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24話:人外魔境 その3

魔境の森の中──ラグナは辺りを睨み警戒する。その彼の様子を、何かが深い木々の中から窺い、囲むように蠢いているのが分かる。ラグナも気配の方角に目を向け気配を追うが、未だに姿を見せない。だが、敵意と殺気が交じり合った気配を纏いながら徐々にラグナとの距離を縮めてくる。


「…………」


 深呼吸をして、呼吸を整える。剣と銃をそれぞれ持ち、腰は低く迎え撃つ構えのまま襲撃に備える。直後、左斜め後ろから風を切るような音が聞こえて振り返ると赤い色の大顎が彼の真正面から迫って来た。


「ッッ!」


 迎撃はせずに、後方へと全力で跳躍する。そして、自分が先ほど立っていた場所に巨大な魔物の頭が突き立った。地面に亀裂が走り、周囲が僅かに揺れる。ラグナは着地と同時に敵に向け構えを直した。


長い身体から生える無数の足を動かし、地面の中から赤い甲殻で覆われた頭部が引き抜かれる。黒く円らな小さな目と長い触角を動かし、魔猪の身体すら食い千切る巨大な大顎をガチガチと鳴らし威嚇する魔物。

魔王蟲イヴィルペンドラ】と呼ばれる巨大な蟲型の魔物は、槍のような黄色い足を動かす。前半身をもたげ上げながら攻撃の気を窺い──予備動作も無く(もた)げていた頭部をラグナ目掛けて放った。


 対してラグナは、右前方にと跳ぶ。先ほど同様、彼が先ほど居た場所に魔王蟲の頭が激突した後、ラグナの後を追うように無数の足が動かす。

ラグナは銃口を自分から見て、左方に位置する魔王蟲の胴体に向け引き金を引く。簡易の爆烈魔法を付与した魔弾──【炸裂魔弾ブローディング・バレット】が魔王蟲の足や黒い甲殻に直撃する。しかし、百本とも思えるような数え切れない足によって支えられた魔物の足の内──一本、二本程度を損傷させたとて、大した効果は無い。逆に、矮小な存在が自身を傷つけた事に対して、魔王蟲は怒りを示すように、一際大きく顎をぶつけ合わせ、ラグナを追いかけ始める。

小さな人影が二本足で駆けた後を、大きく長い生き物が無数の足を動かして追いかける。


ラグナが樹木の側面を蹴って跳ぶ、魔王蟲はその樹木に激突し、食い破りながら、追いかけてくる。彼が岩を飛び越えて跳躍すれば、魔王蟲はその巨体で岩を突き砕いた。

ラグナの前方横倒しになった枯れ木が現れる。かなりの年代を有しただろう太い樹木の表面は苔に覆われている。加速して──右足を前に突き出し、左足を畳む。身体はあお向けになるように背中から倒れる形で、体勢を低くしながら樹木に突っ込む。

樹木と地面の間にある僅かな隙間をラグナの身体が潜り抜ける。地面を滑り、手をかませることで失速する。


立ち上がりながら、向こう側に居る魔王蟲の様子を見る──奴は樹木の上を這って姿を見せる。それを見据えて、ラグナは再び奴に背中を向けて走り出す。

そうしてラグナは、身体強化とセタンタ譲りの身体能力を駆使して、魔境の森の中で魔王蟲の執拗な追跡から逃れ続ける。

 

「……、……」


時節、後ろに目を向け様子を伺う。周囲を確認しながら走り続けると──やがて彼の前眼前に、一際大きな樹木が映る。

目を細め、ラグナは身体強化を上掛けして加速する。根元に足をかけ、足場の存在しない樹木の側面を足の力だけで駆け上がった。

 

魔王蟲は尚も追いすがり、鋭い足を木に突き刺して上へと駆け上がるラグナを追いかけた。両者が中腹まで上り詰める。木を駆け上がるラグナが跳躍をしたのはその瞬間だった。


木を蹴り、ラグナは身体を宙返りしながら外へと投げ出す。魔王蟲は落ちないように足を深く突き刺し、自身を木に固定すると、上半身を反らした。上空へと逃れるラグナ目掛けて顎を大きく開けた。


