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28話:ラグナとフィオーレ

 エルフ族──【森人】と称される彼らは、その名の通り、森に暮らす亜人種だ。争いを好まず、自然との調和に重きを置く、温厚な種族だ。

 エルフは、肉を食べず、自然の恵み──即ち、香草や果物類と言ったもの主体に食文化としている。その一方で、豆類を自生しており、それを肉類の代用として取り扱っている。


 温厚な種族だが、自衛の手段を持っていないわけではなく、発達した視覚と聴覚──そして弓矢を武器とした連携で自らの身を守る。

 そして、その中でも優秀な人材たちが森への採集に向かう【狩人】として名を連ねる事ができる。


 エルフの集落は、森の中に殆ど同化している。大樹達の内側に隠れるように家を築き、魔物達から身を守るため、木の上に梯子をかけて行き来をする。その光景は、盛と共に過ごしているとも錯覚させ、彼らの二つ名をより際立たせる。


 ラグナとセタンタは、そんなエルフ達の歓待を受けてつかの間の休息を取っていた。乗り気ではなかったラグナも、硬い地面と寒空の中に立てられた簡易の幕の中で眠りよりも、家屋内での安眠には抗う事はできなかった。


 衣類もそうだが、かつてラグナが人の国──グリンブル公国にて一泊した民宿の物よりもよりも布類の肌触りの良さに彼は驚かされた。

 

 『我々エルフは、目や耳が良いだけでなく手先の器用な物が大勢居ます。特に女性達はその腕を見込んで植物や虫から紡いだ繊維を利用した織物や布物の製作に専念してもらってもいます』


 エルフの長を務めるアーロンの口から教わったエルフと言う種族についての知識がラグナの脳裏によぎる。アーロンの厚意で用意された一室から、ラグナは滅多に外には出ない。専ら、武器の手入れを行って密かに魔法の自主鍛錬を行い、一日を終える。

対照的にセタンタは、積極的に外に出て狩人達と交流を深めている。時節、ラグナを誘うが、それに対して彼は首を縦に振る事はしなかった。


「……ふぅ」


 最後に魔導銃の整備を終えたラグナは、溜め息を零しながら窓の外に目を向ける。橋の上を行き来する住人や地面に下りて遊んでいる子供達がラグナの視界に入る。


(羨ましいな……)


 眼を細め、口には出さず、心の中で自らの本音を零し、再び溜め息を吐き出す。

 外に出る事は簡単だ。後ろにある扉を開けて一歩踏み出せばそれだけで良い──それを何故かラグナは躊躇してしまう。島にいた頃は当たり前に出来た事が、何故か此処ではできない──その理由が分からず、ラグナは一人、困惑する。

 

(何をやっているんだ、俺は……)


 本意ではない。見ず知らずの相手に対して、自分が酷く失礼な態度を取っている事など自覚している。だが、直そうとする意志とは裏腹に、ラグナは他者に対して警戒心を抱いてしまう。

 この部屋から進んで出ないのも、他者に対して失礼な態度を取ってしまうことが分かっているからだ。

 

(相手を不快にさせてしまうのなら、始めから相手をしない方がお互いの為だ……)


 此処に来て、自分自身を制御できない事にラグナ自身は不甲斐なさを感じながらベッドに倒れ込む。他でもない自分自身に嫌悪を抱き、ラグナは目を閉じる。


(師匠は……俺のこんな一面を見抜いていたのだろうか?)


 暫く会っていないスカハサの顔が過ぎる。それを思い返すと、ラグナの中に強襲と言う感情が芽生える。

 自然の中での生活も悪くは無いが、フェレグスの料理やスカハサの笑顔、中庭の心地良さを思い出すと、それらはどうしても見劣りしてしまう。


(こんな様じゃ……師匠にも失望されるな)


 握った拳を額にぶつける。そのままラグナは瞑目していると──扉を叩く音が部屋に響いた。セタンタならノックをしない、そのまま入って来る。

反射──ラグナは身体を起こして身構えた。


「誰?」

「私、フィオーレよ」

「……どうぞ」


 扉が開くとそこには銀髪を結ったエルフの女性──長の長女【フィオーレ】が入って来る。


「何か用でしょうか?」

「ううん、特に用事がある訳では無いのだけれど…集落の生活はどうかしら?」

「どう……とは?」

「セタンタさんと違がって貴方はあまり外には出てないでしょう? お節介かもしれないけど、気になっちゃって」

「……」


 ラグナはそれに対して言葉を返すことは出来なかった。気まずげにラグナは顔をわずかに下に向けて目線を逸らす。


「何か不便なことは無い?」

「いえ、貴方達には良くしてもらっています。こんな素性も分からない人間に部屋まで用意してくれて、ありがとうございます」

「それは気にしないで良いわ。私達は危ない所を助けてもらったのだし……お父様、妹には甘いから」

「そう、なんですか?」

「ええ」


 族長の一面と父の一面の二つを見ることが出来る家族と言う立場だからこそ知っている事をフィオーレは苦笑いしながら話す。最後に『父には内緒にしておいて』と彼女は人差し指を口に当ててラグナに微笑んだ。


「……」


 対してラグナは、なぜ自分にその話を話したのかと言う事に疑問を抱きながら首肯する。ラグナから見てフィオーレと言う女性は、自分よりも背が高くセタンタよりも低い。

 師匠であるスカハサと比較すると、彼女の様な威厳を感じないが、同じくらいの温かさを感じさせる。

 決して、悪い人ではない──ラグナは彼女の印象に対してそんな評価をしている。


(この人からは、俺はどう見えているのだろうか……)


 セタンタなら堂々聞けるのだろうな……内側でそう思い、そんな言葉を口に出すふてぶてしさを自分は持ち合わせていない事を自覚して考えるだけにとどめた。

 


「どうかしら、良かったら里を案内するわよ」

「それは……いえ、俺は……」

「遠慮はしなくて良いわ。出来るなら、貴方には私達の事をもっと知ってもらいたいの」

「どうして?」

「貴方が悪い人じゃないから、かしら」

「……」


 ラグナは、その言葉にも言葉を返せなかった。ただ、自身の胸の中で、何かがほんの少しだけ──緩まったような気がした。


※アーロン:北欧神話:妖精の国【アールブヘイム】と妖精の王【オベイロン】より

※フィオーレ:イタリア語で【花】の意味

※アイリス:英語で【菖蒲】の意味

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