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111話:蝕む力

 郊外演習から三週間程が経過した。貴族も平民も等しく学院に戻って元の生活に戻っている。だが、パーシーは学院ではなく王国内にあるベルン家の別邸に居た。

 パーシヴァルとして私室で本国の父からの文を読む。その目は鋭い。やがて机を挟んで立っているラモラックを見る。


「文にはなんと?」


 恐る恐ると控えていたラモラックが尋ねるのに、「ああ」と小さく応えてから顔を上げる。


「覚悟はしていたが、ベルンとロムルスの国境はしばらく封鎖だな」

「まあ、ですよね……悪食で知られる醜人、その上に悪鬼まで山を降りている現状ですからね。しばらくは森狩りですかね」

「本来ならば、山の方が危険なのだがな。……まあ、魔物の生活圏内を進んでいるのに安全などあるわけないだろう」

 

 あの行事が残した爪痕は大きなものだった。まず平民院側も貴族院側も負傷者を出した。貴族院側には同伴していた騎士から何人かの死人を出したと聞いている。

 そして学生たちが避難した後、ギルドが通じて冒険者達に実地の調査を依頼したようだが──醜人の大半が本来の生活圏から離れて狂乱状態に陥っている事、それに釣られて悪鬼まで山を降りて森を闊歩していることが分かった。その依頼にも犠牲者が出た。


 ベルン公国側も流通の危機と判断して冒険者達を中心に事態の収拾に取り掛かっている。王国側の動きは鈍い。昔からの魔物の相手は冒険者という認識からだろうと、二人は呆れたように溜め息を吐き笑い合う。二人からすれば醜人に手古摺っていた騎士など邪魔にしかならない。首を突っ込まれるよりはましだろうという気持ちの方が大きかった。


「どれくらいで元に戻りますかね」

「分からないが、時間は長引くことは無いだろう……ラグナ達がうまくやってくれたからな」


 郊外演習の中で、ラグナがカイル達と回収していた不審物はギルドに預けられた。パーシヴァルが推測していた通り、不審物の中身は魔物をおびき寄せ狂乱状態に陥らせる禁薬だった。あの広い森の中では一つだけとは限らないだろう。それでも物証があるのだから幾分かの手間は省ける。

 

「でも、醜人はともかく悪鬼まで居るんですよ? 場数を踏んでいる冒険者でもあれの相手は厳しくないですか?」

「心配するな。ベルンの冒険者は、悪鬼も逃げ出すような魔物を相手にしているものも居る。それに、彼らにも生活がある。現場については彼らに任せて、僕や父上のするのは彼らの褒賞や報酬のことだろうな」


 ベルンは元々作物が育ちにくい。魔物を狩る事やそれらに代わる資源を得る事で成り立っている。例えば魔物の中に取り込まれ長い年月を経て結晶化した魔素の塊である【魔石】などだ。

 そして作物などはロムルス王国を通じて他国からの流通に頼っている。それが滞ろうとしているのだから、ベルンで暮らす者達からすれば何とかしなくてはならない。無論、その気持ちはパーシヴァル達も大きい。現在は、王国側の冒険者ギルドに掛け合っている。

 もっとも、現在はそれ寄りも大きな問題がある……。パーシヴァルが学院に居ないのもそれが理由だ。


「まさか本格的に王弟派がユリウス殿下を排除に狙うとは……」


 ベルン公国の事もそうだが、ベルン家からすれば王家の事も厳しく見る。個人的な忠誠心などは置いておき、中央のロムルス王国内が乱れるのは最悪の事態だ。それはパーシヴァル達ベルン家だけではなく、四公家が抱いている不安だ。


