表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/115

10話:道を抜けると矛盾に満ちていた

足が止まった。そして、呼吸も僅かな時間だが、止まってしまった。何故、こんな事になったのだろうか? そう振り返るなら、僕は、正義心と好奇心で、フェレグスの留守に彼が近づけようとしなかった、この街の小さな道の中に入ったからだろう。まだ光が差し込んではいたが──それは奥に進むごとに暗くなっていった。

小さな生き物や黒い虫が徘徊するのを無視して走り──ただ、早く此処から出たいという焦燥感に駆られて足を動かし続けた。

そして、暗い道を走る中で──漸く前方から光が見え、そこ目掛けて飛び込んだ。


そして、その直後に自身の視界に広がった世界に、僕は呆然とした。


ボロボロの家屋やガラクタが散乱した石造りの道、歩いている人は、殆ど居ない。羽虫に集られ、ぐったりとして道の脇で座るか、倒れこんで動こうともしない人がちらほらと見える。

止まっていた呼吸が再開され、鼻で息をした瞬間──例え様もない異臭が鼻を襲い、同時に吐き気を催した。

 

(何だ、これは? 僕は、別の街に転移でもしてしまったのか?)


 そう感じる程に、自分がつい先ほどまで眺めていた光景と──今、目の前に広がる光景は別のものだった。

 ここは一体何なんだ? どうして、こんなにも酷い場所なんだ? こんな世界でも、知りたいと考えてしまうのは、単なる好奇心なのか? それも今の自分には分からない。

 だが、そうする前に、まずは最初に見た女の子を捜さないと──元々はその為に入り込んだのだから──


(とにかく、動こう……まだ、遠くには行ってないはずだ)


 とりあえず、足を動かすことにする。その決断と同時に動こうとした瞬間──僕はまた動きを止めてしまった。


 何時の間に背後に居た大人達──身なりは決して良くは無い。

黄ばんだ歯をむき出しにして、張り付いたような気味の悪い笑顔で僕を見下ろし、嫌な意識を放っている。

それは、今まで感じた事が無いものだった……ただ、漠然とだが似ているものを二つ知っている。島の魔物達が放つ、縄張りへの侵入者に対しての敵意や、獲物を仕留める時に放つ殺意──だが、これは、その二つとは、何かが違った。それが、酷く気味悪い。


「誰ですか?」


 悟られないように、腰を低くして、手をゆっくりと後ろに回す──腰には、護身と渡された短剣が収まっている。敵なのか? 違うのか? それが、ハッキリとはしていない内は、警戒心を緩めない。


「お坊ちゃん、こんな所に一人で、どうしたんだい?」


 声音は、どこか優しげな雰囲気が感じた……だが、こちらを見下ろす瞳に宿る輝きには、その奥で何かぎらぎらとした怪しい何かを孕んでいる。

 

「こんなところで子供が一人は危ないな、おじさんが、安全な所に連れて行ってあげるよ」


 手を差し出された掌を凝視する。フェレグスや、セタンタとも質が違う質感を感じた。


「いえ、大丈夫です。僕は一人で──」


 男の人の顔を見た時、気付いた──男の左右にもう一人ずつ……三人に増えていた。何時からだ? 最初から? とにかく、自分の中にある直感が、警笛を鳴らしている。


「ほら、おじさん達と一緒においで」


 瞬間、わずかに感じた敵意に応じて体を反転させる。一気に走り抜け、彼等との距離を突き放した。


「チッ、追うぞ、逃がすんじゃねえ! あの綺麗な身なりを引っぺがしてやれ!」


 背後で先程の男の声が聞こえた。最初の優し気な声ではない粗暴な口調なのは……おそらく、あちらが本性だったのだろう。

 敵意や殺意を感じ取ったから、どうすれば良いか対応できずにいたが──どうやら、自分の対応は、間違ってはいなかったようだ。

 ちらりと背後に目をやれば、男達が追いかけて来る──大人の男達と子供の僕では追いつかれるのは時間の問題かもしれない。ならば──


冷静に判断して、ほんの僅かな身体強化を付与する。一気に加速して、瞬時に小路に入る。さらに、直後に身体強化と合わせた跳躍で家屋の上に飛び乗り、男達の様子をうかがう。


