14話:家族と言うもの
目が覚めた。昨日はあの後、聞きたい事は聞いたし、別に如何でもよかったので、彼らは逃がした。その後にここに戻って、疲れたからもう一眠りしたんだった。
「ん~~~~ッッ!」
体が、痛い……今まで寝てたときにこんな事はなかったのに、これはあれかな? ちゃんと横になって眠らないと、体が痛くなるということなのだろう。
そして、この状態から大きく背伸びをすると、凄く気持ちが良い──という者ついでに分かった。
アリステラのほうは──まだ眠ってる、よっぽど疲れてたのかな。自分から起きるのをまとうかと思ったが、時間が無い罫線─起こそう。
「朝だよ、アリステラ、移動するからおきて」
声を掛けながら彼女の方を揺らしていると、重たそうに瞼をあける。前髪によって隠れている彼女の眼だが、横向きで眠っていた為、髪は下に垂れて、目はばっちりと合った。
「おはよう」
「…………おは、よう」
「起こしてごめんね……」
「うぅん、ありがとう」
アリステラは、そう言って、眼をこすりながらにこりと笑う。それが何とも愛らしく見えてしまった。
「…………」
「どうしたの?」
「いや、今の可愛いなって思った」
「…………!」
暫く黙った後──僕が行った言葉の意味を理解したのか、顔を真っ赤にしてしまう。いきなりの事で何が起こったと僕は驚く。
「ど、どうかした?」
「ぃや、違うの、えっと──」
「……ひょっとして、僕は君を怒らせるような事を言ってしまったのかな?」
フェレグスから教わった事があるけど、人って怒るときに、顔を赤くするって聞いたことがある。言っちゃいけない言葉だったのかな?
「ち、違うよ! そうじゃなくて! その……そんな風に言われた事、なかったから、嬉しかったの」
「……?」
別に深い意味で言った言葉じゃないのだけど、怒ってないのなら良いか……。
「まあ、怒ってたわけじゃないのなら、良いんだけど……もう動けそう?」
「うん、大丈夫」
「なら、移動しよう……出口は昨日の内に分かったから、さっさと此処から抜け出そう」
「でも、大人の人達に見つかったら」
「ああ~多分、大丈夫だと思うよ」
生かして帰したのには、もう一つ理由がある。あいつ等きっとしつこいだろうから、これ以上追いかけてくるとどうするかって言う周囲への脅しもかねてわざと逃がした。
あの時、素直に教えてくれれば、腕一つを消し飛ばすつもりは無かったけれど、こっちだって、何時までもこんなお風呂は入れないし、お腹も空いたし、寝心地も悪いような場所で逃げ隠れしながら過ごすなんて真っ平御免だ。何より、師匠やフェレグス達に会えないのが、こんなにも心細い事だとは、思ってもみなかった。
「貴方も、お師匠さんに会いたいの?」
「え? うん、そうだね……何で分かったの?」
「お師匠さんの話をしてたときと表情だったから……」
今、僕はどんな顔をしているのだろうか? どんな顔をしているのか気になって触ってみるが、分からないのですぐに辞めた。
とにかく、此処にいても始まらないので、移動する。屋根の穴から飛び出そうとするが、一人で歩けると、彼女は、おぶられるのを拒絶するので、物をどかして扉から出た。人はいないので、あの男の言うとおりの道を進んだ。
*********
「くっそ! あのガキ、何てでたらめな奴だ」
小路の裏に隠れる男が四人──その内の一人が乱暴に積まれていた空き箱を蹴り飛ばす。その男の顎の側面は青く晴れ上がっていた。その言葉にうなずく男は鼻の穴から固まった血が垂れている。
「もし見つけたら、ただ、じゃお、かねぇ……」
そういった男は目立った外相は無いが、歩き方は不自然だった。三人の男は、昨夜、一人の少年によって諸共に、返り討ちに遭った者達だ。自分よりも、小さな人間に見下され、完膚なきまでにやられた彼らの、なけなしのプライドは、粉々に打ち砕かれていた。互いの顔や様子を見れば、顎を打たれた男と、鼻を潰された男が顔を合わせれば、互いの有様を見ることが出来る……もう一人は、自身の逸物を潰され、一生使い物にならなくなっていた。
