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あなたが憎くて仕方ありません

国王さま登場



 白雪は国王の仕事が終わるのを待って、早速お強請ねだりに行く事にしました。

 宰相や護衛の騎士と共に執務室から出て来た国王に、駆け寄ります。


「父さま!!」


 愛らしい姿を見留めて、国王が目を細めます。

 宰相たちは無言で、壁際に控えました。


「ああ、白雪。待たせて悪かったな」


 逞しい身体で白雪を抱き上げて、国王は白雪を撫でました。

 王妃さまにとっては逆らえない国王でも、白雪にとっては自分に甘い父親です。


 にっこりと笑って、お願いを切り出しました。


「ねぇ、父さま、わたし、欲しいものがあるの」


 白雪に付き添っていた侍女たちが、一斉に顔を歪めました。

 王女さまは、他人への思い遣りなんて持っていない。溺愛する王女さまに強請られては、国王さまは頷いてしまう。

 国王さまに逆らえない王妃さまは、大切な鏡を奪われてしまう。


「何だ?お前が望むなら何だって与えてやろう」


 国王の言葉に、白雪は笑みを深め、侍女たちは俯きました。


 自分の願いが叶う事を疑いもせず、白雪が口を開きます。


「王妃の持っている、魔法の鏡が欲しいの」

「王妃の、魔法の鏡?」

「王妃がいつも布で隠しているものよ。とても綺麗な鏡なの。ねぇ父さま、わたしにちょうだい?」


 何の事だろうと首を傾げた国王に、白雪が説明しました。


「ああ、あれの事か」


 白雪が何を欲しがっているか理解した国王は頷き、


「あれは、やれないな」


 迷う素振りも無く首を振りました。


「え…?」


 予想外の返答に、白雪も侍女たちも咄嗟に国王の言葉が理解出来ませんでした。

 何でも与えると言った手前か、国王が理由を説明しました。


「白雪、我が手に入るものならば、何だってお前に与えてやろう。だが、あの鏡は王妃のものだ。王妃がこの国へ嫁いで来た時に、他には何も強請らず、大人しく言う事を聞くから、この鏡に誰も触れさせず、覗かせない事だけは守って欲しいと頼まれた。事実今まで王妃が他に何かを強請った事も、私に逆らった事もない。王妃が約束を守っているのに、大国の王たる私がその約束を破る事は、出来ない」


 きっぱりと言い切った国王はふと、近頃王妃とまともに接していない事に気付きました。

 何も求めず、我が儘も言わない王妃。最低限身形を調えるためのお金が、国庫から出されてはいるが、あれっぽっちでは本当に必要なだけのものしか揃えられないはず。

 自分が与えてやらねば、何も得られない王妃を、捨て置いて顧みない。

 忌憚無く甘えて来る王女ばかり可愛がって、王妃には見向きもしない。


 とても非道な行いではないかと、国王は自分の所業を疑いました。


「でも父さま、わたしはあの鏡が欲しいのよ」


 王妃と違って臆面も無く我が儘を口にする白雪を見つめます。


 美しく、愛しい娘。何故こんなにも愛おしいのか。

 始めはそう、愛するひとの娘だから愛おしく思った。愛するひとに似ているから、美しいと思った。

 では何故自分はその、愛しいはずのひとを無下にしているのか。


 甘える白雪は可愛い。何も我が儘を言わず、ただ黙って従う王妃と違って、可愛がり甲斐がある。

 自分は王妃の代わりに白雪を甘やかす事で、甘えて来ない王妃への甘やかしたい欲求を、満足させていたのではないか。

 けれどそれで本当に甘やかしたいひとを忘れてしまうなら、何と馬鹿げた状況だろうか。


 国王はそっと、白雪を降ろしました。


「白雪、ひとの大切なものを奪うのは良くない事だ」


 初めて、国王は白雪を叱りました。


「王妃が何故鏡をあれほど大事にするのかはわからない。けれど、あんなにも大切にしているものを奪って、ただ欲しいからと強請るお前に与えようとは思えない」


 堂々たる国王の言葉に、侍女たちは驚き、流石は国王だと感服しました。

 そうして、きちんと白雪を諭せない自分たちを、恥じました。


「どうして?」


 けれど今まで我が儘放題が許されていた白雪は、自分のお願いが退けられる事を納得出来ません。

 不服げな顔をして、国王を責めます。


「王妃なんて、会う度に意地悪ばかり言って、今日だってわたしの話を聞きもせずに部屋から追い出したのよ!どうしてあんな女のために、わたしが我慢しなくちゃいけないの?」

