……。

 『別に、ただもう大丈夫だ』、とラグナはそれだけ言って笑うだけだった。


 それからラグナは、フィオーレの研究室に入り浸るようになった。彼女の下で薬学の知識を学びながら、薬草の採集など自分にやれる範囲で彼女の手伝いをするようになった。

 その甲斐もあって、ラグナはフィオーレや狩人達を中心に馴染んでいった。それに伴ってラグナの様子が元に戻って行く様子を、セタンタは静かに見守った。




 それから数日後──セタンタは、ラグナに摸擬戦を持ち込んだ。

 クリード島以来の模擬戦。さらに魔境の魔物達との戦いから数日の期間が空いていたラグナは、いい機会だと承諾し揚々と武器を取った。

 

 そして──いざ始まると両者は激しい攻防を繰り広げる事になる。

 それもその筈──ある日を境に、好調になっていたラグナには、魔境でのサバイバル生活での成果も加わり、着実な実力となって彼の体に染みついていた。加えて、この日までのエルフとの交流は精神面の復活を促した事で、今のラグナは【心・技・体】の全てが向上し、万全の状態だった。


 弟の成長に対して、不敵に笑みを浮かべるセタンタと、表情を無くした鉄面皮に戦意を宿した目をしたラグナ──槍と剣が交差して、鉄の音を美しくも激しく奏でる。


 それ自体は両者が手合わせをするときにいつも奏でるものだが、普段と違うのは、館の中庭やクリード島の森ではなく、エルフの里を使っている事と、安全圏である橋の上にはいつの間にか観客が居る事だった。

 セタンタか、ラグナか、あるいは両者を応援しながら、戦いを見物するエルフ達の声は、肝心の二人の耳には入らない。


 ラグナから見てセタンタは、常に自分の数歩前を行く高みであり、憧れであり、到達点。

 セタンタから見てラグナは、常に自分の後ろから喰らいつこうとする弟子であり、絶対に負けられない、負けたくない相手だ。

 勝ちに行くと言う意志に対するのは、負けたくないと言う意地──殺し合いではなく、セタンタは本気を出す事は無いが──それと同様の覇気を滾らせ、両者は己の武器を振るいぶつけ合う。


 強突きが、それを受けた剣ごとラグナの身体を突き放す──空いた距離は、槍という長柄の武器が最も真価を発揮できる状況を作り上げる。それを逃さず、セタンタを槍の矛先を放った。

対してラグナは、剣を垂直に構えて、身体の重心をそらしていなした。刃と刃が擦り合い、火花を生み出す。

そのまま、剣を槍に合わせ滑らせながら、足を踏み出す。そして剣の間合いに入った瞬間、ラグナは剣を振り上げる。

セタンタは目を見開き、歯をむき出して笑う。槍を手放すと同時に振り下ろされた剣──その刀身の側面を、両手で挟み受け止めた。


『おお!!』


 エルフ達のどよめきは、二人の耳には入らない。剣を押し込むラグナとそれを阻むセタンタ、両者の腕が小刻みに震える。

 瞬間──剣の勢いを完全に殺してから、セタンタは掴みかかる。その前にラグナは剣を手放した。後ずさりながら地面に落ちた槍を自分の側に蹴り上げ、掴み構える。掴む前に逃げられたセタンタは、宙に投げ出された剣を回転させ、改めて柄を握り締める。

 ラグナは槍に、セタンタは剣に、両者の武器が入れ替わった直後、二人は激しい攻防を繰り広げる。

 

手にした武器の重さに、ラグナは一瞬、腕を持っていかれかける。

【槍】と言う武器は本来、突くと言う一点に特化した武器だが、セタンタの場合は、重厚な刃を先端に取り付けることで得物の重心を先端部に寄せている。加えて、その刃は魔物の胴体を容易く断つほど鋭く【切る】事もできる。また、鉄の柄は振るわれた際に生じる遠心力によって【叩く】事で相手を迎え撃つ。

 そのシンプルな外見とは裏腹に【刺突】・【斬撃】・【打撃】の三つを兼ね備えた万能武器でもある。しかし、この武器は文字通り【セタンタの為の武器】であって、加えて体躯においても未だ成長途中のラグナには不釣合いと誰もが見てとれる。


