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Vanilla  作者: ムトウ
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1.サムライとピエロ

 亀ヶ丘パッケージシステム株式会社(通称、亀パック)の社員食堂は、同じビルに入っているテナントとの共有スペースになっていて、会社の規模の割には広い。

 とはいえ、昼休みの限られた時間に数社ぶんの社員が押し寄せるわけで、その日、昼食に出遅れた佐藤晴彦は席にあぶれてしまった。

 うどんのトレーを手に、どっか潜り込めそうなテーブルはないかな、とフロアを見渡していたら、

「ハルちゃん、こっち空いてるよ」

 おいでおいで、と手招きされた。

 アラフォーのお姉さま方数人が定食をキめていて、長四角いテーブルのいわゆるお誕生日席が空いているようだった。

 女性ばかり、しかも40歳前後の仕事盛り・人生経験も一筋縄でいかないメンツが揃いまくった席に「お邪魔しまーす」と屈託なく座ってしまえるのが佐藤晴彦という男だった。

 彼はいつも女性に愛想をつかい、全方位的にへらりと調子よく振る舞う。けれど、いわゆる女たらし的な色男ポジションではないあたりがポイント。恋愛対象ではない女性にも分け隔てなくチャラいので、皆さまの愛玩動物的かわいがられキャラを確立している。

 よって、27歳男子にして、アラフォー女子テーブルお誕生日席にすんなり収まってしまえる訳なのだった。


「ハルちゃん、今日うどんだけなの? 足りる?」

「コロッケ1コあげようか?」

 この年代の女性たちはキホンえらいこと世話好きだ。たまにうっとうしいこともあるけれど、佐藤は構われるのがわりと嫌いではない。

「いや、いいですいいです。昨日食べ過ぎたのか、なんか胃が重くて」

「また激辛カレーとかぶっこんだんじゃないの」

「昨日は中華。麻婆豆腐のうまい店があって。辛いのは別にヘーキですよ。それより脂っ気にヤられたかな」

 ラー油がキビしかった…。といいながら、常時携帯しているマイ七味を社食のうどんが真っ赤になるほど振り入れる。毎度のことながら辛味を偏愛する極端な味覚に、女性たちは呆れた顔をした。


 あれ、今日は盛り少なくないですか。足りるんですか。

 んー。ちょっと最近下っ腹のあたりが気になっちゃってね…。炭水化物控えてみようと思って。

 私も。40過ぎてから急に肉つきはじめた。結構ショックだよね。

 へー。そんなふうに見えないけどな。でも、節制して頑張ってるんですね。えらいなー。俺なんかすぐ挫折しそう。

 …そこで“男はぽっちゃりしてるほうが好きなんですよ”とか余計なこと言わないあたり、さすがだよね、ハルちゃん。

 へ? いや、俺は、男に趣味合わせてくる女の人、苦手だからなー。やっぱ自分のことちゃんと可愛がってる女の人が素敵ですよ。

 おー。いいこと言うじゃん。

 ですよねー、俺、いいこと言うよなー。


 などと、他愛ない会話を交わしつつ食卓を囲んでいると、女性たちのひとりが「あ、そうだそうだ、ハルちゃん」と何事か思いついたように声を上げた。

「最近、前園さんにご執心らしいじゃない。なに、本気なの?」

 え、そうなの? なんか意外。

 いやいや、でも悪くないんじゃない?

 興味津々に前のめりになるお姉さま方に、まあまあ落ち着いて、と、止めるような身振りをする。

「前園さんには仕事で世話になることが多くてさ。お礼に食事でも、って誘ってるんだけど、“業務ですから、お気遣いなく”って断られてるんですよ。俺の方が半分意地になっちゃってさ」

