さようなら
本家グリム童話さん版ラストのあのシーンです
残酷な描写ありのタグはこのために付けられました!
残酷な行為、暴力、汚いものなどの表現が含まれています
苦手な方はご注意下さい
副宰相執務室での会話から三日後、王妃さまはお城を旅立ちました。
旅立つ前に文箱を、副宰相に押し付けて。
もしもわたしが死んだら開けて下さいと言う縁起でも無い言い付けに、副宰相は王妃さまを睨み付けました。
「必ず帰って来て下さい」
副宰相が言った言葉に、王妃さまは笑って答えませんでした。
王さまを頼みますと、宰相に言付けて。
自分の死を確信した言い草に、宰相は顔を歪めました。
「生きて帰る努力をして下さい」
宰相の懇願に、王妃さまは笑って答えませんでした。
子供たちを頼みますと、国王に言い残して。
嫌な予感を覚えた国王は、王妃さまをきつく抱き締めました。
「あなたがいなければ生きて行けない」
王妃さまをなかなか離さない国王を、王妃さまはそっと抱き返しました。
仲良くしていて下さいねと、子供たちを抱き締めて。
いつもと違う母に不安を覚えた子供たちは、ぎゅっと王妃さまにしがみ付きました。
「はやくかえってきてください」
離れたくないと泣く子供たちに、王妃さまは小さくごめんねと呟きました。
たくさんのひとびとに見送られて、王妃さまは旅立ちました。
「さようなら」
ひとり揺れる馬車の中、そう小さく呟いて。
旅立ちの三日後、帝国の皇城に着くなり、王妃さまはお付きの従者や侍女たちから引き離されました。
王妃さまを守ろうとした従者や侍女たちは帝国兵に襲い掛かられ、見かねた王妃さまが抵抗を止めさせました。くれぐれも無事に帰す様にと、帝国兵へ言い含めて。
両腕を縄で拘束された王妃さまが連れて来られたのは、お城の地下でした。
レンガで囲まれた薄暗い空間はそれなりの広さがあり、揺れる炎に照らされて、恐らく拷問道具であろう品々が幾つも置いてありました。
取り押さえられた状態で良かったと、王妃さまは息を吐きました。
目の前で笑う白雪を、衝動的に殺しそうだったからです。
「良い気味ね、性悪な魔女」
無理矢理床に座らされた王妃さまを見下ろして、白雪が言います。
白雪の後ろには帝国の皇子二人に、皇后が立っており、憎悪の眼差しで王妃さまを見下ろしていました。
王妃さまに逃げられないためか、周囲は帝国兵で囲まれています。
王妃さまは溜め息を吐き、感情の込もらない瞳で白雪たちを見上げました。
炎を映してか、王妃さまの真っ赤な瞳は不思議と揺らめいて見えました。
「皇帝さまはなぜ、お亡くなりになられたのですか?」
「そんな事、あんたに教えるはずが無いでしょう」
「…一度では死に至らない量の毒薬を、四人それぞれ飲ませた?」
王妃さまが低く呟いて、四人をそれぞれ見据えました。
「白雪は林檎に、皇后は紅茶に、第一皇子はワインに、第二皇子は焼き菓子に、それぞれ皇帝さまに差し上げて、疑われないために自分で口にしさえしたのですね。それ単独では、致死する量にはならないから」
「な!?ど、どうして、それを…」
動揺する四人を睨み付け、王妃さまは眉を寄せました。
「白雪はともかく皇后、第一皇子、第二皇子、夫や家族に対する愛情は無いのですか?皇帝さまが亡くなられる事で、国民に降り掛かるであろう不利益への配慮は?」
「お前が家族の愛を語るな!!白雪姫を妬み、殺そうとしたお前が!!」
第二皇子が怒鳴ります。
王妃さまは口の端を吊り上げて第二皇子を見据えました。
「…何でもあなたはあの殺し屋に、殺人を依頼しようとしたとか。彼に頼もうとしたならば、彼の評判位調べていないのですか?」
「評判?」
「知らないで依頼しに訪れたのですか?わざわざ、国を越えて?」
馬鹿にした様にころころと、王妃さまが笑いました。