「実行者は捕まったよ……今は、拷問の真っ最中だろうな」

「早いですね……」

「ニルズ大公の手の者が動いているのさ」


 ほう、とラモラックが息を吐く。恐らく自分と同じ──否、それ以上の裏側の組織を使ったのだろう。興味関心があるようだ。


「そのニルズ大公は、ラグナさんのお見舞いですか……」

「そうだな…………」


 重苦しい空気が流れる。学院に居ないのは、パーシヴァル達だけではない。アリステラも怪我を理由に現在別邸で療養している。そして話題に出たラグナは……二人は口を噤む。

 あれは怪我と言って良いのか? 運ばれるラグナの体を見た時二人は同じこと思った。眼や耳からも出血していた。寧ろ、死んでいると言われた方が納得がいく状態だったのだ。

 そしてロムルス王国に戻って来たラグナは、ウェールズ商会の手の者達が引き取った。本来ならば学院で治療するというのだが、白髪の初老の男が不要だと凄んで黙らせる。どうなったかは分からないが、恐らくは生きてはいる筈だ。


「……どうなりますかね」

「さあな、少なくとも王国は揺れるだろうな」


 パーシヴァルは再び父からの文を見る。文の中身は身体を大事にするようになど親子の何気ないやりとりも混じっているが、実態は王国の行く末をお前は如何見据えているのかと、現状を憂いている部分の方が大きい。パーシヴァルも同意見だ。

 その一方で気がかりなのが最後の一文だった。


 エイルヘリアの動向に気を配れ──エイルヘリア神聖皇国は決して信用できる国ではない。今の融和もどこまで続くのか怪しい。特に内側が揺れているのだ。外からすれば揺すり倒してやりたいだろう。

 もう一つの文へと視線を移す。こちらはセルヴェリアからの文だ。ユリウスの事が書かれている。彼も今は王城に居るらしい。或いはこのまま学院に戻らないかもしれないとも書かれている。

 アナスタシアの事も考えれば素直には喜べなかった。


(だが、やはり一番の問題は後継者問題だろうな……今回の事、王弟の一部の暴発と考えるのは無理だ。王弟も野心を強いとなれば……僕達はどちらを支持するか)


 父にもその事をそれとなく伺わないとな──などと、どこか他人事のように思いながら天井を仰いだ。


「僕も、ラグナの見舞いでも行ってこようかなぁ……」

(君ならどんな答えを出すのかな……)


 呟き、その後直ぐに自嘲する。きっと「興味ない、どうでも良い」と言うラグナの姿が容易に想像できてしまったからだ。笑うパーシヴァルを、何事かとラモラックは見つめるだけだった。




 一方でウェールズ商会は水を打ったように静かだった。それでも人は粛々と動いている。指示を出すフェレグスはそんな彼らに仕事を与えていく。そして大事な案件は自らの目で確認し最適解をはじき出して実行する。

 それが終われば、商会に連れ戻したラグナの介護が待っている。手の空いている女中達が手伝いを申し出るが、フェレグスは譲らずに誰も部屋に近づかず、近づけないようにと伝えて部屋に入る。

 部屋にはラグナが居る


「来たか……何時もすまないな」

「いえ、この程度はどうという事はありません」


 身体を包帯で覆われたラグナはそんな状態にも拘らず腕立て伏せをしていた。本来ならばフェレグスは咎めるべきなのかもしれないが、それをしない。

 多くの者が知らされていないが、ラグナは郊外演習の後、ウェールズ商会に引き取られてから凡そ四日後に意識を回復していたのだ。

 過剰な強化魔法によって自壊した肉体も、視覚も聴覚も嗅覚も回復している。驚異的回復力を発揮してラグナは既に復活していたのだ。

 

「お身体の具合はどうでしょうか」

「以前よりは把握できた。だが、やはり慣れるにはまだ時間がほしい」


 そう言いながらラグナは視線をフェレグスから己の左手に移す。未だ傷跡の残るその手はこれまでの不自由が嘘のように意のままに動く。

 だが、それだけではない──試しに机に遭った林檎を一つ掴もうとする。何気ない動作だったが、掴んだ林檎にほんの少しだけ力を加えた瞬間──爆ぜるように林檎は潰れて四散する。