その場に居る全員が、自分達をこんな目に合わせた幼い子供に対する復讐を誓っていた。
「まあ、落ち着けよ、テメェら」
四人目の男──リーダー格の男が、怒りに燃える三人を宥める。
「けどよ、あんなガキにやられたんだぞ? 他の奴らにも示しがつかねえよ」
「ああ、ガキ一人にやられたなんて、面子に関わるだろ? あんただって、その腕をあの書きにやられたんだろうが」
リーダー格の男の右腕の手首から先は無い。三人と同じく、例の子供にやられた結果だ……情報を聞き出すために、男は、自分の片腕を失った。表には出さないが、男の中に燻る復讐心の炎は、どす黒く燃えていた。
「あのガキだがな、俺に外の出口を聞いてきた。恐らく今日中には、暗黒街の外に出るだろうな」
「なら、仲間集めて出口を固めるのか?」
「いいや、敢えて逃がす」
リーダーの言葉に三人は顔を赤く染めた。この暗黒街と表の町には、存在しないが、確かな境界線がある。表からこっちに入って来た人間は、この暗黒街で何をされても文句は言えないし、此方にきたら、二度と出る事は無い。
この二つを行き来できるとすれば、目の前のリーダーの男のように、奴隷商から信頼を得て、商品を見繕う役割を担うごく僅かな者達だ。
その奴隷商からは、あの二人は高く売れるだろうから絶対に捕らえろといわれるいる。逃げられれば、復讐の機会を失うし、自分達の収入が無くなる。たまったものではないと、三人は詰め寄った。
「落ち着けお前ら、旦那からは、ガキの方を捕らえろと、言われたじゃねえか……忘れたのか?」
「ッ、だが──」
「心配するな。考えはある。最初はびびったが、一度落ち着いて考えて分かったからな……」
妙に冷静なリーダーの男はにやにやと笑いながら失った手をなでる。
「ここは俺に任せろ──あのガキに、この世界じゃ善意なんてクソの役にも立たないものだって現実を叩きつけてやる。そうすりゃ、あのガキは、こっちに来る……来るしか道は無くなる」
**********
「はい、買ってきたよ」
買って来たリンゴと言う食べ物を、アリステラに渡す。アリステラもそれを受け取っ手食べ始めたのを確認して、僕もその隣で自分の分に齧りつく。
あの後、事前に話させた道を頼りに進んでいると、確かに表側に戻る事ができた。そのことで、安堵したが、それも束の間、強い空腹感に襲われた。なので、歩きながら何か食べ物を食べる事にしたのだ。だが、子供二人だけだと、飲み食いの出来るお店の中に入れてもらえないので、仕方なく大人達に教わりながら訪れた市場で、食べ物を買って食べ瑠事にした。
お金については、事前にフェレグスから渡されたもののおかげで事なきを得た。
「ありがとう。でも、ごめんなさい、私──」
「別に、気にしなくて良いよ……お金持ってないんでしょ?」
謝るアリステラに対して、何故、誤られるのを理解しないままラグナは、言葉を返す。リンゴを食べながら僕は、道行く人々を見つめる。ここまで歩く中で、まず始めに、アリステラがはぐれたと言う家族を探す事にした。アリステラは父親と、鎧を着込んだ護衛の二人の男三人と一緒に来ていたが、不注意ではぐれてしまったらしい──なので僕は、鎧を着た二人の男を連れた男が居ないか捜すのだが、見つからない。
「見つからないな」
「しょうがないわよ、こんなに人がたくさん居るんだから」
「結構目立つと思うんだけどなぁ……」
子供二人から見れば、大人達は皆大きいし、そのせいで遠くまで見通すことは出来ない。屋根の上から探そうとしたが、屋根の高さに加えて、行き交う人々があまりにも多すぎて一人ひとり見分けがつかないので、ラグナは諦めた。
