第2話「異世界にはボイチェンというチートアイテムは無い!」
「まずい……まずいぞ……召喚の魔法書にほぼ全財産を賭けた……美少女とコラボしてバズる予定だった……こんな声がおっさんの女じゃ登録者数が増える所か減ってしまう……」
「あのよぉ、お前が絶望する場面じゃねぇんだよ。まずお前は誰だ?」
そろそろ、コスプレ眼鏡男と呼ぶのも疲れて来た。
「わ……私は、第一級魔術師の『リオン』だ。ダンジョン攻略専門の配信をしている」
なるほど、リオンはファンタジーキャラで言えば魔術師だろうという服装に、先端に水晶の付いた杖を持っている。
分厚いレンズの眼鏡はインテリ魔術師というよりも、ガリベン魔術師という残念な方の見た目だ。
「そうか、俺は『田中守』だ」
リオンはスンッとした表情で俺を見る。
美少女から田中守と自己紹介された相手の気持ちなんか俺には一生解らない。
「それで『召喚』と言ったな?それは一体なんだ?」
俺は腕を組んでリオンを見据える。リオンの背が高いのか、俺の背が縮んだせいなのか、見上げる角度が落ち着かない。
「少し前に『異世界召喚の魔法』というのが開発された」
リオンは続ける。
「別世界からの召喚魔術は以前から研究が進められていた。だが、長年成功例は無かった。しかし、近年になってとある異世界にいる『Vチューバー』という肉体の召喚に成功したのだ」
「Vの文化がここ近年だからな……しかし、ナゼVなんだ?」
「どうやら、異世界におけるVチューバーという肉体は、この世界における魔法の性質とよく似ているらしいのだ」
電子信号と魔法は似た要素があるという事か?難しい事は俺には解らない。
「当初は、肉体だけが召喚され魂が入っていなかった」
「本当に『皮』だけが召喚されてたんだな」
「その後、研究が進み、ここに来て中に魂を入れての召喚が成功するようになったのだ」
「おいおい、魂って配信者そのものの魂かよ!?じゃあ現実世界で魂を抜かれた俺はどうなってんだ!?死んだのか!?」
「いや、おおよそ寝ているだけだ。あくまで召喚しているだけだからな」
なるほど、転生では無い訳か。
「しかし、テメェらの都合でVチューバーがドンドンこっちに召喚されたらたまったもんじゃ無いぜ!?」
「ドンドンと言う事は無い。召喚の書は高額な上、第一級魔術師の私でも扱いが難しい代物だからな」
要約すると、それをするための道具は貴重品で、扱える人間は少ない……そう言う事か。
「システムは理解した。だが、テメェが俺を召喚した理由だ!さっき言ってた『美少女でバズるため』というのが理由か!?」
リオンは「そうだ……」と震える声で続ける。
「キミも配信者ならば解るだろう……どんなに汗水たらして魔術を磨いた所でそこへの評価は薄い……かたや、特別な努力もせずに見た目だけで売れて行く者達」
「見た目に何の努力も無いってーのは偏見だけど、まぁ、そういう世界だよな」
その言葉にリオンは大きく頷く。
「だから、美少女とダンジョン攻略を配信すれば!私の配信にも人が集まるだろう!?」
まぁ、確かに地味な男一人の配信よりはウケるだろうが……
「それなら、別に異世界召喚しなくても良かったんじゃねーか?いんだろ?この世界にも同業者の女」
リオンはガタガタと震え出す。
「他の配信者なんか怖すぎる……顔を売りにしてる女なんか尚更だ!」
「じゃあ同業者じゃなくて友達は?ちょっとだけ付き合って貰えばいい」
「な!?……その……そう言うのに呼べる女友達はいない」
「男でもいいだろ、ワチャワチャ配信してさ、1人よりは……」
そこまで言って、リオンの姿をもう一度確認する。
地味な黒髪、牛乳瓶の底の眼鏡、俺の世界で言えばいわゆる 陰キャ を絵に描いたような印象だ。
「なるほど、友達もいねーから俺を召喚するしか無かったのか」
「いやっ……配信に呼べる友達がいないだけでっ……と……友達?みたいな……そのくらい?……は……」
もう、この件はいい。
「召喚に頼った背景は解ったよ、だけど、何で俺なんだ?美少女Vなら腐るほどいるだろ」
「召喚は選べないのだ、完全にガチャだ」
そういえば、冒頭で『ガチャ大当たり』とか言ってたな。
「過去、召喚されたVチューバーを調べたが、 服を着た動物もいれば異様に目がギョロったばあさんもいた。頭がナッツとか燭台の者もいた」
なんだか、心当たりがあるような無いような……
「そんな中で、私は『大当たり』を引いた!と思ったのに……」
リオンは悔しそうに床を叩く。
「ま、この通り俺は声がおっさんだ。いくら皮が良くても力にはなれねえ。そういう事だから元の世界に返してくれ」
異世界召喚された理由も、こいつの事情も解った。
結果、俺は力になれねぇ。となれば、もうこれ以上ここに居ても仕方がない。
「返せない」
リオンがボソリと言う。
「は?」
「魂を戻すのに、今度は『返還の魔法書』がいる」
「まさか……それも『召喚の魔法書』と同じように高額なのか?」
リオンは首を振る。
「同じどころじゃない……倍以上する」
「なんでだよっ!!」
「セット購入で10%の割引があったのだが……資金が足りなかった」
知るかっ!!
「だから、美少女を召喚して、バズって稼ぐつもりだった……」
「テメェ……よくも、そんな無計画に……」
「こんな特級呪物が召喚されるなんて思っていなかった……終わりだ……明日からの生活費すら無いのに……」
リオンは完全に消沈している。テメェの生活費なんか知るか!俺の生活はじゃあどうなってんだよ!?
「稼ぐしかねぇだろっ!!」
「どうやってだ?」
「配信に決まってんだろっ!!俺達は配信者だろぉーが!!」
「しかし……美少女からおっさん声なんて、現在の登録者数も減らしてしまう可能性も……」
リオンは顔を青くする。
「俺が声を出さなければいい」
「な……配信中……ずっとか?」
「『声を出したら最初から』というホラゲで縛り配信をした事がある」
「そうなのか!凄いぞ!!そんな配信をこなしたのか!?ならば希望が持てるな」
「お……おうよっ!」
あの時は、ビビリ散らかしてまったく先に進めなかったけどな。
今回は元の世界に戻るために、命懸けだ!!
かくして異世界で『喋れば炎上の生配信』が始まるのだった。