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20話:師の言葉

「なあ、ラグナ。この世界にどうして魔法が生まれたと思う?」

「…………」


 魔法学の授業中──ラグナは、スカハサの問いかけに固まる。そして、正直にラグナは、首を横に振りながら答える。


「いえ、分かりません」

「うむ、素直でよろしい」


 真っ直ぐだが、無鉄砲の兄弟子とは違い──真面目で、素直な弟弟子の姿勢にスカハサは、彼の頭を撫でる。


「フェレグスから、神代の歴史は、教わっているな」

「はい。この世界に、人間が台頭する前の時代ですよね?」

「その通りだ。では、お前の口から、それをわしに説明してみよ」

「分かりました」


 スカハサの指示に従い、ラグナは、フェレグスから学んだ知識を彼女に披露する。

 神代とは──ラグナが最初に述べたとおり、人間と言う種が栄える前の時代の歴史の事を指している。曰く、魔物の王と呼ばれる【竜】が空を舞っていた。曰く、亜人種が栄えていた。そして、神代という名の通り──【神々】と呼ばれる超常の存在が、覇権を巡り争っていた時代。

最も、文献に記されているものは殆ど存在せず、おとぎ話や英雄譚の題材にされているのが、現状だった。


「では、【神戦(ラグナロク)】については、学んでいるな?」

「──はい。神代の終わりの物語ですよね」


 スカハサは、ラグナの答えに頷いく。神戦とは──その名の通り、神々が地上の覇権を争い、そして多くの神々が死んだ神代の終わりを示した物語。

 一つだった大地を引き裂き、海を二つに割ってしまったといわれる、凄惨なおとぎ話。


「そうだ……だが、おとぎ話と言うのは違う。あれは、おとぎ話とは、夢物語や言い伝えが大半だが、神代という時代と、その終わりを意味する神戦は──紛う事なき真実だ」


 真実──その言葉にラグナは、大きく目を見開いた。そんな弟子の反応を、当然だと言う様に彼女は笑う。


「まあ、無理もないな……ラグナ、魔素と言うのは、要は神々の名残りなんだ」

「名残り……ですか?」

「ああ、そこに確かに存在したという証明……最も、最早それを知っているのは、ごく僅かなものだけになってしまったがな」

「……」

 

何故、師匠がそれを知っているのか? 単純な疑問をラグナはぶつけようとした。だが、スカハサの、何処か懐かしげに──そして、寂しげな表情にラグナは、言葉を飲み込んだ。


「どうして、その話を今、この場で?」

「何、ただの豆知識と思えば良い……」


 疑問の代わりに訊ねた言葉に対して、普段の調子に戻ったスカハサは、優雅に、そして暖かな笑みを向ける。ラグナは、何となくその先を聞いてはいけないと感じ取り、



 そこで、夢から目を覚ます。身体を起こしたラグナは、鮮明に残っている夢──と言う名の記憶の回帰に戸惑いの表情を浮かべる。

 何故、今になってあの言葉を思い出したのか? その問いに答えるものは誰もいない──ただ、窓の向こうから聞こえる波の音だけが、ラグナの耳に入ってくるだけだった。


 ラグナは、最近──周囲に違和感を抱いていた。何処からとも無く、視線を感じる。気配を辿っても、そこには誰も居ない。そしてそれは、普段の日常から鍛錬の時間まで殆ど毎日となっていた。

 誰が見ているのか? それ自体は、ラグナも何となく察しているが、彼女の意図が読めずに困惑していた。セタンタやフェレグスに訊ねても、二人にははぐらかされてしまう。何を考えているのか。師の思惑が分からないまま、ラグナは普段の日常を過ごす。


 そんなある日の事だった。


「ラグナ、後でわしの部屋に来い」


 食事中──珍しく師匠から呼び出しを受けた。セタンタとフェレグスのほうを見るが、二人も肩を竦めるか、首を横に振るかで、彼女の真意は分からない様子だった。


「分かり、ました」


 理由も何も不明瞭なまま、ラグナは頷くしかなかった。食事を終えて、ラグナは師匠の部屋の前に立つ。その間、呼び出される理由を考えてみたが、分からなかった。


(もしかして、知らないうちに師匠を怒らせるような事をしてしまったのだろうか?)


