98話:末妹、再び!
ラグナとパーシーはアデル達と共に改めて今回の打ち合わせをする。何分初めての試みと言うのもあるので、内容は二人の要望もあって細かく決められた。
入学試験はラグナの時と同じく二通りあるが、ラグナ達が担当するのは剣を始めとした武術に自信のある者が行う担当官との摸擬試合の試験である。
男子なら男性と、女子なら女性が直接相手をし、その動きや戦い方などの実力を測る。競うのはあくまで腕一本の実力なので、魔法は使うことは無い。
だが、昨年度に例外ともいえる魔法と剣術の両方に精通した受験生が現れた事でその点についてどうするかをそのラグナが議題に挙げた。
長い話し合いの結果―──あの若さで実戦レベルの魔法と武術を兼ね備えているなどという人材は、普通はあり得ないという結論に至り、内容に手が加わることは無かった。
今回ラグナ達は此方の試験の担当となる。いつも通りラグナが戦い、パーシーがラグナの代わりに受験者達の能力を審査する。さらに一年前にラグナの試験を担当した男女の冒険者も加わり三人体制となる。
パーシーはあくまでも審査担当なので観戦席から第三者の視点として審査する。平民生の学年内では、ラグナが突飛した成績を収めている為に教師たちの間では他の生徒の成績は隠れがちになってしまう事はよくある。あの事件解決以降は、そんな生徒たちのラグナに対する視線や評価は変わるものもあったが、それでも全部が全部と言う訳ではなくやはり嫉妬などの感情を切り離すことは出来なかった。
また、ラグナも承諾したとはいえ基本的に教員の協力者という立場で動くことが多い為に他生徒との協調性が未だに構築できていなかった。
そんなラグナを周囲と上手く繋げるパイプ役としても動いているのがパーシーであり、人格者としてまとめ役を務める彼はより人の上に立つ者に必要な掌握術や観察眼などの技術を持っている彼には適任ともいえる。
そして何よりも人材マニアであるパーシーにとって歳の近い有望な人材を合法的に観察できる今回の行事はうってつけのものであった。
受験生を相手に一対一の摸擬戦を行いながら十人目を終えた時に引き継いで急速に打つ。この時点で既に数度の交代がされていた。あくまでも個人の能力を知ることを前提に戦う為、勝敗に関する結果の有利不利は無い。そもそも、勝てるというのが異常なのである。
その中でラグナは、評価など重要な項目についての判断を全てパーシーに……良く言えば信頼して任せ、悪く言えば丸投げして動いているので、加減はしつつも容赦なく相手をしている。試験管たちから先に仕掛けるということは滅多に無く、先手は敢えて譲り初動でどれだけの動きが出来るかなども結果に反映される。
そして丁度、何度目かの十人目を相手にし終えたラグナも交代して小休止を挟む。観客席に移ったラグナのところにパーシーが近づく。
「お疲れ様……なんて、まだ全然余裕そうだね」
「この程度で疲れたりはしない」
活気ややる気に満ちてラグナ達に挑んで来るが、魔物やセタンタのような強者を相手にして来たラグナからすればやはりその程度の事で実力は覆ることは無い。むしろラグナからすれば決して強くはない相手とタイマンで戦うので延々と戦うのだから強者であるアリステラや実力差を数的優位や連携などがないので、或いはという期待は脆くも崩れていた。
(そこは少し高望みし過ぎていたな……)
自嘲するラグナだが試験では真剣を扱っているので危険は高いので決して油断などしないのだが……やる気も無くやって来る者はいないので根気の部分は全体的に高く評価している。
「お前の目からはどうなんだ?」
「僕かい? そうだな……………まあ、伸びしろがありそうだとは思うよ。皆ね」
「それは……誰だってそうなんじゃないか?」
「才能って言うのは不平等なものだよ。君も知っているだろう?」
アリステラの事を真っ先に思い浮かばせる言葉だが、ラグナはそれにたいして言葉を返さなかった。
「そりゃそうだよ。才能は理不尽で不平等だ……ああ、でも見守ってて面白いとは思うよ。僕らも一年前はこうだったんだなって、懐かしくも思う」