「未だ、慣れぬようですね。」

「ああ……何と言うかコツコツ積み上げて来たものの上に、大きな塊が一気に圧し掛かったようなものだからな」


 苦笑いするフェレグスに再び視線を向ける。隠す必要はないと眼帯が外され露になっている左目は、人の目ではなく竜眼のままだった。

 

 ラグナが目を覚ました時には、彼の体は殆ど回復していた。それはフェレグスにとっても喜ばしい事だった。それだけ戻って来たラグナの状態は危険だったからだ。

 しかし、目を覚ましたラグナは異変に気付く。異様な空腹感もあるが、左右が異なる視界に、力の制御ができない力──。己の体だからこそ彼は最初に気付いた。

 戸惑うラグナに、フェレグスは何が起きているのかを打ち明ける。

 

 端的に言えば、ラグナの体は暴走状態なのだ。より正確に言えばラグナの体内にある竜の血だ。ラグナにはスカハサに拾われた直後、銀竜ジークフリードの血を与えられ竜の血の力で息を吹き返した経緯がある。本来ならば、人間の身であるラグナの体内で永劫に眠っている筈だった。

 だが、その血の力はラグナの生きようとする意志、強くなろうという意志に呼応して徐々に片鱗を見せ始める。その最たるものが白狼族との戦いで発現した竜眼である。そして戦いの後の左腕の再生──竜の血に宿った因子は欠損を補う為にその二カ所に集中した。

 そして今回、悪鬼と戦いでラグナはさらに竜の力を引き出した。それはラグナの中の人間の一部を侵食し、肉体の一部を塗り替える程だ。

 あのままならば、ラグナは間違いなく死んでいただろう……。だが、増幅した竜の力が、再生力をもって体を治したのだ。それは決して喜ばしい事ではない。先にも説明したが、ラグナの中の竜の血は暴走状態だ。今は大人しくしているものの一度起きた事はこれからも起きる可能性は高い。

 その時にラグナは今の形状を保っているのか? フェレグスにさえ分からないのだ。ラグナは一通り落ち着いた様子でそれを聞き、そして受け入れた。それから暫くは力の制御に注力し、フェレグスも周囲に怪しまれないように、意識はまだ回復していないと触れ回り、ただ一人を除いて誰もラグナに近づけさせないようにしていた。

 暫く話をしていると扉を叩く音がする。


「ニルズ大公様がお見えです。ラグナ様のお見舞いだと仰っております」

「此処へ通してください。案内は不要です」


 人の気配が遠ざかり、再び近づいてノックの後に扉が開かれる。ワーグナー・フォン・ソル・ニルズがラグナ達の顔を見て笑顔を浮かべる


「お加減は良さそうですね、ラグナ様」

「ええ。まあ、身体の調子に着いて行けていないのもあるますけど……」


 フェレグスが用意した椅子に腰かけ、ラグナも一応怪我人らしくベッドに座る。


「ワーグナーさん、また力を貸していただいて申し訳ない」

「何のこれしき、既に万事整っておりますからな。後は、ラグナ殿のお言葉次第です」


 ラグナの官舎に対して、ワーグナーは愉快に笑う。

 フェレグスはラグナの現在の体の事を考えてニルズ公国での療養兼鍛錬を彼に相談していたのだ。これにはラグナにニルズという国を見てほしいというフェレグスの親心もある。ワーグナーはその提案を聞くや快諾し、準備を整えて後はラグナの答え次第となっている。

 しかし、その答えに関してラグナは迷っていた。


「やはり、グラニム家のご令嬢の事が気がかりですか」

「…………」


 口には出さないが、二人から顔を逸らしたのがラグナの答えだ。ワーグナーは苦笑いし、フェレグスは深い溜め息を吐く。

 だが、ラグナもニルズ公国に行く事が最良だとは分かっているのだ。何よりも、今ラグナには武器が無い。体術もあるが、ラグナの戦い方はやはり武具が合ってより際立つ。ワーグナーもそれらに関しては王国の雑多よりも当人に見合った物を用意できる。それ以外にも馬術など平民生では学べぬ術を学ぶ機会を設けるとも言っている。至れり尽くせりであり、旨みも大きい。


