あの女さえ、いなければ
六年後
七人の彼らが出てきます
あかぎれ、ひび割れて固くなった手を見下ろして、白雪は溜め息を吐きました。
お城で綺麗な服を着て、みんなにかしずかれていたのは、遠い昔。
今の白雪は森のみすぼらしい小屋で殺し屋たちの世話をする、下女です。
王妃さまに命じられて白雪を連れ去った殺し屋は、白雪を自分の小屋に連れて来て、働く様命じたのでした。
「国王が雇った殺し屋に、命じたのが王妃。自分の両親に死を望まれるなんざ、哀れなガキだな」
小屋に入れるなり殺し屋は、攫った白雪を見下した目で見ました。
誰かが助けに来てくれると思っていた白雪は、その言葉に唖然とします。
「城に戻ればまた殺し屋に狙われる。街に出れば城に連れ戻される。さてあんた、どうするんだい?」
「助けて」
即座に白雪が言った要求を、殺し屋は、はんっと鼻で笑って一蹴しました。
「助けて欲しけりゃ頭を下げな。お願いするなら相応の態度があるだろうよ。こっちはあんたを生かす義理なんざ無いんだ。気に入らなきゃ直ぐにでも、野獣だらけの森に放り出してやる」
相応の態度と言われても、やり方がわかりません。今までは希望を言うだけで、みんな従ってくれたのですから。
唯一王妃さまだけは、白雪に礼儀を教え込んでいたのですが、聞く耳を持たなかった白雪に、王妃さまの教えは思い出せません。
「ん?何だ。そんなに森に放り出して欲しいのか」
黙り込む白雪に、殺し屋は蔑んだ目を向けました。
「嫌っ、助けて」
「なら、ちゃんと頼めよ。跪いて頭下げて、助けて下さいお願いします。それ位できるだろ」
そんなこと、したくない。
けれど、しなければ見捨てられる。
「助けて、下さい。お願い、します…」
「ちゃんと頭下げろ」
殺し屋の手が、ぐいと白雪の頭を押さえ付けました。
屈辱に唇を噛み締める白雪に、殺し屋は無慈悲に催促します。
「ほら、もう一回」
「助けて下さい。お願いします」
「なら、働け」
言って白雪から手を離した殺し屋は、誰かを探す様に小屋を見回しました。
「おい、じーさん。来い」
「なんじゃい」
殺し屋の声に答えたのは、ちわくちゃの老人でした。
枯れ木の様な身体で、殺し屋の足元にいる白雪を眺めます。
「隠し子か?」
「んな訳あるか。オウジョサマだよ。消される事になったらしくてな。今日からここの下女だ」
「ほぉ…珍しいのぉ。惚れたか?」
かかと笑う老人に、殺し屋は思い切り顔をしかめました。
「誰がこんなガキに惚れるか。…頼まれたんだよ。あんた手伝い欲しがってただろ?面倒見ろよな。殺しても良いから」
「まぁ、かまわんがのぅ。王女さまが下女の仕事なんて、出来るのか?」
「無理だろうな。コイツ、ものの頼み方すら知らねぇ木偶の坊だ。だからわざわざ面倒見てくれなんて頼まれたんだろうよ。教え込んで、役に立たねぇ様なら捨てる」
殺し屋が白雪に目を向けます。
自分を睨む白雪を、殺し屋は氷の様な目で見下ろしていました。
「あんたの面倒はこのじーさんが見る。言う通りに働け。役に立たねぇと判断したら即刻放り出すから、心して掛かれよ。んじゃ、じーさん、オレは仕事だから」
「うん?他に仕事があったかのぅ?」
「結果報告だよ。豚の臓物手土産に、赤目の美女とデートだ」
言い残すと舌舐めずりをして、殺し屋は出て行きました。
以来ずっと、白雪は小屋の下女です。
小屋にいるのは年は様々ながら男ばかり七人で、全員人殺しの犯罪者でした。
白雪を浚ったのがボス。老人は隠居した殺し屋で、今は小屋の家事雑用を一手に引き受けていました。
誰も彼も本名で呼び合ったりせず、白雪も黒髪と呼ばれています。
無論綺麗なドレスなんて着られるはずも無く、白雪が着ているのは男物のぼろです。
男たちは仕事のため自由に出入りしていますが、捕まる事を恐れる白雪が小屋を離れる事はありません。
森の外の事は全く伝わらず、時折ボスが気紛れに離して聞かせてくれる事しか、白雪は知れませんでした。
老人は優しいけれども、ボスは厳しく冷酷で、白雪は何度も怒鳴られ暴力を振るわれました。
しかし白雪には他に行く所も頼る当ても無く、どんなに理不尽な目に遭っても、耐え続けるしかありませんでした。
ボスの話には良く王妃さまが登場し、国王と仲睦まじく暮らす様子に、白雪は憎悪を募らせました。
辛く苦しい生活の中で、いつしか王妃さまへの強い憎悪が、白雪の生きる糧となっていました。
時折耳に、醜い子と呪う鏡の言葉が蘇り、最初は恐れを感じていましたが、今となってはそれもまた、白雪の王妃さまへの憎悪を募らせるのでした。
