鏡、鏡、ねぇ、鏡
朝チュンと痛そうな描写があります
苦手な方はご注意下さい
同じ場面を別視点で繰り返すので
くどく感じるかも知れないです
誰かに呼ばれた気がして、王妃さまは目覚めました。
とうに昇りきった太陽の日差しがカーテンの隙間から差し込み、眠気の抜けきらない瞳に刺さりました。
国王に抱かれ続けて体力の限界を迎え、半ば気絶する様に眠りに落ちたのは、夜明けも近い頃。どろどろに汚されたはずの身体もリネンも綺麗に清められ、一糸纏っていなかったはずの王妃さまの身体は、清潔な夜着に包まれていました。
起きる様子の無い国王の腕から抜け出し、用意されていたドレスに着替えます。
そこかしこが赤く染まった身体には、見ない振りをしました。
扉の鍵を開け、侍女の制止も固辞して、私室へ急ぎます。
早く、行かなければいけない。
虫の知らせの様な焦燥感に、王妃さまは急き立てられていました。
開いたままの扉に焦燥は募り、荒らされた部屋に唖然としました。
慌てて見回す王妃さまの目に映ったのは、
「鏡っ!!」
目を見開き、鏡面が砕けた鏡に駆け寄ります。
あまりの事に目を疑い、膝が萎え、鏡に辿り着く前にぺたんと座り込んでしまいました。
「ああ、姫さま…姫さま…」
ひび割れた声で、鏡が王妃さまを呼びました。
「鏡、鏡、どうして、誰がこんな事を…」
がたがたと震える王妃さまの目から、滂沱の涙が零れ落ちました。
「姫さま…こっちに来て、おくれよ…。もっと、良く…顔を見せて…」
割れた鏡の声は弱々しく、今にも消えそうでした。
震えて満足に動かない身体を引きずって、王妃さまは鏡に近寄ります。長い時間をかけ、何度も床にべしゃりと崩折れながら、姫さま、姫さまと呼ぶ鏡に、やっと這い寄りました。
割れた鏡面を傷付けない様そっと、両手で鏡を持ち上げます。
「ああ、やっぱり…姫さまは、美人だなぁ…。白雪、なん、かとは…大違い、だ…」
「白雪が、あなたを…?」
ぽたり、ぽたりと、砕けた鏡面に涙の雫が落ちます。
ひび割れ濡れた鏡面に、王妃さまの心が映りました。
薄い靄に囲まれて今にも崩壊しそうな、小さな美しい鏡が。
「ひとりにしないで、鏡」
「…ごめん、姫さま…ごめ、んな…」
「嫌。お願い。置いて行かないで」
幼い子供の様に、王妃さまは泣きながら懇願します。
「…なぁ…泣かないで…笑って、くれよ…姫、さま」
だんだんとか細くなって行く声を振り絞る様に、鏡が言いました。
「俺…姫さま、の…笑っ、た、顔が…見た…い」
「笑う。笑うから、いなくならないで、消えないで、鏡」
泣き顔に、無理矢理笑みを浮かべて、王妃さまが鏡に縋ります。
「鏡、あなたさえいてくれたら、わたし、幸せなのよ」
「うん…俺、も」
声も身体も震わせながら、必死で笑みを浮かべ続ける王妃さまに、鏡が笑みを含んだ声で答えました。
「綺、麗だ…。最期に、あん、たを…映せ…て、良かっ…た。姫、さま。お、れの、青薔薇…あ、いし…て…」
言葉の最後はひび割れ掠れ、酷く不明瞭でした。
「わたしも、大好きよ。愛しているわ。だから、最後なんて、言わないで。鏡」
涙の所為で鏡に負けず劣らず掠れた王妃さまの声に、返事はありません。
「鏡?どうしたの?」
答えない鏡に、王妃さまが必死で呼び掛けます。
「鏡、鏡、ねぇ、鏡?」
ぼたりと、大きな涙の雫が落ちました。
雫を受けた瞬間、鏡から強烈な光が漏れ、
「鏡…嫌っ、嫌っ、あ、あぁああぁあぁぁぁあぁぁぁぁ−−−っ!!」
王妃さまの手に残るのは、小さな銀の塊だけでした。
魔力を宿した金属、魔鉱と呼ばれる小さなその塊が、魔法の鏡の正体でした。
いまだに魔力を保つ塊ですが、割れた事で魔法が解け、再び同じ鏡となる事は二度とありません。
その事を知る王妃さまは、絶望に喉が裂けるほどの絶叫を張り上げました。
王妃さまが去ったと言う知らせを受けた国王は、直ぐ様身支度をして王妃の部屋へ向かいました。
やはり自分より鏡かと、悔しさで歯噛みしながら。