ラグナは宙返りをしながら、魔導銃の狙いを定める。銃口の先は、剥き出しの状態になっている魔王蟲の白い腹だ。

外的から身を守るために上側を硬い甲殻によって守られた魔王蟲は、その半面、甲殻の反対側──即ち、腹の部分全体が、甲殻で覆われておらず柔らかい。頑丈さと柔軟さを両立する為の進化の過程だが──それこそが、この魔物の持つ致命的な弱点だ。


加えて、ラグナを追いかけ、仕留める事に執着した事で、自らを置く地理と体位がそうさせざるおえない環境に誘き寄せられたのだ。


 引き金が引かれ、銃口から計三発の炸裂魔弾が放たれた。その全てが魔王蟲の腹部に直撃する。炎と衝撃の連撃が、腹を抉り、体液を飛び散らせた。不意を突かれ、ダメージを負った魔王蟲は、体勢を維持できず体を反らした。そして自らの弱点部位をさらに露出させてしまう。


攻勢に転じるラグナは手を緩めない。空かさず薬莢を排し、次の弾頭を装填すると、重力に従い落下したまま魔王蟲に向けて、ありったけの魔弾を撃った。加えて五発の魔弾を顎と首周りに食らった魔王蟲は、衝撃によって身体を支える事ができず、木から剥がれる様に地面へと落下する。

それを見届けラグナは、自らの体を噴出の魔法で浮き上がえらせる事で自らの身体を落下から防いだ。


 ラグナが下に目を向ければ魔王蟲は、仰向けに地面へと激突する。だが、ダメージを負ってなおも高い生命力を示すように無数の足を蠢かせ、身体を捩り体勢を戻そうとしている様子が分かる


ラグナは、銃を腰に収める。噴出の方向を下方向から上方向に向ける。噴出の勢いを落下に上乗せしながら剣を構える。そして、魔王蟲の中心を狙い腹部に目掛けて剣を突き刺す。

魔王蟲の口から油のような体液が噴き出る。ラグナはそのまま、突き刺した剣を引き抜くことはせずに腹から尾のほうへ向けて駆け抜け、魔王蟲の下半身を二つに両断する。

 

斬り口から透明な体液を吹き出し、苦しみのたうつ様に頭を左右上下に激しく動かす。

やがて足の動きは鈍くなり、魔王蟲は足を小さく丸、える。小さな目に宿っていた光は消えていき、せわしなく動いていた触角は動きを止め、地面に枝垂れかかる。そして、そこから、二度と動く事はなかった。


「……ふぅ~~」


 ラグナは、息絶えた事を見届けてから呼吸を整える。体液塗れの剣を、水魔法で洗い流してから背に差す。そのタイミングで木の上からセタンタが降りてくる。


「お疲れっと……まさか魔王蟲を本気で仕留めるとはな」

「事前に弱点を知らなかったら、もう少し苦戦してたよ」

「おいおい、きっちり一人でやってみせたんだから、もうちょっと胸張れよ」

「アイタッ」


 セタンタに少し強めに背中を叩かれ、ラグナは、前につんのめる。その後、じろりと睨むが、セタンタはにやりと笑うだけだった。


「けれど、コイツ──どうする気だ? 以前、食べたくないって話になったけど」

「何も食うだけが供養じゃねえ。コイツはいい素材になるのさ」

「素材?」

「甲殻は、見ての通り頑丈だ──これを少し加工すれば、それだけで鎧とかの防具になる。体液もそうだ。コイツは、乾燥させると固まりになる。これを鎧に合わせれば、頑丈さに磨きが掛かる」


 そう言いながらセタンタは、魔王蟲の死体の解体を行う。

 

「顎は重いが、こいつの武器だけあって鋭い──魔猪の身体を簡単に食い破るからな。刃の代用になる。足は……まあ、先端が鋭いから鏃になる」

「槍の矛先には向かないのか?」

「出来ればいいんだが、実際は体液が詰まってるだけで空洞なんだ。だから、鋭いが脆い……武器としてッ、加工するには、時間が、掛かるッ!」


 ラグナの疑問に対してセタンタは、魔王蟲の顎の付け根をナイフで割きながら答える。


「魔物ってのは、こういう環境を生きる為にとにかく生存に特化した身体を生み出す。それらは、人間が生み出した武器や防具を軽く凌駕するのが大半だ。魔境の場合は、そういう奴らがそこら中にいるのが当たり前なのさ」

