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死んでも手放しません

王妃さまvs王さま



 侍女が夕食を持って来たのだろう。

 王妃さまはそう予測して確認もせずに扉を開け、そこに立っていた人物に驚いて目を見開きました。


「王、さま?」


 驚きを隠せずに自分を見上げる王妃さまを見て、瞬間美しい瞳に見惚れた後、国王は少し顔を歪めました。

 若さは失えど相変わらず美しい、しかし明らかに痩せた顔。

 華奢な肩に触れ、記憶以上に薄いそれに、後悔で胸が苛まれます。


「痩せた、な」


 辛そうに自分を見つめる国王に、王妃さまは訳がわかりません。

 一先ず座って貰おうと、部屋に通します。


 調度が年を経てくたびれはしたが、記憶と寸分違わぬ部屋。ものが増えるはずが無いのですから、当たり前です。

 そんな事すら、後悔でいっぱいの国王の心を刺しました。


「お茶をお煎れしますね」

「侍女は」

「…いなくても大抵の事はこなせますので」


 ひとりもいないのか。


 自分のやった所業とは言えあまりの状況に、国王は何も言えなくなりました。

 元は小国の姫君。身の周りの事はひとりでこなせる様に教育されているのでしょうが、だからと言って侍女を付けなくて良い事にはなりません。


 口を開けば何故不満を言わなかったのかと王妃さまを責めてしまいそうで、何か別の話題をと部屋を見回した国王は、寝台に置かれた布の包みに目を留めました。


「そう言えば、白雪があなたの鏡が欲しいと、」


 がしゃん


 響いた音に振り向けば、取り落としたらしくポットが割れ、王妃さまのドレスが紅茶で濡れていました。


「被ったのかっ!?怪我は!?」

「鏡は、渡せませんっ!!」


 慌てて駆け寄った国王の上着の胸元を掴んで、王妃さまは必死の形相を浮かべました。

 あまりの剣幕に、国王も瞬間気圧されます。


「鏡は、鏡だけは、死んでも手放しません。絶対、絶対に!!」


 震える手で国王の上着を掴む王妃さまに飲まれかけた国王でしたが、そんな場合でないと気付いて王妃さまのドレスを見下ろしました。

 広範囲に紅茶を浴びていて、このままでは火傷してもおかしくありません。


「わかっている。あなたから鏡を奪ったりしないから、とにかく服を、」

「嘘です。わたしから鏡を奪うために来たのでしょう?駄目です。あれはわたしの鏡です。奪うなら、鏡と一緒に窓から飛び降ります!」

「良いから服を脱ぎなさい!!」


 錯乱する王妃さまを叱責し、王妃さまが怯んだ隙を突いて、国王は無理矢理王妃さまのドレスを剥ぎ取りました。

 幾重にも布を重ねた意匠が幸いして、紅茶はドレスの内側まで染みておらず、王妃さまの下着は綺麗なままでした。


 ほっと息を吐いた国王を後目に、王妃さまは下着のまま寝台に駆け寄り、布にくるまれた鏡を胸に抱き締めました。


「渡しません。絶対に」


 国王を警戒しながら窓へとにじり寄る王妃さまに、国王が焦った様子で呼び掛けます。


「私は絶対にあなたから鏡を奪ったりしない。だから、飛び降りなくて大丈夫だ」

「鏡は、わたしのものです」

「ああ。わかっている。白雪から強請られたが、きちんと断った」


 真剣に言う国王の言葉を聞いても、王妃さまは疑わしそうな目を止めません。


「本当に?」

「本当だ。頼むから、信じてくれ」

「…わかりました。取り敢えず、今飛び降りる事は止めます。見苦しい様を見せて、申し訳ございません」


 渋々頷いて、王妃さまは窓から離れました。

 国王が、再び安堵の息を吐きます。


「ああ。私も、不用意な事を言って悪かった。着替えて来てくれるか?その間に侍女を呼んで、片付けをさせて置く。夕食はまだだな?今夜はこの部屋で、私と取ろう」


 国王の思わぬ申し出に、王妃は目を瞬かせました。


「夕食、ですか?王さまが、わたしと?」

「嫌か?」

「いいえ。滅相もございません。身に余る光栄、喜んでご一緒させて頂きます」


 王妃さまは微笑んで一礼すると、着替えて参りますと断って部屋を出て行きました。

 しっかりと、鏡を胸に抱いたまま。


「逆らわない約束が恨めしい」


 王妃さまから剥ぎ取ったドレスを抱き締めて、国王は溜め息を吐きました。微笑みも従う言葉も、王妃さまの本心とは思えません。

 ドレスからは、紅茶の香りに混じって薔薇の香りがします。王妃さまの好む、薔薇のポプリの香りです。


 鏡はあんなに大事に抱き締めて貰えるのに、王さまが抱き締めるのは王妃さまの脱け殻です。


「…まさか鏡相手に嫉妬する日が来るとはな」


 少し自分が情け無くなりつつも、国王は侍女を呼び、片付けと夕餉の支度を命じました。




 どうして王さまは突然一緒に夕食をなんて言ったのかしら。


 目の前で夕食を食べる国王を見つめて、王妃さまは内心首を傾げました。

 鏡はちゃっかりドレスの胸元に収まっています。小さな手鏡なので、十分そこに収まります。今度からそこに入れて持ち歩こうと、王妃さまはひっそりと心に決めました。


 食事中は、無言です。

 王族としてマナーを教え込まれているふたりなので、食べながら話したりはしないのです。


 けれどどうしても国王が気になって見てしまう王妃さまと、やっぱり王妃さまが気になって見てしまう国王の視線が、不意に合いました。寧ろ今まで視線が合わなかったふたりの息の合わなさ加減に驚きです。

