第5話「モフモフ達とキレッキレの踊ってみた配信でバズれ!」
2層目に降りると、雰囲気がガラリと変わる。
周囲には色とりどりの魚が浮いていて、優雅に泳ぎ回っている。岩やサンゴ礁は発光して、まるで夜の水族館のようだった。
『すげぇ、水の中を歩いてるみたいだ』
『実際そうだ』
『え!?どういう事だ!?』
リオンは眼鏡をくいっと上げる。
『私の周囲約3メートルに空気層を作る魔法を張っている』
なるほど、俺達は空気が詰まった泡の中にいるという感じか。
『リオンお前魔法使いとしては凄いんだな』
リオンは『この程度当たり前だ、一級魔法使いだぞ』とふんぞり返る。
(こいつ、なんで魔法で稼がないで配信者してんだろう?)
俺はダンジョンや魔法と言うだけでテンションが上がっていたのだが、水晶を覗くと視聴者はそうでも無いらしい。
コメント欄に活気が無くなっている。異世界の人間にとって、ダンジョン自体は珍しく無いらしい。
せっかく増えた視聴者をここで放す訳には行かない!
リオンから離れて先を歩く。
「あ、おいタナ……じゃなくてマモリンさん、あまり離れると危ないですよ」
先ほどのように危なそうな物には不用意に近づかない。
俺は空気と水中の境目まで来る。指でつつくと、指先に水が触れた。
これは面白い!映えを狙えそうだ!
ハトが俺の方を映しているのを確認してから、水の中にバシャリと片腕を入れる。
そして、今度は腕を戻して内側に水しぶきを作る。
マモリンは初めてダンジョンに来た設定だ。見る物全てが珍しくて楽しいのだ!
キラキラと光る水しぶき。目を輝かせてはしゃぐ美少女。視聴者が見たいのはこういうやつだろ!?
リオンを見る。水晶を見るその顔に驚きが見て取れた。どうやら、良い反応が返って来ているようだ。
よし!この調子で……
その時、ヌッと目の前に黒い塊が出て来た。そいつは水の層から空気の層に頭だけを突き出している。
それが何なのか、確認する間もなかった。そいつは俺の腕にパクリと食いつく。
「んぎゃあぁ(ゴボボボボ……)」
再び絶叫しそうになった。いや、厳密にはしたのだが、半分は水の中でかき消された。
幸か不幸か、黒い塊に水の中に体ごと引きずり込まれたのだ。
「ゴボボーボ!ゴーボボ!!」
水の中だからいくらおっさん声で絶叫しても問題ない!!
とか言うてる場合では無かった。
黒い塊はシャチくらいの大きさがあり、俺の腕を咥えたまま水の中を泳ぎ回る。
「!?」
気が付くと、黒い塊が俺の周辺に増えていた。どうやら集団で行動する魔物らしい。
(やばい!!喰われる!!!!)
そう思った瞬間、浮力が無くなり体がガクリと地に落ちる。
どうやらリオンが移動して、魔法範囲に入れてくれたらしい。
「ぐぇえええええっほ!!えっほえほ!!」
朝のおっさん状態で咳き込む。
リオンが慌ててハトを自分の方に向ける。
「驚きましたね。シャチグマがこんなおじさんみたいな声で鳴くなんて……私も知りませんでした」
リオンは視聴者に向かってそう話す。
シャチグマ?あの魔物の名前か!?
それにしても危なかった……あんなのに食い荒らされたら全面モザイク配信になる所だった。
その時、俺の隣で黒い塊が動いた。
それが何か確認して、再び大きな声を上げそうになったがなんとか我慢する。
なんと、水の中で泳ぎ回っていたシャチグマが、今度は水の無い場所で二本の足で立ち上がっていたのだ。
その姿は……シャチに熊の足が生えた感じ……まさに『シャチグマ』。
シャチグマは体をブルブルと大きく振るわせて水を振り落とす。そして、俺に大きな顔を近づける。
(今度こそ喰われる!!)
そう思ったが、ベロリと頬に生暖かい感触。シャチグマは俺の頬を舐めてニカッと口を開ける。笑っているようにも見えるが並んでいる細かい牙がとても怖い。
『田中、落ち着け、シャチグマは友好的な魔物だ、攻撃しない限り人間に危害は及ばさない』
なるほど、さっき俺を水に引きづり込んだのは遊ぼうとしてただけなのか。
他のシャチグマ達もバシャッと空気層に入って来る。そしてブルブルと体を震わせて思い思いに空気層を歩き出す。
「シャチグマが入って来ました、浮力の無い状態を楽しんでますね」
リオンが視聴者にユックリ実況で説明している。
シャチグマの表面は毛に覆われているらしく、水の中と違い今はフワフワモフモフとしている。
よく見ると円らな黒い瞳が愛らしくも見える。これは、俺の世界では女子達が『怖可愛い』という部類ではないだろうか?
