病気なら治さないとね
「あらアリア、思ったより元気そうね」
「珍しく見舞いに来たかと思えば、この子の姿を見て元気そうだなどと……由緒あるエメンタールの娘ともあろう者がなんて物言い。少しは礼節を弁えなさい!」
病で臥せっていると聞きましたので御見舞いに来たのですが、伯母様はお気に召さぬご様子ですね。
「私は"思ったよりは"と申しました。それはそうでしょう。だって、側にいて欲しいと懇願してエミリオ兄様を毎回呼び出すくらいですもの。どれ程症状が悪いのかと思うじゃないですか」
普通に薬を飲んで安静にしていれば治るであろう風邪や頭痛程度の症状で、わざわざ見舞いに訪れるほどのものではないと知っておりますので、我ながら嫌味な言い方だとは思います。
もっとも……伯母様とは色々ありまして、特に向こうが私を毛嫌いしてますので、見舞いに来たところで歓迎されるとは思えないというのが、来なかった大きな理由ですが。
さて、そんな私が本日珍しく見舞いに訪れたのは……侯爵家の危機を回避するため。大仰しいかもしれませんが、端的に言ってそれが目的と言えるでしょう。
「あ、あの……ロクサーヌ様。お義兄様は、今日は……?」
「今日は参りませんわ。お父様から大事なお話があるそうなので」
「なんですって!」
目の前で床に臥せっているアリアは、とある伯爵家に嫁いだ伯母キャサリンの娘。なので、私ことエメンタール侯爵家の長女ロクサーヌとは従姉妹の関係になります。
彼女は幼い頃に何度も大病を患い、長く生きることは難しいだろうとまで言われていた子でございました。伯爵様も後継者候補が病弱な娘一人だけでは懸念せざるを得ません。
なので、弟妹を儲けるために第二夫人を迎える決断をされたのですが、他に子を生すことが出来なかったにもかかわらず、伯母がこれに猛反対したものだから、すったもんだの末に夫妻は離縁。以降伯母とアリアの身は当家が面倒を見ることとなって、別邸を住まいとして借し、生活費の援助をして今に至ります。
そんなアリアですが、大きくなってからは病に罹る回数は減ってきたものの、元から健康だった者と比べれば身体が弱いのは否定しようもなく、今でもたまに病気で寝込むようです。
そんな従妹を不憫に思うのか、病に罹ったと聞けば毎回見舞いに来ていたのが、私の兄で侯爵家の跡取りエミリオ。私がこんな感じで口が悪くて可愛げが無いものですから、実の妹より妹扱いしている兄にしてみれば、ごく自然な対応なのでしょうし、それ自体を咎める気はございません。
だからなのか、今日も来てくれるものだろうと思っていたアリアに兄が来ないことを伝えると、「そうですか……」と寂しそうな様子。しかし伯母がそれ以上に驚き、来ないと聞いて憤慨しているのは何故でしょう? 大事な話だと申しておりますのにね。
「この子がこんなに苦しんでいるというのに、なんでわざわざそんな日に大事な話など」
「だからですわ」
「なんですって」
「兄が婚約者様と約束をしている日に限って体調を崩しては、辛い、苦しい、側にいてほしいと言って呼び出しているからですわ」
ここ最近、我が家中で由々しき事態と懸念されているのが、何故か兄が婚約者様と会う約束をした日に限ってアリアが体調を崩すことです。
病気に罹るのは仕方ないかもしれませんが、毎回のように心細いので兄に側にいてほしいと別邸から遣いがやって来ては、兄も頼られては仕方ないなどと言って婚約者様との約束を反故にして見舞いに向かうので一大事になっており、だからこそ普段見舞いに来ない私が足を運んでいるのです。
「病気なんだから仕方ないでしょ」
「伯母様も貴族に生まれたからには、婚約の意味くらいご理解なさっているはず。それを毎度のように、兄が約束のある日に限って、熱が出ただの頭が痛いだの気分が優れないだのと言って、約束を反故にさせてまで呼び出すなど、おかしいと思わないので?」
「仮病だとでも言いたいのか!」
「誰が仮病などと申しましたか。病気になるのは仕方ないとして、婚約者との交流という大事を差し置いてまで呼び出すのは仕方ないで済まされるものではないと申しておるだけです」
ちなみに兄の婚約者は、ロックフォール辺境伯の御息女ティアナ様。国境紛争地域を預かり、王国の防壁となるお家ですが、常に土地が荒らされるため、糧秣の安定的な確保が課題。一方で王国一の穀倉地帯であるがため、外敵やら野盗に収奪の標的とされやすく、その対処に苦労する当家の利害が一致したことによる婚約。端的に言えば政略結婚です。
