13話:暗黒街での戦い
弟弟子が旅立って二日目が終わる頃──師匠の部屋は剣呑な気で満ちていた。何で俺がここに居なきゃならねぇんだと、言いたいが、そんな空気ではない。俺は、そう思わずにはいられなかった。
「主、何故、今になってラグナ様を助けに行くのを許してくれないのです」
「その理由は、先ほど言っただろう」
「無論、聞いております……私は、それを、承服できないので、再度尋ねているのです」
目の前で繰り広げられる師匠と従者の論争は、静かにしかし、言葉を交わすほどに熱くなっていた。まるで、それは、地の底を駆け巡る溶岩のような話し合いで、俺のような馬鹿な男には、とにかく居心地が悪い。
「ラグナ様は暗黒街に入ったのを見ていたのでしょう? あそこは、ラグナ様のようなお方が立ち入ってよい場所ではありませんぞ?」
「それは、お前の押し付けだ、フェレグス。第一、ラグナとあの場所が何らかかわりの無い世界だと思っているのなら、お前は浅はか過ぎるぞ。叡智の化身と呼ばれた男が聞いてあきれる」
「出自のことではありません、彼らとラグナ様のあり方の問題です! 人間と言う種族の悪辣の象徴とも言えるあの場所を、ラグナ様が見てどう思うか、人を見てどう思うかを鑑みても、あのような地に足を踏み入れるのはふさわしくありません!!」
「たわけめ……我が末弟子は、そんな心の弱い人間ではないわ! 第一、あやつが理由も告げずに飛び出した理由を、お前も此処から見守っていたのだろうが……ならば、信用して待つのも慣用と言うものだ」
「ですが──」
「くどい!」
あぁ~~何で俺まで巻き込まれなきゃならねぇんだ。
ラグナとフェレグスが外側に行ったのを皮切りに、俺は俺で久々の師匠からのスパルタ実習の餌食になっていたのに、そこから解放されたと思ったら、今度は、俺が最も苦手な論争の中に放り込まれちまった。
その理由が、いたって簡単な話──ラグナの野郎が勝手に居なくなりやがった。幸いそれがすぐに発覚したのは、師匠がこっそり魔法を使ってラグナの事を見ていたからだ。近況報告に来ていたフェレグスが、すぐに連れ戻しに向かおうとしたが、師匠が何故かそれを止めて様子を見ることにして、三人で見守る事になったのが夕方前までの話だ。
何故か、女の子を一人連れて歩いているラグナだったが、大人達に追い掛け回されても隠れているのが現状──今は、二人とも疲れて眠っていると言う所か。
フェレグスは、すぐにラグナ(ついでにもう一人)を保護しようとするが、師匠は、あくまでもラグナが自分で蒔いた種だという事で、この状況が大詰めになるまでは手出しをさせないという方針で意見は真っ二つに割れている。
俺としては……まあ、どちらかといえば師匠よりの意見に近いだろうな。どう言う理由であれ、元々はラグナが勝手に動き出した事が原因だ……アイツだって、自分のケツくらい自分でふき取るくらいの実力は、ついているだろうしな。これくらいの事は、やりきって欲しいってのが兄弟子として、武芸の師としての言葉になる。
ただまあ、幾らなんでも大人達相手に逃げすぎじゃねえかって思うわけだがな。実力からすれば、多分、ラグナのほうが強い。見るからにお荷物な小娘を一人抱えているにも関わらず、師匠譲りの魔法の知識に、俺が叩き込んだ剣術……ああ、負ける気はしねえな。
(状況は冷静によく分析しろとは言ったが……なんつうか、やりすぎ、勘ぐりすぎ、だな)
そこら辺は、まだ未熟だなと俺は、眠っている小娘を守るように近くで休んでいるラグナを見て思う。そこら辺の目利きも今後は教えてやらねえとな……身体に。
つーか、ラグナの奴って、自分に対する評価が低いんだよな。そりゃ、体格とかもあるし、俺と戦って本気出すまでも無く俺が勝つのは当たり前なんだよな。なのに、向きになってたと思ったら、少し前までは反論するわけでもなく、塞ぎこんだりと……師匠に対してもそうだったらしいじゃねえか。あくまでも、俺の評価だが、ラグナの奴は十分強い奴だと思うぜ? 本人に言っても、対して大きくも受け止めてはくれないだろうけどな……。
ただまあ、背中を押したら、今はこうして、自分で自分を変えようって何か切っ掛け作ってるのは、あいつが馬鹿真面目だって証拠だろうな。どんな形であれ、あいつの頭と心の中に燻っている感覚が吹き飛んでくれるのが、兄弟子としての俺の値がであることに変わりは無い。だからまあ、中途半端をせずにきっちりと自分で納得のいくところまでやり切れよ、ラグナ──テメェの家はここにあるんだから。
*********
夢を見た気がする……師匠とフェレグスが言い争いをしていて、セタンタは上の空で放置されていたような気がする。
「少し、寝ちゃってたか……」