激昂しかかる第二皇子を第一皇子が押し留めます。
「彼については僕が調べた。依頼は必ず達成する、凄腕の殺し屋だと」
「そう。依頼を必ず達成する。そんな評判の男が、殺害依頼をされた相手を生かすと思っているのですか?」
「…まさか」
第一皇子が目を見開きました。
そんな様子を嘲笑って、王妃さまは言い放ちます。
「わたしは彼に依頼しました。父である国王に命を狙われている娘を城から逃がし、王に見つからない様生かしてやって欲しいと。わざわざ豚を殺させ肝臓を届けさせ、白雪は死んだと騙りさえしました。白雪を生かして貰うために殺し屋に金品を渡し続けました。憎悪に囚われ凶行に至る、あなた方と一緒にしないで頂けませんか」
王妃さまは皇子たちに、心底見下した目を向けました。
第二皇子に視線を留め、憐憫すら滲ませた表情を浮かべます。
「なぜ殺し屋の彼が、わざわざ国王に注意せよと言ったのか、少し考えればわかりそうなものですが。まあ、この様な愚行を犯す軽い頭では、思い付かなくとも仕方無い事なのでしょうね」
「愚行だと!?」
「愚行以外の何だと言うのです?他国の王妃を貶めて、無事に済むとお思いですか」
いきり立つ第二皇子を、あくまで声を荒げず、王妃さまは叱責しました。
「ただでさえ皇帝崩御で荒れる国に、わざわざ戦争の火種まで作り上げて、そんなに帝国を潰したいのですか?たかが個人の思いに踊らされ、国民全員を裏切ろうとは、王族の片隅にも置けません」
「たかが、ですって!?あなたの、あなたの所為で弟は…!!」
皇后が顔を真っ赤に染め、ヒステリックに叫びました。
王妃さまは眉をひそめ、冷たく言い放ちます。
「かつて政略結婚で帝国皇太子の恋人を退け皇太子妃の地位を奪い取った、あなたがそれを言うのですか?同じ祖国で育ち、わたしと同じ教育を受けたはずのあなたが?個人の意志で国の意向に逆らって良いと?我が身にも等しい国民たちを、ただ自分の我が儘のために犠牲にして良いと?もしあなたが本気でそう思っているならば、あなたは祖国の恥です。上に立つ者の義務を理解出来ないあなたに、王侯貴族を名乗る資格はありません」
強く気高い眼差しで、王妃さまは四人の“王族”たちを見据えました。
堂々たる姿に、反論しようとした四人が言葉を失います。
拘束され、床に押し付けられながらも、その場の誰より気品に溢れた姿でした。
思わず拘束する兵士が手を緩め、王妃さまが背筋を伸ばして顔を上げる事を許しました。
「愛するひとより祖国の平穏を選んだ、わたしは確かに冷酷で不義理な女でしょう。公爵さまを狂わせた、その原因はわたしでしょう。我が夫たる国王が、白雪の命を狙う原因もわたしです。けれどそのどれも、罪無き人間を殺し、徒に国民を戦火に晒して良い理由にはなりません」
ぐっと拳を握り締め、大国の王妃として、王妃さまは語り掛けます。
「あなた方が真実王族であると言うのなら、あなた方に少しでも王族としての誇りと分別があるのならば、国民のため、今すぐこの様な愚行は止めなさい。わたしを解放し、無礼を謝罪しなさい。今までの行いで国王も宰相もお怒りですが、今引き下がるならわたしが彼らを執り成します。決して、戦争は起こさせません」
しっかりと顔を上げて言い切った王妃さまに、暫く誰も何も言えませんでした。
目の前の人物が大国を統べる王の妃であると言う事実が、今更目の前に立ちはだかったのです。
彼らがここで引き返すならば振り上げた拳を下ろそうと、王妃さまは本当に思っていました。傲慢な王族に怒りを覚えてはいるものの、何も戦争を起こしたい訳ではないのです。
鏡の仇である白雪と国王をこの上無く憎み、殺すだけの力を持ちながら、生かし続けて来た、鋼鉄の様な忍耐と慈悲を持つ王妃さまなのですから。
沈黙の中最初に口を開いたのは、白雪でした。
「ふ、ふざけないで!!魔女の言葉なんか、信じられる訳が無いじゃない!!」