別に貴族なら普通の話です。私もリヴァロ伯爵家の嫡男ディミトール様と婚約してますが、それも多くの物流網を持つリヴァロ家の力を活用したいがための縁つなぎですから。無論最初は互いに面識がある程度の関係でしたが、それを深めるも断ち切るも己次第でしょう。
とはいえ、家や領地領民のことを考えれば、どうすべきかは明白なもの……と言いたいところですが、それが分からぬ者が自分の兄だったかと、頭が痛くなる思いなわけですよ。
昔から毎回見舞いに行っておりましたから、最初こそ偶然日が重なっただけと思いましたが、それが何度も続けば疑念に変わります。家族としての親愛の情だと言ったところで、日頃からティアナ様を蔑ろにしているようにしか見えません。
家族ですらそう思うのですから、外部の人間から見たら言わずもがな。そしてそれは、当家の姿勢を疑われることにもなります。
まずもって婚約しておいて相手を蔑ろにするとなれば、本人のみならずその生家に喧嘩を売るようなものです。両家の利害が一致したための婚約とはいえ、辺境伯家にしてみれば糧秣が安定的に供給されるなら、別に当家以外にも選択肢はあるわけで、自分の娘が不幸になるのが目に見えている以上、相手を変えるという判断をしてもおかしくありません。
……というかそういう判断をされたがために、今この時、兄は父から話をされているわけです。
「辺境伯様から婚約について考え直したいとの申し入れがあったそうです。当然、理由は兄の不義理ゆえ、非はこちらにありますが」
「その程度で婚約解消? 最近の若い子は我慢ってものを知らないわね。いい、アリアは病弱なの。そんな従妹を心配して大事にしようとするエミリオの気持ちを汲むこともなく、自分を蔑ろしたと言って婚約解消? そんなの、こちらから願い下げじゃない」
「伯母様。何度も申し上げますが、エメンタールの内々のことに口出しできる資格があるとお思いなら、とんだ考え違いですわ。人に礼節を弁えるよう言う前に常識を身につけられた方がよろしくては?」
伯母はいつもこんな感じて、自分の都合の良いように意見を押し通し、それが聞き入れられないと癇癪を起こすので、父も手を焼いております。弟とはいえ今は自分が当主なのだから、ビシッと言えばいいのですが、幼い頃に何かと世話を焼いてくれた姉には頭が上がらない様子。
そんなものですから、最近は既に私の母が亡くなっているのを良いことに、侯爵家の家政に口を出し始め、女主人のように振る舞い始める始末なのです。
伯母が私のことを毛嫌いしているのは、それを全部私が防ぎ、権利の一欠片も与えぬようにしているから。今はそれでどうにかなっていますが、私が嫁に行けば父と兄では止めること難しいと思いますので、そうなる前に手を打たねばなりません。
「エメンタールの家門に連なる機会とあれば、辺境伯家以外でも嫁のなり手くらいいくらでもいるでしょう。大げさに考えすぎよ」
「誰かと婚約する前ならそれも通じますが、一度瑕疵の付いた男に娘を嫁がせようと思う親がどこにいますので?」
正確に言えば探せばいるでしょう。しかしそういう手合いは、我が家の財力や権力を狙っているだけで、こちらにとってのメリットはほとんど見いだせない相手ばかり。しかもこちらに傷があれば値踏みされることは明白です。
「辺境伯家との縁を絶ち、全くメリットのない相手に足元を見られながら縁付くことが、エメンタールのためになると本気でお考えなのかしら」
「貴女だっていずれ嫁いでエメンタールの者ではなくなるというのに、余計な口出しをするんじゃないわよ」
「余計……? 今この時点において、私の婚約も危うくなっているというのに、余計な口出しと言えますか?」
この問題は私も無関係ではない。
一つ、私が嫁入りする予定のリヴァロ伯爵家もこの一件に懸念を示していること。
辺境伯様が具体的な話をしてきたということは、この話が社交界でもまことしやかに囁かれているのは間違いなく、リヴァロ家の耳に入るのも当然のこと。
ディミトール様は男兄弟のため、娘が欲しかったという伯爵夫妻にはとても温かく迎えていただき、息子にはもったいないくらいとお褒めに与っておりますが、それとて実家が……であれば、メリデメが相殺どころかマイナスとなります。
元より交易を念頭に置いた縁談ですから、取引相手が信用できないのでは話になりませんし、信用の落ちた我が家と取引を継続すれば、それ以外の家からリヴァロ家の危機管理を疑われることになりますからね。
