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第一章 『序曲:放課後のアインザッツ』 第8幕

 男は、半ば発狂したように、オレの頭を指揮棒でグリグリとかき回しながら(痛くはないが、とにかくうるさいし気持ち悪い!)、叫び続ける。

 オレは白目を剥き、涙とも鼻水ともつかない変な汁を顔中にまき散らしながら、されるがままだった。


 慧も和奏も蓮も、あまりの光景に呆然と立ち尽くしている。

 だが、男の狂気のレッスン(?)は止まらない。


「おい、そこのメガネ(慧)! 鍵盤ハーモニカ! なぜそこで和音を濁らせる!? 指遣いがなってない、赤子かお前は!」

「ひっ…! す、すみません!」


「そこの女(和奏)! トライアングル! なぜ音が震える! もっと芯のある音を出せ! 天使が囁くようにだ!」

「て、天使…!?」


「そこの仏頂面(蓮)! シンバル! 叩けばいいと思うな! 曲想を考えろ、曲想を! 星が砕け散る一瞬の煌めきのようにだ!」

「……(こくり)」


 蓮がわずかに頷く。コイツ、分かってるのか…?


 男の指導は、口の悪さも相まってメチャクチャだった。だが、不思議なことに、それはものすごく的確で、分かりやすかった。 右手の指揮棒で正確無比なリズムを刻みながら、左手で「感情はこうだ!」とでも言うように、大げさな身振りで表現してくる。オレの頭の中には、指揮棒を通して彼の「理想の音楽」が直接流れ込んでくる。


「もう一度だ! 最初から!」


 男が指揮棒を振り下ろす!

 オレたちは、恐怖と混乱の中でも、必死で楽器を構え直し、音を出した。さっきとは比べ物にならないくらい、集中していた。彼の気迫に、飲まれていた。


 ピーヒャラ、ポロロン、チーン、ジャーン…!


 音は、まだ拙い。だが、確かに変わった。

 彼の脳内(?)指導のおかげか、オレのリコーダーは少しだけ感情が乗り、慧の鍵盤ハーモニカは旋律を追いかけ、和奏のトライアングルは澄んだ音を響かせようと努力し、蓮のシンバルは…叩くべき瞬間を待っているように見えた。


 その演奏に、男は顔をしかめながらも、指揮棒を止めなかった。

 それどころか、彼は右手で激しく指揮を続けながら、なんと、左手でピアノの鍵盤を叩き始めた!


「(うおっ!? 器用すぎだろ!)」


 彼の左手が奏でるピアノの旋律は、完璧だった。オレたちが目指すべき「お手本」が、すぐ隣で鳴り響いている。

 オレたちの演奏が、彼のピアノに導かれるように、少しずつ、力強さを増していく。


 その時だった。


 グォン……


 部屋の隅に追いやられていた「黒い影」が、再び蠢きだした。

 影は、オレたちの音楽を打ち消そうと、耳障りな「不協和音」を響かせ始める。


 ブォォォン…キィィィィ…


 その音が混じると、男の表情が苦痛に歪む。ピアノの音も、オレたちの演奏も乱れ始める。


「くそっ…! また邪魔しやがるのか!」


 オレが叫んだ、その瞬間。


 ジャ―――――ン!!!!


 蓮が、ありったけの力でシンバルを打ち鳴らした!

 準備室全体が震えるほどの、凄まじい大音響。

 それは、影が生み出した不協和音を、完全に吹き飛ばすような、強烈な一撃だった。


 一瞬、すべての音が消える。

 影が、怯んだように後ずさった。


 男が、ハッと息をのんで蓮を見た。

 そして、その顔が、狂気に近い獰猛な笑みで歪んだ。


「そうだッ! それだ、仏頂面!!!」


 男は、右手の指揮棒をさらに激しく振り回し、オレたちを、いや、蓮を煽るように叫んだ。


「もっとだ! もっとそれを寄越せ! あの『雑音ノイズ』を叩き潰せ!!!」


 男は、まるで影の動きを読むかのように、妨害が入るまさにその瞬間を狙って、オレたちに大声で指示を飛ばし始めた!


「来るぞ! 全部の音が途切れる! Generalpause(ゲネラル・パウゼ)だ!」


 一瞬の静寂。影が、その隙を突いて黒いモヤを広げようとする!


「そこだ、女(和奏)! 天使を呼べ!」


 チリィィーーーーーーン…


 和奏が、祈るようにトライアングルを打ち鳴らす。それは、今までで一番澄み切った、天上の響き。黒いモヤが、その音に焼かれるように霧散した!


「そうだ! 次! メガネ(慧)! イっちまいそうだろぉぉぉ! もっと感情を乗せろ!」


 ッパァァァァァァァー!!!


 慧が、顔を真っ赤にして鍵盤ハーモニカに息を吹き込む! まるで魂の叫びのような、甲高く、しかし力強いファンファーレ! 影が、その音圧にたじろぐ!


「最後だ、クソガキ(翔琉)! 全部出せ! 全部だ! ゼェん部吐き出しやがれぇー!!!」


 オレは、男のやけくそみたいな指示に、体中の酸素すべてをリコーダーに叩き込んだ。

 ピーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!

 もはやメロディじゃない。ただの、必死の叫び。だが、その音には、オレたちの「絶対に負けない」っていう気持ちが全部詰まっていた!


 影が、断末魔のような甲高い悲鳴を上げる!


 男の指揮とピアノ、オレたちの必死の演奏、そして蓮が叩きつける破壊的なシンバル!

 史上最低最悪のレッスンは、いつしか、狂気のアンサンブルへと変わり、ついに「影」そのものを打ち破ろうとしていた。

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