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単なる気紛れの冗談だから

シリアス時々コメディ




 口を開いて、閉じる。

 また、開いて、閉じる。


「…ぎ…」


 ほんの小さな声で一文字呟いて、王妃さまは口を閉じました。

 この所、ひとりになるたび、この繰り返しです。

 呼んで良いと言われた事に甘え、彼を呼ぼうとして、踏み留まる。

 一度甘えれば際限無く溺れてしまいそうな相手に甘える事に、過度な甘えを許されずに生きて来た王妃さまは、踏み切れません。


 別れたその日の晩にはもう声を聞きたくなっていたのに、結局あれからふた月、銀影ぎんえいを呼んだ事はありません。

 鏡の名前は簡単に出せるのに、銀影の名前となるととんと口に出せなくなるのです。


「大体呼んだら来るなんて、嘘に決まってるのに」


 単なる気紛れの冗談だから、そう言い聞かせて口を開いても、もし本当だったらと思うと、そこで固まってしまうのです。

 彼ならそんな魔法も使えてしまうのではないかと、つい考えてしまうのです。

 鏡にどこか似た彼なら、魔法が使えてもおかしくないと。


 ああでも、声が聞きたい。

 あの、鏡にそっくりな声が。

 一度だけ、一度だけ呼んでみようか。

 それで来なかったら、諦めれば良い。


「…ぎん、」


 紡がれかけた名前は、ノックの音で途切れました。

 一度口を閉じて、ふたたび開きます。


「どうぞ、開いています」


 王妃さまの部屋ですから本来常に侍女が控えていてもおかしくないのですが、鏡と話すために遠ざけた名残でひとりもいません。

 王妃さま自ら、来客を招きます。


「失礼いたします。王妃さま、急ぎの書状が来ておりまして…」

「見せて下さい」


 侍女が盆に載せた書状を差し出しました。

 受け取って内容に目を通した王妃さまが、訝しげに首を捻ります。


「どうかされましたか?何か王妃さまに失礼な内容でも…」


 書状を渡してそのまま控えていた侍女が王妃さまの様子に気付いて、少し心配そうに問い掛けました。

 王妃さま自身は温和で心が広いと言う認識なのですが、喩え王妃さまが怒らなくても王妃さまを溺愛する国王が激昂するかも知れないのですから、気が気ではありません。下手をすれば、戦争沙汰です。


「失礼な内容では…いえ、あるかも知れないですね。どちらかと言えば、わたしよりも王さまに失礼ですけれど」


 口許に指を当てた王妃さまが書状を見たまま答え、溜め息を吐いて続けました。


「わたしだけで判断出来る内容ではありませんね。申し訳無いのですが、こちらを副宰相さまにお見せして、わたしが相談したがっているむねを伝えて貰えますか?くれぐれも、王さまには見せない様に」

「かしこまりました。あの、一体どんな内容が?」


 王妃さまから書状を受け取った侍女は、好奇心に負けてそう問い掛けました。

 王妃さまが、困った顔で口を割ります。


「隣の帝国から、第二皇子さまの結婚式の招待状だそうです。日取りは二週間後、是非わたしに来て欲しいと」


 侍女が驚きの余り手にした盆を落としかけ、王妃さまがさり気無く支えました。

 はっとした侍女が慌てて持ち直し、謝罪します。


「も、申し訳ございません。失礼いたしました。ですがそれは…」

「随分と急ですね。しかも、王さまに失礼です。きちんと夫婦で招待した上で、送っているのならばまだ救い様もありますが」


 王族の結婚式ならば本来年単位で準備を進め、遅くとも半年前には招待客に日取りだけでも伝えて置くべきものです。招待状も二ヶ月前には届けて置くべきですし、余程の理由でも無い限り、夫婦ならば夫婦揃って招待するのが礼儀です。

 王族の結婚式ならば国の一大事ですし、招く相手も大物ばかり。衣装や祝いの品の準備や、道程の警備の確保に予定の調整。直前に言われてはいそうですかと出席出来るものではありません。