白雪に釣られた様に、第二皇子と皇后が口を開きます。
「お前の言葉が真実であると言う証拠は無い。口先三寸で言いくるめて、逃げるつもりだろう!」
「あなたの所為で何人も不幸になったのに、偉そうな事を言わないで!!」
褪めた目で三人を見回した王妃さまが、第一皇子に目を向けました。
苦悩を見せる第一皇子に、王妃さまが言葉を掛けます。
「賢帝を失った帝国が、太刀打ち出来る相手ではありませんよ、我が国は。わたしと言う足手纏いさえ消えれば、我らが国王陛下は亡き皇帝さまに勝るとも劣らない素晴らしい方なのですから」
「子を殺そうとする王が、か?」
「目的のためなら如何な犠牲もものとしない、冷徹な猛将です。実の娘を殺そうとしたと知られても、揺るぎ無い信頼を持たせ続けられる、類い希なる求心力の持ち主ですよ」
口を開こうとする三人を一瞥で止めて、第一皇子は王妃さまを見下ろします。
「あなたは帝国が、負けると言うのか」
「必ず」
迷いもせず、きっぱりと、王妃さまは断言しました。
「…それほど信じると言う国王を、あなたはなぜ愛さない」
「理想の王と理想の恋人が、重なるとは限らないと言う事でしょう」
「あなたにとっては叔父上が、理想の恋人だったのか?」
「…あのひとに恋していたときは、間違い無くそう思っていましたね」
視線を落として、王妃さまは答えました。
微かに眉をひそめて、第一皇子が問います。
「今は違う、と?」
「今は…」
そうして思い浮かべた相手に、王妃さまは目を瞬きました。
どうして?と。
その姿は先までの統治者然としたものではなく、
「なぜあなたはそうも強くいられる」
王妃さまもひとりの人間である事を、強く感じさせました。
第一皇子の問いに、王妃さまは淡く笑って首を振ります。
「わたしは少しも、強くなどありません。こう在りたいと思う姿を、必死に装っているだけです。愛するものに胸を張れる自分に、なれなくても近付きたいから」
「こう在りたいと、思う姿…」
「…憎悪に狂い守るべき民を苦しめる事が、あなたのやりたい事ですか?」
強い視線で射抜かれて、第一皇子は顔を歪めました。
横槍を入れようとする白雪たちを、王妃さまが威圧して黙らせます。
「僕は…」
迷いに満ちた声でそう口にしかけ、苦渋の表情を浮かべて首を振りました。
低く掠れた声で、唸る様に言います。
「それでもここまでやって、やめるなんて出来ない」
「…それがあなたの決断ですか」
失望を顔に浮かべる王妃さまから視線を逸らし、唇を噛み締めて第一皇子は頷きました。
白雪が勝ち誇った顔で、王妃さまを見下します。
「醜い魔女。あんたに、味方なんていないのよ」
「…わたしが醜いと言うのなら、似た顔のあなたも醜いのでしょうね」
王妃さまは怒る様子も無く、静かに言葉を返しました。
鏡が穿った呪いの痕を抉られて、白雪が激昂します。動けない王妃さまの顔目掛けて、握り締めた拳を振り下ろしました。
「黙れ!!」
殴られて眉を寄せながらも、王妃さまは声を上げも怯みもしません。
徐に顔を上げ、哀れむ様に、白雪を見据えます。
「あなたがそんな風に育ってしまったのは、わたしたちの責任だけれど、分別を持つべき年齢になっても己の醜悪さに気付かなければ、誹りを受けるのはあなたですよ」
「う、煩い!!煩い煩い煩い!!お前たち!早く準備して!!こんな魔女、とっとと殺すべきよ!!」
拘束された上に、殴られ服も髪も乱れた王妃さまと、綺麗な服を着ながら怒りに顔を歪め、怒鳴り散らす白雪。
そっくりな顔のはずのふたりなのに、王妃さまは薄汚れても気高く美しく、白雪は着飾っても空虚で見苦しく見えました。
戸惑う兵士たちを、白雪が怒鳴り付けます。
「早く!!」
「は、はいっ」
びくりと肩を揺らした兵士たちが王妃さまの前に置いたのは、真っ赤に熱せられた、鉄の上靴でした。
