27話:心に負ったもの
今回は幕間として、短い話になります。
少年は、暗闇の中を歩く。靴もはかず、擦り切れて赤くなった脚を懸命に動かして前に進む。傷だらけの腕を懸命に動かし、今にも閉じそうな瞼をこじ開けて、前へ前へと歩み続ける。
少年をそうさせるのは【憧れ】だった。教え導く先人、彼を育てた師、先を歩む兄弟子──知恵に憧れ、力に憧れ、人柄に憧れ、その生き方に憧れ、自身の遥か先を歩くその背中を目指して進み続けた。
痛みを堪え、苦しみを飲み込み、悔しさをばねに前へと進み続ける。
一時──積み重ねた思いがゆらぎ、少年の前に形もあいまいな【幻】が生まれた事があった。
少年は、現実と言うものを理解して、納得してその幻を振り払った。そしてより一層、己の憧れを実現するために努力と研鑽を積み重ねた。
だが、少年はその現実が突き付け、そして心根に絡みついたものに気付かなかった。心身の成長とは裏腹に、心と記憶に秘かに焼き付いた忌まわしき経験がある。
悪意によって彩られた刃によって付けられた見えない傷──その正体を、少年は知らず、気付いていない。
多大な成果の裏側で付けられた小さく深い傷は、少年の内側から【他者への恐怖】となって体現化される。
善を成したにも関わらず──与えられたのは罵倒と侮蔑。
決して、受け入れられない星の下に生まれたと言う事実。
実の父と母にその存在を抹消されたと言う真実。
納得した、理解もした──だが、そんな理不尽を受け入れられる存在などありはしない。
例え、百の知識と道徳を乞うても──
例え、百の魔導と心理を学んでも──
例え、百の武と技を体に刻んでも──
それが勇士や賢人を生み出しても、聖人君主などそうそう生まれることは無い。
道理に合わない事に対して、怒りを抱かない人間など存在しない。
恐怖が生み出す警戒と不信は、ラグナの成長を大きく妨げるのだった。
一章の終盤での経験は、ラグナに軽度のPTSD(心的外傷後ストレス障害)となっています。同時期に精神の大きな成長も起こったために、本人はそれに気付いていない状態です
主にこの二章では、それを人間以外の命に触れる事で克服して行く流れになります。