空は、完全に夜になっていた……優しい月の光が屋根に開けた穴から差し込んでいる。振り返ると、アリステラは、静かに寝息を立てている。黒い髪が月光を反射させ、きらきらと輝いているように見える。触れたいっと思って手を伸ばしかけたが、勝手に触るのはいけない気がしたので、自制する。
更に言えば、変な体勢で寝ていたせいだろうか……体が痛い。ベッドで眠るのって幸せなんだなぁ。アリステラは……多分、僕よりはマシかな。
身体を伸ばしてストレッチを終えてから、一度立ち上がり、屋根の上へと飛び移った。体力は十分に回復しているようで一安心する。
「……良い月だな」
青白く輝く満点の月──その周囲を彩るように輝く星々達が光っていて、夜空を美しく彩っていた。島で見る空も、ここから見る空も大差は無い。だが、今時分の視界イッパイン広がるこの世界は──自然と言う、人が手をつけずにそこにある世界は、とても美しいものだと感じる。
同時に、この夜の空を見ていると酷く懐かしい気持ちになった。遠い昔に、僕はこの空を見た気がする。それが何時なのか? 何処なのか? それを思い出すことは出来ないが……その感情と一緒に、胸の奥を締め付けられる様な気持ちになった。その感覚の名前を僕は知らないが、初めて作った魔道具を疲労して失敗したとき、師匠に怒られるわけでもなく、ただ次があると激励された時と、似ていた。
痛いのに、痛くない……苦しいのに、苦しくない。そんな不思議な気持ちが心臓を締め付ける。目を放せば、そんな感覚も消えるのかな、などと考えながらも僕は夜空に浮かぶ満月から目を逸らす事はしない。
足音が聞こえた。月から屋根の下のほうへと視線を向けると──アリステラをつれていた男と吹く数人の男が姿を見せる。
「やっと見つけたぜ、クソガキ……」
「あなた達も随分としつこいんだな」
胸を締め付ける感覚は消えて、その代わりに僕の中の血の流れが一気に加速するような感覚に襲われた。同時に、頭の中も不快な気持ちで一杯になる。
「ハッ、大事な商品を何処ともしらねえクソガキに横取りされたからな。あの小娘は何処だ?」
「……それを、僕が貴方達に話す必要があるんですか?」
「チッ、まあ良い……テメェを動けなくした後にたっぷりその身体に聞いてやる」
不快気な顔をした後、男はにやりと笑って背後に居る者達に合図する。全員で、四人か……体格さも武器もバラバラだが、ついた筋肉は、それなりの実力があると窺える。
アリステラを連れて逃げるか──と思ったが、逃げ場は無い。それに、逃げた先で別の大人達に鉢合わせて挟み撃ちになる可能性もある。逃げて隠れて、何よりも今漸く休む事ができているの彼女にこれ以上負担を掛けたくない……改めて、戦うという選択を自分で選び、僕は屋根から飛び降りた。
僕が戦う気だと察して、男達は僕を囲う様に散開する。
「ねえ、一つ聞いていいかな?」
「ああ?」
始める前に中央の男──アリステラと最初に居た男に僕は気になっていた事を聞く。
「あの時、どうして、アリステラと一緒だったの? 彼女のお父さんと知り合いで、案内するって言ってたらしいけど、それって本当だったの?」
問いに対して、男は笑った……つられて他の男達もげらげらと笑う。
「ばっかだなぁ、んなの嘘に決まってんだろ……表に出て、親とはぐれた小娘が居たから、これは良いカモだって思ったからこっちにつれてきたんだよ。子供──それも、女ってのは、大抵は高く売れるからな」
「……あっ、そ」
安心した。頭の隅で、この男が本当に彼女の父親の知り合いなのではないかと考えて、余計な事をしてしまったのではないか、って考えてたけど、そんな事はなかったみたいだ。それに、今の言葉を聞いて──一気に体が熱くなった。
「やっちまえ!」
合図と共に、一斉に襲い掛かって来た。対して、大人と子供の体格さを埋める為に身体狂化を全身に付与して、腰から剣を引き抜いた。やる事は、セタンタとの模擬戦と大差ない──
『敵になった奴を、動けなくすれば勝ちだ』
最初に来たのは、棒を持った屈強な男──片手で無造作に振り下ろしたその一撃は、酷く雑で、セタンタが繰り出し、僕がいつも吹っ飛ばされている一撃と比べ物にならないくらいに、お粗末な攻撃だ。
離れるのではなく、近づいて股の間にある急所を思いっきり蹴り上げた。振り上げた足に柔らかいそれを、潰したような感触が感じた。
「ッ~~~~~~~!?!?!?!?」
掲げていた棍棒を手放し、地面に落ちてカランカランと音を立てる。そして、手放した本人は月明かりに照らされた青白い顔に汗を噴き出し、両手で股の間を押さえてうずくまったまま動けなくなった。
「こ、こいつ……」
「ああ、確かに効果ありだな」
セタンタから教わって、実演してみたけど、セタンタの場合っていつも防がれるか、読まれるから当たらないので、効果に実感を感じなかったのだが、確かに急所である事に間違いは無かったようだ。