「ッ、消えやがった!」

 最初に辿り着いた男が僕の姿を見失い驚きの声を上げる。まさか、僕が隣の家の屋根の上に隠れているなんて、思いもしないだろう。


「まだ遠くに行ってない筈だ、探せ!」


男達はそのまま奥へと進んでいくのを見送る。敵意とは違うけど、嫌な気配を感じたから、警戒していたけど、どうやら、僕の選択は間違っていなかったようだ。それにしても、いきなり変なのに絡まれたな。此処では、自分の格好は目立つのだろうか?

普段、フェレグスが手入れしてくれている衣服──その中でもお気に入りで、今着ている黒のローブを見ながら、自分に声をかけてきた男達の姿を思い返してみる。


男達の服は、殆ど洗っていなかったように見えた。一体、どれくらい洗わずにいればああまで汚れるのだろうか?

それに無造作に駆られた髪の毛と髭──笑みを浮かべていたときに口から除いた黄ばんだ歯を、改めて思い返すと不快感を抱かせる。

此処で暮らしている人達は、皆ああなのか? だとしたら、あの女の子を連れて行った男はどちらかと言うとまだ少し身奇麗な部類に入るのかもしれない


「……行こう」


 気を持ち直して、移動を始める。あの子を探さないと──下に降りて探したら、きっと、さっきみたいな奴に絡まれる可能性が高い。護身用にと渡された武器もあるけど、これはなるべく、使わない方が良いのかもしれない。なにより、大人の力と今の自分の実力がどれくらいの差があるのかは、分からない上に、さっきみたいに、一気に集団襲われる可能性だってある。逃げるのは、生き残る術だとセタンタは言っていた……だから、恥じることは無い。

リスクは極力避ける──幸い、屋根の上を伝って走ることは出来るし、見晴らしも悪くない。人探しにはもってこいだ。


身体強化で隣の屋根に飛び乗る。男の方は、下に居る者達と大差ないが、あの子は確か……青いドレスに黒い長髪だったな。此処で暮らしている人間は、たいていボロ布を纏っているだけだから、目立つ。

 見つかるのに、そんなに時間は掛からない筈……


 屋根を伝い道に沿って進んでいく──奥に進んでいっても、この空間の荒廃した光景に変化は無い。ささやかな変化といえば、先ほどの経験のせいか……人が人に暴力を与える姿が目に入るようになった。

 一対一、或いは、多人数で一人を虐げる光景……表で堂々とやっているときもあれば、建物と建物の間の小さな暗い小路の中で行われている場合もあった。


 どうやら、この空間にいる人間は三通りいるようだ。だが、その三つ全てが、生きているものとして、とても嫌なものに感じる。それが、どうしてなのかは、僕には分からなかった。


 改めて、表とはかけ離れたこの光景を見渡す。活気も何もない……本当に此処は、外の世界なのかと疑いたくなってしまう。確か、美しいとか、綺麗と言う言葉の反対は【醜い】だったっけ? だけど、今、自分の目の前に広がる光景をそうは思えない。ただ、【酷い】と感じる。

 表を歩く人たちと、此処で暮らしている人たちは何が違うんだ? 景色も町並も、何もかもが違う。陸地と海の様に、境目から此処まで世界が変わるものなのか?

 

 自分が数刻前まで見ていた景色と、今自分の目の間に広がる景色の間にある差──こんなに綺麗に切り離されているものなのか? 


(何だろう、気持ち悪い……)


此処に入り込む前に嫌なものと似たような感覚に襲われる。何故、そう思ったのか? 思った僕にも良く分からない。だが、漠然としたとても嫌な感覚が心に生じて、それがたまらなく嫌になる。

 胸を押さえ込んで、時間をかけてゆっくりと気持ちを持ち直してから、僕は移動を再開する。

 それから、どのくらいか歩いた先──


「……ん」


 足を止めて、身体を伏せる。道を挟んで向かい側の建物──その前で二人の男が、なにやら喋っている。その片割れは、あの時、女の子と一緒にいた男と瓜二つだ。


「見つけた」


女の子ではなく、見知らぬ男と親し気な雰囲気を醸し出しているようだ──と言う事は、仲間とかだろうか?