強い光を放つそれは、そばにいるだけで焼けそうに熱を放っています。
焼けた鉄に赤く照らされる王妃さまを、兵士たちが痛ましいものを見る目で見遣りました。
「それを履いて、無様に踊れば良いのよ!!その女の靴を脱がせなさい!!」
「脱がせて貰わなくて、結構です」
冷たい声で、王妃さまが言い放ちました。
鉄靴の所為で熱せられたはずの空間に、ひやりとした冷気が生まれた様です。
どうやって縄を抜け、拘束を逃れたのか、王妃さまがすらりと、立ち上がりました。
無意識に全員、一歩引き下がりました。
立ち上がり、靴を脱ぎ、王妃さまが真っ赤な鉄靴に足を差し入れました。
白く美しい足先が差し込まれた瞬間、真っ赤な鉄靴は褪めた鈍色に色を変えました。
両足を鉄靴に入れた王妃さまが、呆然とする周囲をゆっくりと見回します。
白い御足は白いまま。痛んだ素振りもありません。
「それで?」
聞くだけで凍えそうな声で、王妃さまが白雪に問いました。
「これを履いて踊るのでしたか?残念ながらわたしには大き過ぎる靴の様で、上手く踊れそうもありません。白雪あなた、見本を見せてくれませんか?」
王妃さまが靴を脱ぎ、元の靴を履き終えると、いつの間に動いたのか鉄靴は白雪の前に並び、先の鈍色が嘘の様に燃え上がっていました。
ひっと声を漏らして白雪が、後ろにいた皇后たちが、跳び退って尻餅を吐きました。
「ど、どうし、て」
「理由ならばあなたがさんざん言っていたでしょう」
道端に打ち捨てられた汚物でも見る様な眼差しを、王妃が白雪たちに向けます。
「わたしは、魔女ですよ?」
言って場違いににっこりと、王妃さまは微笑みました。
「ほら、見本を見せて下さい。白雪でなくても構いませんよ?ね、白雪?皇后?第一皇子?第二皇子?」
笑顔のまま順々に見回された四人の敷く床が、生温かい液体で濡れました。
独特の臭気に、王妃さまが少し眉を寄せます。
「ま、魔法使いはどこに行った!?は、早くこの女を、殺させろぉ!!」
無様に上擦った声で、第二皇子が叫びました。
幼い幼児でも褒める様に、王妃さまが第二皇子に慈愛の眼差しを向けます。
「その程度の知恵はありましたか。最初からそうすれば良いものを、本当に、傲慢な方々ですね」
「おやおや、何とまあ大変なご様子で」
王妃さまの溜め息と同時に、年老いた男の呑気な声が響きました。
どこから現れたのか、真っ黒なローブに身を包んだ腰の曲がった老爺が、かつこつと杖を突く音を響かせて王妃さまに歩み寄ります。
「ほおほおほお。あなたが噂の王妃さま。これはこれは美しい」
王妃さまを見上げて、にやにやと笑います。
老爺の魔法か身動きを封じられながらも、王妃さまは堂々と老爺を見返しました。
「ふむ。そこで醜態を晒している方々は、苦しませて醜く死なせる事をお望みだが、それには惜しい美しさだ。せめて苦しまず美しいまま、一太刀で殺してしんぜよう」
「それはどうも」
「ほっほっほ。美人に感謝されるのは、何時であろうと嬉しいものよ」
老爺が突いていた杖を持ち上げ、死を覚悟した王妃さまは、そっと瞳を閉じます。
とうに覚悟は出来ており、鏡のいない現世に未練もありません。
ああ、でもせめて。
迫り来る死の寸前に、王妃さまは思いました。
せめて最後に一言でも、声を聞いて置きたかった。
「銀影…」
呟いた声を掻き消す様に風の刃が空を切り、王妃さまの首を落としました。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
魔法使いが突然登場したりして
ご都合主義気味ですが
ヒロインが焼けた鉄靴履かされて踊り狂うのを回避するために
この様な形となりました
あと一話二話位で完結予定です
最後までお付き合い頂けると嬉しいです