 うーん、でも、プライベートでもお誘いしたいかなー。俺、自分がいいかげんだから、ああいうしっかりした人って憧れるんだよ。

 本気とも社交辞令とも、どちらともとれる曖昧な口振り。さすがに、ここで手の内を明かすほど迂闊ではない。

 女性たちは「へー」とか「ふふーん」とかおもしろそうにさえずる。


「前園さんて、文学少女、って感じの、物静かなイメージしかないんだけど」

 珠美は確かにあまり目立つ容姿ではなかった。肩までの髪を前下がり気味に整え、いつも紺やグレーを基調としたスーツ姿で、服装もことさらに自己主張しない。

「うん、ちょっと取っつきづらい。でも、私ら相手だからってのもあるよ、きっと(笑)」

「そりゃそーか。うるっさいおばちゃんズだもんね(笑)」

 充実した40代女性というのは、実は“おばちゃん”と称するほど年がいっているようには見えない。むしろ女盛りといっていいかもしれないのだけれど、そんな女性たちが“おばちゃん”を名乗ると、なんか迫力あるよな…、などと佐藤は妙なところで感心した。


「あー、でも、仕事っぷりはサムライだよ。確かに、ハルちゃんが憧れるのもちょっとわかるわ」

 なにソレ。佐藤は半笑いで問い返す。

「サムライ?」

 女性たちのひとりは営業部所属だった。佐藤よりもキャリアが長く、珠美の仕事ぶりもよく知っている。

「営業庶務って、営業の補佐的な仕事だから、わりと内々の態度になりやすくて馴れ合っちゃったりする人もいるのね。相手によって態度変わる人とかさ。営業もムカつくヤツとかいるから、無理もないなー、って思うこともあるけど。

 前園さんはそういうの、いっさいないね。誰が相手でもニュートラル。きっちりしてるよ」

「ああ、わかる。そういう感じ」

 佐藤が深々と納得を示すと、聞いていた女性たちも、へえ。と、相槌を打った。


 ちょっと前なんだけどさ。営業庶務にすっごいぶりぶりしたコがいたの。それこそ、相手によって態度がころっころ変わるタイプでね。要領がいいっていうか、アピールが巧いっていうか。仕事してます!できます!って印象づけるのがとにかく天晴れなくらいお見事だったね。

 一方で前園さんは逆にそういう主張を全然しない人。職人肌で、淡々と黙々と業務をこなしてた。たぶん、一生懸命やってますアピール、みたいなの嫌いな人なんだと思うよ。


 で、そういう並びだと、どうしてもぶりぶり娘がよく働いてるように見えて、前園さんももうちょっと頑張ってよ、とか課長にも言われてたんだよね。やる気なさそう、みたいに思われがちで。

 そんな印象もたれてたところに、そのぶりぶり娘が別部署に異動することになって。そうしたら、引継の時に、そのコがごまかしてたミスがごろごろ見つかってさ。それだけでなく、実績アピールしてた仕事が、ほとんど前園さんがフォローしてた案件だったことまでわかった。はっきり言って、前園さんが二人分仕事してたようなもんだったのよ。


 まあそれで評価は逆転したよね。

 庶務課の課長も前園さんに謝ったけど、少し注意もされたみたい。そりゃまあ、上司が部下の業務を把握しきれてなかったのは完全に上司のミスだけど、ミスを指摘してくれないのもどうなのソレ。相談くらいしてほしかった。みたいな感じで。

 あのときは水野くんもガミガミ言ってたな。“前園さんの美学なんてどうでもいいんだよ。誰がどういう仕事をしているか、正確に把握できなきゃ業務に支障をきたすだろ。黙って引き受ければいいってもんじゃない”とかなんとか。彼、厳しかったからね。


「…美学」

 佐藤は、呆れとも賞賛ともつかない口調で呟いた。

 確かにそんな感じだなあ。

 かっこいいけど、なんだか不器用にも思えて、どうにも放っておけない。


「まあそれ以来、黙って仕事抱え込むようなことはないみたいだけど。周りも、彼女の性格わかってきたしね」

「ねえ、それで、そのぶりぶり娘はどうなったの?」

 それなりに苦労してキャリアを積んできたお姉さま方は、どちらかというとぶりぶりちゃっかり娘の顛末の方が気になったらしい。

「あー、そっちね」

 それが、異動先は企画部だったもんでさ。あそこはハッタリなんか通用しないから。企画書千本ノックっつって、毎日毎日企画案を提出してはボッコボコに叩かれて、ガチにしごかれたみたいよ。そこでは心入れ替えて頑張ったんじゃないかな。アピールが巧いのもプレゼンに役立ったみたいだしね。