 ここからだと、何を言っているか聞こえないが……表情は先程、俺に声を掛けて来た男達の本性の顔と大差ないと言う事は、あの時、女の子に向けていたものも偽物だろう。


(さて、どうするか……)


 普通に考えれば、あの家の中に女の子がいると考えるのが、普通だろうけど──あの建物には、窓が無いので、様子を見ることは出来ないし、建物の中を調べるなんて便利な魔法は存在しない。いや、あるのかもしれないけど──僕はそれを知らない。


(或いは、師匠が使った……闇魔法なら)


 いや、違うな……今、僕が考えるのはこれからどうするかだ。此処から、あの二人を倒すことは出来るか? 油断しているから一人は出来るかもしれないが、もう一人はどうだろう? そもそも、あの中に仲間がいたら、こっちが一気に不利になる。

 それは、魔法を使うのにしても同じだ……小規模なら、倒れない可能性もあるし、大規模なら、建物を巻き添えにして、下手をすれば、倒壊する恐れがある。

 もし、あの女の子が捕まっていた場合は、生き埋めになる。


(となれば、僕の取るべき行動は……)


 見つからずに、建物の中に入り込んで──女の子の確認、居たら救出して、居なかった……


(男達を尾行するか、戦うか……)


 まあ、二人を見かけて行動したのには、そんなに時間が経ってないから、多分、居るだろうけど、もしも、中に女の子が居なかった時の事も考えておかないと……。

 考えながら様子を見ていると、女の子と一緒にいたほうの男が何処かへ行って、もう一人の男が、扉の前に立って周囲を警戒し始める。見張りを立てる……ということは、あの中に何か大事なものがあると考えていいのだろうか?

 そう考えるのが、妥当だし……たぶん、あの女の子が中にいると考えていいのだろう。


 欠伸をしながら扉の前から動かない男と、屋根と屋根の距離を確認する。此処からだと遠いけど、丁度飛び移れそうな場所があるな……そこから移ろう。

 気付かれない様に移動し、向かいまでに飛び移る。身体強化を使って一気に向かい側に飛び移った拍子に勢いで屋根に大きなヒビを作ってしまった。

 

 家主らしき人が飛び出してきたので慌てて隠れた。家の頑丈さを考慮してなかったのは失敗だった。まさか、【子供一人が勢いよく飛び乗っただけでヒビが入る】とは思わなかった。気付かれなかったので、良かったけど……こういう所もしっかり考えないといけないな。


 気を取り直して、目的の建物に近づく──建物自体は、大きくはない。と言うよりも、他の家屋よりも小さくみすぼらしいから多分、物置小屋か何かだろうな……そんな事を考えながら今度は、壊れないという確認をしてから。壊さない様にと注意して、飛び移った。


 次に、中を確認しないといけないのだが……屋根に耳と当ててみる。六歳の頃にセタンタから教わったのだが、こうすると、向こう側の声が聞き取れる。屋敷に居た頃は、これで師匠とフェレグスの会話を盗み聞きしてたっけ……最も、何の話をしているのか、当時の僕には、さっぱり分からなかったけど──

 

 中からは、女の子のすすり泣いている声が聞こえる。だが、それ以外に声は聞こえない。見張りは、扉の前に居る男だけなのかもしれないが、要人に越したことは無い。幸い、この建物自体はおおむね朽ちているが、石や土で出来ているので土属性の魔法を使えば、どうにでも出来る。


 まずは、覗き穴を作って、中を見る……うん、やっぱり、誰も居ないな。女の子は……目隠しされて縄で縛られて動けないみたいだな。ただ、彼女が声を抑えてすすり泣いている音だけが聞こえる。


(可哀そうに……あれじゃあ、怖くてたまらないだろうに──)


 あの大人たちは、どうしてこの子にこんな事をしているのか理解できないし、したくもない。胸の中に生じるチリチリとした感覚を抑え込んで、大きくした覗き穴から中に降り立った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