日常
キーンコーンカーンコーンという聞き慣れたウェストミンスターのチャイムがホームルームの終わりを告げる。
それを聞いた教師が日直に合図をして号令がかけられ一日の学校生活が終わる。
クラスメイトは友達同士で会話を始めるなりさっさと帰るなり、はたまた部活に行ったりするなどそれぞれに散っていく。
私はというとうっかり寝てしまっていたようで日直の号令でみんなが立ち上がる音で慌てて起き、帰りの支度をしているところだ。
何か夢を見ていたような気もするけれどよく憶えていない。
「小鳥、帰ろ~」
そこに軽快な声が掛かる。声を掛けてきたのはショートカットで見た目どおりに活発な印象を受ける佳奈。
そして佳奈の後ろにはおっとりとした印象受けるものの、ともすれば子供体型といわれてしまう小柄な佳奈とは対称的に女子としてはやや高めの身長にうらやむほどの整ったボディラインを持つ沙耶もいる。
つい自分と比べて落ち込みそうになるが私だってスタイルが悪いわけじゃない、普通だ。それに……。
「むむ、何か失礼な視線を感じる気がする」
「気のせいよ、それじゃ帰りましょ」
二人とも幼稚園からの幼馴染で、中学高校と経るにつれて個人個人の時間が増えてきてはいるものの毎日一緒に登下校する親友だ。
二人に応えて席を立ち、他愛のない雑談に花を咲かせながら教室を出る。
「しばれるなー」
校外に出ると校内の気温差と吹く風に肌寒さを感じた佳奈が、何故か出身地でもないのに北海道の方言で寒いと言いコートを深く着込み直す。
「まだ11月になったばかりなのになに言ってるの、これからもっと寒くなるんだよ」
「寒いの苦手だって知ってるでしょー」
「もうバス来たから我慢しなさい」
正門を出たところにあるバス停にやってきたバスに乗って駅を目指す。
「テストどうだった?」
バスの中の暖房と混雑している人の熱で寒さもマシになったのか、佳奈が先週にあった中間テストの結果を投げ遣りな調子で訊いてくる。
幼稚園からの幼馴染なので訊かなくてもおおよそどれくらいかはわかっているが、そこは様式や形式のようなものだ。
佳奈はその投げ遣りな調子からもわかるように赤点こそ取らないもののギリギリの低空飛行で、むしろそのスレスレでの回避を褒めたくなるほどだ。
「まあまあだったかな」
「私も」
私が答え沙耶も同意するが、私のまあまあと沙耶のまあまあでは意味が違ってくる。
本人にそんなつもりはないのだろうけどテストの当日に勉強してきたと聞くと勉強していてもしていないと答えるようなもので、クラスで上位の私のまあまあと学年で上位の沙耶のまあまあでは同じ言葉でもその意味合いは異なってくる。
ただし今回は別だ。今回は今までと違って秘密の勉強法を試し、それが功を奏していつもより平均点がグッと上がったのだ。
沙耶には追いついていないと思うがだいぶ近づいてはいるはずだ、少なくともまあまあの意味が大体同じになるくらいには。
「くぅーこの優等生共め、涼しげな顔して~。こうなったら帰りにカラオケ寄って行こうよ。ストレスをパーッと発散!」
「あーごめん、今日はこのあと用事があって……」
「また~」
佳奈がやや非難を含んだ声音で言ってくるが不快なものは感じない。こう言っては失礼かもしれないがむしろ小さい子がわがままを言ってはしゃいでいるような微笑ましさを感じる。
「ホントごめん」
「沙耶さんや、これはやっぱりアレでしょう」
「佳奈さんや、私もそう思います」
佳奈と沙耶が何故か小芝居じみた口調で言葉を交わす。
またその話か。この数ヶ月、私がアルバイトを始めたことでこういった誘いを断ることが多くなったのを彼氏ができたせいだと思っているようなのだ。
アルバイトに関することは守秘義務で一切話してはならないことになっていて、うまく嘘をつくこともできないので彼氏などいないと言ってもなかなか信じてもらえない。
「友情よりも愛情を取るんですよ、所詮女の友情なんてそんなものなんですよ」
「ううん、そんなことないわ。私はいつでも佳奈の味方よ」
沙耶はややおっとりとしていてちょっと天然が入っているものの器量よし、頭脳よし、そしてそれを気取らない性格よしと男子に人気があり何度か告白もされている。
けれど理由はわからないけど一度も受けたことはなく全て断っている。
「沙耶、心の友よー」
佳奈が某国民的人気アニメに出てくるキャラクターのようなことを言って沙耶に抱きつき、そのまま胸に顔をうずめて揉みしだく。
沙耶からは見えていないだろうけど、口元がだらしなく効果音をつけるとするのならグヘヘとでもなりそうなしまりのない顔になってしまっている。
佳奈は少しオヤジが入っているのでこうやってよく沙耶にセクハラまがいのことをしている。
私はひそかにその所為で沙耶の胸が大きくなってしまったのではないかと思っている。
「そういう小芝居はいいから」
「もうノリが悪いなー」
お互いに遊びだとわかっているので怒るようなことはないが、ネタにされているのが自分なので乗ることもできない。
「でもさ私見ちゃったんだよ、この前男の人とデートしてるの」
「してないって!」
デートした記憶などない完全な言い掛かりだ。
「はいダウト、先週の土曜日確かに見ました」
「先週の土曜?」
先週の土曜日はアルバイトで事務所に行って、流れで一緒にご飯を食べに行くことになったけどデートではない。
しかし第三者から見れば若い男女が二人一緒にいるのを見ればほとんどの人がカップルだと思うだろう、私だってそう思う。
だからといって特別何かがあったというわけでもないし断じてデートなどではない。
「違うって、あれは彼氏なんかじゃないって」
確かにサキチは顔は整っていて美形の部類に入るだろうし進学校に通っていることから頭も良い、自分の貰っている給料から推測すればお金だってそれなりに持っているはずで恋人として見るならばなかなかの好条件だろう。
「またまたそんなこと言っちゃって、別に隠さなくてもいいんだよ」
「本当に違うから、これ以上言ったら怒るよ」
「はーい」
とそこで降りるところになる。二人は駅まで行くのでこのまま乗っているが、アルバイト先はひとつ前のバス停で降りたほうが近いのだ。
「じゃあね」
「うん、ばいばーい」
お金を払ってバスを降り、二人を見送る為に振り返ったところでメールの着信が来た。
見てみると送信元は佳奈だった。目の前にいるのに何をと思いつつも開いて見る。
『今度紹介してね♪』
「だから違うって!」
去っていくバスに向かって言い返すも届くわけもない。
それよりも急に大声を出した所為で周囲からいぶかしげな視線を向けられる。
注目を浴びてしまったことを自覚し顔が火照るのを感じる。鏡を見ればはっきりとわかるほどに赤くなっていることだろう。
いたたまれなくなってアルバイト先である事務所に向かってそそくさと立ち去った。