第3話「喋れば即炎上の縛りプレイ配信開始!」
俺達は海辺にあるダンジョン入口に来ていた。
「ここは高難度ダンジョンの1つ『クラーケンの巣』だ」
「クラーケンって……あのイカの化け物か?」
どうやら、この異世界は俺が子どもの頃からゲームや漫画で慣れしたんで来た世界観に近いらしい。
リオンは「話が早い」と言って続ける。
「最下層にいるそいつはとにかく強い。一級魔術師の私でもソロで倒すのは難しい」
「じゃあどうするんだ?」
「我々は配信者だ、倒す必要は無い」
「なるほど、そいつを配信する事がバズなのか」
「勿論、遠くから映すだけじゃ数値は稼げない。ある程度の接触は必要だ」
つまり『映え』を撮る必要があると言う事か。
「それで?この世界の配信機器?的なのはどうするんだ?」
リオンが手にしているのは水晶の付いた杖だけで、カメラやスマホと言った物は持っていない。
「これを使う」
そう言って伸ばしたリオンの指先に、突如白いハトが現れる。マジックショーでよく見る、あんな感じだ。
「ハト?」
「これは鳥の形をした魔法具だ。この鳥の見る映像がそのまま配信される」
撮影者が居なくても撮れる上に、鳥だから動きのある画が撮れそうだ!一羽持って帰りたい。
「これは一度発動すると、約3時間、私達の姿を配信し続ける」
「一時停止はどうやるんだ?」
「出来ない」
「はぁ!?」
リオンはそりゃそうだろうと俺を見る。
「過去に不正が蔓延したのだ。『生配信』としつつ、実は録画した映像を編集してバズる輩が多発した。それ以来、配信魔道協会により、画面の端に【録画】【生配信・停止有り】【生配信】と表示されるように改良された」
配信魔道協会……この世界は配信に対するバイタリティが高いようだ。
となると、リオンが配信者として必死になっているのも頷ける。
「だが、裸とか死体とか映り込んだらどうすんだよ?俺の世界ならバンだぞバン」
「ある程度のズームと焦点は鳥に指示が出せる、万が一映り込んでも強制的にモザイクが入る」
生配信で自動モザイク機能とか……やっぱり一羽持って帰りてぇ。
「録画配信が出来るならソッチじゃダメなのか?」
「生配信が一番伸びる、というのもあるが、ダンジョン攻略を録画でやっても意味が無いだろう」
確かに、と納得する。
「だけどよ、停止も出来ず、声も出せないって事は、リオンに質問すらできねーって事だろ?」
俺はこの世界に来たばかりで、知らない事が多すぎる。
「ああ、それは考えている」
リオンはそう言うと、今度はハトの乗る手とは反対の手の平を広げる。
一度握って、次に開くとそこには青いビーダマサイズの石が2つ乗っていた。こういうのもマジックショーでよく見る。
「これを1つ耳に入れてみろ」
言われたように片耳の穴にそれを入れる。まるで、ワイヤレスイヤホンだ。
リオンも余った1つを耳に入れた。すると……
『聞こえるか?』
リオンの声が耳元で聞こえた。
「おお!聞こえたぜ!」
まるで本当にワイヤレスイヤホンだ!
『ばかか!声を出したら意味が無いだろう』
「え?と言うと?」
確かに、リオンは話しているのに、その口はまったく動いていない。
『頭の中で話すだけでいい』
言われた通りに『こ……こうか?』と話す。
『そう、それでいい』
『凄いな……え?だけど、これじゃあ心の中の声まで……』
『そうはならない、相手に意思を持って話した事以外は伝わらない』
めちゃくちゃ便利すぎるぜ!これも持って帰りたい!
