雪まつり②
魔王が魔王城を発って少しの頃。
魔王城の会議室はなにやら、空気がドンヨリとしていた。
「はぁ~。あの人はまた……」
「シーナ。彼女面うざいから、やめて。」
「んなッ⁉」
シーナとネアの取っ組み合いを余所に、他の親衛隊3人は長机を跨いで向かい合っていた。いつもの会議と同じ構図だ。
ただし、険悪な雰囲気だ。理由は明白だろう。
「もう、どこで何やってるのよ。い、いや別に寂しいとかじゃなくて……」
「クルル、今ツンデレいらないから。」
ごにょごにょとしていたクルルに、慢心創痍のネアが喧嘩を売る。
再び隅で繰り広げられた取っ組み合いは見ないようにして、残ったディエスとローズで会話が続く。会話と言ってもほぼ愚痴合戦のようなものなのだが。
その後もこうして、取っ組み合いと愚痴合戦が続くのだった。
魔王があばら小屋まで戻ってくると、2人組はもう目を覚ましていた。
片方はやや反りのある剣を腰にかけている、金髪の女。
もう片方は短剣を2本携えた、青髪の女。どちらも十代半ばあたりだろう。
「目が覚めたか。体調はどうだ?」
小屋に入った瞬間金髪に向けられた剣の切っ先を無視して話しかける。
「……人間?」
金髪が訝し気に呟いた。どうやら魔王を人間だと思ったらしい。それもそうだろう。一般に、角も羽根も尻尾もない魔人などいないのだから。
「そうだな。人間だ。」
「……ここ、魔人の領域よね?」
「そうだな。」
金髪の、魔王を疑う目がさらに鋭さを増した。
魔王領に人間がいるはずがない。その固定観念は間違っている。実際、魔王領にも数人とはいえ人間はいるからだ。
「言っておくが、売国奴なんかじゃないぞ。ただ魔王領に居るだけだ、魔人共に隠れてな。勘違いするな。」
ただし魔王には、魔王領に人間がいることも、一見人間と区別がつかない魔人がいることも、まして自分が魔王であることも、当然教えるつもりはない。
ではなぜ2人に接触したのか。
単に、恩を売って帝国での生活に協力してもらうつもりだからだ。
「全っ然信用できないんだけど?」
「お前たちを助けた。これじゃ不満か?」
「もうやめようよ、リリー。助けてくれた人に失礼だよ。」
流石に見かねたのか、青髪の方が金髪、リリーをたしなめる。
仲がいいようで、リリーは不満気だがおとなしくなった。
魔王は、取り敢えず持ってきた果物やらパンやらを与えて、2人との対話を試みた。
「それで、頼みがあるんだが。」
「助けてやったんだから、今度はこっちを助けろって? 私達は助けてなんかお願いしてないんだけど。」
「なら、死にたかったのか?」
魔王とリリーの視線が交差し、その横でひたすら飯を口に運び続けている青髪。
「難しい事は頼まない。近々帝都に行く予定でな、慣れていないから案内を頼みたい。」
「あんたみたいに見るからに厄ネタな奴、帝国に入れたくないんだけど。」
緊迫した空気が続――かなかった。
隣の青髪が原因だった。
「大丈夫だよリリー。美味しい物くれたし、いい人だよその人‼」
「ミア、あんた黙ってなさい。」
グッとサムズアップする青髪もといミア。リリーは頭を抱えた。リリーの精神に10のダメージ‼
「成程。これが漫才というものか。」
「そんなわけないでしょ⁉」
感心する魔王。リリーの精神に25のダメージ‼
「キャッ、感心されちゃった。」
「キャッ、感心しちゃった。」
ふざけたミアとそれに乗せられた魔王のコンビネーションアタック。リリーの精神に50のダメージ、リリーは心は限界を迎えてしまった‼
「もう、好きにしなさい……」
そんなこんなで、魔王は2人の協力を取り付けるのに成功するのだった。
あの後、魔王は2人を帝国へ返すため、砂浜まで来ていた。
「そういえば聞いていなかったが、なぜここのダンジョンにきたんだ?」
魔王領のダンジョン、まして海の中だというのはやはり人間には入りづらい所で、その分実入りはいいのだが、情報がなく非常にリスキーというのもそうだった。
「お金以外にある?」
「そういう事じゃないんだが……」
まあいいだろうと、嘆息する魔王。それは、彼女らに何かしら感じ取ったからでた反応でもあった。それが同情なのか、偏見なのか、はたまた別の何かなのかは、知るのは彼自身だけであった。
「すみません。」
「……気にするな。」
お前はそれをわざわざ言うのか――という言葉は胸の内に秘めておく魔王だった。
「さて、ここらでいいだろう。」
「そう言えば船はどうしたんですか?」
2人は船で返すと聞かされていたのだが、残念ながらあたりに船は見当たらなかった。
騙されたのかと2人が魔王を睨むが、まあ見てろなんていいたげな顔で返される。
魔王は海に向かって歩き出し、やがて海に浸かって服が濡れても気にせず歩いていく。次第に魔王の姿が海中に消えた。
訳が分からず2人が呆然としていると、水柱が上がった。優に30mはあったそれの下から、魔王が何か担いで帰った来た。それは、魔獣だった。
「ちょ、あんた何して――」
「この魔獣、死体の頭に魔力を通してやると、その間は思うとおりに動いてくれる。こっから帝国までは割とあるから、ずいぶん魔力は喰うだろうがお前ら2人なら余裕で行ける。今から出ても日が落ちるまでには着く。」