 国王は瞬間目を見開いてから微笑み、王妃さまはびくりと肩を振るわせて視線を落としました。

 以降は王妃さまが一度も視線を上げなかったので、ふたりの視線が合う事はありませんでした。


 夕食後、帰るだろうと思った国王が侍女にお酒を運ばせたので、王妃さまはますます訳がわかりません。

 長椅子に腰掛けて寛ぐ国王に歩み寄ると、意を決して、問い掛けました。


「王さま、わたしに何かご用事でしょうか」

「ああ」


 国王が頷いたので王妃さまは国王の言葉を待ちますが、国王は何も言いません。


「王さま?」


 何も言わずお酒を飲んでいる国王を、王妃さまは首を傾げて見つめました。

 国王は言い難そうに口籠もった後、漸く口火を切りました。


「…あなたに、謝罪をしようと思って来た」

「謝罪ですか?」


 王妃さまの表情が、一体何のと問うていました。

 国王が眉を寄せて、王妃さまの疑問に答えます。


「あなたを、ひとりぼっちにしてしまった。白雪にばかりかまけて、あなたに気を回さなかった」

「…どうしてそれに謝罪が必要なのですか?」


 とぼけているのではなく本当に理解出来ない様子で、王妃さまは問い掛けました。


「わたしは祖国の平穏のために送り込まれた代償です。王妃としての地位こそ頂いておりますが、言わばあなたに差し出された人形。手に入れた人形をどう扱おうと、あなたが謝罪なさる必要なんてないでしょう?」


 王妃さま自身のひととしての尊厳を全否定する発言は、国王の心をざっくりと抉りました。

 最初からお前になんて期待していない。

 そう、宣言された様なものでした。


 何も言えない国王に、王妃さまはさらに続けました。


「謝罪など必要無いどころか、むしろこちらから感謝をお伝えしたい位です。祖国の後ろ盾となって下さって、感謝してもしきれません。その上、こうして容色の衰えた人形を気に掛けて下さるなんて、王さまは慈悲深い方ですね」

「っ、そんな言葉を聞きたいのではない!!」

「きゃ!?」


 ざくざくと心を抉る言葉に堪えられなくなって、国王は王妃さまの腕を強引に引き寄せました。

 華奢な王妃さまは簡単に体勢を崩して国王の胸に飛び込みました。その拍子に鏡が胸元から零れ、長椅子の上に落ちます。


「あっ、鏡っ」


 慌てて鏡に手を伸ばす王妃さまの手首を掴み、国王は王妃さまを睨みました。

 鏡ばかり気にする王妃さまと、視線は合いません。


「夫よりも、鏡の心配か?随分と、冷たい女だな」

「っ、鏡は、鏡はわたしの唯一なのです。ひとに囲まれて暮らすあなたや白雪と違って、わたしには鏡だけ。あなたはたくさんのものを持っているのですから、鏡とわたしくらい、放って置いて下さっても、良いではありませんか!!」


 捨て置いたくせに、何を言うのか。

 薄情な夫よりも、長年自分を支えてくれた鏡を取って何が悪い。

 蓄積された不満や嫉妬も相まって、とうとう王妃さまは国王に声を荒げました。


 初めて怒りを顕わにした王妃さまを、国王が瞠目して見つめます。

 鏡を見つめて手を伸ばそうともがく姿に、顔を歪めました。


「…漸く我が儘を言ったと思えば、また鏡。しかも放って置いてくれとは…あなたは本当に…」


 王妃さまの両手を拘束したまま、俯きます。


「自業自得、か」


 愛を伝えるばかりで、愛される努力をしなかった。

 挙げ句甘えて貰えない事に不満を持って、向き合う事から逃げた。

 その結果が、王妃さまの言葉です。


「今更私が愛していると言っても、あなたは信じてくれないか?」


 顔を上げた国王の悲しげな顔も、こちらを見ていない王妃さまの目には入りません。


「嘘でしょう」


 否定の言葉はあっさりと、王妃さまの口から零れました。


「嘘じゃない。だから、世界を閉じないでくれ。あなたの世界から、私を弾き出さないでくれ」

「…あなたが愛しているのは、白雪でしょう?あの子の方がずっと美しいのですから。あの子を抱く事は許されないから、劣るわたしで代替するのですか?」


 会話している相手は自分なのに、鏡しか見ていない王妃さまに、国王の中で何かが切れました。


「ああそうだ。もうそれで良い」


 もがく王妃を無理矢理抱き上げ、立ち上がりました。

 王妃さまは逃れようと暴れ、長椅子の鏡に手を伸ばします。


「嫌、離し、」

「私は鏡に手を出させない。あなたは私に従う。そう言う約束だろう?」


 王妃さまが目を見開き、茫然と国王を見ました。


 漸く、目が合った。

 国王の唇に、笑みが浮かびました。


「そんなに鏡が大事なら大人しく従いなさい。…今日はもう鏡は見たくないな。私の部屋で、一晩中、あなたを可愛がってやろう」


 力を無くして大人しくなる王妃さまを、国王は優しく抱き締めました。






拙いお話をお読み頂きありがとうございます


王妃さまが意外と空気の読めない子に

鏡が絡むと理性が飛ぶ模様


続きも読んで頂けると嬉しいです

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