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100話:変化 その1

 寒さが去って行く。その代わりに風がいよいよと暖気を運んでくる。寒気が消えていくので人々の生活からは次第に火を求める事が不要になって行き、自然の世界では花や生き物達が永い眠りから目覚めていく。

 パーシーもまた気怠いと思いつつも硬いベッドから身体を起こす。寒さから温かさへと移り変わるこの時期は、眠りから覚めるのに酷く心力を使う。心が振るわなければ身体が起き上がれない。不思議な感覚だが、冬眠から目覚める生き物達も皆こんな感情なのだろうかと考える。

 パーシーは元々ベルン公国の人間だ。ロムルス王国とは山を隔てて北方にある。他の国と比較すると肌寒く作物も育ちにくい。魔境に面しているので木材には困らないが、その分魔物の危険とも隣り合わせだった。

 その土地を任された歴代のベルン大公は、人々が暮らせるようになるには大いに苦心しただろう。いずれは自分もその地位に就く彼は、本来のパーシヴァルとしての顔を伺わせ、隣のベッドに視線を移す。

 ベッドの上には丸くなった布の塊があった。


(またか……)


 これまでなら自分よりもとっくに目を覚まして自主鍛錬をしてる筈のラグナだが、どういう訳か此処最近はパーシーよりも眠りが深い。

 具体的に言えばシルヴィアとの手合わせ以降からだ。最初は気のせいかと思ったがそれが続けば疑問へと昇華される。

 先の起きるようになってから新しい発見もあった。ラグナは普段こそ眼帯で左目を覆っているが……彼は両目である事だ。人前では眼帯を外さないし眠る頃には部屋を暗くしているので伺うことは出来なかったが、その点には多少であるがパーシーも驚いた。

 眼帯とは本来、傷付いて使えなくなった目という弱点を護る役割がある。冒険者や騎士達の中にも魔物との戦いで目を負傷して付けているから分かる。隠すというのはあくまでもついでのような意味なのだが、ラグナの場合は守るのではなく隠している意味合いの方が強い。

 ならばラグナは何かを隠しているのではないのか? そう考えが行きつく──だが、こうして友好を育んできた自分にもこれまで打ち明けていないのには、大きな理由があるのも理解できる。無理に詮索されるのは居やがるだろうから、パーシーには待つ以外に選択肢は無かった。

 そうこうしていると毛布がもぞもぞと動き出し、やがてラグナが這い出て来る。


「おはよう」

「おう。もう、朝か……また、寝過ごしたか」

「別に、それでも早いと思うけれど?」


 そう慰めるが朝の鍛錬が出来ない事に不満げな顔をしながら、ラグナは棚の上の眼帯を取って装着する。


「でも本当にどうしたんだい? こうもずっと続くと何処か体が悪いんじゃないかって心配になるよ」

「いや、身体は健康だ。だからこそ分からないんだ……ただ、普段もそうだが暫くするとどっと疲れる。後とにかく腹が減る様な気がするんだ」

「それは……」


 腹が減るという言葉にパーシーは顔を引きつらせる。彼は無自覚だが所謂──大食漢だ。元々身長も高い所や聖チョキという部分もあるがそれでも他の男子達と比べれば倍以上は食べる。平民生の食事は早い者勝ち、取ったもの勝ちという風習が強くその点においてラグナは無敵である。食べ物は無限ではない。

 当然だが一人が沢山食べればその分周囲の取り分は減る。この点ではラグナは恨みを買っている。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。


「こんな事は今まで無かったのに……」


 苛立ちからかため息を吐くラグナに同情する。自分でもこうなっているのか分からないのだ。パーシーの目から見ても健康体そのものだ。そもそも、ラグナは一度も体調を崩した事が無い。

 訳も分からず体が不調でもないというのは当人にとっては非常に君の悪い話だ。二度目の溜め息を吐くラグナの様子を見ればこの話を引き延ばすのは気が引けると別の話題へ運ぼうとする。