「……」
「……」
2人とも、口をパクパクさせているが、動揺しすぎて声がうまく出ないらしかった。
そのまま1分2分と時だけが過ぎていき――
「アザラシが立った‼」
「……何を言ってるんだ? お前は。」
やがてまた、時が過ぎ去っていくのだった。
リリーとミアの2人を、強引に魔獣に乗せ強制送還した後、魔王は魔王城まで戻ってきていた。
しかしその頃には空は赤くなっていて、盛り上がりのピークであるイベントは終わり、多くの魔人がいつも通りへと戻っていた。
そんな中魔王はというと、再びかえって早々正座させられていた。
今度はイオフィエルだけでなく親衛隊もいる。
「どこに行ってたの?」
「倭国軍を狩りに行ってた。」
「それは午前中の話ですよね。」
「午後は――」
「いい。時間の無駄。」
魔王の言葉を遮ったのはネアだ。
久しく聞いていない、真剣に怒気を孕んだ声が空気をひりつかせる。
「私達が聞きたいのは、1つ。若い女の匂いがする。どういうこと?」
「東側の――」
「嘘だ‼‼」
「まだ嘘ついてないんだが。」
「やっぱり嘘をつくつもりだったんですね。」
ネアによる、雛見〇村の女の子もびっくりな圧によって、まんまとボロを出したのをディエスに突かれる魔王。
「俺にプライバシーってのはないのか?」
「魔王様は女性関係について信用がないのです。」
イオフィエルに助けを求めても、一蹴されてしまう。
逃げ場はない。いわば積みであることを悟った魔王は、おとなしく断罪されるのであった。
日が完全に落ちて、夜も更けたころ。
雪まつりも残り1時間程だった。
そんな中魔王は、親衛隊と屋台を回っていた。
「まあこの程度で許されるならいいか。」
目線の先には屋台の商品を両手いっぱいに抱えるネアとローズ。全て魔王のおごりだ。
償いとして魔王に課されたのは、親衛隊の屋台巡りに付き合う事。
「よくないから。去年の雪まつりで私たちをほっぽり出してたから、今年はその埋め合わせをするって話だったよね。」
魔王の少しを前を歩くシーナが振り返って話しかける。
「おかげで私達今日はずっと籠りっぱなしだったんだけど。ネアがずっといらいらしてて大変だったんだから。」
「別に、俺が居なくても遊べばよかっただろう。」
「それは、違うじゃん。」
「……難儀なものだな。」
口を尖らせるシーナを見て、降参を宣言するように両手を頭の横辺りでプラプラと振る魔王。
「来年も多少は付き合ってやる。これで勘弁してくれ。」
「…………」
「わかった、できる限りだ。できる限り付き合う。」
「絶対だからね?」
魔王とシーナがそんな風に話していると、ディエスも会話に加わってくる。
両手で、屋台で売られていた食べ物の残骸を抱えている。
「……よくそんな食べられるわね。」
「いや、魔王様に予算を沢山もらったのでな。消費も一苦労だ。」
「なんか私達と対応違くない? 私たちの時渋々だったよね。」
「ディエスには普段から苦労を掛けているからな。こういう時くらいは羽を伸ばしてもらわないとこっちが困る。なにせうちの主要陣の中で唯一まともな奴だからな。」
「私もまともでしょ。」
魔王は、そう言ったシーナの方をみて――
「ふっ」
鼻で笑った。
「気分はどうだ。」
真夜中。
祭りは終わり、屋台も全て片付けられている。
クルルはベンチに座ってそんなを様子を、少し上から眺めていた。
「別に。なんもないけど。……なんで来たのよ。」
「祭りの中に、お前の姿が見えなかったしな。どこで油を売ってるのか気になっていたんだ。まあ、楽しめたようで何よりだ。」
言いながら、クルルの隣に座る魔王。
クルルの手には、串焼きの串だとか、お面だとか祭りを楽しんだと思える形跡があった。
「……いい眺めだな。」
「普通、場所教えた本人が言う?」
「仕方がない。事実だからな。」
今2人が腰を下ろしているこの場所は、魔王城近くの丘にある広場だ。
ここからなら、下の様子も、遠くの景色も、空の様子も良く見えると、魔王のお気に入りだった。それを、随分と昔にクルルが教えてもらったのだ。
今ではすっかりクルルも気に入り、2人でわざわざベンチだとか焚き木だとかを用意していた。
「楽しかったか?」
「……うん。」
「昼間散々嘘つきだの信用がないだの言ってくれたが、お前も大概だな。」
「私言ってないけど。」
「気のせいじゃないか?」
夜の独特な冷たさが、クルルの火照った顔を冷ましていく。
ぶるりと身を震わせた。
「夜は冷えるな。帰るぞ。」
「……」
「別に、来年も来ればいい。お前が素直になれないなら、俺がお前の気持ちを汲み取ってやる。それならいいだろう?」
その言葉を信用は出来なかった。当然だろう、魔王はあんななのだから。
それでも、クルルにそれを信じたいと思わせるには、十分だった。なにせ魔王はあんななのだから。
「別に、あんたは関係ないし‼」
「そうだな。」
夜風に吹かれて、魔王の髪がたなびく。
目を閉じて、微小を浮かべる魔王は、来年こそは約束を守ろうと誓って、次の日にはさらさらそんな気は失せるのだった。