「……!」


 そんな武器を自分自身の現状で最大に活かす為に──ラグナは槍の中央を両手で持ち、車輪のように回転させ始める。

 それはおおよそ、槍という武器の本来の使い方とは、大きく掛け離れたものだった。


「おいおい、槍はそんな風に扱う武器じゃねえぞ?」

「分かってるさ」


 呆れた様子でセタンタは、『自分からすればやや短い武器』を片手で構え直す。ジリジリと槍を振り回しているラグナの死角を狙うセタンタは、一点を狙い澄まして地面を蹴る。

 ラグナは、それを迎え撃つべく、得物の回転を止めずにそのまま武器を打ち下ろした。


「ッ!?」


 セタンタは、咄嗟に剣でそれを受け止めた。森全体に聞こえんばかりの甲高く重たい金の音が響き渡る。その音をエルフ達は思わず耳を塞いだ。

 それを直に受け止めたセタンタはその勢いに負けて後ろへと弾かれる。


「ッ~~。……おいおい、マジかよ」


剣を通じてしびれた様な衝撃が腕を襲う──ぶらぶらと手を振って感覚を取り戻し、セタンタは顔を僅かに歪ませる。先の一撃で、セタンタは先ほどの自分が抱いた感傷は打ち消された。

普段からあの得物を使っているセタンタだからこそ、あれは槍の扱い方では無い事は分かる。ラグナに対しても、槍や斧など剣以外の武器の手ほどきも行っている。しかし、ラグナはセタンタから教わった槍としての扱いを無視して全く別の使い方をしている。


 あれは槍ではなく、剣でもない──全く別の得物を形へと姿を変えている。


「へっ、面白え」


『知っている』ではなく『分かっている』と言ったラグナの言葉の意味を知り、セタンタ口の端を吊り上げる。そして考えを改めた。

あの武器を自分でどう扱うかと言う思考。

それを瞬時に見出した判断。

それを実行する決断。

 目の前に居る弟分に対して、改めて兄貴分は賛辞の言葉を心の中で送った。


「──オオオッ!!」


 珍しく、セタンタが吠えた。

自らを奮い立たせるように放った咆哮と共に地面を蹴る。そして、それを迎え撃つために繰り出される一撃を今度は両手持ちの剣で受け止める。

 両者が歯を食いしばる。しかし、今度のセタンタは押し負けない。ラグナの回転が止まる──セタンタは一気に攻勢に出ようとする。ラグナは、目を見開いて全感覚を研ぎ澄ませ、全身を使う。踊るように、旋風(つむじかぜ)のように、得物全体を使って放たれる攻撃の嵐。

それを真っ向から防ぎ、いなし、かわすセタンタ。剣で弾き、防ぎ目を鋭くして反撃の機会を窺う。

 

その光景にエルフ達は一瞬、魅入られる。やがて歓声となって二人を応援する。


薙ぎ払われた石突がセタンタの手から剣を弾き飛ばす。剣は彼方に飛んで行き大樹の幹に突き刺さる。それを見届ける事無く、ラグナは止めを放とうとした。

己の念願の一つだった目標への勝利──それを確実にする為に放った一撃──。

自らに繰り出されそうとする一撃を見て──セタンタは心の底から歓喜し、口の端を吊り上げる。


そして、その唇が閉口した瞬間──



目が変わった。

 


「ッ──!!」

 

その目で見られたラグナは、全身で死を覚悟した。気圧され、絶対の恐怖によって、心臓から指先に至るまで時間が止まってしまったように動きが止まった。

ラグナが気が付いたときには、セタンタの貫き手が自らの喉に触れていた。


「ほい、俺の勝ちだ」


 そして、普段と同じ口調になったセタンタはラグナの頭に手を乗せる。


「……ッ! ハッ、……ッ!」


 正気に戻った後、とたんに肺が襲われ、慌てて呼吸をする──自分が今、呼吸すら忘れていた事を自覚する。額からは脂の様な汗、背中からは氷のように冷たい汗を流し、得物を落として膝を就く。