「まさかそれ、全部剥がないよね?」

「全部は持って行けないが……あれば助かる。それに朝方に言ったが、狩った生き物は、きちんと【使う】のが供養にもなるからな」

「……ああ、そうだな」


 ラグナは、懐から魔物の皮で刀身を覆ったナイフを取り出す。それは先日、セタンタと仕留めた角兎の角と頭蓋骨を削る事で作ったセタンタ手製の物だ。角を刃物に、頭蓋骨を柄になるように、削り仕立てただけの簡素な造りだ。だが、その見た目とは裏腹に切れ味は、ラグナが副武装として装備しているダガーよりも鋭い得物だ。


「魔物としての強さもあるのだが、そうした環境を生き抜くためにこれだけの物を自分の体で生み出すって言うのは、凄いな」

「畜生の世界は、食うか食われるか、減るか増えるかだ。弱肉強食って言えば、短い話だが──生物どもは、種を存続させる為に他ならぬ【単純な強さ】を求めた」

「……そして、生き物達がそうする中で、人間は【知恵と言う複雑な力】を求めた」

「おいおい、最後まで言わせろよ」

「フェレグスの口から何度も聞いた言葉さ。でも、意外だな……セタンタの口からその台詞が出てくるなんて」

「一応、ガキの頃は真面目だったからな……」

「それがどうして、こうなったんだ?」

「うっせ言うな」


 そう言って、セタンタはラグナに向けて剥ぎ取った甲殻を投げ渡す。


(……でかいな)


 改めて観察するラグナは心中で零した。その大きさから両手で抱えるように持つ形となる。死骸の一部は、先の戦闘で損傷してしまっているが、甲殻に当たる部位だけは、全て無傷だった。


(炸裂魔弾の内、何発かは甲殻の上に命中していた。一弾が強力な分、たった五発しか撃てない魔弾を受けても表面に焦げ目が少し着いた程度か……)

「これは、加工できるのか?」

「無理だな。鎧にするにしろ手甲にするにしろ、設備が無い。暫くは荷物だ」

「了解……」

「あ? どうした、何か変なところがあったか?」

「……いや」


 セタンタの問いに答えた後もラグナは、神妙な面持ちで殻を見つめる。彼の脳裏に浮かぶのは、先の戦闘を観察・俯瞰した光景だ。


 始め──セタンタに魔王蟲と勝負してみろと言われたのが発端だ。態々、森を捜索し、奴を見つけ、セタンタは少し放れた木の上で見物に徹する。セタンタが奴の頭に弓矢を放った事で、此方の存在を知った魔王蟲は、手始めに【最も自身と距離が近い標的】に狙いを定めた。


 魔猪の身体すらも巻き付いて覆い隠してしまうほどの長い体躯を持つ魔王蟲と齢十二のラグナの体格など比較するまでも無い。大顎がラグナを捉えれば、肉も骨も丸ごと持って行かれるだろう。だから──ラグナはあくまでも、攻めでも守りでもなく、避けるに徹するつもりでいた。

 しかし、ラグナは普段よりも、身体がずっと軽いと感じた。普段よりもずっと頭が冴えている事に気付いた。


 魔王蟲の速く、強力な一撃すらも──ラグナの目にはやや遅く見えた。それこそ、普段から手合わせをしているセタンタの攻撃の方がずっと速く感じる程だ。


 どう避けるのが一番良いのか? 右斜め前方に避ける。

避けた次にどうするか? 魔導銃で攻撃し誘導する。


それら全てを頭の中で──【魔王蟲が攻撃を繰り出す直前】で弾き出したラグナは、その通りに動いた。相手を観察し、地理を把握し、弱点を見定め狙いを付ける。


何処に行き、利用するか? あの樹木を使おう。よじ登ればより弱点が露出する。

奴が来た──どうする? 飛び降りて、奴を木から剥がして落とす。

まだ生きている──止めを刺す。


冴えた思考と決断で魔王蟲をおびき出し、確実に息の根を止めるまで、ラグナは行動を徹底した。心掛けているが、いつもそれが出来るわけではない。

単純な言葉でラグナのこの状態を指すのなら──【とても調子が良い】と言うのが適切だ。


そして、その状態がずっと続いているのだ。


(何故だ?)


