第五十九話 ここは、どこだ?
『マサルちゃん。君は、君のままでいいよ。何者にもなる必要なんかないんだよ』
◆
一瞬、マサルの視界が真っ暗になってしまった。
「!? ぅあ゛‼」
気がついたときには。
「っひぃ゛‼」
崖の壁面から生えた二本の木の間に挟まれていた。
谷底から息を吐くかのような、そよそよしい風が漏れ。
マサルの全身にあてられる。
「あ、ぁ゛、おおおぉ゛、おおお、俺……??」
見上げると陸地は遥か彼方の上にあった。
恐る恐る、見下ろすとそこもまた、遥か彼方で。
「っど、どうすりゃあ、このザマになんだよ。俺は」
木にしがみつきながら、マサルは項垂れてしまう。
「確か……」
そして、記憶を手繰っていく。
◆
ことの始まりはーーガーナだった。
「《遺跡》に行っくっよ~~!」
鼻息荒く、口を小さくさせ目を輝かせて頬を朱に染めていた。
小声なのは他に聞かれないようにするためだ。
「俺は行かないぜ。小金稼ぐバイト入ってるしな」
マサルは、皿に置かれた熟れた果物に手を伸ばそうとするも。
その果物は、ガーナによって持ち上げられてしまう。
「! おい、ガーナ‼ 俺のデザート取るなよ‼ 意地汚い奴だな‼」
「バイト? っはぁ~~あぁア゛?! よく聞こえなかったよ~~??」
「聞こえてんじゃないかよ……思いっきり、はっきりと!」
ガーナが持つ果物に視線をやりながらマサルが睨む。
「バイトなんかより、ロマン! ロマンだよ!? 分かってんのぉオ?!」
「ロマンで飯は食えないんだよ! ゲー・チー・ウーも言ってただろう! 現に、この飯の金は、俺がバイトで稼いで買ったもんだっつぅの!」
顔を突き合わせながらガーナとマサルが言い争う。
「それはそれ! これはこれー~~ッッ‼」
パンパン!
「はいはいっと。朝から醜いのはやめてくれよ~~ふぁああぁ゛~~あ゛!」
寝癖のついた愛が手を叩いた。
「ふぁあああッ! んだよ、うるせェなァ! 目が覚めちまっただろうがッッ!」
同じく寝癖のついた出口も一緒だった。
「あ。飯食ってんじゃん! 起こせよなァ‼ あ~~腹減ったァ~~」
「アタシはシャワー浴びて来るわァ」
自由気ままの入江姉弟。
ギシ!
「で。《遺跡》に行くって話しか?」
出口はガーナが持ち上げていた果物を手に取り、一口齧ると、マサルに手渡した。
それに怪訝な顔をするマサルを無視し、ガーナに問いかけた。
「そうだよ! デグチはもちろん! 行くだろう?? あたしたちと一緒に‼」
「……ふむ」
視線を宙にやる出口に、
「行きたくないなら来なくたっていいのよ」
アデルが言い捨てた。
「んなこたァいってねェだろォうが。ったく」
腕を組み椅子の上に胡坐を組み、膝を上下に動かす。
「分かった。行く!」
「!? 男だね~~あんた、男だよ~~♥」
歓喜に抱き着こうとするガーナから、勢いよく出口は身体を離した。
「もの好きだねェ。我が弟君は」
びちゃびちゃ、と水を垂らしながら愛がため息をする。
「いつ行くの~~? 今日とか、止めてよねェ~~♪ あ。マサル、それよこしなさいよ!」
愛は果物を奪い取り、口を大きく開けて頬張った。
マサルは唖然とした表情で見入ってしまう。
「愛も来るんだ! そうだよねェ~~?!」
「ああ。弟が行って姉が行かないわけもないだろう?」
「うぜ……」
膝の上に肘を乗せ、小さくそう漏らす出口。
その会話に。
「--……行くよ」
ついには、マサルの顔が項垂れてしまった。
◆
「そうだよ! 確か、そうそう。そんな会話をしてたんだよ!」
ヴォオオゥウウウッッ‼
谷からの強風がマサルと、支える木を揺らし、
「どうしろってんだよ! こんなところで‼」
マサルは、ただただ、状況の呼び起こしていた。
必死に。