「いいか。最終確認だ」
リオンは真面目な顔で俺を見る。
「我々の最終目標は、返還の魔法書の購入費用、そして私の当面の生活費、この2つの資金を稼ぐ事、だ」
「それってやっぱり、広告収入やスパチャとかで稼ぐのか?」
「スパチャ?それはよく解らないが、広告収入というのは近い。私はダンジョン攻略を配信しているから『魔物討伐ギルド』『武器ギルド』『魔法ギルド』に登録している、動画の配信でそれらに貢献出来れば、ギルドから貢献度により収益が発生する」
なるほど、広告収入に近い物がある。
「何にしても……だ、配信内でいくら武器や魔法を使って華麗に魔物を倒そうが『視聴者』が居なければ収入に結びつかない」
ま、この辺は俺の世界も同じだ。
「だからこそ、解っているな?美少女からおっさんの声など出たら配信者どころかギルドから降ろされかねない!そうなれば……」
「解ったよ!一切喋らずに、俺は配信に映る事で花を添えておけばいいんだろ」
リオンは大きく頷いた。
「よし、じゃあ配信を開始するぞ」
分厚い眼鏡でその表情はよく解らないが、緊張感は伝わる。
配信前というのは何回やっても緊張するものだ。
リオンはハトに向かって呪文のようなものを唱えた。
すると、それまで黒かったハトの目が赤色に変わり、バサバサと翼を羽ばたかせ宙に舞った。
どうやら配信が始まったらしい。俺は、声を出さないように固く口を紡ぐ。
ピリピリとした空気が漂う。
配信中のこの空気は異世界でも同じらしい。
リオンがスッと息を吸い込み、口を開いた。
「はい、今日も元気にはじまりました。一級魔法使いリオンの『ド派手に魔法でダンジョン攻略』今日も華麗に行きたいと思います」
リオンの開幕挨拶は配信者としてあり得ないローテンションだった。
抑揚の無いその喋りは、ゆっくり実況を彷彿とさせた。
更に、元気でも、ド派手でも、華麗でも無い、矛盾だらけワードを盛り込んだ開幕挨拶だった。
こ……こいつ!!あれだけ!!なんか!!『配信者』な空気出しておいて!!
ええええ!?!?wwwwww
俺はツボにハマって速攻おっさん全開で吹き出しそうになってしまう。
必至で口を押えこみ上げる物を抑え込もうとする。
しかし、そこにリオンの容赦ない追撃!
「はい、そんな訳で今日はここ『クラーケンの巣』を攻略したいと思っています。でもクラーケンは倒すのは無理です」
ヤメロッ……そんな訳ってどんな訳だよっ!!
しかも最初からオチを喋んな!!そこは「出来る限り挑戦します!!」でいいだろっ!!
クッソwwwwww
俺は必至で口を手で押さえつける。
やべぇ……もしかして、気を付けないといけないのはクラーケンじゃなくて相方かもしれねぇ!!
リオンはゆっくりテンション。しかも厚いレンズの眼鏡で表情も見えない。
生身の配信者として色々絶望的だった。
「それで、なんと今日はですね、配信者のマモリンさんが一緒に配信のお手伝いをしてくれる事になりました」
パチパチパチというローテンションのリオンの拍手と共に、ハトの頭が俺の方を向く。
俺は笑顔でペコリと頭を下げる。出オチが衝撃的過ぎて笑顔が引きつる。
「早速マモリンにコメントが届きました。[可愛い]。だそうです、コメント有難うございます」
『コメント?』
「?」顔でリオンを見る。
『杖に付いている水晶に配信状況が写される』
リオンが手にする杖の水晶を覗く。
そこには、ハトが撮影する俺達の姿と、配信コメントや視聴人数が映し出されていた。
異世界の配信はモニターでは無く、こういう感じで映像を見るらしい。
関心しつつ、視聴人数をチェックする。
『接続者数……8人か、まぁまだ始まったばかりだしな、仕方ない。リオンの配信はいつもどれくらい人が集まるんだ?』
『……』
『リオン?』
『もう集まっているが?』
『え?』
『なんなら、今日は高難度ダンジョン&ゲストというタグで初見さんがすでにいるくらいだが?』
『え……?』
俺は生配信が始まるまで知らなかったのだ……
リオンが配信者として才能が無い事を……
リオンがド底辺配信者だという事を……
そいつが、俺の運名を握る相方だと言う事を……
こんなので、俺は無事に元の世界に戻れるのだろうか?