 だが、朝起きていきなり身体の調子がとてもよいと事は滅多にない。しかも、それがある日を境にずっと続いているなどありえない事を、彼は知っている。だから、ラグナは自分の体に対して、違和感を抱いている。

調子が良いにせよ、その日の前日には何かしらがある筈だと、ラグナは最初に考えた。。既に魔境で野生生活は数日が経過している……ラグナは、調子が良くなった原因をあるはずと考えた。


私生活を振り返ってみてもそうだ。食事においては、魔物の肉を狩って食べているが……これは島に居る頃からそうだ。

魔境の香草や野草を食べたからか? 否、それならセタンタが事前に効能を教えてくれるから違うと判断する。

この環境が影響を与えているのか? 確かに未知も多いが、やっている事は島内での生活とあまり変わらない。辻褄が合わないのでこれも違うと頭から外す。普段の生活からは特に要点は得られない。

 鍛錬の成果? いつもやっているし、そんな爆発的に急上昇しない。


 こうしてあらゆる視点から自身の事を思案するが、結局答えは見当たらなかった。


(そう言えば……最近、夢を見るな)


 体の変化が生じた時期と同じ頃から……ラグナは同じ夢を見るようになったことに気付いた。記憶としては曖昧なものだが……同じ夢を何度見ていると少しずつ脳裏に残っていく。

 何処かに居る夢。

 何かに会う夢

 巨大な何かと会う夢。

 銀色の生き物に会う夢。

 銀の鱗に覆われた魔物に会う夢。

 銀色の鱗に巨大な六枚の翼を持つ、エメラルドの瞳の巨大な生き物に会う夢。


 夢を見る度により鮮明な記憶として、彼の脳裏に刻まれていく。だが、あれが何者なのかは、未だに理解は出来ていない。ただ、ラグナ自身もかの存在と会う度に、胸中にはとても懐かしい感情を抱いた。


(次に会えば、今度は言葉を交わすことができるだろうか……)


 そう思いながら、ラグナは魔王蟲の殻を背負う。

 その時だった、突如森に甲高い音が響いた。それは生き物の鳴き声ではない事は、ラグナにも分かった。だが、それについて彼は知らない。


「今のは、何の音だ?」


 当然、聞こえていただろうセタンタに問うと、剥ぎ取りをする手を止めたセタンタは鋭い目つきをしながら答える。


「……あれはエルフ達が使う【嚆矢こうし】の音だ」

「嚆矢?」

「矢の一種だ。放つと音を響かせながら飛んで行く細工がされている。本来なら遠くの奴に合図やらを送る物だが、エルフの場合は周囲の仲間に対する救援信号や避難信号に使う」

「つまり、ここから聞こえたと言う事は──近くでそのエルフが危機に瀕していると言う事か?」

「恐らくな」


 セタンタの答えた後、再び同じ音が森に響いた。


「まただ……」

「余程、切羽詰ってるみたいだな。まだ間に合うかもしれない……行くぞ!」

「え? ちょっ──」


 セタンタはつい先ほど、剥いだだろう魔王蟲の部位を放り投げると、槍を拾って走ってしまう。ラグナは、その後を慌てて追いかけようとする。


「ッ──あれ?」


 しかし、足が強張り止まってしまう。それは、ラグナが意図していない突然の出来事だった。


(何だ、これ?)


 竦んで動けないわけではない。だが、まるで足首を鎖で繋がれたように、ラグナの右足は、突如、自分の意思に逆らって動きを止める。僅かに震える右足は、前に出る事を嫌がっている様にも感じ取れる。しかし、ラグナ自身には何故、そうなっているのかが分からなかった。理由も分からない。ラグナは、少し苛立ちながら、強引に右足を前へと動かした。足は動いた。振るえも竦みも消え去る。そのままセタンタの後ろを追いかけた。


イヴィルペンドラ 別名【魔王蟲】

表面は鉄よりも固い甲殻に覆わ、長い身体から無数の足が生えている。

頭部には鋏上の巨大な大顎が生えている。 それを激しくぶつける事のは威嚇行動。


バカでかい百足にクワガタのアゴが付いていると思ってください。

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