 心当たりが無い……といえば、嘘になる。

最近のラグナは師匠の許可を得て、森に魔物を狩りに行く事もあるが、最近は狩りよりも内緒で行っている、空を飛ぶ魔法の研究の方が主体になっていた。

だが、そうなると何故今になってなのか? 視線は、ラグナが最初の飛行魔法の行使から、少したってからになる。師匠の事だから気付いていないはずがないと言うのが、ラグナの見解だ。だが、危険な行為をしているという自覚はあるが、それならもっと早くに師匠はz分の事を呼び出すはずだ。


何故、今なのか? それを改めて考える。だが、その答えも見当たらなかった。


(入れば分かるか……)


 考えても仕方ない。ラグナは、怒られることも覚悟して中に入る。腕を組むスカハサと目が合う。深い紫の瞳が自分の仲まで見透かされている様で、美しいと思う一方で、恐ろしいと彼は感じた。そして、惹きつけられるように彼女から視線を外すことが出来ないまま、ラグナは前へと出る。


「お呼びに応じ、はせ参じました師匠」

「そう堅い返事をするな」


 フェレグスから教わった礼儀作法に従って言葉を発するが、ラグナのそんな堅苦しい態度に、スカハサは笑う。


「あの、今日はどうして俺を?」

「俺、か……」

「師匠?」

「いや、何だか最近、森には狩りではなく面白い事をしに行っているようだな」

「…………」


 平静を保つラグナ──だが、その背中から汗が噴き出す。


「見ていたのなら、それをわざわざ聞く理由は何でしょうか?」

「そう警戒するな。危険とわかってて、それと向き合うのには相応の覚悟がいる。お前はただ、探求心と好奇心だけで向かい合っているのではないのだろう? ならば、わしの口から言う事は無い」


 微笑むスカハサの顔を見て、怒られると言う可能性が無くなった事や、飛行魔法の研究に中止を言い渡される事は無かったので、ラグナは内心でほっと息を吐いた。


「まあ、無理はするなよ」

「それなら──はい、気をつけます」


 大丈夫です、と言いかけて、最初の実践でやらかした海面落下を思い出したラグナは、苦い表情をする。


「さて、まあ話と言うのはこれではない。ラグナ、お前に幾つか質問をする。正直に答えよ」

「え? は、はい……分かりました。しかし、それなら食事中でも良かったのではないですか?」

「それは無粋だろう? それともお前は、ものを食べている間にあれこれと質問されて、その度に食事の手を止めるのが好きなのか?」

「……いいえ」


 その情景を想像し、ラグナはハッキリと嫌だと感じた。そして、正直に拒絶を答える彼の姿に、変な所で兄弟子に似た部分が出来てしまったと、スカハサは苦笑いする。


「では、ラグナよ……お前は今年で幾つになる?」

「十になります」

「武術はどれほど学んだ?」

「今のところは体術、剣術と弓術。一年前から加えて槍術、斧術ですね」

「魔法は?」

「基礎の属性魔法は自分でも極めたと思います……あの、体はとにかく、魔法については師匠は分かってますよね?」

「自覚と言うのは大事だ。そうは思わないか?」

「……ええ、まあ、はい」


 二年前、かつてそれを捻じ曲がった視点で捉えてしまった経緯を思い出し、歯切れを悪くするラグナ──その後も、スカハサはラグナに意図のわからない質問を投げかけ、それをラグナは、内心の困惑が大きくなるのを理解しながらも、彼女の質問に答え続ける。


「あの、師匠──この質問達に何の意味があるのですか?」


 痺れを切らしたラグナが、スカハサに質問を返した。それに対してスカハサは、神妙な面持ちを作る。短い沈黙の後、スカハサは、返答の代わりに新しい問いをラグナに返した。


「……なあ、ラグナ。お前は、これから先の事を考えているか?」


 答えようとして……ラグナは、答えに詰まらせた。


「どうした? 答えられないか?」

「……」


 言葉ではなく、首を縦に振る事で彼女の問いにラグナは答えを返す。

 目標はある──

スカハサのような魔法の使い手になること。

セタンタのような戦士になること。

フェレグスのような智者になること。


 尊敬する三人の教えを受け、彼女らのその弟子として、弟分として、教え子として恥じぬ者でありたい。それは紛れも無く目標だというのを、ラグナは知っている。だが、それだけだ。

スカハサの言葉にラグナの目標の先にある物が不明瞭である事を、この時、初めて理解した。そんなラグナの反応を見越していたように、スカハサは今までと違う真剣な眼差しを彼に向けた。