「王妃が意地悪?そんなはずは無いだろう。王妃はお前の母親だ。理不尽に部屋を追い出したりするはずは無いし、母に対してあんな女などと、言ってはいけない」


 怒って叫ぶ白雪を見下ろして、国王は目が覚めた感覚を覚えました。


 美しい、愛するひとに似ているからと溺愛し、求めるままに与えて甘やかして来た娘。

 そうして育った娘は、国王が愛した姫君に似ても似付きません。

 確かに顔立ちは似ていますが、それが何だと言うのでしょう。

 国王が愛した姫君は、誰に対しても丁寧な言葉遣いを心掛け、ひとの気持ちを大切に酌んで動くひとでした。


 王妃に逢いたい。我が儘のひとつも言ってくれない妻を、存分に甘やかしたい。

 国王は、強く思いました。同時に、自分は父親として間違ったと、自身の行いを恥じました。


「白雪、王妃がお前にどんな意地悪を言ったのか、話してみなさい」


 国王に問い掛けられて、白雪は答えられません。

 当然です。王妃さまのお小言なんて、真面目に聞いた事が無いのですから。


 答えない白雪に、国王は小さく溜め息を吐きました。


「白雪、今日はもう部屋に戻りなさい。食事も部屋でひとりで取るんだ」


 そうして白雪に反論の間も与えず、侍女たちに目を向けました。


「お前たち、白雪を部屋へ。ただし、ひとりは残る様に」


 白雪に付き添う侍女ですが、雇い主は国王です。

 嫌がる白雪に従わず、国王の命令を遂行します。


「来なさい」


 ひとり残った侍女を、国王は執務室に通しました。

 宰相と護衛の騎士たちが、無言で後に続きました。


「掛けなさい」


 国王に促されて椅子に掛けますが、国王に宰相に近衛騎士と、国の重役に囲まれた侍女は気が気ではありません。


「今日何があったのか、話しなさい」


 国王が問い掛けましたが、侍女は緊張で話すどころではありません。

 けれど真摯に言葉を待つ国王に、おずおずと話し始めました。


「白雪さまが王妃さまのお部屋を訪ねられたのですが、おとないもせず入ってしまわれたので王妃さまがお叱りになったのです」

「叱って、追い出したのか?」

「いえ、その後白雪さまが王妃さまのお隠しになられた鏡についてお問いになって、その…王妃さまが王妃に対する礼儀を弁えなさいと」


 国王は王妃さまの祖国のお国柄を思い出して苦笑しました。

 王妃さまの祖国は礼儀に大変厳しいお国柄で、喩え実の親子であっても目上に対する対応が出来なければ手痛い叱責を受けるのです。


「なるほど、私に話す様に王妃に対しても話したのか。王妃は厳しく礼儀を躾られた方だから、怒るのも当然だな。そうして怒られて、部屋を追い出されたか?」

「いいえ。王妃さまは始め、一言諭されただけで。けれど白雪さまが王妃さまのお言葉に耳をお貸しにならなかったので…」

「諭されて、謝罪も無しか?」

「はい…」


 改めて白雪の無礼さを確認させられた侍女は、蕭然と頷きました。


「王妃さまは私どももお叱りになられましたが、決して声を荒げたりなさらず、始終丁寧な言葉で白雪さまを教え導いて欲しいと仰って下さって…。白雪さまにも頭を撫でながら、淑女の嗜みを身に付けられたら一緒にお茶をしましょうねと」


 どこが意地悪なんだと、国王のみならず宰相たちまで明らかに呆れた顔をしました。

 侍女は恥入って項垂れます。

 そんな侍女に、国王は穏やかに話し掛けました。


「話はわかった。話しにくい内容だっただろうに、しっかり話してくれて礼を言う。もう、下がって良いぞ」

「はい、失礼致しました」


 立ち去る侍女を見送ってから、国王が口を開きました。


「私は、白雪の教育を誤った様だな」


 溜め息混じりの国王の言葉に、宰相が苦笑します。


「それを言うならば皆の責任でしょう。今まで白雪さまを叱るのは、王妃さまだけでした。他は皆、甘やかすばかりで」

「その王妃にも、悪い事をした。白雪にかまけて、王妃を顧みなくなっていた」

「そうですね。わたくしも、王妃さまについては補佐官に任せきりで…」


 宰相が眉を寄せて、苦い顔を作りました。


 わかり易く甘えて我が儘を言う相手は可愛がり易い。

 大人しくひとりで何でもこなし、自分の要求を口にしない相手は可愛がり難い。

 誰も彼も目立つ白雪ばかりに目を向けて、王妃さまを忘れてしまっていたのです。


「始めはあれほど持て囃しながら、子を産めばそれで忘れ去るのかと、王妃さまに恨まれても仕方無い所業でした。わたくしども、皆」


 大国ながら国王に兄弟はおらず、その国王の授かった美しい王女に、国全体が夢中になって、控え目な王妃の事などすっかり忘れてしまった。

 王女を産んだ美しい王妃は、目立たずとも確かにそこにいるのに。


「…恨まれるとしたら、私だろう。あれほど熱心に求婚して、数多の恋敵を蹴落として勝ち取ったくせに、手に入れば飽きて興味を失うのかと」


 もう、とっくに見限られているかも知れないと、国王は頭を抱えました。


「どうすれば良い。『あなたが憎くて仕方ありません。やっぱり公爵さまと結婚すれば良かった』とでも言われたら、立ち直れないぞ」


 自分の想像に青醒めた国王に、宰相が肩を竦めます。


「やってしまった事はもう仕方が無いでしょう。とにかくひたすら謝って、どれだけ王妃さまを愛しているか伝えて、王妃さまの慈悲を乞うしか…」

「あっ、馬鹿」

「そうだな!そうしよう」


 宰相の言葉に近衛騎士のひとり、近衛騎士団長が慌てて留めようとしましたが、時既に遅し。

 にっこり笑った国王が立ち上がり宣言しました。


「と言う訳だ。私はこれから愛しの王妃が私を見限ってしまわない様存分に愛を伝えて来るから、明日の仕事はお前たちで何とかする様に」


 宣言した国王は目にも留まらぬ速さで執務室から退室し、取り残された宰相たちは唖然として言葉を失いました。


「あ、何か今俺、王妃さまがこの国にいらした当初の陛下を思い出したわ」

「…失言した自分を、恨みます」


 近衛騎士団長の一言に、宰相は深々と溜め息を吐いたのでした。






拙いお話をお読み頂きありがとうございます


恋愛恋愛と考えていたら国王さまがこんな事に


続きも読んで頂けると嬉しいです

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