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憎くて憎くて仕方が無い

少しずつ、狂って行く王妃さま




 人気の無い私室で、王妃さまがひとり泣いています。

 鏡には布が被せられて、本当にひとりぼっちです。


「弱音ばかり吐いて、駄目」


 ひとり、自分を叱責します。


 王妃さまの涙に気付くひとも、王妃さまの嘆きに気付くひとも、お城にはいません。

 不必要な不和を起こさせないため、自国に助けを求める事も出来ません。

 鏡以外に相談相手も無く、その鏡すら眺めれば醜い自分を突き付けられる。


 疲弊しきった王妃さまは、ひとり、泣いています。


 美しく、心根も優しい王妃さま。自国にいた頃は、周り中に大切にされ、王妃さまも皆を愛し慈しんでいました。

 そんな王妃さまには、ひとを少し悪く思う事すら、とてつもない負担なのです。


 負担でも、恨まずにはおられず。

 そうして恨んでしまう自分を責めて、ますます疲弊する。


 疲弊し窶れた王妃さまは、ますます若さから遠のきます。


 偶に顔を合わせても、若さを亡くした王妃さまに、王は見向きもしません。

 あれほど愛し、求めた姫君だったと言うのに。

 この国で王妃さまが頼れるのは、王しかいないと言うのに。


 美しい白雪も、母を忘れて皆の愛を一身に受けています。

 一番に自分を愛し、絶える事無き無償の愛を与えてくれるはずの存在が居なくても、気付きもしません。

 白雪が誉めそやされる美貌を得られたのは、偏に母である王妃さまの美しさのおかげだと言うのに。


 白雪が生まれ育つまでは王妃さまに夢中だった国民たちも、王妃さまが顔を見せなくなった事に気付きません。

 王妃さまは祖国の民と同じ様に、嫁いだ国の国民たちも愛したと言うのに。


 挙げようと思えば幾らでも、不満が湧いて来てしまいます。


「ああ…わたしはなんて醜いの…」


 顔を泣き腫らして寝台に突っ伏し、王妃さまは自分の醜さを嘆きました。


 夫を恨み、我が子を妬み、過去の記憶ばかり輝かしく見えてしまう自分。

 そんな自分が、悲しくて仕方ありませんでした。


「鏡、鏡、ねぇ、鏡」


 ころんと仰向けに転がって、王妃さまは布にくるまれた鏡に呼び掛けます。


 鏡は、答えません。鏡面を隠された鏡には、王妃さまの声が聞こえないのです。


 ただ、言葉を紡ぎたかっただけなのでしょう。


 誰も聞き手がいなくても構わず、王妃さまは語り続けました。


「皆、わたしを優しいと誉めそやしたけれど、本当はわたし、少しも優しくなんてなかったのですね」


 ふふ、と王妃さまは笑います。もう、心なんて殆ど壊れてしまっているのかも知れません。


「こんな風に自分がひとりぼっちになったら、誰も彼も憎らしくて妬ましくて堪らないのです。皆に愛されていた頃は、もっと寛容で、他人の幸せを自分の事の様に願い喜べたはずなのに」


 泣いても、泣いても、溢れ出る涙に、王妃さまは両手で顔を覆いました。


「わたしは自分が幸せで満たされていないと、優しくなんてなれない人間なのです。本当に優しいひととは、自分がどんなに辛く苦しい時も、皆に優しく出来るひとなのだと思うのです。わたしは未熟な人間だから、辛さに耐えられず、こんなに醜くなってしまった」


 鏡がただの鏡でなかったら、ひとでなくても、せめて自由に動いて何時でも王妃さまの言葉を聞ける存在だったなら、こうしてひとり、王妃さまに弱音を吐かせる事なんてなかったでしょう。

 けれど鏡は力無い鏡で、傍らに在っても、王妃さまの悲嘆を聞いてやる事すら出来ません。


「自分で決めた事なのに、納得したはずなのに、どうしても、思わずにはいられないのです。もしもあのひとの妻となっていたならと。たくさんの求婚者の中で唯一、わたしの顔ではなく、わたし自身を愛し求めて下さったあのひとの妻となっていたなら、こうして容色が衰えても、変わらず愛して貰えたのではないかと」


 ふふっ、と王妃さまはまた笑いました。

 過去を思い返し空想の幸せを惜しむ自分が、滑稽で仕方が無いと言いたげに。


「父上の言葉に従いあのひとを諦めた時点で誰の妻になろうと、美しさが衰えれば、或いは、わたしより美しいひとが現れれば、わたしへの愛など忽ち忘れられてしまうとわかっていたのに。わかった上で、選んだはずなのに」


 祖国の国王にとっても、多くの婚約者にとっても、姫君は美しい人形でしかありませんでした。

 壊れた人形は省みられない。そんな人生は嫌だ。人形ではなくひととして、自分を扱って貰いたい。

 そう思っても姫君は、口を噤んで大人しく、人形でしかない自分を受け入れました。

 それが祖国の、ひいては愛するひとびとの、幸せに繋がると思ったからです。


「少しもわかっていなかったのでしょうね。棄てられて埃を被る人形の気持ちなんて。甘い覚悟で決断したから、こうして泣く羽目になった」


 愛された記憶しか持たない王妃さまにとって、誰からも忘れられた現状は、余りにも辛い事でした。


「鏡、鏡、ねぇ、鏡」


 答えない鏡に、王妃さまは呼び掛けます。


「わかっているの。道具は使い手を選べないと。あなたはわたしから逃れられなくて、わたしはそれに付け込んでいる。ごめんなさいね。でも、お願い。どうかわたしをひとりにしないで下さい」


 鏡にすら聞かせない、弱音。

 王妃さまは小さな声で、こっそりと語ります。


「わたしは、弱いのです。とてもとても。今だって、王さまが、白雪が、この国の人々が、憎くて憎くて仕方が無いのです。八つ当たりだとわかっていても、そう思ってしまう心を、抑えられないのです。必死に憎しみを、堪えて隠して生きているのです」


 王妃さまの掌には、手袋でも守りきれなかった痕跡が、痣としてくっきり染み付いてしまっていました。


「鏡、鏡、ねぇ、鏡。あなたのお陰で、わたしはなんとか堪えているのです。もしもあなたを失ったら、きっとわたし、」


 大事な言葉は時として、誰にも知られず消えてしまいます。


「きっとわたし、狂ってしまうわ」


 その時の王妃さまの弱音が、誰にも聞かれず消え去った様に。






拙いお話をお読み頂きありがとうございます

続きも読んで頂けると嬉しいです

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