愛してるよ。この世界の誰より
一方その頃王妃さまと国王は
「あんた、名前はなんて言うんだ?」
久し振りに顔を合わせた殺し屋に問われて、王妃さまは首を傾げました。
「名前ですか?」
「そう。名前。あるだろ?」
「確かにありますが…突然どうしたのですか?」
年に二度ほど顔を合わせる相手ですが、名前を名乗り合った事はありません。
殺し屋は肩を竦めて悪びれもせず言いました。
「気になっただけだけど?」
「相手に名を訊くならまず自分が名乗るべきかと」
「オレの名前が知りたいの?」
片眉を上げて、殺し屋は笑いました。
殺し屋の声は鏡に良く似ていて、王妃さまは時々聞いているのが辛くなります。
「娘がお世話になっている方ですから」
「まだあのガキの事、娘って言えるんだ?相変わらず、凄ぇ忍耐だな。オレの名前は、あんまりひとに教えねぇんだ」
「…それもそうですね。失礼しました。無理に訊こうとは思いませんのでお気になさらず」
殺し屋をしていれば、名乗れない事情もあるだろうと頷いた王妃さまを、殺し屋はちょいちょいと指で招きました。
「耳貸して」
素直に耳を寄せた王妃さまに吹き出しそうな顔をしてから、殺し屋は小さな声で囁きました。
「オレの名前はね、銀影っつうの。ほら、髪の毛の色が白銀だろ?」
「…教えてしまって、良いのですか?」
「だから、こっそり教えただろ?つうか、殺し屋にあっさり近付いちまう王妃サマに、オレはビックリだ。オレがあんたを殺す気だったらどうするんだい?」
銀影が名前を教えた事で目を丸めて驚いていた王妃さまの顔に、皮肉めいた笑みが浮かびました。
「殺す気か否か位わかりますし、殺されて困るとも思っていませんから」
「死にたいの?」
「死んで逢えるのなら喜んで」
王妃さまは胸元に手を当てて目を伏せました。
長い睫が、白い頬に影を作りました。
ふぅんと頷いた銀影が、気にした様子も無く訊ねます。
「で?あんたの名前は?」
「青薔薇です」
「青薔薇?」
片目を眇めた銀影の呟いた声が余りにも鏡そっくりで、王妃さまはびくりと震えました。
まるで鏡が、自分を呼んでくれた様。
浮かびかけた涙を、目を瞑ってやり過ごします。
「どうして、青薔薇?」
目を閉じてしまえば、銀影の声は鏡にしか聞こえません。
ぎゅっと目を瞑り、掌を握り締めて、王妃さまは揺れる感情を押さえ込みました。
「…元は、瞳が青かったので」
そっと瞼を開き、真っ赤な瞳で銀影を見つめて、王妃さまは答えました。
青い瞳がなぜ赤くなったのかと、問われるだろうかと思いながら。
王妃さまの予想に反して、けけっと笑った銀影は別の言葉を言いました。
「単純だ」
「あなたに言われたくありません」
王妃さまが手を伸ばし、鏡面の様な白銀の髪を撫でました。
銀影の髪は鏡面と違って柔らかく体温もあり、王妃さまの心を映す事もありません。
「…良い大人の頭を無断で撫でるのは感心出来ねぇよ、青薔薇」
無防備な王妃さまに銀影が呆れた溜め息を吐きます。
けれど不満げな言葉を漏らす銀影が、王妃さまの手を退ける事はありませんでした。
「古い知り合いに似ているのです、あなたが。この国ではわたしの名を呼ぶ方もいませんし」
避けないならと撫で続けながら、王妃さまが答えます。
王妃さまにとって鏡は、祖国の家族以上に気安く近い相手でした。
鏡そっくりの声で話す銀影に、警戒心を持つ事は出来ません。
四六時中気を張って、偽りの自分を演じ続ける今は余計に。
喪った悲しみを突き付けられて辛い声でも、銀影の声を聞く事は今の王妃さまにとって、数少ない癒しでした。
「古い知り合い、ねぇ。言っとくが、あんたより年上だからな、オレ」
「あら、お幾つですか?」
「さぁ。正確には知らねぇよ。三十越えてんのは確かだけどな」
鼻を鳴らした銀影の顔をまじまじと見つめて、王妃さまが口を開きました。
「それは、随分…」
「童顔っつったら犯す」
ドスの利いた声を出した銀影を見返す王妃さまは、いと爽やかな笑みを浮かべて言いました。
「随分幼く見えるのですね」
よしよしと、白銀の髪を撫でます。
ぶちっと、銀影の何かが切れました。