「ねえ、君のお父さんってどんな人だの?」
「髭を蓄えた人よ」
「んん~~……たくさん居るなぁ」
特長らしい特徴は無いらしく、ラグナは困り果てた顔をする。
「でも……お父様は、私のことを探してないかもしれないな」
「何で?」
「ほら、だって私……」
「? ああ、黒い髪だからだったっけ?」
隠れていたときに、彼女が話してくれた事を思い出す。黒い髪は貧困の証で、そのせいで彼女は良い思いをしたことがなかったって言ってたけど──正直、くだらないよな。たかが髪の色程度でそれだけで何かが起こるなどとは思えない。
あまりにも幼稚な考えで、くだらないと、フェレグスも言うに決まっている。
「僕の師匠だって、同じ黒髪だけど──そこまでくよくよは、してないよ?」
「ご、ごめんなさい」
「だから、何で謝るのさ……」
すぐに謝る事にも、ラグナは困る……謝られると、何か彼女に悪い事をしてしまったのではないかと、思ってしまうのだ。
「難しいかもしれないけど、もっとそうやってすぐに謝るところとかも何とかした方が良いと思う……そんな根も葉もない言葉くらいさ、自分で吹っ飛ばしなよ……そうすれば──ぁぁ、あんまり人の事は言えないか」
セタンタに促されるまで、一人でくよくよ考えてた癖に、偉そうに言う資格なんて僕には無い。それに、考えないでいたけど、結局──僕は何がしたくてこうやって外に来たのか、分からなくなった。
師匠が手掛かりにとくれたこの布を見ても、僕は結局何も感じなかった……親と言う存在に、大して思い入れがあるのなら、もっと何か、心に来るものがあると思ってたのに、何もない。こう考えると、自分は、薄情なのかもしれないな……。
「帰ったら、師匠にごめんなさいって言わなきゃな……」
「……どうしたの?」
「何でもない。さあ行こう──君の家族を探しにさ」
はぐれないように、アリステラの手を取って彼女の父親を捜す。途中で大人の人達にも彼女から聞いた特徴を聞いて進んでいると──
「お嬢様! アリステラお嬢様!」
彼女の呼ぶ声が聞こえて、そちらの方を振り返ると鎧を纏った男とひげを蓄えた男がが、人ごみを掻き分けて、近づいて来ていた。多分、彼女が言っていた鎧の人が護衛の人で、その後ろを歩くのが父親なのかな? 彼女の姿を間近で見て安堵するが、次に僕を見ると睨むような目で見つめて来た
「お父様、それに……」
「いったいどこを歩いていたアリステラ……何だ、この若者は?」
「えっと、彼は──」
「僕? ラグナだけど」
「ラグナ? 名前などどうでも良い。何者だ」
「彼は私を助けてくれた人なの、そんな目で見ないで上げてください」
「そう、だったのですか……何処の誰かは知らぬが、娘が迷惑をかけたようだな、父として礼を言おう」
「ああ、別にいいよ……そう言うこと言われたくて助けたわけじゃないから」
大体、言ってやってるんだって様子で言われるお礼の言葉なんて、貰っても全然嬉しくないし……
「だが、此処からは安心だ。何処へでも行くがいい」
そして、次の言葉と同時に、アリステラを強引に引っ張り寄せると空いた手で、虫を払う様に手を振る。
「そんな、お父様! 幾ら何でもそんな言い方は」
「煩い! 勝手に居なくなった挙句に、どこぞの知らぬ子供とずっと一緒だったなどと──お前には公爵家の娘としての自覚は無いのか!」
「! それは……申し訳、ありません。ご迷惑を、おかけしました」
大公? えっと確か、貴族の位の中で一番高い地位の事だっけ? まあ、どうでも良いか……と言うか、何だこのおっさん。口も態度もふんぞり返ってて、アリステラの事を心配するよりも先に、叱りつける──しかも、それが、彼女の事を思ってではなく、自分の家の事と来た。聞いてて、不愉快な気持ちになる。