そして二つ目。兄が後継者として不適格と見なされれば、その順番が私に回ってくるという事実。
ディミトール様はあちらの家の後継。ですからこちらに婿入りというのは現実的ではありません。一応弟君がいるので、手続きをすれば可能ではありますが、今まで後継者教育をしていなかった弟君を後継に据えるなど、リヴァロ家にとって手間でしかなく、理由が理由ですから無理強いできるものではありません。
となると……婚約解消ですわね。
冗談じゃありません。政略だったとはいえ、今ではディミトール様も私も、互いに互いを必要と言って憚らない仲になったのですから、今更侯爵家を継いで違う誰かを婿になんて有り得ません。
そんなわけで、モアベターな解決方法としては兄が改心することなんですけど、今まで私や父が何度苦言を呈しても、「病弱な従妹を大事に思うことの何が悪いのか」と言う兄が考えを変えるとは思えません。家族以外の誰かに諭されれば変わるかと思い、学園で同級生のディミトール様にもお願いしたのですが、答えは変わらず。
なので、本日強硬手段に出ることとなったわけですよ。
「こうなる前にアリアの病気を治すべきでした。この子が病気にならなければ、お兄様が見舞いに来ることもなく、ティアナ様との約束を反故にすることもなかったのですからね」
「アリアのせいだと言いたいわけ?」
「これはアリアのためでもありますのよ。病弱のままでは、縁談が持ち込まれることもないでしょう。まさか伯母様はアリアが一生独り身でもよろしいと? まさか、一生我が家の厄介になるつもりですの?」
貴族の妻になるということは、その家の家政を取り仕切り、後継者を生むことが求められるもの。頻繁に病で臥せるようでは、誰もそれを成せるとは思わないし、望んで妻に迎えようという殿方はいないでしょう。
となれば、アリアは生涯この別邸から外に出ることもなく、妻に、親になる機会を与えられることなく、一生を終えるということです。
親としてそれを望むのかと私が問うと、とうとう伯母がとんでもないことを言い出しました。
「厄介者みたいな言い方はやめてちょうだい。ああそうだわ、もしエミリオに新たな縁談がこないようなら、アリアと夫婦になれば全部解決するじゃないの」
ああ、この人は馬鹿だろうと思ってましたが、本当に馬鹿なんですね。
「ば、馬鹿とは何よ!」
「いやいやいや、今話したばかりではありませんか。貴族の妻の役目は、その家の家政を取り仕切り、後継者を生むこと。今のアリアにそれは難しいと」
「病気さえ治れば、アリアにだって出来るわよ!」
「ならば尚のこと、医師に診せるべきでは?」
「とっくに診せているわよ!」
アリアの診察を担当するアーサーという医師が出入りしていることは知っている。もっとも、その者は伯母が伯爵夫人だった頃からアリアを診ているという触れ込みで伯母自身が招き入れたので、侯爵家は一切関与していませんから、その腕がどの程度かは知る由もありませんけどね。
かかりつけの医師に診てもらうという安心感はあるのでしょう。しかし、それでも頻繁に病気になるとなれば、違う医師に診せるのも1つの手。世間ではそれをセカンド・オピニオンというらしいですね。今日はそれをやろうと思い準備してきたのです。
「ディミトール様と先生をこちらへ」
同行してきた侍女に、外で待っている方々に入ってもらうよう伝えると、私の婚約者ディミトール様に続き、白衣の男性が入ってきました。
「お初にお目にかかる。王宮医務官、アロンソ・ソルヴェーグと申す。お見知りおきを」
アロンソ様は典医として王宮医局の次官を務めるかたわら、定期的に町医者たちの指導や患者の診察も行い、王国でも有数の名医と賞される方。
「な、何故王宮の御典医が……」
「ディミトール様にお願いしましたの」
「当家は薬も手広く取り扱っておりまして、アロンソ先生とも長いお付き合いなのです」
そこで、この先親族となる令嬢が頻繁に病に罹っていることを相談すると、ならば一度診察してみようという話になりまして、わざわざお出ましいただいた次第です。
「何を勝手なことを」
「ご母堂、これまでの診察を疑うわけではないが、別の医師が診ることで見落としていた症状などが見つかることは大いにあるのですぞ」
王宮の典医、それも名のしれた名医にそう言われれば、素人が口を挟めるものではありません。伯母もアロンソ先生の言葉を受けては何も言えないようです。
