魔王様、信徒になる。
クレープを食べた後、魔王達は教会区を訪れていた。
教会区、6つに分けた帝都の最後の区画。
教皇パクスが座する、教会の本拠地が存在していて、この区画もまた、教会ひいては教皇ら教会幹部のお膝元であった。
そんな場所にノコノコとやって来た魔王一行。
ここに来たのは、魔王が教会へ入信するためであった。別に本気で神を信じているわけではない。入学に必要なのだ、教会の信者であることが。
帝国に身分証明証など無い。代わりに、信用はアストラ教徒の証であるロザリオで確認していた。
そして現在。魔王一行は教会の前で足を止めていた。
「そんな、神に身を捧げるなんて!!」
「ゔっ……寝取られた……」
「捧げない。入信するだけだ。それから寝取られなんて何処で覚えた、寝てから言え。」
勘違いでバカ丸出しなのはローズ、彼女面しているのはネア。ツッコんでいるのは魔王である。
その様子を見ていたシーナだったがふと、帝国に慣れている様子の魔王を疑問に思った。
シーナの視線から疑惑の念を感じ取った魔王が、歩み寄……ろうとしたが、ローズとネアの2人が両手にぶら下がって動きを止める。
2人の、いつものカマチョプレイだ。
仕方が無いので2人を軽くあしらいながらシーナに声をかける魔王。
「何がそんなに不思議なんだ?」
プニプニ。
「……なんでそんなに帝都に慣れてるのかなって。」
モチモチ。
「ふむ。まあ伊達に長生きしてないからな。」
モッキュモッキュ。
「…………それとさ……」
「気にするな。」
魔王にはそう言われたが、やはり気になってしまう。魔王に纏わりつく同僚の2人が。
ペチペチ。カプリ。チューチュー。ゲシゲシ。グググッ、スッパーン!!
人でも魔人でもない、ただ魔王に構って貰う為にちょっかいを出し続けるだけの存在となってしまったようだ。
「2人共、どうして、そんな事に……後は任せて!」
よよよと目元を、何処から取り出したのかハンカチで抑えるシーナ。
だが、魔王達3人は気付いていた。
そのハンカチが少したりとも濡れていない事に。更に言えばそのハンカチが大昔に、魔王が手慰めに作ったはいいものの、使わないからと箪笥の奥に封印されていた物だと。
「そ、そんなんだからモテないんだぞ!」
「皆似たようなもんでしょうが!!」
自分の事を棚にあげて、引いていたローズが批難するが、逆にキレられてしまう。
ローズがモテないといったが、別に顔が悪い訳では無い。
むしろ、絶世とはいかずとも、色仕掛けでもすれば、人の国の1つや2つ程度落とせるだろうという程だ。
だが、魔人にそれは通用しない。
魔人は、無意識に他存在の魂を覗き込み判別する習性がある。魂の質こそが、魔人からモテる絶対で唯一の理由なのだ。
魔人は、一度誰かを恋愛的に好きになれば、他の誰かを想う事は無くなる。
よく言えば一途だが、生物としてそれは大きな問題である。伴侶に先立たれても、意中の相手が自分を選ばなくても想い続ける。
そんな社会で、魂が歪んでいる存在がモテる訳が無い。
その最たる例が魔王親衛隊の5人だった。
魂が歪んでいる5人は、どれだけやっても想い人に想われることは無い。諦める事もできない。
魔人達の恋愛事情というのは、生まれた時に全てが決まる、なんとも度し難いものであった。
「お待たせしました。」
ギギッと蝶番の軋む音を響かせ、教会の扉が開く。
教会から出てきて、4人に近づいて来たのはディエスだった。
ディエスの手にはロザリオが握られている。後は、神父の前で神に祈りを捧げ、証としてロザリオに刻印を入れるだけだ。
とそこで、ネアが気づく。
「ん、2つ?」
ディエスはロザリオを2つ持っていた。
「ん〜?」
「いや、違うんだ。これはだな?」
ズズズッと、怖い表情で顔を近づけるネア。
対して、少し後退りし顔を引き攣らせているディエス。目がイルカの如く泳いでいた。
「ペアアクセ。」
ボソッとネアが呟いた。
次の瞬間、ディエスが柄にもなく崩れ落ちる。顔を隠す指の隙間からは、綺麗な赤色が見える。