「そうかそうかそんなに犯されてぇか。あんたにだけは言われたかねぇよこの合法ロリヰタがぁっ!!」
凄まじい剣幕で怒鳴る銀影に動じた様子も無く、王妃さまはきょとんと目を瞬きました。
「合法、ろりいた…?」
余りにも動じていない王妃さまに、銀影は脱力しながら言いました。
「三十過ぎてその顔とか異常だろ、十四のあのガキの方がよっぽど年寄り臭ぇ顔してんぞ?何者だよ、あんた」
「敢えて言うなら、化け物ですね」
王妃さまがきっぱりと答えた言葉に銀影は、はっとして、直後眉を寄せました。
「…あんた、時間は平気なのか?あんまり留守にしてると煩いんだろ、国王」
あからさまに話題を変えた銀影へ苦笑を見せ、王妃さまは包みを取り出しました。
大きさに反してずしりと思いそれを、銀影の手に載せます。
半年に一度会う目的、白雪の面倒を見る対価です。
「そうですね。そろそろ戻らないと駄目でしょう」
受け取った包みを開いた銀影が目を見開き、中身を掴んで取り出します。
片手で漸く掴める程のそれは、
「金の…林檎?」
「ええ。昔さる方から頂いた、林檎型の小物入れです。小物入れですから中は空洞ですが、純金製なのでそれだけでもそこそこの値は付くと思います。勿論中身も、入れてありますが」
「…大事なものなんじゃねぇのか?」
金の林檎は傷一つ無く、美しい輝きを放っています。
顔をしかめた銀影に答える王妃さまは、歪んだ笑みを浮かべていました。
「幾ら金銀財宝があったとしても、本当に欲しい唯一はもう二度と、手に入れられないのですから何の意味も無いでしょう。甘やかに思い出せない思い出の品なんて、手元に残しても仕方ありません」
どうせ人形として生きるなら、心なんて無い方が良かった。
鏡を喪ってから六年間、何度そう思っただろう。
心なんて無ければ、憎しみに囚われそうになる自分に怯える必要も無かった。
「…あのさ」
銀影が首を傾げ、暗い輝きを放つ王妃さまの瞳を覗き込みました。
「オレ、あんたの事結構気に入ってるんだ」
「…えっと、ありがとうございます?」
突然の告白の意味がわからず、王妃さまは少し間の抜けた返答をしました。
瞳から暗さが消えた事を確認してふっと微笑むと、先の仕返しの様に銀影が王妃さまの頭を撫でます。
「おう。だからさ、あんたが望むなら力は貸してやるよ。困ったら、いや、困ってなくても良いから、幾らでも呼べ。名前を言ってくれりゃあ気付く。あんたと会うのは嫌いじゃない…いや、好きなんだ。大した用が無くても、話し相手に呼べよ、嬉しいから。何時でも必ずっつうのはさすがに無理だが、出来る限り駆けつける、な?」
どうして、このひとは。
銀影の仲間が見れば目を疑うであろう優しい笑顔と言葉を向けられた王妃さまは、揺れる心を押さえ付けます。
鏡に似ている男に、何もかも頼ってしまいそうな自分の心を。
ああでも、ひとつだけ。
ひとつだけ、だから。
「…姫さま、愛してるよって、言って貰えませんか?」
「…は?」
ぽかーんとした銀影に言った言葉を見返し、王妃さまはかあっと頬を染めました。
その愛らしい姿で、銀影もつられて赤くなります。
「あ、う、やっぱり、いいです。嘘です。聞かなかった事に、して下さいっ」
わたわたと手を振る王妃さまに何を思ったか、銀影が振り回される腕を掴みました。
ぐいっと掴んだ腕を引き、王妃さまの耳元に唇を寄せます。
「え?ぎんえ、」
「姫さま、オレの青薔薇。愛してるよ。この世界の誰より、あんたを」
静かに囁いた声は、本当に鏡そっくりで。
目を見開いた王妃さまから素早く離れ、銀影は手を振りました。
「じゃあな、青薔薇。また、近い内に」
ぱっと踵を反して、王妃さまの返事も待たずに走り去ります。耳まで赤くなった顔が、バレない内にと。
普段ならば気付かれない程度離れてから王妃さまが無事帰れるか確認するのですが、そんな余裕もありません。
突然なんつう爆弾発言かますんだあのひとは。
古い知り合いって、確実に好きな相手じゃねぇかしかも現在進行形で。
あんた、夫婦仲睦まじいって評判の国王夫妻の、片割れじゃねぇのかよ。
いや、それが嘘なのは知ってるし、国王の重たい片思いなのはわかってるけどな。
つうか、オレも、何、幾らでも呼べとかバカな事言ってんだよ。