「お前の時はどうだった?」
「今さっきラグナ君と入れ替わった冒険者の人と戦ったよ。当たり前だけど負けた」
「そうだったのか……俺の時もあの人と当たったよ」
パーシーから再び正面へと顔を向ける。身の丈程の大剣を両手で使いこなす姿は、いかにも歴戦の戦士という印象を与え控えている特に少年達の目に憧れとして焼き付いているのだろう意欲を掻き立てさせる。
その武器で相手に致命傷を避け尚且つ価値をもぎ取るのだからそれが印象ではなく事実なのだと刻み付ける。
「…………」
ラグナは無言のまま背中の剣を引き抜き掲げる。ずっと使いこんでいるラグナの得物は、青空に浮かぶ太陽の眩しさを受けて鉛色の剣は鈍い光を放っている。
「ああいう武器がお好みかい? 君も男の子だね」
「まあな」
ラグナには武器へのこだわりはない。元々そういう風にセタンタに教えられてきた。だから必要とあれば武器を手放すことも出来るし、必要ならば武器を持っている相手に自信の得物を投げつける事も躊躇せずできる。そしてその為の体術も身に付けている。
だが、根本的な部分はラグナも男である。華奢な武器よりもああいう武器を扱う事に憧れがある。それがより自分の中で顕著になったと自覚したのは、エルフの里でのセタンタとの摸擬戦の時だ。
咄嗟にセタンタの槍を奪い、自分の剣を奪われたあの状況下で、初めて持つセタンタの武器は、ラグナにとっても重たい物だった。その時のラグナが自分の体と照らし合わせて考え付いたのは、槍を【突く】武器ではなく、【薙ぐ】武器として扱う事だった。
結果的には。言葉通りの意味で【本気を見せた】セタンタに負けてしまったが、あの手合わせとその後のエルディアとの戦いを通してラグナの中には、重たい武器への憧れのようなものが芽生えた。
無論、今の武器に不満があるとは言わない。無骨な造りの武器だがそこらの剣よりも頑丈で使い込んだ得物は手に馴染む。それから月日が経ち、あれからさらに研鑽も積み続けた中で違和感のようなものを覚えていた。
銘も無ければ、誰が打ったかもわからない武器だが良い武器だ。
(だが、軽い……)
片手で振るい──否、振るい続けて来た今までだからこそ。こうして誰かを相手にしているとそれが分かった。この武器が今の自分にもう適していないのだと──。
ならば違う武器にするかと考えたが、今の身体がそれを許してくれない。片手で扱うことを前提にしてしまえばその幅は狭まれる。今更ながらに両腕ならばなどと、考えてしまう自分にも嫌悪を抱く。
上を向いていた顔が、思わず下を向いて小さな溜め息を吐いてしまう。それから考えても仕方ないかと割り切って剣を背中に収める。
そうして自分の思考をもやもやとした感情諸共に霧散させた。
(…………ん? パーシーが黙ってしまったな)
これまでのやり取りから自分が溜め息を吐いた所で目敏く根掘り葉掘りと尋ねて来ようとするものの訝しんで再び隣に目を向ける。パーシーは消えたとかではなくラグナの隣に居る。だが、何故か闘技場を見て表情が固まっていた。
何だ? とさらに訝しんでラグナもその先へと顔を向ける。丁度、一人の女子と相対しようとしていた。
否、女子というにはと流石のラグナも自分の答えに否定した。なぜならば彼女は明らかにおかしいのだ。
その少女は鎧を身に纏っている。しかも少なくとも平民には手の届かないような高質であるというのが一目でわかる──綺麗で派手な深紅の鎧である。鞘と一体になっているのだろう剣の差された盾も先端が鋭利な刃物のように鋭くなっており、明らかに職人が作っただと判別できる業物だ。そしてその顔立ちも堂々としながら可憐であり高貴な生まれだと分かる。
そう──その出で立ちは少女ではなく最早【女騎士】だ。此処に居るのは平民からの受験生であり、そんな財力を持っている者達など此処にはいない。
その中で彼女の存在は明らかに浮いていた。
(最初見ていた時にはあんな子は居なかったぞ? それにこれまでも……何者なんだ?)