王妃の部屋へ近付くと、その扉は開き、中からは声が漏れていました。
誰かと会話する様な、王妃さまの声。
不審に思いつつ部屋を覗き、その荒らされた様子に瞠目し、床にうずくまる王妃さまにぎょっとして歩み寄りました。
「王妃、一体何が…王妃?」
何かに気を取られているらしく、王妃さまは国王に呼び掛けられても全く気付きません。
「お願い。置いて行かないで」
国王に見向きもしない王妃さまが、ぼろぼろと涙を零して懇願する様に話し掛けるのは、美しい細工ながら哀れにひび割れた鏡です。
驚く国王の前で、さらに驚くべき事が起こりました。
「…なぁ…泣かないで…笑って、くれよ…姫、さま。俺…姫さま、の…笑っ、た、顔が…見た…い」
誰もいない、鏡しか無い空間から、か細くひび割れた男の声が響いたのです。
「笑う。笑うから、いなくならないで、消えないで、鏡」
王妃さまはそれに驚く様子も無く、涙を止められないまま目を細め、震える唇に弧を描かせました。
それは、笑みとはとても思えない、悲痛な微笑みでした。
「鏡、あなたさえいてくれたら、わたし、幸せなのよ」
「うん…俺、も」
泣きながらも、幸せなのだと言う王妃さまも、返事を返す男の声も、確かに幸せだと思っているであろう声音です。
「綺、麗だ…。最期に、あん、たを…映せ…て、良かっ…た。姫、さま。お、れの、青薔薇…あ、いし…て…」
「わたしも、大好きよ。愛しているわ。だから、最後なんて、言わないで。鏡」
掠れて不明瞭なふたりの声に、鏡に嫉妬した自分は何も間違っていなかったのだと、国王は痛感しました。
鏡とひと。愛し合うには不都合過ぎるふたりのはずなのに、愛していると言い合う声は疑い様も無くお互いへの気持ちで溢れていたのです。
ぷつりと黙り込んだ鏡に、王妃さまが必死に呼び掛けています。
「鏡?どうしたの?鏡、鏡、ねぇ、鏡?」
一際大きな涙の雫が、鏡に落ち、突然強い光が辺りを照らしました。
国王は咄嗟に、腕で目を庇います。
視界を奪われた国王の耳に、絶望で彩られた慟哭が響きました。
「鏡…嫌っ、嫌っ、あ、あぁああぁあぁぁぁあぁぁぁぁ−−−っ!!」
腕を下ろして伺えば、割れんばかりに目を見開いた王妃さまが、その身を壊しそうな絶叫を迸らせていました。
「王妃っ」
慌てて王妃さまに近付こうとした国王の手を、王妃さまが凄まじい勢いで叩き落としました。
鞭で殴られた様な衝撃に、国王は思わず一歩引きました。
「来ないで下さいっ!!これは、鏡はわたしのものです。誰にも渡しませんっ!!」
錯乱した王妃さまは、両手で何かを握り締め、狂気の込められた目で国王を見据えました。
「誰にも、奪わせません。誰にも−−−!!」
叫んだ王妃さまは徐に握った手を口元に運ぶと、素早く握り込んだそれを自分の喉に流し込みました。
「なっ!?」
目を剥く国王の前で、王妃さまの細い喉がこくりと鳴り、
「くっ…うぅ、あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」
ふたたび絶叫した王妃さまは、糸が切れた様にぱたりと倒れました。
国王は王妃さまを抱き起こして名を呼びましたが王妃さまは一向に目覚めず、心配した国王は直ぐ様医者を手配しましたが、原因は全くわかりませんでした。
国中の医者と言う医者が呼ばれましたが、王妃さまを目覚めさせる事が出来る者はいませんでした。
国王の必死の介抱を嘲笑うかの様に王妃さまは眠り続け、半月が過ぎ、人々が諦めかけた時になって、漸く目覚めました。
目覚めた王妃さまは元の青い瞳が嘘の様に、真っ赤に染まった瞳をしていました。
魔鉱をその身に取り込んだ王妃さまは、恐ろしい魔女に生まれ変わっていたのです。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
やっと王妃さまが魔女さまに
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