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第二章 『展開部:不協和な世界』 第1幕

 季節は秋。あの魔法のような夜から時は流れて、オレ、相馬翔琉は高校二年生になっていた。

 相変わらず授業は退屈で、窓の外を眺める時間は減らない。慧は違う高校に進学して、顔を合わせることもほとんどなくなった。和奏とは同じ高校だが、クラスも違うし、なんとなく昔みたいには話せない。蓮に至っては、高校に行かず働いていると風の噂で聞いた。ガキの頃、いつも四人でつるんでいたのが、遠い昔のことみたいだ。


 放課後の教室。日が傾き、オレンジ色の光が埃をキラキラと照らしている。

 オレは、誰もいなくなった教室の隅で、中古で買った安物のエレキギターを爪弾いていた。


 小学生の頃、あの夜にもらった指揮棒――いや、「タクト」って呼んだ方がカッコいいことを後で知った――を手にして、一時期は本気で指揮者を目指そうと思ったこともあった。あのワケの分からない男みたいに、大勢の前で腕を振って、スゲー音楽を生み出すんだって。

 でも、現実は甘くなかった。小学生が指揮者になんてなれるわけがない。ちゃんと音楽大学とかに行って、難しい勉強をしなきゃいけないらしい。そんなの、考えただけでウンザリだった。それに、そもそもオレには、あの男みたいな才能なんて、これっぽっちもない。

 指揮者への憧れは、いつの間にか薄れていった。


 それでも、音楽から離れることはなかった。

 中学に入って、友達が持っていたエレキギターの音を聴いた時、これだ!と思った。


 小難しい理屈なんてどうでもいい。ただ、腹の底に響く、歪んだデカい音。体の中に溜まった、よく分からない衝動やイライラを、全部ぶちまけられる気がした。

 部活に入る気はさらさらなかった。誰かと合わせるなんて面倒くさい。オレは、ただ自分の好きなように、デカい音を出したかった。

 だから、こうして誰もいない教室で、独学で覚えたコードをかき鳴らす時間が、今のオレにとっては一番しっくりくる「放課後」だった。


 ジャカジャーン!と、覚えたてのパワーコードを鳴らす。少し音がビビる。安物だから仕方ない。

 ふと、自室の棚に無造作に立てかけてある、あの「タクト」のことを思い出した。常に持っておくのもなんだか気味が悪くて、かといって捨てる気にもなれず、結局、部屋の隅で埃をかぶっていたのだ。


 久しぶりに思い出したそれは、ただの木の棒のはずなのに、あの夜の記憶を鮮明に蘇らせた。

 あの狂ったようなピアノの音。楽譜のオバケ。そして、あの男の、むちゃくちゃだけど、なぜか心臓を掴まれるような指揮…。


「(…あの曲、なんだったかな…)」


 おぼろげな記憶をたどりながら、オレはギターのネックを握り直した。

 あの温かくて、少し切ないメロディ。

 慧が必死で書き起こしていた、あの五線譜。


 あれはピアノの曲だ。ギターで弾けるようなもんじゃない。

 それでも、今のオレは、小学生の頃とは違う。少しだけ、音楽の知識もかじってる。

 もし、ギターで弾くなら…コードはこうか? メロディは…こうアレンジすれば…。


 ポロロン…

 指が、自然と弦の上を滑る。

 記憶の中の断片を繋ぎ合わせるように、音を探していく。

 思うように指が動かない。音が濁る。

 クソッ、と悪態をつきながら、それでもオレは意地になっていた。なぜか、このメロディを、今の自分の「音」で奏でてみたくなったのだ。


 何度も間違え、何度もやり直し、指先にジンジンとした痛みを感じ始めた頃。

 つたなく、荒削りながらも、あの夜の旋律が、エレキギターの音色で教室に響き始めた。

 懐かしい。そして、なぜか、とてもしっくりくる。


 オレは、目を閉じ、その響きに身を委ねていた。

 あの夜のように、何かが起こる予感なんて、これっぽっちもなかった。ただ、久しぶりに「あの頃」に戻ったような、不思議な感覚に包まれていた。


 ―――その「音」が、眠っていたものを呼び覚ますとも知らずに。

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