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8話:それは広大で美しい世界

 翌朝──朝食を食べた僕とフェレグスは、出発の準備をする。


「朝食のお味はいかがでしたか?」

「やっぱり、フェレグスの作るものの方が、美味しいかな」


 率直な感想を述べながら、フェレグスが用意してくれていた機能とは別の下着や肌着を身に着け、その上から、昨日と同じ、黒を基調の袖の短いローブを着る。

 

「どうかな? 変なところある?」

「いいえ、よく似合っております」

「ありがと」


 身支度も終えて、昨日の内にフェレグスから渡されたお金と、最後に師匠から渡された両親への手がかりを忘れていないかを確認して、宿屋を後にした。

 

「神聖皇国は遠いの?」

「はい。歩くのは大変ですので、馬車を使います」


馬車──確か、昨日見たあの動物に引かれた大きな箱のようなもののことだった筈だ。あれに乗るのか。初めて使うものだから怖さと楽しさが、混ざった気持ちになる。とにかく、フェレグスの後に続いて馬車が止まっている場所に移動する。

昨日見たものは、布のようなもので屋根が作られてたが、今目の前にあるのは、本登記の箱そのものだった。


「エイルヘリア神聖皇国まで、大人一人と子供一人でお願いします」

「……銀貨七枚だ」


馬車を管理している男は、少し不機嫌な様子で金銭を要求してくる。


(此処でも、必要になるのか……)


 昨日、教わった貨幣と言う人間の決まり──一般には、お金と呼ぶそうだが、様子を見ていると──誰かが誰かに頼みごとをする時、誰かから物を譲ってもらうときなどに、これが必要になるのかもしれない。


「さあ、乗りましょう」


 フェレグスに促される形で、馬車の中に乗り込む。屋敷の様にガラスの貼られておらず、昨日と待った宿屋の様に木の板が取り付けられている訳でも無い、穴のような窓と、馬車と言う箱と一体化した腰掛がある。多分、フェレグスのような大人が四人も乗ればあっさりと一杯になってしまうような狭さだった。


「ラグナ様、暫くは揺れが激しくなりますので、お気をつけください」

「うん……」


 大人しく座ると、馬車が動き出す──結構、いや、大分揺れるな。暫くは大人しくして、馬車の揺れになれようとするが、これは多分、お尻が痛くなる。


「神聖皇国には、休憩も含めて昼前には着きます」

「分かった……」


 決して小さくない揺れが絶え間なく、僕達を襲う──ハッキリ言って乗り心地は悪い。馬車の主である男に文句の一つでも言おうと思ったが、フェレグスは目を閉じて何も言わない──もしかすると、馬車と言うのは、そういうものなのか? 

 とにかく、何度も上下する馬車の中で、何度もお尻を腰掛に叩き付けられる不快感を我慢した。


「……街を抜けたようですな。ラグナ様、外は街とは違う景色が広がっておりますぞ」

「本当に?」


 揺れる馬車の窓から、外を眺める──その景色を見て、僕は町の時と同じく、感嘆の声を漏らした。

 街の外には、緑の世界が広がっていた。それは、島に広がる深い緑ではなく、明るい緑色の空間が広く続いている。その中には、動く小さな者達や、家が一箇所に固まって建てられていたりそして、奥には山や森が見える。

その光景は遥か彼方まで届いていた。決して、魔法の壁や何かで遮られていることは無い。

 

「世界って──こんなに広いんだ」


 やっぱり、外の世界は凄いな──僕はただただ、広大なその景色の美しさに見惚れていた。


「いかがですか? 少し揺れの激しい乗り物ですが──素晴らしい眺めでしょう」

「うん、外の世界を見ることが出来てよかったって、心のそこから思うよ」


 クリード島にいたとき、海も空も、師匠の生み出した壁によって遮られていた。でも、今此処にある緑の海は広く、青い空は、何処までも限りなく──果てまで続いていた。

 

「何だか、この世界を見ただけでも、もう十分だなって感じがしてきた」

「ラグナ様、それは……」

「……冗談だよ」


 いや、嘘だ──違う、嘘ではない。本当に、そう思ってしまった自分がいるのだから、嘘でもあって、本当でもある。

 自分でも、どうしてそう思えてしまったのか、分からない──それほどに、今この小さな窓から見える気色は壮大で、眩しくて、美しいものなのか?