「どうする? 今日は休むのか?」

「いいや、今日は会う約束をしている」

「彼女……ああ、成る程」


 わざとらしい態度でにんまりとした顔をラグナに向ける。ラグナが会うという約束を交わす人物はこの学院では一人しかいない。教師を始めとした多くの人間にも知られているが、ラグナもアリステラもそんな周囲事は完全に無視している。強いというよりも図太い二人だ。ラグナはともかく、アリステラもとは多くの人間が意外と驚くだろう。


「お互いに環境も革って落ち着いたからね」

「そうだな。俺達も此処では二年生か」


 そう、季が変わって暫くしてラグナ達は進級した。かと言って特別何かが変わったと言う訳ではない。教室に変化も無ければ担任の教師が変わる事もない。

 ただ教師のアデル曰く、今後は郊外での活動授業も行われるという事だ。王国にも魔物の生息域は存在する。そこで実際に冒険者ギルドから小さな依頼を回してもらいそれらを課題として熟していくというのだ。それ故に平民生は横の繋がり盛んだが、上下の繋がりは疎かという一面がある。上級生は基本的に外に出ているからだ。


「会えなくなるのは寂しいな」

「まあ、そうだな。とはいっても一年生の実技鍛錬には俺も参加するよう頼まれた」

「大変だね。僕はあまり力にはなれそうにないけれど……頑張って」

「そうでもない。実習鍛錬の組み分けで俺を入れてくれたのは感謝してる」


 小さく笑うラグナにパーシーも苦笑する。冒険者は徒党パーティーを組んで戦う者だ。この一年の中で小さな変動はあったが既に完成している。

ただラグナだけが例外だった。彼は強すぎた。文武や魔法にも精通しており判断力も兼ね備えている。教師達も教えるよりも教えさせる側に回すべきだと判断するほどに抜き出ていた。その為に彼は入学してからの極僅かな期間しか徒党に入っていなかった。一人徒党ワンマンアーミーなのだ。

 そして、既に出来上がっている場所に新しく何かが入るのにはそれ相応の衝突や意見のぶつかり合いが発生する。抜けるにしろ入れるにしろこれは避けられず、これが全ての冒険者達に当てはまる話だ。

 ラグナの能力は非常に強力であり魅力的だ。欲しがるのは当然ともいえる……だが、それに合わせられるかと問われれば無理だ。寧ろ合わせられるか、或いは足を引っ張りかねない危険もある。

 その危険も承知でパーシーはラグナを招き入れた。基本的に四、五人で組むのだから三人のパーシー達にとってはありがたかった。


「まだお呼びは掛かってみたいだけれど、きっと君が先輩だって知ったら驚くだろうね」

「何だ? 嫌味か?」


 顰め面で立ち上がるラグナだがさらに背丈が伸びていた。もう大人と言われても文句が言えない背格好には本人も複雑な心境らしい。当然だ、年増扱いされて喜ぶ人間が居ないだろう。

 立ち上がったラグナはさっさと着替えて部屋を出る。不快にさせてしまったなと反省しパーシーもごめんごめんと謝りながら後に続くのだった。




「ごめん、遅くなった」


 約束の時間に少し遅れてしまったラグナは中庭で待つアリステラにまず謝った。会う場所は安宅格なって来たのを機に植物園から邂逅した場所──中庭へと戻っていた。


「いいえ、大丈夫よ。私も少し前に来たばかりだもの」

「そうか……」


 ラグナを慰めるアリステラの言葉だが実際は優しい嘘だというのをラグナは気付いている。実際授業が長引いたのもあるが、木陰で静かに本を読むアリステラの様子を遠目で見つめていたのだ。何故そうしたのかは分からない。だが、無意識に邪魔をせず今暫く見ていたいという考えが浮かんで……それを選んでしまっていた。アリステラもそれに気付かず時間潰しにと読書に耽っており、ラグナが我に返ってから慌てて声を掛けに向かったのが真実だ。