 これはラグナの我儘だ。今のラグナは自由には外に出られない。だが、アリステラの下に行ききちんと話をしたい。それが出来ないから、そして割り切らないから答えが出ない。


「確か、フェレグス殿の話では……ラグナ殿とグラニム家の長女殿は大分親しいとか?」

「その存在の為に、此度もラグナ様は無理をなされた。怪我から回復された後も、ラグナ様はご自身よりもあの娘の方を聞く始末で──」


 当然だが、ワーグナーもラグナの体については話を聞いている。興味深げにラグナを見た後、ニヤリと笑う。


「つまり彼女との間の問題を解消すれば良いのですな? 成る程、分かりました……では、グラニム家の別邸に訪問しましょう。無論、ラグナ様である事を隠して」

「それが出来るのか?」

「出来ますとも、他の貴族ならともかく私はグラニム家等と同じ四公です。向こうも無碍にはしますまい。事前にアポイントメントを取り、その日に私と姿を隠してラグナ様が堂々します。後はラグナ様次第でしょうな」

「…………」


 良き手ではある。だが、上手く行くのか……ラグナは思案する。


「それに、あまり時間はありませんぞ?」

「どういう事だ?」

「グラニム家は今回の一件で相当に怒っております。特に隠居した先代は令嬢殿事を父親以上に可愛がっておりますからな。学院を止めさせ此方で引き取ると言っているそうです。正直に言えば、威厳に関しては現当主よりも隠居した先代の方が上です。まして王族内の不始末が起因している、王も焦っておりましょう」


 むぅ、とラグナは唸る。それからの決断は早く、ワーグナーも大きく頷いた。

 部屋から出た後、ワーグナーとフェレグスに客間にて一休みする。


「しかし、驚きましたな。あのラグナ殿がよもや──」

「私は複雑ですな。素直に喜ぶことは出来ませぬ……」


 面白いと女中が居れた紅茶を優雅に飲むワーグナーに対して、苦い表情で手を付けないフェレグス。


「ラグナ様の中の竜の因子が覚醒した時と知った時、数奇な運命さだめだと思いましたが、まさかこの王国であの小娘に再会するとは思いもしなかった。そして、まさかラグナ様がその娘を──」


 ワーグナーの言葉を、フェレグスの大きく溜め息が掻き消す。

 ワーグナーは数年前のラグナの事、そしてアリステラの事を聞かされている。始めは世の中は世界ものだと思ったが、両者が親しい間柄をしていると聞けば面白いとも思えた。

 無論、その事を態々言うつもりはない。目の前で憂いている恩人の機嫌を損ねるだけだ。


「此度の暴走もやはり、その身の内の竜ゆえに、ですかな」

「竜は己が定めたつがいを唯一無二として深い想いを寄せる。以前から、血の影響か……その兆候はあった。秘かに銀竜に相談しに行ったが、無駄足になってしまった。無理にでも止めさせるべきであった」

「評判を聞く限りでは聡明な少女だと聞いております。悪い話ではないと思いますが?」

「人間の娘です。我等とは違う」


 ぴしゃりと言い切るとフェレグスは一息に飲み干すと再び溜め息を吐く。


「──などと、言った所で無駄でしょう。何れはラグナ様も自覚するだろう胸の内だ」

「…………消しますか?」


 敢えて、冷淡な口調でワーグナーは非常な提案をする。フェレグスは顔を上げ、静かに首を横に振る。


「手遅れです。ラグナ様の中で開いたのは竜だけではありません。やればニルズという国そのものが消えるでしょう」

「成る程、そちらの憂いもありますか……」


 ラグナが悪鬼を消し飛ばした力──何を意味するのか、それ以上は語らなかった。

 ニルズ家とフェレグス・ミーミルの繋がりは長く深い。ワーグナーも、自然とフェレグスが何を望んでいたのか理解した。だが口にすることは出来ない事である事も理解している。


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