 昨日の夜──両親への手がかりである布を、眺めているときに生じた、もやもやとした感覚は、今も心の中に燻っている。

 美しい世界とは裏腹の醜いそれから、目を逸らす様に──フェレグスとの会話を一方的に断ち切る。その心の中を塗り替えようと僕は、外の景色を眺める事に徹した。



********



 馬車は、進む──草原を進み、国境にある、関所と呼ばれるところで手続きをし、その先へと進んで行く。

 馬車は進むが、広がる景色は何処まで行っても変わりは殆どない。途中で、人々が暮らす小さな集団──村と呼ぶものを幾つか見かけた。そこでは、町程の大勢の人ではないにしろ、老若男女が静かに暮らしていて、とても穏やかな光景だった。

 その村から少し離れると今度は、柵の中で、動物が暮らしている場所に当たった。牧場と呼ばれる場所で、人間達が生きて行く上に必要な食べ物などを動物から得る為の場所らしい。遠くからでも、動物達は静かに過ごしていた。大きな個体に寄り添う小さな個体──あれは、恐らく子供だろう。種は違っても、ああいう光景を見ると心が温かくなる。


 そして、そんな景色達がやがて小さくなり──今度は、厳かな砦の様な物と差し掛かる。関と呼ばれつその場所が、国と国を分け隔つ場所だという。

 いかにも重そうな鎧を身に纏った人達と馬車を操る男──そして、窓から此方の様子を見た彼らの許しを得て、僕たちはエイルヘリア神聖皇国の領地へと足を踏み入れたのだった。

 とはいえ、それで、直ぐに何かが変わるわけではない──窓の景色を見ても、目に見える光景はずっと続く、草原と青空だけだった。それがしばらく続き──沈黙を貫いていたフェレグスが口を開いた。 


「見えてきました。あれが、エイルヘリア神聖皇国の国境都市です」

「……あれが……」


 フェレグスの位置からは、馬車の正面側に位置する場所に着いた窓から正面の景色を見ることが出来る。僕は振り返って、はるか前方にある国境都市の姿を見た。

 

それは、白い壁だった──最初に訪れたグリンブル公国の街も、国境を守るという事も踏まえて、頑強な壁によって囲まれていると、フェレグスは言っていたし、街を出てみた気色と共に、僕もその姿を外側から少し見た。

 だが、はるか前方にあったそれは、その頑強さと同時に、壮大さも、いまだ遠くにいる自分達に感じさせる、圧巻の存在感を放った。

 緑の海に生えた、騒然と佇む、白い塊──あれは、人間が作ったものなのか?


「あれは、神聖皇国の中心ではないんだよね?」

「はい。あくまでも、あれは国土防衛の最前線としての意味も含めて作られた年になります──国境近くは商いや物資の行き交いの都合で人も大勢来ますからな」

「…………白いな」

「神聖皇国は、国境である【聖教】と呼ばれるものを中心に栄えています。そして、あのように白い色は聖教における象徴でもあります」

「………」


 白──曇りの無い白亜の壁に守られているだろう街。外を見ても、それは綺麗な者なのだと思う。なのに、あの広い草原の海や、広大な青い空を見た後にも拘らず、あれを、美しいとは思えなかった。


むしろ、何だろう……あの色を見ていると、酷く不快な気持ちになる。何故、そんな風に思うのか、僕には分からない。

そう考えている自分を無視して、馬車は、少しずつその不愉快な色に近づいていき、遂にその門を潜り抜けた。

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