「改めて、進級おめでとう」

「そっちも……けど大丈夫か? また変な奴らに絡まれてたりとかされてないか?」

「大丈夫よ、ありがとう」


 楽し気に笑うアリステラの顔を見てラグナも自然と優しい表情を浮かべる。

 黒い髪は聖教の力がしみ込んでいる現貴族の上級社会では不吉などと嘯かれている。彼女もその例外ではない。彼女は謂れの無い差別の対象だ。

 だが、彼女は女性の身でありながら文武に長ける才女であった。品格も備わった彼女はそんな周囲の蔑みをものともせずに自らの場所を築き上げている。

 アリステラは強い女性だ。


「なら良いんだが……ユリウスは、何かしてこないか?」

「ええ。寧ろ今は大人しい、といえば良いのかしら。周囲の人間が少し離れたようには見えて、後はアナスタシア様とは以前に比べれば一緒に居るのが多くなったような気がするわ」

「そうか……」


 あの一件が解決して以降ユリウスは何もしてこない。一時期王城に籠っていたそうだが何があったのかは知らないし興味もない。

 ラグナなりには現実を突きつけたに過ぎない。ありのままの自分の感情と評価をもって言葉をぶつけたのだ。それで逆恨みなど見苦しいと思う。実際にそんな奴が居た。


(そう言えば、ユリウスは王弟との間がどうとか言ってたな)


 拘わるつもりはないが、それとなくフェレグスには調べておくように頼むかと考えて綺麗さっぱり頭からその話題を消した。


「ラグナの方は大丈夫なの?」

「俺か? まあな、ただあんまり変わり映えはしてないな……今更だが、同じ学院なのに貴族と平民では随分と生活が違うな」


 ラグナは貴族院での生活など知らない。アリステラ達の口頭からでしか想像がつかない。だが、彼女が安全に暮らしているのなら良いとは思った。幸い貴族院の新入生にはシルヴィアが居る。


 シルヴィア・フォン・イーニス・グリンブルだが当然だが平民生の試験には落ちた。否、落とされたというのが正しいだろう。

 実力に関しては及第点以上だが、何分あの装備の良さが悪目立ちし過ぎていた。シルヴィと殆ど本名と変わらない偽名を使っていたのも悪かった。直ぐに何者だったかと調べられて特定されてしまった。

 彼女の腕前を者達は惜しいとは思いつつも貴族のご令嬢を平民生の中に混ぜるわけにはいかないと言う事で彼女には不合格となった。当然だが彼女は現在は貴族院の生徒としてこの学院に入った。

 尚、シルヴィアの身元特定に対して某未来の義兄が色々と動いたのは言うまでもない。


「…………」

「どうした?」


 アリステラは何も言わずにラグナを見つめる。その目には不満げな色が見える。少し睨むような蒼い目に対して何故いきなりと赤い隻眼は丸くなる。


「今、別の女の子のことを考えてたね」

「──ああ、良くわかったな」

「やっぱり……何だかそんな気がしたのよね。ふぅ~ん……」


 ジーッ、とラグナを見つめるアリステラ。視線は送るが言葉は送らない、ただ口以上に眼が彼女自身の不満を語っている。かと思えば次はきょとんとして戸惑うラグナの顔が可笑しくくすくすと笑う。

 だがラグナには何故急に不満なるのか、そして笑い始めたのか分からない。


(何なんだよ、一体……)


 口にはしないが心でそう愚痴る。

 だが、多くは会えないがアリステラという少女の事は言葉を交わす中で分かって来る。そうして知って行く度に何か胸の中でチクチクする。

 以前、思わず口を滑らせてしまった時もそうだ。自分にとってアリステラは友人である……。だが、こうして笑う彼女を見るのに対して綺麗だの可愛いだのと思ってしまう自分が居る。


(変だな、俺も……)


 思わず首の後ろを掻きながらラグナは自分のことにも戸惑うのだった。


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