映えだ!映え!!逃す手は無いぞ!!
『おい!リオン!このシャチグマ達と何か面白い配信をしよう!』
『面白い?シャチグマは頭のいい魔物ではあるが、人間の会話が通じる訳じゃない。せいぜい人間の動きをマネする事が好きなくらいで……』
『それだっ!!【モフモフと踊ってみた】配信だっ!!』
『ダンス配信はウケない事は無い……特に、美少女なら下手糞でも評価される……まったく世の中は……』
リオンがブツブツと耳元で愚痴を零す。だが、今はそれに乗るのが得策だ!
『よし!リオンこの世界で流行ってるダンスを踊ってくれ、俺はそれを見よう見まねでやるから!下手でも可愛けりゃウケる!』
リオンはクイッと眼鏡を上げる。
『私が?クネクネと腰を動かすダンスを?知っている訳が無いだろう』
言われてみれば、リオンが目の敵にしている『踊ってみた』みたいな陽キャ配信を見ている訳が無い。
かく言う俺も、中身おっさんだ、イカしたダンスを踊れる訳もない。
いや……1曲だけ、完璧に踊りこなせるダンスが無い事も無い。
俺が推していた、アイドルVチューバー『夏野向日葵』。
彼女の3Dライブ、ナツヒマ隊全員で踊るダンスがある……それはいわゆる『オタ芸』だ。
残念な事にナツヒマは半年ほど前に、突然理由なく活動を停止してしまった。
だが、ナツヒマ隊の一員として今でもダンスは身に沁み込んでいる!
『やるぞ』
俺はスッと立ち上がるとリオンに言う。
周囲に落ちていたサンゴ礁の破片を手に取る。それはほどよく発行ししていてサイリウムにそっくりだ。
『リオン、俺の動きをそっくりマネしろ』
俺の圧と熱にリオンは圧倒されたように頷くしか無い。
『いいか?全力でやるんだ。恥ずかしさを少しでも入れたらこのダンスは終わりだ……いいな?』
リオンはゴクリと息を飲み頷く。
『いくぞ……』
チラリと見た配信画面、視聴者も注目している。
●なんだろ?マモリンとリオンで何かやるみたい
●ん?……何か踊りだしたぞ?
●え?ダンジョンで突然ダンス配信!?
●いいよいいよ、可愛いマモリンちゃん見れるならなんでも
よし、掴みはいい感じだ。
いくぞ!!
スゥーーーとサンゴを持つ手を上げる。
音楽は無いが頭の中ではナツヒマの代表ソング『夏暇☆ハイテンション』が流れている。
曲はイントロが終わり、突如アップテンポに変わる。
それに合わせて動きも激しくなる。体に叩き込んだ動き、息をするように自然と動く。
『夏暇!夏暇!夏暇!ひまわりー!!』心で打つ合いの手も完璧である。
推しと隊員がシンクロし、一体となる瞬間……最高に気持ちがいい!!
没頭していてすっかり忘れていた。
リオンはこの激しい動きについて来れているのか!?
いや、ついて来れていなくても構わない。恥ずかしさを出していなければ……
斜め後ろのリオンを見る。
俺の懸念はただの杞憂だった。
リオンは見事に完コピしていた。
分厚い眼鏡をずらす事も無く、黒髪を振り乱し一心不乱に踊る姿……それは、オタク界のレジェンドを思わせる風格だった。
更に周囲を見て驚く。
シャチグマ達が俺達を取り囲み、同じようにオタ芸を踊っていた。
モフモフとした大きな体にキレは無い。だが、その姿はあまりにもキュートでバックダンサーとして申し分が無かった。
周囲は色とりどりの魚達が泳ぎ、発光したサンゴ礁はスポットライトだった。
海の中のステージで、見事なまでの『踊ってみた』を俺達はやり遂げたのだ。
ダンス終了後、配信水晶を覗き込み、俺とリオンは顔を見合わせた。
●見た事無いダンス!凄かった!
●俺は音楽まで聞こえた気がしたぜ!
●一生懸命なマモリンちゃん!最高に可愛かった!
●なんか、リオンまでかっこよく見えて草w
●シャチグマも可愛かった、ぬいぐるみ欲しい~
●今来た!噂の配信ってここですか!?
●絶対見ないと損!!
俺達のダンジョンオタ芸ダンスは異世界の人達にウケにウケた。
マモリンという美少女が踊り、地味なリオンがキレッキレで踊り、シャチグマ達がモフモフと踊る。
映えとして完璧だった。
俺達の配信は噂が噂を呼びその時には、同時接続者数が3ケタを飛び超えて4ケタとなっていたのだ!