無事に会えて一安心したにもかかわらず、アリステラの表情はどんどん暗くなっていく──それに気付いていない様子で、令嬢としての自覚やら、家名やらとぐちぐちと彼女に言い続ける父親……こんなのが、父親と言う存在の在り方なのか? ふざけるな。僕はアリステラと彼の父親の間に割って入る。
「何だ、まだ何かあるのか?」
「ラグナ…………」
「ハァ……あのさ、元はと言えばアンタたちが彼女を、ちゃんと見なかったから、こうなったんじゃねえのかよ?」
「なッ──」
表情が硬くなるアリステラの父親と、僕の背後でアリステラが息を呑む音がした。そして次に、彼女の父親が顔を真っ赤に染める。
「さっきから聞いてたら、アンタの自分の事しか心配してないじゃないか……娘さんのことなんか何一つ触れてない。傍から聞いててあんたムカつくよ」
「き、貴様……誰に向かってその口を! 私は、由緒あるグラニム家の──」
「そんなの関係ねえだろ! 父親なら、怒る前に、まずは彼女が無事に戻って来たってのを喜べよ!! 二度と戻ってこれなかったかもしれないんだぞ!!」
父親よりも僕はより大きな声を張り上げた。何事かと周囲の大人も様子を見ているが、そんなのどうでも良い。彼女の父親は、驚いた表情で動きを止めた。
「ッ! ど、どういう意味だ?」
「アリステラは、連れ去られてたんだよ。知らない大人に……小路の奥に連れていかれたのを、僕が助けたんだ」
「あ、暗黒街に居たのかアリステラ!!」
暗黒街? あの寂れた場所の事の名前なのか? そんな事考えていると、僕を跳ね除けた、アリステラの父親は彼女の肩を掴む。
「何であんな場所に入った! あそこに入ったら、何があってもおかしくなかったのだぞ!」
「お、お父様を探してて、でも、何処を歩いても、見つけられなかったから……その時に男の人に知ってるって、声を掛けられて──だから!」
「だからと言って──」
「私、黒い髪のせいで──皆から色んなこと言われて、お父様もそのせいで、他の大人の人達に、いろんな話をされてたから、私の事、探して無いんじゃないかって、怖くて……でも、お父様と、お兄様とmお母様と離れ離れになりたくなくてッ!」
尚も怒ろうとする彼女の父親だが……アリステラの涙を見て言葉を止める。そのまま、アリステラは彼に心境を語り続けるのを、僕達は黙って聞いた。
「だって、二度と会えなくなるのが、嫌で、怖かったから……」
「…………とにかく、無事で良かった」
「ッ、お父様、ごめんなさい、私」
「いや、良いんだアリステラ──的外れな事を言って、お前を傷つけてしまった」
怒るのではなく、漸く彼女自身の無事を見て安心する、父親──うん、さっき乱暴に扱われたけど、抱きしめ合って再会を噛みしめる二人を見て、自分のやった事は、間違いではないと確信が持てた。でも、やっぱり家族って良いものなんだな……。
「さてと、僕も行くかな」
まずは先にフェレグスに会わないと……護衛の人に後はよろしくと伝えて、僕はその場を去る。
「待って!」
「うおっと……」
去ろうとして、服の袖を引っ張られた。振り返るとアリステラが居た。
「まだ何かあるの?」
「そうじゃないの……あの、えっと──」
「さっきの事? 別に気にしなくていいよ……僕が勝手にやった事で」
「分かってる。でも、そのおかげで、私も踏み出せたから、それにね。今までの事、全部含めて──」
「助けてくれて、ありがとう」
「…………」
不意を突くように言われたその感謝の言葉と、はにかむ少女の笑顔に心臓が一度だけ、大きく動いた。それが何故なのかは、分からないけど──決して、悪い気持ちではない。
「どういたしまして」
僕も笑顔でその言葉を返した。そして、小さく手を振るアリステラと、軽く頭を下げる彼女の父親に手を振り返して、僕は自分の事に戻る。心中を占める穏やかな感覚のせいか、自身の足取りは羽のように軽くて、満ち足りていた
「ようやく見つけたぜ、ガキ」
だがそれは──一瞬で消えてなくなってしまった。