大人達も険しい顔をして距離を取り始める……けどまあ、確かに一度つかったら、他のやつには聞かないって言うのは本当らしく、足幅を狭めている。
「な、何やってんだ! たかがガキ一人なんだから、さっさと囲んでやっちまえ!」
さっきから、他の人達に言葉を飛ばすって言う事は……真ん中の男がこいつらのリーダーってことで良いんだよな。こういう時は、頭から最初に潰せってのもセタンタから教わったけど、今回は、ちょっと厳しいかな。持ち直した二人が左右から──合計、三方向から囲まれているので、自由に身動きは出来ない。
こういう時は、背中だけは取られるなって言われてるけど、厳しいな……。
剣を構えて左右を見る──挟み撃ちをする形で二人が、距離を詰めてきた。
「(こういう時はッ!)」
剣を構える。まず、一人のほうに向けて地面を蹴る。自分に向かってきた、そう思った片割れが、足を止め、僕を迎え撃とうとする。だが、それは牽制だ。踏み込んだ二歩目をブレーキにして、もう片方の男に向けて突貫する。呆気なく崩れた連携攻撃を逆手に、動きを鈍くした一人が攻撃を繰り出す前に、足に剣を突き刺した。
足に走る激痛にしりもちをついた二人目──剣を抜くと同時に、低い位置まで下がった顔面──正確には、鼻に膝を打ち込んだ。そして男は顔を抑えてのた打ち回る。
「ッノヤロオオ!」
動きを鈍らせた三人目が再び襲い掛かる。握り締めた短剣で無造作に突き出してこっちに向かってくる。単調な攻撃な上に、声を挙げたせいで、こっちには攻撃の予兆が丸分かりだ……短剣をかわして、剣の柄尻で顎の下を殴った。そのまま男は倒れて動かなくなる。
「…………」
あと一人──睨み付けると、怯んだ後に鋭い顔つきをしてからこぶしを構える。
「ガキにしてはやるじゃねえか……だが、俺をそこの奴らと一緒にするんじゃねえぞ」
「そうなの? あんまり大差なさそうだけど」
「調子に乗るんじゃねえ!」
拳に鉄か何かを、嵌めてからこっちに殴ってくる最後の一人──殴ったり蹴ってきたり、激しい攻撃をしてくる。確かに、動きは一番いいと僕は思う。
でも、それよりももっと凄い動きをする人を知っているし、三年もその人に鍛えられた僕には、何も感じない。
一度、後ろに跳んで距離を取る──剣を構え直して男に向けて地面を蹴る。そして、肉薄する直前に身を小さくかがめる。
元々、大人と比べて小さな身体は男の足元を潜り抜けて背後へと回りこむ。その擦れ違い際に、構えた剣で、足を切った。
「ぐァッ!」
切った足では踏ん張りが利かせられず走った勢いのままに男は前のめりに倒れこんだ。僕はすぐに男の背中に飛び乗って首筋に剣を突き立てた。
「ヒッ!」
「どうする? まだ続けるの?」
男が首を回してこちらを振り向く……その目には、泣き狐に似た怯えの感情が浮かんでいる。船医はないのを確認したけど、僕は男を見下ろす
「なあ、聞きたい事があるんだけど……ここの出口って何処? 言っとくけど、また嘘をついたら承知しないからな」
「ふ、ふざけんじゃねえ、誰がテメェみたいなガキに」
まだやる気なのかな? 持ち直したように啖呵を切る男に溜め息をつく。こういう時は、凄い力を見せて相手を脅せばいいってセタンタが言ってたな。僕はこのときに魔法を使う事を決める。
男の手の方に手をかざす──そして、編み出したばかりの新魔法を僕は繰り出した。
【侵蝕】──産まれた黒い球体が、男の手首から先を飲み込み、跡形も無く消し飛ばした。
「は? え? あ──」
男が悲鳴を上げた。僕が使ったのは、ただの魔法じゃない。師匠に一度見せてもらった闇魔法だ。
あれを始めて見たとき、尊敬や敬意と同時に、好奇心に駆られた。扱ってみたい──そう思って、昨日の夜や、眠りに着く前に、練習した。
始め頃、僕はそれをとても難しいと思っていたが、驚くほどそれを早く取得する事ができた。
師匠が使った異門と呼ばれた魔法は、空間と空間を魔法によって繋げる魔法だといっていた。その原理を僕なりに解釈した──師匠の魔法は、目の前にある光景を魔法で捻じ曲げ、そこに別の景色を引っ張り込んでつなげる魔法だった。
そこまでの制御は、まだ狭い世界しか知らない僕には出来ない……だが、近いそれを、生み出す事はできた。
それが、今さっき僕が使った侵蝕と名付けた闇魔法──空間と空間に干渉するのではなく、空間にある物を消し飛ばすという強力な魔法だ。命まではとってないし、脅しには十分だろう。
ただ、僕はまだ脅しが通じないかもしれないのでこんどは彼の頭に向けて手をかざす。
「で、何処をどう行けば、出口になるのかな?」
震える男に、僕はもう一度、聞き返した。