「おいパーシー、あの子の事を知っているのか?」
隣のパーシーに問いかけるが返事が無い。再びそちらに顔を向けるとパーシーは消えていた。キョロキョロと辺りを見渡して、丁度日陰に入る出入り口に隠れているのを見つけた。いつの間に移動したと思うが、それよりも彼の奇行の方がその疑問に勝った。
「……どうした」
声での問いかけに対して何とか手ぶりでラグナにサインをして来る。
『ごめん、今だけは僕の存在を消してほしい』──付き合いの長さゆえか分かってしまい、ラグナも首を傾げつつも分かったと手をサインを返しておく。
(パーシーが隠れるとなると……パーシヴァルの関係者だよな? だが、あの子は初めて見るな)
ますます疑問が深まる中で何故か困った表情をした男性冒険者がラグナの下にやって来る。その様子に気付いたもう一人の女性冒険者もこちらに集まる。
「どうかしたんですか?」
「いや、ちょっとな。あのお嬢さんが、お前が良いって言うんだ」
「──はい?」
男性曰く、どうやらかの女騎士はラグナと戦ってみたいと指名しているそうだ。それを聞いてラグナは彼女を見る。女騎士はラグナを見ていて視線が合ってしまった。やる気十分なのが伝わって来る。
「だが、こいつはさっき十人相手にしたばかりだぞ。それでは不公平にならないか?」
「俺もそう思うんだが、どうも彼女に気圧されちまってな……どうだ? 無理なら無理って返すが?」
気圧されたという所で女性が情けないとごちるのを聞かなかったことにして男性はラグナに尋ねる。ラグナは疲れていると言う訳ではないし、寧ろ自分を指名してきた彼女に対して、疑問とは別に幾分かの興味を抱いていた。
「分かりました。俺がやります」
よってラグナは彼女の挑戦を受けて立つことにした。入れ替わるように観客席から闘技場内へと飛び降りてラグナは女騎士の前に立つ。
正面に立ち彼女の顔を間近で見て、その顔が何処か見覚えのある事に気が付く。
「名前は?」
「あら、殿方が女性に名を尋ねるならば、まずは先に名乗るのが紳士のマナーですわよ」
「……ラグナだ」
「まあ、やはり……私【シルヴィ】と申します」
(平民で【私】なんていう奴はいないだろう)
それに名乗りつつも礼儀作法に則っている。上流階級であるというのを隠す気が無いのだろうかと、ラグナは呆れたようにこめかみを抑えた。
「……正直、出で立ちは立派だが此処は貴女のような人が居る場所ではないと思うのだが?」
「人を見かけで判断いたしますの? この見た目は道楽などではなく己が定めた生き方にございます。それとも女に武は不要と宣いますか?」
(そういう意味では無いのだがな……)
「それに、相応しくないというのならばお互い様の筈ですわよね、ラグナ・ウェールズ様」
ウェールズを名乗っていないのも関わらずそれを言った事にラグナは眼を見開く。そして一気に思考を切り替える。彼女の姿を自身の中の記憶と情報に照らし合わせる。
最近ではアリステラが話してくれたとある少女の話だ。深紅の鎧が綺麗で、真っすぐな剣を振るう騎士のようなお嬢様の事──。
さらにさかのぼり茶会にて初めて出会った姉妹にはさらに妹が居る事──そしてその姉妹の顔が瓜二つではないが重なって見える。
そして今現在、パーシヴァルが自分の存在を気付かれまいと姿を隠した理由。自分を知っている者に自分の正体を暴かれたくないという回避行動と全てが重なった。
「成る程、そういう言う事か……聞きたいのだが、何故此処に来た?」
「多くありますが、大きなもの二つあります。一つはより強くなりたいと思ったからですわ。何もせずにのうのうとこの学院の門を潜るのは気に入りませんし、振るう気も無く剣を学ぶ者達と学ぶくらいならば此処で切磋琢磨するのが身になります」
「君が高貴な者である事が姿で分かってしまうのでそれは非常に難しいと思うが……もう一つは?」
「貴方に是非会ってみたいと思っていました。アリステラ御姉様が慕う人物がいかほどの者かと……それが此処に居り、剣も交えられる機会があるとは行幸でした」
そこまで聞いて何と行動力に溢れた令嬢だとラグナは珍しく大笑いした。血の繋がりも無く【御姉様】というのは深くは考えなかった。
「成る程、確かに……アリステラの言う通り面白い少女だ」
笑った後、ラグナは背中の剣を抜く。それに応えるようにシルヴィと名乗った少女は縦から剣を引き抜いた。表面上はこれまでと同じだが内側と違う。少なくともラグナの方もこれまでの小手調べ感覚ではなくなったところだろう。それがシルヴィ──基、シルヴィア・フォン・イーニス・グリンブルの闘志を駆り立てる。
「こうして武人同士が剣を持って邂逅したのならば、これ以上の言葉は不要でしょう?」
「で? 俺は君を何と呼べばいいのかな? 偽名の方が良いのか?」
「今はそちらでお願いします。ではいざ尋常に勝負ですわ!」
※ラグナに関する小話
現在のラグナは以前からの左手の負傷や今回の鍛え過ぎた結果、武器が体に馴染まなくなってしまったなどの条件が重なり万全とは言えない状態です。
ただそれ以外にも複数の理由が重なって思うように戦えていませんが本人はそれに気付いていません。




