滅びれば、良い
短めです
話ごとの文章量がまちまちで申し訳ありません
宰相の手腕は素晴らしく、周辺各国に根回しを済ませた上で三日後には帝国に抗議文を送り付けました。
王妃さまに送られて来た書状について知った国王は怒り狂いましたが、王妃さまの執り成しもありどうにか怒りを抑えました。
鬼気迫る表情で抗議文を作成する宰相の姿には、どこか私怨も伺えたそうです。
ひとまず、難は回避できた。
王妃さまも宰相も、そう思っていました。
「…帝国の、皇帝が、亡くなられた?」
侍女から伝えられた一報に王妃さまは目を見張りました。
帝国の皇帝は五年前に王位を継いだばかりの御年四十三歳。隣国であるこの国の国王ともさして歳は変わらず、意気軒昂だったはずです。
「お亡くなりになられた、理由は?」
「急な病気、と言う話ですが」
何か、嫌な予感がする。
胸騒ぎを覚えた王妃さまの予感を肯定するかの如く、王妃さまの部屋の扉が叩かれました。
「王妃殿下」
緊張感をはらんだ声は、副宰相のものでした。
嫁いでから十六年、常に王妃さまの職務を補佐して来た副宰相が、今更ただ王妃さまの部屋を訪れるだけで緊張するはずがありません。
「開けて下さい」
「はい」
直ぐ様侍女に命じ、扉を開けさせます。
部屋に飛び込んだ副宰相の髪は乱れ、額には汗が浮かんでいました。
「突然私室に失礼いたします。帝国の皇帝が崩御され、葬儀は一週間後。帝国からの書状では、是非とも王妃殿下に参列賜りたいと」
「王妃さまっ!」
ふらりと倒れかけた王妃さまを、脇にいた侍女が支えました。
上の空でお礼と謝罪を言いながら、王妃さまの手はぎゅうっと握られていました。
頭の中は、怒りで真っ赤に染まっています。
そんなに、そんなに殺したいか。
他国の皇帝を、あるいは実の父を、あるいは自分の夫を、罪の無い人間を、殺してまで。
それほど、憎いと言うのか。
その行為がどれほどの、悲しみや悲劇を呼ぶのか、わかっていてやっているのか。
「…わかりましたと」
王妃さまは低く平坦な声で呟きました。
真っ赤な瞳で、副宰相をしかと見据えます。
「わかりましたとお伝え下さい。葬儀には、わたしが参列します」
ならば、行ってやる。
そこまでわたしが憎いと思うお前たちが用意した、復讐の場に。
お前たちが行う行為の愚かさ醜さを、この身を対価に、わからせてやる。
宣言した王妃さまの声は、まるで氷の様にその場の空気を凍えさせました。
「考え直して下さい」
「嫌です」
場所は副宰相執務室。顔ぶれは王妃さま、宰相、副宰相の三人。
数日前の再現の様な状況で、行われるのは王妃さまの説得です。
「明らかに罠ですよ?」
「わかっています」
「ならばなぜ」
「罠かも知れないからと結婚式の参加を断ってどうなりましたか?結果がこれです。温和な賢帝と言われた皇帝さまの死亡です」
王妃さまは、強い目で宰相を見据えます。
「また断れば次は、何が起こるかわかりませんよ。次期皇帝は皇子二人のどちらかと言う話ではないですか。第二皇子はわたしを憎悪していると言う話でしたね。同じ様に皇后から教育を受けたであろう第一皇子が、わたしを恨んでいないとでも?次はあちらから、戦争をしかけて来るかも知れません」
「それは、」
口籠もる宰相に、王妃さまは畳み掛けました。
「結婚式は明らかにあちらの非がありましたから避けられました。けれど今回あちらに非はありません。隣接国の皇帝の葬儀に国王王妃揃って欠席しますか?今度周囲から責められるのは我が国ですよ。王さまがこの時期国を離れられない事は周知ですから責められません。そう言った温情を受けているからこそ誠意を示すために、王妃や宰相、王太子と言った王に次ぐ立場の者が名代に立たなければならないのでしょう。王太子はまだ幼く、あなたは王の補佐で忙しい。わたし以外に誰が名代に立てますか?」
私が行く、とは言えない宰相は反論出来ず唇を噛み締めました。
落葉広葉樹林と乾燥地草原が国土の多くを占めるこの国では、乾季と雨季が移り変わるこの時期に、大規模な水害と森林火災が多発するため、政治の要である国王と宰相が国を離れられなくなるのです。
まるで狙った様な時期。
悪意を感じずにはおれません。
「…陛下が許すとは」
「わたしが説得します」
「王妃さまは、戦争を起こす気ですか?」
「あちらがわたしを害する気ならば、いずれにせよ近い状態は免れません。ならば傷が浅い内の方が、良いとは思いませんか?王さまが動けぬこの時期の間に、怒りが納まる事もあるかも知れません」
そんなはずは無いと、王妃さまもわかっているはずです。
王妃さまを害されれば国王は、国の災害すら放り出して復讐に動きかねません。
「何に、そこまで怒っていらっしゃるのです」
「…王族を名乗りながら、国民を顧みない彼らの在り方に。個人の感情が、億万のひとの命の前に何だと言うのでしょう」
王妃さまが恋人を棄てて大国の王に嫁いだ理由を思い出して、宰相は顔をしかめました。
「帝国とこの国の国力は拮抗しています。戦争を行えば泥沼化は免れません。もしも、指揮する人間の才覚が同じならば。亡くなられた皇帝さまが指揮したならば、大苦戦になったでしょう。けれど帝国は自ら知将を廃しました。我が国の国王は賢く武勇に優れた猛将です。たかだか二十歳の若者に遅れを取る様な方ではありません。必ずや帝国を蹂躙し、身の程知らずな皇族たちに己の愚かさを思い知らせて下さるでしょう。滅びれば、良いのです。わたしもろとも、国を貪る醜悪な害虫なんて」
冷静さを装った顔。しかし真っ赤な瞳を彩るのは、確かな怒りでした。
思い上がった皇族を断罪する戦争。
自らの命を、その開戦の狼煙に使おうと言うのか。
宰相は深々と、肺に貯まった息を吐き出しました。
「陛下が、悲しまれますよ?少しもその胸は、痛みませんか?」
「これが王さまのためなのです。わたしを失う事で生じる不利益が、わたしが消える事で生じる利益に勝るとは思えません。わたしは国に巣くう、害悪です。存在するだけでひとを、狂わせてしまう」
「その様な、事は」
微かに、ほんの微かに表情に憂いを滲ませて、王妃さまは微笑みました。
「わたしは王さまの国王としての才覚を、信じています。…わたしさえいなければ、素晴らしい王として、国を導いて下さるでしょう」
説得は、不可能。
宰相は、爪が皮膚を穿つほどに掌を握り締めて、苦渋の決断を下しました。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
お話の中にはありませんが
王妃さまの結婚式参列を阻止した宰相に対して
白雪ちゃんは大激怒でした
が
実は作者も大激怒していました
あんたの所為で一話伸びたよ!!
自分の作品の登場人物に振り回される作者ですが
続きも読んで頂けると嬉しいです