「ふぅ~……まあ、こんなもんか」


久しぶりにやった。そんな表情をしながら首を鳴らしてセタンタは言う。

だが、ラグナの方からすれば、そんな生半端なものではない。


あの一瞬──ラグナにはセタンタの事が得体の知れない化け物に見えた。

それは──全身を黒い体毛に覆われた巨大な獣だった。剣の様に鋭い爪牙を生やし、見下ろす金色の眼からは、目が合っただけで相手を竦ませる威圧感を放っていた。

殺す──その一つの意思の形を成している。それを至近距離で見たラグナはそう錯覚した。


(冗談じゃない。あんな生き物が居てたまるか!)


乱れた息を整えるために深呼吸する。何度も肩を上下させながら吸い込み、吐き出す──それを繰り返して、ようやく落ち着きを取り戻す。


「セタンタ、今の何だ?」

「ん? あぁ~~……まあ、そのうち分かるだろうよ」

「……ああ、そうかよ」


 そのままラグナは大の字に倒れて空を仰ぐ、その隣にセタンタが投げた剣が落ちる。勝負は終わった後、勝者であるセタンタの下にはエルフの若者たちが集まる。倒れるラグナの下にはフィオーレとアイリスが付き添った。



 模擬戦の後、ラグナは彼女の研究室にいた。本を読みながらラグナが思い返すのは、先程の模擬戦の最後にセタンタが見せた片鱗の事だ。あれは何だったのか? 今まで見せた事が無い兄弟子の一面に、引っ掛かりを感じずにはいられない。


(それに、あの目……)


 セタンタの目には、恐怖とは別に、何故か懐かしさを感じた。殺意の塊のようなあの目がどうしてか夢の中で出会う銀色の巨大な生き物の瞳と似ているて感じた。加えて言えば、セタンタの最後の言葉にも引っかかったが──知らないと言わずに、はぐらかしたセタンタの様子に、ラグナも理由ありとして、深く追求する事はしなかった。


「さっきは、惜しかったね」


 本を読むラグナの耳に、フィオーレの遠慮がちな声が届く。何のことだろうかと考えたラグナは、自分の事を客観的に見て、落ち込んでいる風に見えると判断して苦笑した。


 「いつもあんなものですよ……セタンタの方が強いですから、本気を見たこと無いですし、きっとさっきも全力を出してはいませんよ」

「そうかしら? 私たちから見れば、ラグナ君も十分強いと思うのだけど──」

「俺なんてまだまだですよ、強いって言うのはセタンタくらいの事ですよ……ただ、『負け続けてるから辞める』、何て考えはもう消しましたから」


 少し懐かしむように零した言葉は、フィオーレの耳に入るか分からない程に小さな言葉だった。


「アイリス、薬が出来たから持って行って頂戴」

「はーい」


 ラグナが本からフィオーレたちに視線を移すと、薬が入れられた瓶を敷き詰めた箱を受け取って『行って来ます』と言って出て行くアイリスの後姿が見えた。


「二人は、本当に仲が良いですね」

「ずっと一緒にいたから当然よ……それに仲が悪かったら、お父さんが悲しむわ」

「……」


 その言葉にラグナは、クリード島の頃の事を思い返す。

自分を鑑みてラグナは、スカハサとも、セタンタとも、フェレグスとも仲が良い。対して、セタンタに対する二人の評価についてはどうだっただろうか? 端的にいえば、結構辛辣だったような気がした。


(俺がいない頃のセタンタって、何をしてたんだ?)


 素朴な疑問だったが、普段の厳しくも優しい二人の姿と、自分に対して兄弟子への対応が冷たさに顔をしかめた。


「ラグナ君もセタンタさんと仲良いわよね」

「そう、ですね。俺達も師匠の所で、ずっと一緒にいましたからね」

「師匠?」

「俺を拾って育ててくれた人です。厳しいけれど、綺麗で、温かくて、とても素敵な人で、名前は──」


 ラグナが答えようとしたとき──


 外からアイリスの悲鳴が聞こえた。


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