彼女は魔人なので、ロザリオに刻印を入れては貰えないし、神に仕えることも無い。
それでも形だけはと言うのが、魔王親衛隊隊長の乙女心なのだろう。
「クルルはどうした? 一緒に行った筈だが。」
へたり込むディエスに対し、そんな事関係ないというふうに話しかける魔王。
「……」
約20秒。
ディエスはプルプルと震えるだけで、返答は出来ていない。
流石に同情したシーナが、魔王の手を引いて中へクルルを探しに行く。
魔王に引っ付いていた2人も、シレッと付いていく。
4人と入れ違いで外に出てきたクルルは後に『ディエスがポツンとへたり込んでるから、流石にギョッとしたわ。』などと語るのだった。
なんやかんやあって合流した6人は、教会の最奥へと進む。
刻印を刻んで貰わなければならない為、神父も独り同行している。また、魔王も祈りを見届けて貰わなければならない為、ネアから離れてしっかり認識されている。
「それにしても、なんというかその……神々しいですね?」
「……神職って神以外に神々しいとか使うのか……」
歩いていると話しかけてくる神父。見事なヒゲを生やした初老の男だ。先程から、じっとりとした視線で魔王を観察している。
勿論魔王に不自然なところはない。まして、神々しさなどないだろう。強いて言えば、帝国では見慣れない和装をしているところぐらいだろう。
だが不思議なことに、その視線に込められているのは警戒心ではなく敬愛の念に近い。
魔王も当然それには気付いていて、頭には様々な可能性が浮かんでいたが、何にせよ敵対は無いと判断して放置していた。
「まぁ……本物と言うわけか。」
神父の視線を感じながら、ボソッと呟く魔王であった。
そんなやりとりをしている裏で、神父の命が危険に晒されていることなど、本人には知る由もなかった。
「クソッ、このガキィ! 魔王様と親しげにしやがって!!」
「シーナ? すごい顔してるわよ? 怖いんだけど……」
「クソッ、誰か手伝ってくれ! 私一人じゃ抑えられない!」
神父の背後で、シーナが拳を振り上げ、クルルがシーナの表情に軽く戦慄し、ディエスがシーナを抑えようと奮闘している。
ディエスに言われて、慌ててシーナを止めに入ったローズとネアだったが、流石は魔王軍の膂力最強といったところか、3人がかりでも抑えきれていない。
そんなカオスを神父越しに眺めながら、滅多にない程多く言葉を交わしている魔王。
内心では、疲れたから早く終わって欲しいなどと考えていたがそんな願いはローズの絶叫にかき消されるのであった。
帝都の教会は広い。礼拝堂が何個もあるくらいには。
魔王達の訪れた教会も例に漏れず、沢山歩かされた魔王一行だったがようやく奥の堂にたどり着いていた。
「では、ここで祈ってくださいますか?」
天井に取り付けられた幾何学模様のステンドグラスに、そこから差し込んだ光、荘厳な神々の偶像。それらは、他に誰もいない静けさも相まって雰囲気を作り出している。
そんな中で祈るのが魔王だとは、知る人が見れば、数奇な出来事であったが、意外にも神々しい憧憬を産んだ。
魔王が女性的な、整った顔立ちをしていたせいで、まるで天に祈る聖女の様な、高名な絵描きが描いた様な、平たく言えば絵になっていた。
誰かの、ほう、と息をつく声が響く。
「これでいいか?」
魔王の低い声に、神父はハッとする。
そして開口一番。
「もしよければ、聖女になりませんか!?」
「俺男だが?」
その晩。とある神父の部屋から、かくなる上は、このハサミでぇ……などと聞こえてきたとかこなかったとか。
そんなこんなで、魔王と親衛隊の帝都観光は幕を下ろすのだった。
「スマン。もう一度言ってくれるか?」
魔王様の受験も近くなってきたとある朝。
ネアに叩き起こされた魔王は、文字だけは信じられない様な反応をする。
「帝都の軍が、攻め込んできた。」
はぁ……と、溜め息をつくネア。
2人の感想は、一言一句同じだ。
「あいつら、バカなのか?」
そんな呟きもまた、外の喧騒に掻き消されるのだった。