「それではこれより診察を行います。皆様方は一度部屋から出ていただきますように」
「私はまだ認めては……」
「伯母様、アリアが病に苛まれ続け、未来も描けぬままでよろしいのですか。それとも……アロンソ先生には診せられぬ何かがあるのですか」
「そういうわけでは……」
「ならば診察結果を待ちましょう。誰か、伯母様を居室へお連れせよ」
伯母はそれでもなお拒む姿勢を見せておりましたが、御典医が来た以上、ここで更に頑なになれば疑念が深まると観念したのか、渋々といった感じで部屋から離れました。
〈それからしばらく後〉
「皆様お集まりだな」
診察が終わり、関係者がアリアの部屋に呼ばれました。
「診察の結果なのだが……」
「アロンソ先生、あまり良くないのですか」
名医のアロンソ先生が言い淀む。それだけで深刻な事態であることは察せられます。特に伯母は驚いたような顔をしていますね。
まるで、何も無かったところから何かが生まれたのを見るような雰囲気で……
「結論から言おう。アリア嬢はウソツー菌に冒されている」
「ウソツー菌?」
「なんですかそれは?」
「うむ。かなり珍しい症例だから、皆が知らぬのも無理はない」
アロンソ先生が言うには、ウソツー菌に冒された者はしばしば体調異変を引き起こし、そのときの症状はすぐに治るが、日を置いてしばらくすると再び発症。それが回数を繰り返すたびに発症のスパンが短くなり、最後は永続的な病となって床から起きることも叶わぬ身となってしまうという病気だそうです。
「症状自体は風邪などに似たものなんだが、厄介なことにこの菌に対する処方がこの国では難しい」
「ではアリアは……」
「このままでは半年から一年後には寝たきりになるかもしれぬ」
治すことの出来ない難病と伝えられ、伯母もアリアも困惑しています。昔から病がちだったがゆえに、今回もそれの延長線にあるものだろうと思っていたら、治しようのない病気だと伝えられれば、それは混乱もしましょう。そんな馬鹿な……と言いたいところでしょうが、相手がアロンソ先生では間違いはないと思われます。
「私はそんなに酷い病気なのですか」
「うむ。手遅れになる一歩手前だ」
「あの、先生。手遅れになる一歩手前とはどういうことでしょうか。先程我が国では処方が難しいと仰せでしたが」
処方が無く治しようがないのであれば、一歩手前でも二歩手前でも変わらないはず。私がそのことを先生に問うと、我が国では難しいが隣国であれば治療可能なんだとか。
「隣国ではウソツー菌の治療研究が進んでいてな、担当の教授は私もお世話になったことのある方だから、そこで治療するなら治る見込みもあろう。もしよければ紹介状を書くが」
「待ってください! 身体の弱いアリアが隣国まで行くなんて、その間に何かあったらどうするんですか!」
「無論移送には細心の注意を払う。あとはアリア殿本人の意思次第だ」
伯母は取り乱しておりますが、アロンソ先生はこのままでは治らないよと淡々と語り、アリア本人の意向を聞き始めました。
「アリア、どうする?」
「ロクサーヌ様、私、病気を治したい……です」
「そう。なら手配を始めましょう。先生、ご準備をお願いしてもよろしくて?」
「承知した。急ぎ先方に受け入れの連絡をば入れましょう」
「アリア……何を言い出すの? 私は認めませんわよ!」
「ご母堂、ここまで症状を悪化させたのは、貴女のせいでもありますよ」
あれよあれよとアリアの治療が決まると、再び伯母の癇癪が始まり、続いて発せられたアロンソ先生の言葉で、私が何をしたと言うのかと、更にヒートアップしてきた。
「ウソツー菌は症例の少ない病だが、きちんと診察をしていれば、ただの風邪とは違う兆候がある。アリア嬢の場合、それが顕著に見受けられた。私にすれば、そのかかりつけの医師が何を診ていたのかと言わざるを得ません」
「なっ……」
「そのアーサーという医師、ここへ呼んでもらえますかな。なに、見落としていたことを責める気はない。隣国への申し送りのために、これまでのアリア嬢の症状を詳しく知りたいのでな」
それは医師として至極もっともなこと。これまでの経過を知らずに隣国へ送って治療してくれでは、向こうも分からないことだらけになりますからね。
しかし、それを受けて伯母はなんだか動揺している様子です。
「アーサー先生もお忙しい方なので、すぐには来れないかと……」
