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6月の猫  作者: 緑川ゆき
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クロミとシロミ

 六月、小雨の降る路地。

 私は街灯に照らされ、小走りに先を急ぐ。

 肩の上で揺れる髪が鬱陶しい。

 路地の突き当たりにある古いアパートで、私高宮沙紀は一人暮らしをしている。

 もうすこし!

 私はドアノブをまわして、部屋に飛び込む自分を想像する。

 出迎えるのは小さな黒い影。それは私の愛猫、『クロミ』。

 クロミはその名の通りの黒猫で女の子。去年の今頃、アパートの前で拾った。

 飼い主の私が言うのも難だけど、耳と目が大きくて足と尻尾が長い中々の美人猫だ。

 あ~早くクロミに会いたいよ~。

 足にまとわりついてきて餌をねだるクロミを想像するだけで口元がゆるむ。


「あれ?」

 私はつぶやいて立ち止った。

 私の住むアパートはボロボロのブロック塀で囲まれているのだけど、その上に何やらいつもは見かけない物体があった。

 丸い……白い……何だろう?

 ゆっくりと近づくそれは……。

 白い、丸々とした猫が丸くなって寝ていた。

 小さな耳短い手足つぶれた顔。 

 とてもじゃないが、クロミと同じ種類の生き物だとは思えない。

 でもそれが可愛いんだから猫って不思議。クロミが一番だけれど、猫は何でも好きだ。

「猫? 可愛い~」

 そう言って白猫に手を伸ばす。

 クロミと違うモチっとした感触……たまらない!

 私の顔はほころびっ放しニヤニヤしっ放しだ。

「近所の子かな? それとも野良ちゃん? ……女の子だね」

 結構な汚れ方をしているから、野良かもしれない。

 あ、そうだせっかくだから。

「シロミちゃんってどう?うちのがクロミだから」

 そう言って私は猫の頭を軽くポンポンとたたく。

 猫は小さく「なっ」と鳴く。

 今日だけの出会いかもしれないけれど、せっかくだから名前をつけてみた。

「オーケー? 決まりね。もちもち~かわい~。……っとそろそろ帰らなきゃ。あんまり浮気していたらクロミに怒られるよね。じゃね、シロミちゃん」

 私は散々シロミちゃんを撫でまわしやっと満足する。

 そして、カンカンカンと音をたてながらアパートの階段を上って行った。

 ドアの前で振り返ると、シロミちゃんはじっとこっちを見つめていた。

 私は小さく手を振りドアを開いた。



「ななななななぁ~ん」

「ただいま。クロミ」

 私は急いで手を洗いクロミの頭を撫でる。 クロミは不思議そうな顔をして私の服のにおいを嗅いでいたけれど、すぐに頭を摺り寄せてくる。

この瞬間がたまらない! 

 私はクロミを撫でながらクロミのごはんの準備をする。

 そしてクロミが美味しそうにごはんを食べている所を見てにんまりとする。

 

 母親はいい歳をしてフリーターだとか、もうあなたの同級生は子どもを生んでいる人もいるとか、いつまでもふらふらしてないでとか電話をするたびに説教だけど。

 私はこれはこれで幸せなのだ。

 母親にこんなこと言ったら、幸せだと思い込んでるだけなんて言われてしまうかもしれない。

 クロミはあっという間にお皿を空にして満足気に私を見上げる。

 私はその笑顔を見てやはり私は幸せだと思う。


「ちょっと疲れたかも」

 私はつぶやいてベッドの上に横になる。

 まあ、さすがに二十四にもなって彼氏の一人もいないのは寂しいけれど。

 私はなんとなく隣の部屋の人を思い浮かべる。

 眼鏡をかけていてひょろりと背の高い。

 会うといつもきちんと挨拶をしてくれてなかなか好感度は高い。

 確か……表札には相田と書いてあった。

 その人がどうというわけじゃないけれど、もてない私にはその人くらいしか思い浮かべる相手がいないのだ。

 ……やっぱりちょっと寂しいかも。


 体にどっと疲れが襲ってくる。

 私は抵抗もできずに、そのまま目を閉じた。


 

 夢を見た。

 闇の中で母親とあの子の姿だけが浮かぶ。

 しっかりと握られた手。

 私じゃないあの子。


 お母さんは優しい笑顔であの子をじっと見つめる。

「お母さん行かないで」 

 私はそう叫んだけれど、お母さんは振り向いてもくれなくて。

「サキちゃん」

 違う違う違うよ! それは私の名前。

 あの子の名前じゃ……。

(違うの?)

 頭の中で誰かの声がする。

 だって私の名前はサキだから。あの子も同じなのはおかしいでしょう?

(なぜ?)

 だってだって。

 あの子はあの子はあの子は。

 あの子が振り向いた。

 ああ。暗くて暗くて暗くて。


 何も見えない。

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