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魔王様の愛娘成長録

 また勇者が死んだ。

 帝国でそんな噂が流れても、もはや新聞に掲載されることはない。


 帝国の民は、歴代の勇者達が誰一人として、魔王に一太刀入れることすら敵わなかったと知っているからだった。


 煌びやかな装飾の施された柱と天井。最奥にある初代教皇と神々がモチーフのバラ窓からは陽の光が差している。


 ここは、帝国の首都である帝都内の、帝国最大の教会。信仰しているのは、国教であるアストラ教だ。


 教会の最奥部、陽の光を浴びて立つ男とその前に跪く聖騎士。


「では、聖剣は破壊されたと?」


「神託なので間違いないでしょう。」


「そんな……」


 聖騎士の問いに答えた男の名は、セドリック・パクス。現教皇だ。


「大変なことになりました。……勇者様が民からの信頼を失いつつある今、更に勇者様の象徴たる聖剣まで失われるとは……」


 深い溜め息をついて、目頭を押さえるセドリック。

 まだ50歳手前なのだが、苦労故か、その顔には歳不相応に皺が多く、安直にいえば老けていた。


「教皇様。そもそも勇者が魔王を討つ力を持つというのは本当なのですか?」


「……神の御言葉を疑うのですか?」


「い、いえ! そういうつもりでは……」


「まあ、仕方がありませんか。」


 そう言って、再び深い溜め息をつくセドリック。


 聖騎士とは、あくまで帝国騎士団の中でも選りすぐりの実力者達が、教皇及び教会の重要人物達を保護する任を預かっただけである。

 決して、神への厚い信仰心があるから、なんて理由で選ばれている訳では無い。


 だから、聖騎士達が神を疑っても仕方ない。まして今では、負け続けている勇者に歴史書にあるような尊敬の念など、無いに等しかった。


「あぁ。主よ、どうかお導きを……」


 聖騎士に背を向けたセドリックは膝をつき、両手を組み、神に助けを願い出した。


 その様子を見た聖騎士は、静かに去っていくのだった。


 聖騎士シビラ・ヴァルト。聖騎士団のNo.2であり、個人の力で言えば聖騎士最強と謳われる存在である。




「あのさ。流石にどうかと思うよ。」


 魔王城の中庭にて。


 つい先程までここで、魔王がネアを鍛えていた。がしかし、途中で調子に乗ったネアが魔王に賭けを申し込んだ。

 模擬戦をして、自分が1本でも取れたら何でも1つ願いを叶えて欲しいと。


 魔王もそれを了承し、魔王VS魔王親衛隊という魔人からすれば夢のような試合が突如として幕を開けた。

 城で働いていた魔人たちだけでなく、城下町の魔人達も観客となり、大盛りあがりだった。


 そして、そんな大勢の前で、ネアは魔王にデコピン1つで負けてしまった。


 そして今、一部始終を見ていた他の親衛隊メンバーがネアを慰めているところである。


「何がだ?」


 シーナが魔王を呆れた様な目で見るが、当の本人は疑問符を浮かべている。


 その傍らで、ローズとクルルがネアを慰めていた。


「ほら、不貞腐れてないで。」


「そのままじゃただの面倒くさいガキだよ!」


「ちょっと黙ってなさい。」


 否。クルルがネアを慰めていた。

 本人は一生懸命慰めていたつもりだったので、ローズは混乱している。


「別に、誰も気にして無いわよ。魔王様に挑んだだけ、皆評価してるわ。」


 クルルの言葉通りだった。

 観客の誰も、魔王が1本取られるなどと考えもしていない。

 あれだけの観客が集まったのは誰もが、勇者でもないのに魔王に挑む気概に感服したからだった。


「……そんな事分かってる。」


「え?」


 自分でも、ちょっと良いこと言ったかな? などと思っていたクルルは、ネアの言葉に素っ頓狂な声を上げる。


「……魔王様。何の躊躇も無かった。……大勢の前で私を負かすのに、何の躊躇も、無かった。」


 三角座りで膝の間に顔を埋めるようにしている為、声が曇っている。それでもはっきり聞こえた、無駄に力強い、意志のこもった声。

 プルプルと肩を震わせている。


「娘なのに。私娘なのにぃ!」


「大丈夫だよ、ネアちゃん。ネアちゃんは魔王様の娘じゃ無いから!!」


 終いには叫びだしてしまったネア。

 これは拙いとフォローに入ったローズも、サムズアップした瞬間フレンドリーファイアを食らってしまう程の声量だ。


 後に、仕事を終えて帰ってきたディエスがこの様子を見てその後の展開を察してしまい、遠い目をしていたらしい。

 やはり、ディエスは魔王様からしても頼りになるのだろう。




 ネアが魔王に挑んだ事件、ネア曰く『魔王様ド畜生事件』――他曰く『魔王様の愛娘成長録』が起きた日の晩。


 親衛隊は残業していた。

 他の魔王城従業員達は、既に帰宅するか魔王城の自室で休んでいる。


 魔王城には、もともと勤務時間など無く年中無休だった。だが、従業員達が勝手に出勤時間と退勤時間を決めてしまい魔王も特に口出しせず自由にやらせているので、今では随分とホワイトな職場になっていた。