「ラグナ、お前は確かに強くなった。魔法も、武芸も、知識も──お前はこの二年で見違えたと、わしは感じている。それなりの自覚もしているようだし、わし自身も教えた知識を見につけていくお前の姿を見ているのは、正直嬉しいと思う」


 だが──スカハサは、そう区切る


「お前はその力をどう使うのかを、考えていない。違うか?」

「……いいえ、違いません」


 漸く言葉を取り戻したラグナは、師匠の言葉に肯定する。


「二年前──俺は、見当違いな目標を作り出してそこに逃げていました。そこから抜け出して、俺自身がどうなりたいのか、それは決めたつもりでいます。ですが──師匠の言うとおりですね、俺は、強くなって、どうしたいのか、と言うのは、分からないでいます」

「……そうか」


 腕を組み、スカハサは考え始める。考えながら、目の前の弟子に目を向ける。一見、曇り一つ無い真っ直ぐな赤い瞳が彼女を見ている。だが、師と言う立場からこそ、彼女は理解した──ラグナの目の奥底にある欲。飢えと渇き──空腹の肉食獣が肉を欲するような凶暴な強さへの渇望。ラグナの事を見て来た彼女達だからこそ理解できる、かつてとは別の危うさを秘めた感情は、一歩間違えればあっけなくラグナが積み重ねたものを崩してしまう程のものだ。


(幸か不幸かは図りかねるが、それをラグナが純粋な存在理由としている点か)


 強くなる事、強くなりたい──あの一件から、ラグナの心にはそんな欲望だけが埋め尽くしていた。

 武術においては、新たに槍と斧の扱いを身に付け、魔法に関しては上位の魔法に加えて魔道具の製作を行う。そして、個人では、魔法の研究から、闇属性魔法を自分で理解し、研究する。その生活は、齢十になったばかりの子供の行う事ではない。

だが、彼にはそれが、家族と共に居る時間と同じくらいの楽しみだった。その二つが、【生きがい】であり【楽しみ】────だが同時に、ラグナにはそれしかなかった。

 そして、それを積み重ね続けた結果──ラグナの実力は、既にクリード島でもご本の指に入る程に上り詰めていた。強さと言うのなら目の前の幼子は、あらゆるものが噛み合い【強者の上】の領域にまで上至っている。なら、それをどうするか? その力を何処に向けるのか?


 そう育てた師としてスカハサは、ラグナを導く責務が会った。そして、スカハサの頭の中には、その解決案があった。だが、そうするには、ラグナ自身の考えを読み取った上で、決めなくてはならない。そうしなければ、崩れてしまうと判断したからだ。


「ラグナ……これが最後だ。お前が最も強いと思うものは何だ?」

「強いもの、ですか?」

「そうだ。何でも良いぞ」


 ラグナはその問いかけに、深く考える様に目を閉じ、直ぐに目を開き揺ぎ無いものと断じた答えを口にする。


「ならば、【愛】が最も強いものだと思います」

「…………」


 愛──他者を想う事、慈しむ事、大切にする事。生き物が抱く感情の一つ。真っ直ぐで迷いない答えにスカハサは目を丸くした。そして、声を挙げて大いに笑った。


「変な事を言いましたか?」

「あ、ああいや……だが、お前の口からおかしな答えが出たと思ってな」

「…………そうでしょうか?」

「どうしてそう思った?」

「ここでの生活を鑑みれば、当然の答えかと。少なくとも俺は、この場所で無限にも勝愛情の中で育ったと感じています」

「…………何故、そう思った?」

「師匠がそんな慈愛に満ちた人ですから」


 笑い過ぎて涙が出て来て、顔が少し赤くなっていたスカハサの顔が、今度は別の理由で赤く染まる。何かから買い替えしてやろうとも、彼女は考えたが……目の前の弟子の言葉が本心の言葉である事を察知する


(余計に質が悪いわ……)


 だが、それをスカハサは悪いとは思わなかった。そんなラグナの人となりが、今後の未来にきっと良い事を齎してくれると信じている。

 だからこそ──スカハサは、言うか言うまいか悩んだ言葉をラグナに投げかけると決める。


「すまぬ、さっき最後と言ったが、お前にもう一つだけ聞きたい」

「はい、何でしょう」

「まあ、質問と言うよりも、提案と言う報が違いが……」


「魔境で修業してみる気はあるか?」


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