 佐藤はその後の顛末を話半分で聞き流していた。昼食の残りもそこそこに斜め上らへんに視線をさまよわせる。

 サムライつーか、なんかもう呆れるくらいにひとりで抱え込んで耐えるヒトだなあ…。でもきっと、本人としては、そうするしかないのかもしれない。誰かに頼ったり相談するの、苦手な人っているもんな。

 …そういうの、しんどくないのかなあ。


 などと思いめぐらしていると、ちょっとハルちゃん? どうしたの? と声がかかった。

「え。ああ、いや」

 適当に相槌を返す。

「ホントに真面目なヒトなんだなあ、ってさ。俺なんかいいかげんでテキトーだから、ますます気後れしちゃうよ」

 ははっ、と自嘲気味に笑ってみせると、数瞬の間を挟んで、お姉さま方は呆れたように顔を見合わせた。

「バッカだねー。ハルちゃんはいいかげんでテキトーなとこがいいんじゃないの」

 お母さんっぽい窘め口調で被せられる。

 佐藤は絵に描いたようなキョトン顔で「……そのココロは?」と問い返した。

「いいかげん、とか、テキトー、ってのはそもそも悪い言葉じゃないよ。“良い加減”で“適当”ってことでしょ。程度をわきまえてるってことだよ」

 微妙なイントネーションの違いで言い換える。

「ハルちゃんの仕事は、あちこちと連携とらなきゃいけないでしょ。へらへら調子よく見えて、巧く進行繋げてるの、わかってる人はわかってるよ」

「バランスいいよね。どっかに負担が集中しないように、ちゃんと全体の工程を見渡してるから」


 佐藤の仕事は、社内の各部署や、外部の印刷会社やプレス加工、パッキング工場や倉庫などと連携をとり、資材や製品の製造・流通過程を管理する業務だ。

 へらへらした愛想のよさは女性相手だけでなく仕事でも発揮されていて、「ハルちゃんに頼まれたら仕方ないなー」という相手先も少なくない。

 で、そういう態度を不真面目と思う人も一定数いて、へいこらしたゴマカシ野郎、と評されたりもする。


「実際、そうだもんな。自分でも不真面目でゴマカシ野郎だと思うよ」

 自虐的に嘯いてみせると、「そこよ。そういうとこ」と営業の女性にツッコまれた。

「ハルちゃんも、実は、一生懸命やってます! 仕事できるマンです! って自分アピールすんの、嫌いだよね。本当はちゃんと仕事してるんだけど、“俺なんかテキトーで”とか自分をオトすの」

 前園さんはサムライの美学だけど、ハルちゃんの場合はピエロ的な気配りでしょ。自分が道化になって、周囲がうまくいけばいい、っていうタイプね。

「そっか、なるほど。真逆に見えるけど、似てるんだ」


 Ouch。佐藤は頭を抱えた。

 これだからお姉さま方には敵わない。自分の虚勢などあっさり見抜かれる。

「あ、赤くなってる。かっわいー」

「ハルちゃん、照れ屋だもんね」

 容赦のない追撃に、彼は、ぐえぇ、と呻き声をもらした。なんて血も涙もないヒトたちだ。

「…勘弁してくださいよ」

 情けなく音を上げて降参した佐藤に、女性たちは、ごめんごめん、と笑いながら謝った。

「まあ、つまりね。おばちゃん達から見ると、ふたりともベクトルは同じなのよ」

 だから、ハルちゃんが前園さんに憧れる、っていうのはわかるよ。


 おばちゃんの余計なお節介でごめんなさいねえ。

 にっこり。

 と、謝る態で、しっかりとどめを刺された。


 ほんっと、敵わねえな。と、改めて思い知らされつつ、こんな手強い人たちが自分を認めてくれている、というのは悪くない気分だ。



 佐藤は顔の横に両手をひらひらさせて降参のポーズをとり、上目遣いに訴えてみた。

「ギブギブ。おねーさん、愛してるから勘弁して」

「安っすい愛だなー」

 その程度の追従は挨拶代わりに慣れきっているお姉さま方は鼻で笑い飛ばした。




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