 なお、従業員達の退勤後から出勤前迄は基本的に魔王が1人孤独に働いている。従業員達からは従事長が掃除するより綺麗だと好評だ。

 閑話休題。


 会議室には、魔王に親衛隊と、前日と同じ顔ぶれだ。


 再び集まった6人は、再び『勇者様お疲れ様会』開催に向けて話し合っている。


「というのが、帝国の現状でした。」


 会議室にディエスの声が響く。


 今朝からディエスは、帝国の偵察へ行っていた。そして、ディエスの報告の中に、魔王の興味を引くものがあった。


「『サラの仔山羊』?」


「はい。帝国の新兵器のようで、魔人を滅ぼせるだとか何とか。」


 ディエスの言葉を聞いて……聞いても特に何も変わらない魔王。いつも通りその目は何も映さない。


「……生物兵器か?」


「そこまでは。心当たりでも?」


「いや。」


 声のトーンも抑揚も、先程と一切変わりないが、それでも親衛隊達は何か感じ取ったらしく、皆苦笑した。


「では、『サラの仔山羊』については魔王様に任せるということで。」


「「異議ナーシ!」」


 その場にいる魔王とディエスを除く全員の声が響く。


「……それから、『勇者様お疲れ様会』についても、俺がいいと言うまで行うな。」


 魔王が言葉を付け足す。


「もう一つ。俺、帝国の学校に行ってくる。」


 ついさっきまでウンウンと頷いていた親衛隊が動きを止めた。


 数秒後。


「「はぁぁぁああああ!!??」」


 その時の音量は300デシベルを超えていたとされている。




 魔王とネアの模擬戦から10日後。

 魔王と親衛隊は、帝都を訪れていた。


 ヒガナ帝国の帝都は、大まかに6つの区画に分けられる。

 1つ目は、帝都の中心に位置し5つの中で最も大きい区画である城下町。

 2つ目は工業地域。城下町の次に大きいこの区画は、帝国にとって非常に重要な場所だ。

 3つ目は、居住区で4つ目は観光区である。2つとも相応の大きさだが、人口密度が高い。


 そして5つ目、学園区。ここが今6人がいる場所だ。学園区には、数多くの学園やそれに準ずる施設がある。


「わー、おっきいね!!」


「ローズ、煩い。」


 何故魔王達がこんなところに来ているのか。

 学校関連では無い。受験も、少なくとも3ヶ月程先だ。


 魔王達がここに来た理由は至極単純で、これから暫く魔王がここで暮らすので、その下見という訳だった。

 別に魔王だけ帝都に旅行しに行って羨ましいからだとかそういう理由ではない。


「ほら見てよまお――」


「奮ッ」


 うっかり『魔王様』と呼びそうになったローズが、シーナに殴られて吹き飛ばされる。


 ローズが頭から血を流すが、街の住民はその様子に視線も向けていない。

 まるで、気付いて居ない様に。


 全員が認識阻害魔法を使用しているからだった。

 魔王に関しては、ネアを抱っこする事でその恩恵を受けていた。ネア自身も、人に見せられない顔をしているので問題無いだろう。


 だが、例え魔法でも親衛隊達の存在感は簡単に消せるものではない。圧倒的強者故の存在感は、魔法の練度が高いクルルを除いて完璧に消せる訳では無い。

 故に、少しでも存在感を大きくするわけには行かなかった。


「ボス! あれ買って下さい!!」


 しかしどうやらローズ(魔王軍きってのバカ)からすれば、そんなこと特段重要では無いらしい。


 ローズが指す方にはクレープの屋台があった。


「良いわけ無いでしょ!」


 再び奮ッ、という掛け声と共に殴られるローズ。


「わ、判りました! 一口、いや半口あげます!」


「渋ってんじゃ無いわよ!!」


 出血大サービスよ。なんて顔をしていたローズがまた殴られる。既に涙目だ。

 その様子を見ていたネアが声を上げる。


「パパ、あれ欲しい。」


 キラキラのお目々で可愛くお強請りした。そしてあろう事か、スタスタと普通に屋台に向かって歩いていく魔王。


「え、なんでぇ!?」


 散々殴られていたローズから不満の声が漏れる。


 その時、魔王越しにヒョッコリとネアが顔を出す。勝ち誇った表情だった。


「やっぱり、魔王様はロリコン。」


「違うからな。」


「あんた、ロリコンだったの……?」


「違ぇつってんだろタコ。」


 クルルに対して辛辣な反応。魔王のロリコン疑惑は更に信憑性を増していく。


 その後、調子に乗ったネアが魔王にキスをせがんだり、それを阻止しようと他の親衛隊がマシンガントークをかましたり。

 なんやかんやあったが、クレープは買えた。

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