第六十六話 マサルの知らないところで①
《セッション・ウィンクノ夜》
孫がいった言葉に烈の背筋が泡立った。
それは彼女ーー逝ってしまった妻のことば、そのものだったからだ。
寝ぼけていた紫陽花。
「さすがに、気色悪いかもねーあの子に電話しようかなーまだ。仕事終わっていないかもなー」
寝かしつけたあと、リビングにのソファーに腰を据えた烈。
顔は、強張ったままだった。
コップを持った手も、小刻みに震えていた。
なにかが、脳裏にフラッシュバックし、それが烈を怯えさせている。
「大ちゃん、大ちゃん……」
幼い声で、か弱い声でーー彼女の名前を呼んだ。
「……--私は、いったいどうしたら、いいんだよぉー~~う」
そして。
顔を両手で覆った。
キキキーー……。
「……ん?」
ギギギギギーー……ッッ‼
覆った手の指の隙間から、音の鳴る前を見た。
すると、そこには。
「っこ、これ、は……」
「おうおう! 可愛いお兄さん‼ 悩み事かい?! 聞いてやんぜ! この《疾風の江頭》の俺様が!」
目の前には錆びてしまっている、如何にも歴史があるだろうと思われる列車があった。
ただ。
烈にとって、それは初めて見るものでもない。
以前、彼女と乗ったーー《御霊特急》なる神の乗り物。
その中古であり、江頭保の保有物。
乗車するのは江頭保と、もう一人。
兎の頭を被った少年、息子の凛だ。
「父さん。ちょっと、黙ってくれない?」
「おおう! 誰に口を聞いちゃってんの?! はァああ??」
「うるさいよ。あんた、無駄に声大きいんだから」
ムムムーー……ッッ!
「っふん!」
腕を組み、顔を横に反らすと保は煙草を咥えた。
「まァ。いまは、お前でなんとかならァな。終わったら、つぅ~~か、なんかあったら呼んでくれや」
ひらひらと指を動かし、保は中に姿を消した。
「ぁ、っと……んぅ~~と。ああ! お久しぶりです、なのかなー??」
「のほほんとしたところは、昔のままのようだね。烈」
「んぅー~~?? そうですかぁ~~?? そうなのかなぁー???」
首を傾げる烈は、頬を朱に染めつつ微笑んだ。
「ぇ、っと……どちらの名前で、呼んだらいいでしょうかー?」
この少年は、確かに江頭保と、平子夫婦の嫡男だ。
だが。
保自身と、平子自身に生殖機能はない。
彼らはーー一つの身体から二つに分かれた《特殊人魂型》なる《人体創造》の生き物だからだ。機能がないのは、与えられなかったからだが。
それでも生まれた凛に、夫婦も驚いたが。
それ以上に驚いたのは創造主にほかならない。
凛が生まれてから、夫婦は創造主の元を去った。
「どっちも、なにも。まぁ、そうだね」
ウサギの頭の被り物を外した。
幼い面持ちが烈を見据えた。
吊り上がった目は保譲りのように。
小さな唇は平子のように。
彼も、またーー欺いて生まれた存在に過ぎない。
「ネクストでいいよ。分家と分けたほうが、呼びやすいだろう。烈~~?」
「話し方はーお父さん、そっくりになったんじゃないのー? なんだかんだいっても、やっぱり、親子っぽくなるもんなんだねー僕の、あの子もねー~~」
「や。その話し、長くなっから止めろwwww」
路は入り交じり、拗れてもなお伸びていく。
たとえ、脱線し立往生してしまっても。
その先はーー一本路であり、一人だけの路でもない。
ネクストにとって。
その路はーー茨の路でしかないものの、選択したものだ。
《入江出口》だった頃に。
彼の二つ名はーー《情愛の入江》である。