変わり映えの無い小屋での生活を続ける内に六年の月日が経ち、連れ去られた頃は幼かった白雪も、気付けば十四になっていました。
労働を知らず柔らかく華奢だった手足は見る影も無く肌も髪も荒れ、節くれ立った指を日硬い皮膚が覆い、腕も足も硬い筋肉が付いています。
それでも目を奪う美しさが失われていないのは、流石と言う他無いでしょう。
雑巾掛けしながら溜め息を吐いた白雪を見て、思い出した様にボスが言いました。
「そう言や、この前王女さまのお披露目があったぞ」
「王女さま?」
「ほら、去年生まれたって言うあんたの妹。病弱だって噂だったが持ち直したらしくて、一歳のお誕生日を祝してパレードがやられたんだよ」
「へぇ」
興味も感動も無く、白雪は頷きました。王女さまが病弱だろうが健康だろうが、今の白雪には関係ありません。
「何だよ、ノリ悪ぃな。パレードには王妃も出てて、と言うか、王女さまを抱いてるのが王妃でさ、王子二人も横にいたんだけど、いつ見ても思うけどあのひと美人だな。三人、いや、あんたもだから四人か。四人の子持ちには見えねぇよ。今のあんたと見比べたら、あんたの方が年上に見えるんじゃねぇかな」
けけけと笑うボスに、白雪は眉を寄せました。
十四の白雪が三十の王妃さまより老けて見えると言うのは、随分な言い草です。
「…魔法でも使ってるんじゃないの。あの女、化け物だもの」
吐き捨てる様に、白雪は言いました。
心の内では憎悪の炎が、勢い良く燃えていました。
ボスが肩を竦めます。
「化け物っつうなら貴族女みんな化け物だけどな。平民と貴族じゃ明らかに外見年齢の取り方が違う。寿命も貴族の方が長ぇし。まあ、中でも王妃はハンパ無ぇか。化け物っつうより、妖精?何なのかね、あのひとは」
白雪に目を落としてボスは片頬を歪めました。
皮肉げな笑みを浮かべるボスの視線は白雪でなく、ここにいない王妃さまを映している様でした。
「何つうか、鋼鉄だよな、忍耐。あんな、ガラス細工みたいな顔してさ」
そのまま立ち上がったボスは出て行き、白雪はひとり取り残されました。
「鋼鉄って何よ?あんなのただの性悪女じゃない。あの女さえ、いなければ…」
残された白雪は顔を歪めて呟きます。
白雪をあっさり殺そうとした国王を王妃さまが騙して白雪を生かした事も、王女さまがボスに白雪の世話を頼んだ事も、今なお王女さまが時たまボスに会って金品を与えている事も、白雪は知りません。
ボスが秘密裏に調べて、白雪が追い出された経緯を白雪以上に熟知している事も知らなければ、王妃さまが血反吐を吐く思いで国王や白雪への憎悪を抑え込んでいる事も、仲が良さげに見える国王夫婦の様子が、偏に王妃さまの演技で保たれていると言う事も知りません。
お城でまともな教育を受けずに育ち、孤立した小屋で生活している白雪は、年を経ても視野が狭く他者を顧みられないままなのです。
「わたしに力があれば、あんな女、直ぐにでも殺してやるのに」
呟いた白雪の願いを叶えるひとは、直ぐそこに迫っていました。
こんこん。
扉を叩く音に、白雪は顔を上げました。
「どなたでしょう」
扉を開けずに白雪は問い掛けました。
ここは殺し屋の小屋。めったな事ではひとは訪れません。
「…依頼を、しに来たのですが」
良く通る男の声が答えます。どうやら道に迷った旅人では無いようです。
今小屋には白雪だけで、白雪は勝手にひとを招き入れる事を許されていません。
「今はひとがいないので、どうしても依頼をしたいなら時間を変えてまた来て下さい」
「中で待っては駄目ですか」
駄目に決まっています。勝手にひとを入れたと知られたら、白雪がボスに殴られるのですから。
「わたしはひとを招き入れる事を、許されていないので」
「では、扉の前で待っても?」
「扉の前でしたら」
多分許されるだろうと、白雪は頷きました。
その後は何も言われなかったので白雪は仕事を続け、お客の事なんてすっかり忘れて水汲みに外へ出ようとし、
ごん。
「あ」
扉を、入り口の前に座っていた男にぶつけました。
頭を押さえて振り向いた男と目が合います。
「…済みません」
「いえ」
こんな場所には似付かわしくない、随分と身形の良い男でした。白雪を見つめて、驚いた顔で呟きます。
「青薔薇姫…?」
男が呟いた名は、白雪には聞き覚えが無いものでした。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
七人のこびとが殺し屋なのは
どこかで聞いた俗説と
幼女をいじめる白雪姫のドワーフはちょっと…と言う気持ちから
ジャンル詐欺臭が半端無いですが
続きも読んで頂けると嬉しいです




