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第一章 『序曲:放課後のアインザッツ』 第10幕

 シン……。

 後に残されたのは、絶対的な静寂。

 オレたちは、楽器を持ったまま、ぜえぜえと肩で息をしていた。

 汗が噴き出し、心臓がバクバクと鳴っている。


 勝った…のか…?


 疲労困憊でへたり込むオレたち四人。

 床には、一本の指揮棒が転がっていた。

 あの男が、最後にオレに投げ渡したものだ。


 しばらく、誰も口を開けなかった。

 ただ、自分たちの荒い息遣いと、遠くで鳴るサイレンのような音だけが聞こえていた。


「…な、なんだったんだ、今の…」


 最初に口を開いたのは、慧だった。まだ息が整っていない。


「…すごかったね…」


 和奏が、夢見るような、それでいて少し怯えたような声で呟く。  蓮は、何も言わずに、準備室のドアをじっと見ていた。


 ドタドタドタッ!!


 突然、廊下から慌ただしい足音が近づいてくる。

 懐中電灯の光が、準備室のドアの隙間から差し込んだ。


「こらー! こんな時間に何してるんだ君たちは!」


 ドアが勢いよく開き、駆け込んできたのは、鬼のような形相の弦野先生と、警備員のおじさんだった。

 さっきの演奏(騒音?)を聞きつけて、飛んできたらしい。


「あ…」

「や、やべ…」


 オレたちは顔を見合わせる。

 さっきまでの非日常的な出来事が嘘のように、一気に現実へと引き戻された。


「夜中に学校に忍び込んで! しかも音楽準備室で! 一体何をしていたんだね!?」


 弦野先生の厳しい声が響く。

 オレたちは、しどろもどろになりながら言い訳を探した。

 でも、本当のことなんて言えるはずがない。

 幽霊が出て、楽譜のオバケと楽器で戦って、指揮棒をもらったなんて、誰が信じる?


 結局、オレたちは「肝試しで忍び込んで、ちょっと楽器で悪ふざけしちゃいました」と、ありきたりな嘘をついた。

 当然、めちゃくちゃ怒られた。

 親にも連絡が行き、こっぴどく叱られたのは言うまでもない。


 でも、不思議と後悔はなかった。

 オレたちの胸には、怒られたことへの反省よりも、もっと大きな、言葉では言い表せないかけがえのない体験をしたという、確かな「熱」が残っていたからだ。

 それは、オレたち四人だけの「秘密」だった。


                  ◇


 自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。

 体はクタクタなのに、頭は妙に冴えていた。

 オレは、ポケットからこっそり持ち帰ってきた、あの指揮棒を取り出した。

 木製で、少し重みがある。使い込まれているのか、持つところが少しだけ滑らかになっていた。


 なんとなく、それを振ってみる。

 ヒュン、と空を切る音。

 姿見の前でやってみるが、なんだか様にならない。ただ棒を振り回しているだけだ。かっこ悪い。


 そこで、ふと、あの男の姿を思い出した。

 


狂ったように、全身を使って、まるで音楽そのものになりきったかのような、あの指揮棒さばき。

 オレは、鏡の中の自分を見ながら、彼の動きをマネしてみた。

 右手を高く掲げ、振り下ろす。左手で、感情の起伏を示すように、大きく円を描く。

 自然と体が動いた。さっきまで頭の中で鳴っていた罵詈雑言が、まるで音楽の指導のように蘇ってくる。


「(…あれ?)」


 鏡に映る自分の姿が、さっきとは全然違って見えた。

 なんだか、すごく、かっこいい気がした。

 でも、すぐにその姿が、あの男の亡霊と重なって、急に恥ずかしくなる。

 オレは慌てて指揮棒を振るのをやめた。


 顔が、少し熱い。

 


 指揮をとる。

 先頭に立って、自分の合図で、たくさんの音を、人を、動かす。

 それは、もしかしたら、すごく「オレ」に合っているんじゃないか?

 子供心に、そんな予感がした。


 オレは目を閉じ、想像してみた。

 


自分がステージの上で指揮棒を振る姿。たくさんの楽器が、オレの合図で一斉に音を奏でる。壮大な音楽がホールに響き渡る…。


 その想像に没頭するオレの顔には、自分では気づかないうちに、あの男が最後に浮かべたような、満足げなニヤけ面が浮かんでいた。


 オレたちの、短くて、奇妙で、忘れられない夜が、終わろうとしていた。  

 一本の指揮棒を残して。



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