 帝国からの招待状は余りにも礼儀に失し、王妃さまを軽んじたものでした。


「招待を受けるにしろ受けないにしろ、何かしら準備は必要ですし、早急に何か手を打たなければならないでしょう。帝国の真意も、調べない訳に行きません」


 眉を下げる王妃さまに事の重大さを理解した侍女は、素早く辞去の礼を取りました。


「直ぐに副宰相閣下へお伝えして参ります」




 数刻と待たず返答があり、副宰相の執務室に向かった王妃さまを迎え入れたのは、


「宰相さま?」


 険しい顔をした宰相でした。


「王妃さま、ご足労頂きありがとうございます」


 手ずから王妃さまに扉を開け、応接椅子に導く宰相。部屋の中にいたのは、宰相と副宰相だけでした。

 宰相が王妃さまの前に座り、副宰相がその後ろに控えます。


 机の上の書類に触れた宰相が、低い声で言いました。


「結論から言いますが、この招待をお受けになる事はお勧め出来ません」


 きっぱりと宣言した宰相に王妃さまは目を瞬きました。

 王妃さまの返答を待たずに宰相が続けます。


「この様な招待状に謝罪も無く、先に非礼な態度を取ったのはあちらですから祝いを述べる必要も無いでしょう。帝国の無礼を周辺諸国に伝えた上で、私から正式な抗議文を送って置きます。王妃さまはこの事をお気になさらず、忘れて下さって結構です」


 取り付く島も無く話を進める宰相に、驚きながらも王妃さまが口をはさみました。


「ですがそれでは、帝国との関係が悪化するのでは?」

「だとしても、非はあちらですから。大人しく従えば余計に帝国を増長させますし、他国から軽んじられる原因にもなります。こんなふざけた書状を送る様な国がまともとは思えませんし、万一王妃さまに何かあれば、関係の悪化どころか戦争になってもおかしくありませんよ」


 表面上穏やかを装った宰相にそろりと視線を向け、王妃さまは問い掛けました。

 長年表情皆無の無機物と友愛を育んで来た王妃さまです。冷静に観察出来る心境にあれば、他人の心の機微を声から感じ取るのは得意です。


「お怒りですか、宰相さま?」

「…ええ、まあ」


 ど直球で問われて気まずげな顔をしつつも、宰相は頷きました。

 柔らかく微笑んで、王妃さまが問います。


「何にそれほどお怒りに?」

「陛下に書状は来ておりません。帝国は、この国を余りに軽んじています」

「それから?」

「陛下の王妃さまへの深い愛は周辺諸国にも周知の事実にも拘わらず、それを知りながら戦争に繋がりかねない愚行に走る帝国は余りに浅慮です」


 硬い声で応答する宰相に、王妃さまはあくまで穏やかに優しく話し掛けます。


「あら、たまたま連絡が遅れてしまっただけで、本当はわたしに対する無礼を行うつもりなんて無かったのかも知れませんよ?王さまに書状を送らなかったのも、お忙しい王さまを煩わせたくなかっただけなのかも」

「王妃さまはお心が広過ぎます。帝国は、あなたを恨んでいるんですよ!?っあ!」


 うっかり失言を漏らした宰相は、はっとして口を押さえましたが、出した言葉は戻りません。

 微笑みを苦笑に転じて、王妃さまが頷きました。


「つまりこれは帝国の悪意だと、宰相さまはお考えなのですね。根拠をお聞かせ頂けますか?」

「…乗せられましたね宰相閣下」

「黙りなさい」


 後ろでぼそっと呟いた副宰相へ、思わず宰相が投げた言葉に反応を示したのは、副宰相ではなく王妃さまで、


「まあ、酷いですね宰相さま。わたしは黙ってあなたの傀儡をしていれば良いとお考えなのですね」


 どこからか取り出したハンカチで目許を拭う振りをする王妃さま。

 大女優ばりの名演に宰相さまが慌てます。


「いえ、王妃さまに言った訳では!王妃さまを傀儡にしようなどと思った事などございません!!」


 言質を取った。

 王妃さまはにっこりと微笑んで宰相に向き直りました。


「では、宰相さまがお持ちの情報を全て開示して頂けますね?」

「え?」

「洗いざらい、話して頂けますね?」

「いや、あの、」


 突然雰囲気の変わった王妃さまに戸惑う宰相を、いと爽やかな笑顔で王妃さまが見返します。


「話して頂けますよね?」

「…はい」


 笑顔のはずなのにとても恐ろしい空気を纏う王妃さまに逆らえず、宰相は大人しく洗いざらい話しました。

 後ろで副宰相が、だから言ったのにと小さな声で漏らしたのには知らん振りです。

 今更ながら、王妃さまの母君の通り名が氷の女王だった事を思い出します。小国の王妃ながら凄まじい外交手腕の持ち主でした。


 時折予想外の事実に驚きながら聞いていた王妃さまは、宰相の話を聞き終えると難しい顔で呟きました。


「そうですか。白雪が帝国に…。ではもしかすると、第二皇子さまのお相手は白雪かも知れませんね」

「え?」

「幾ら王さまでも皇子妃には手を出せないでしょう。白雪を守るならば有り得る手ですし、王さまに招待状が無い事も、急な結婚も納得出来ます。第二皇子さまには婚約者もいらっしゃらなかったはずですし、年齢としても血筋としても相手には見合います」