銀影はらしくなく動揺していた所為で気付きませんでした。
残された王妃さまが膝から崩折れうずくまり、両手で顔を覆って目が溶ける程に泣いた事に。
「鏡……鏡…っ」
気が、緩んでいた。
気を張り続けて限界だった。
だからと言って、こんな所で泣いて誰かに見られでもすれば、拙いのに。
でも、無理。
無理だ。
ずっと求めていた、欲しかった言葉を、愛しい声で与えられて、愛しい恋しいと全力で叫ぶ胸を、抑えるなんて出来ない。
あのひととの別れは、覚悟の上だった。
自分で決断して、納得の上ですっぱり別れた。
けれど、鏡との別れは突然過ぎた。
愛しいと、誰よりも強く愛していると、気付いた直後容赦無く、永遠に引き離されてしまったのだから。
きちんとお別れを済ませられなかった心は今もなお、愛しい相手を求めて絶叫している。
うずくまり、膝を抱えた王妃さまは、心配した国王に命じられて騎士が連れ戻しに来るまで、泣き続けていた。
王妃さまが見つかったと聞き安堵した国王は続く報告で、見つかった王妃さまが泣いていたと聞いて顔を強ばらせた。
訊けば王妃さまは、幾ら問われても泣いていた理由を答えないと言う。
「まだ、駄目なのか」
自分では王妃の支えにならないのかと、国王は頭を抱えます。
あれから、六年。
王妃さまは約束通り国王の子供を、それも一人ではなく三人も産んだ。
国王の傍らで微笑み、子供たちに厳しくも優しく接し、仲睦まじい理想的な家族と、国民たちから言われている。
一部の、真実を知る者以外は、お城の人間も、王妃さまの実の子供たちですらそう信じている。
けれど、実際は。
王妃はいまだ喪った鏡を愛し、国王と白雪を恨み続けている。
表面上で夫と子供を愛す振りをして、全てを覆い隠しているだけだ。
空虚な繰り人形の様に、愛を伝えても伝えられても、それは表面を踊るだけ。
周囲の様に偽りを信じてその幸せに溺れられたなら、幸せだったでしょう。
けれどだった一時その幻想に浸かれても、真っ赤に燃える深紅の瞳が、国王に現実を突き付けるのです。
殺し屋の手になど任せず、自分が白雪をくびり殺してやれば良かったと、国王は白雪へ恨みを向けます。
白雪が鏡を割ったりしなければ、ここまで取り返しの着かない状況にはならなかっただろうと。
「…陛下」
報告を伝えた近衛騎士団長、数少ない真実を知る者が、苦悩する国王に声を掛けます。
「王妃さまが見つかった場所は城内でも人気が少なく、周囲から死角になった場所。誰がしかと隠れて会っていた可能性も、否定出来ません」
「城内の者と会うなら、自室で十分だろう」
「城外の、者となら?」
近衛騎士団長の言葉に、国王は訝しげな顔になります。
「城外?誰とも知れぬ輩に、城への立ち入りを許したと言うのか?第一王妃は他国の人間、この国に知り合いなどそうそういないだろう」
「森の殺し屋たちならば、城への侵入など容易いでしょう。この国にいるのがこの国の者だけとも、限りません」
「殺し屋?そんなものに王妃が、何の用だと…」
言いかけた国王がふと考え込みます。
王妃さまが殺し屋と関わったのは、白雪殺害時の一度きり。
もしもその時から王妃さまが、殺し屋とずっと接触し続けていたとすれば、その理由は?
「私を、殺すため?いや、それなら王妃自身の手で殺した方が、確実で簡単なはずだ。だが、王妃は白雪を殺すために、殺し屋を手配して欲しいと言った。王妃にひとを殺す能力が無い?それならば、国を滅ぼすなんて言えないだろう。では、なぜ?わざわざ殺し屋を呼んで、殺害させようとした理由。…まさか」
国王はとうとう、王妃さまが隠し続けた真実に、辿り着きます。
「白雪は、殺されていない?」
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
少しはジャンル詐欺臭が消えたでしょうか
文中で合法ロリータ呼ばわりされた王妃さまですが
決して幼女の様な外見ではありませんので悪しからず
童顔とかではなく普通に年齢より若く見えるだけです
誤解を生んでいたらごめんなさい
王妃さまが合法ロリータでなくても続きを読んで頂けると嬉しいです