「た、確かに…」


 王妃さまの意見に宰相が頷き、しかしそれならばますます王妃さまはやれないと、表情を厳しくします。


「もしそうなら、帝国の皇家は完全に王妃さまの敵です。大事な王妃さまを、その様な場所には行かせられません」

「そうですね。迂闊な事をすれば戦争の火種にも…。わたしが死ねば気が済むと言うのでしたら、わたしはそれでも構わないのですが…」

「あなたが死んで怒り狂う陛下を誰が止めると?」


 王妃さまは、溜め息を吐きます。

 耳元で、囁く声があるのです。


 行って殺されれば良い。

 帝国とこの国は戦争になる。

 戦力の拮抗する二国が戦争になれば泥沼化し、両国とも王族は苦しむだろう。

 お前を不幸にした国王や白雪に復讐する、良い機会じゃないか。


「…そうなって本当に苦しむのは罪も無い民でしょう」

「王妃さま?今何と…」


 唸る様に呟いた王妃さまの言葉を、内容こそ聞き取れなかったものの聞き咎めた宰相が首を傾げ、王妃さまが力無く首を振りました。


「帝国との関係悪化は免れませんが、行かない方が良さそうですね。お手数お掛けして申し訳ありませんが、その方向で手配を頼めますか?王さまにも、出来る限り穏便に伝わる様…」

「はい。ご英断、感謝致します」


 ほっとした様子で頷いた宰相を見て、ふと思い出した様に王妃さまが言いました。


「それにしても、宰相さまが銀…いえ、あの殺し屋と繋がりがあり、白雪が生きていたと知っていた、なんて知りませんでした」

「それは…古い、知り合いなんです。決して、陛下に叛意を持っている訳ではございません」

「え?ああ、そう言う可能性も有り得ますね。彼は悪人らしくないので、想像もしませんでしたが」


 宰相の行為は国王を偽り、命令に背いているのだと気付いた王妃さまが困り顔で言い、王妃さまの言葉に宰相が幽霊でも見た様な顔をしました。


「悪人らしくない?あれが?」

「ええ。とても優しい方でしょう?」

「や、優しい!?」


 愕然とする宰相を、王妃さまがきょとんと首を傾げて見つめます。


「確かに口は良いとは言えませんし、態度も粗野ですが、それだけでしょう?わたしにもとても良くして下さいますよ?」


 それはあなた相手だからです!!と、喉まで出かかった声を、宰相は必死に押し込めました。元々気に入った相手とそれ以外とで全く扱いが変わる人間なのですが、それにしたって王妃さまは取り分け特別待遇なのです。

 やはり、予測は正しいのかも知れない。

 王妃さまの圧力に負けず幾つかの事柄を言わずに済ませた自分に、内心こっそり喝采を浴びせつつ、宰相は心に誓いました。

 陛下のためにも、これ以上王妃さまの持つ奴への好感度を上げない、と。


「ですがあれは殺し屋ですから」

「人殺しと言うならわたしもですよ?」


 宰相の言葉に王妃さまが俯いて言います。


「確かに恨まれる人間なのです。わたしの所為で今まで何人が死に、これから何人が死ぬか」


 そう言えば公爵が狂ったと聞いた王妃さまは、動揺する様子が無かったと、宰相は王妃さまを見遣りました。

 四人も子を産み、三十路を迎えてもなお、若く美しく見える王妃さま。美し過ぎるほどに美しい、美貌の姫君だったひと。

 彼女の歩んだ人生の道々には、時折死骸が転がっています。

 時には、美しい彼女への恋に破れた絶望で、時には、美しい彼女に恋人の心を奪われて、時には、美しい彼女を奪い合って。

 様々な理由で、王妃さまに関わるひとが死にました。

 大国の王と言う逆らい様も無い相手に嫁いだ事で、今までは落ち着いていましたが、こうしてまた、彼女の周りに死者が出ようとしています。

 彼女はそれを良く知り、自分の責として背負っているのかも知れません。


 けれど、それは、


「王妃さまはただ、美しかっただけです。あなたには悪意も罪もありませんでした。美しい事は、罪ではありませんよ」


 宰相の否定に、王妃さまはひっそりと悲しげに微笑みました。






拙いお話をお読み頂きありがとうございます


ぐだぐだしてしまっているのは作者の力不足です

シリアスになりきれないシリアスで申し訳無いです

いつの間にか王妃さまが腹黒キャラに!?


綺麗に終われる様無い力を振り絞りますので

続きも読んで頂けると嬉しいです

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