「来れないじゃなくて来たくないの間違いでしょ? まあ仕方ありませんわね。そのアーサーとかいう者、医者ではありませんから。ですわね、ディミトール様」
「そうですね。元はキャサリン殿が嫁いでおられた伯爵家の庭師であること、とっくに調べがついております」
「デタラメ、デタラメよ!」
「伯母様、リヴァロ家の情報網を甘く見ないほうがよろしいわ」
各地に物流網を持つお家ということは、情報を仕入れるルートも多数持っているということ。ちょっと調べればすぐに分かりましたわ。
それを今まで放置していたのは我が家の落ち度ではありますが、アリアが病に罹る回数も減り症状も軽度だったことで後回しになっていたのです。それが今回の一件で最優先になったわけですね。
「伯母様は伯爵家におられた頃から、ずいぶんと親しくしていたようですね」
アリアが伯爵様の子であることはほぼ間違いないと思われますが、その母が使用人の庭師と親しくしていたことで、要らぬ疑念が生じたことは事実。表には出ていないものの、離婚の理由もそちらが大きいのだと思われます。
ただの疑念であればいずれ噂も忘れ去られるものでしょうが、医師と偽り屋敷に入れていたということは、その後も関係があったと考えるのが自然でしょう。
「おそらくは次の婚約のあてが無くなったエミリオ兄様にアリアを娶らせ、自分は実母として侯爵家の実権を握り、愛人と贅沢三昧を企んだのですわよね?」
そのためにティアナ様との婚約が壊れるよう仕向けたとしか考えられません。やるなら結婚してしまう前の今のうち、私という邪魔者も、早晩他家に嫁いでいなくなると見込んでのことでしょう。
今のアリアに侯爵夫人が務まるかという疑問については、伯母には関係ない話かと。自分が贅沢をして暮らせる間、侯爵家が保てばそれでいいくらいに考えてのことだと思います。
「伯母様が自分からアリアと結婚すればいいと言ったときには驚きましたが、それが本心でございましょ」
「何を証拠に!」
「アーサーという医師を尋問すれば全て分かることですよ」
「私は何も知らない!」
「であれば、事の成り行きが判明するまで、大人しくしていてください」
とは言うものの、その企みは全部お見通しなわけで、アリアは隣国で治療を受け、伯母は領内の外れの村に建てた屋敷で余生をお過ごしいただくことになりましょう。
こうして侯爵家乗っ取りの企みは、一応の決着を見ることとなりました。
〈それからしばらく後〉
「ティアナ様、お困りのことはございませんか」
「いいえ。皆様大変良くしてくださいますし、旦那様にも大切にしてもらっております」
その後リヴァロ家に嫁いだ私は、ディミトール様と共に久しぶりに実家へと足を運びました。
侯爵家の後継は私の従兄が跡を継ぐことになり、ティアナ様は婚約者を変更する形で夫人となっていただきました。
元よりあの一件で、エミリオ兄様が跡目を継ぐ未来はありませんでした。私が伯母と対決していたとき、屋敷では婚約解消の申し出がなされており、辺境伯家と繋がりを持ち続けるには後継者を変えるしか手段が無かったのです。
ティアナ様には大変申し訳ないことをしたと謝罪しましたが、あちらも政略のためだと理解しており、それ以前にエミリオ兄様との関係が全く深まっていなかったので、相手が変わろうとも大した問題ではなかったと仰っていただいたのが救いでしょうか。
「むしろこちらがロクサーヌ様のお手を煩わせることになり……」
「兄の不始末でございますから」
「しかし、アリア様もおかわいそうな境遇でした」
「ええ。伯母の欲望の犠牲者でした」
実はアリアに侯爵家を乗っ取ろうなんて考えは無かったのです。小さい頃から母にベッタリ寄り添われ、その言うことを聞くだけだった彼女は、言われるままにエミリオ兄様を呼ぶようになったのです。
一度目は本当に体調が悪かったそうです。しかし、それを味を占めた伯母が事あるごとに呼び出すよう指示し、最初はそれに従うだけだったアリアでしたが、ある日、それが決まって兄の約束がある日だと知り、これはおかしいと感じて、ティアナ様に事の真相を伝えたことで事態が発覚したというわけです。
「最初の数回は手紙を破り捨てようかと思う内容でしたわ」
「カモフラージュのためですわね」
とはいえ、病床のアリアが直接ティアナ様と連絡を取ることは無理なので、手紙を送ることとしたのですが、伯母の検閲が入るだろうと考え、最初の数回は謝罪しつつも『自分のほうが大切にされててゴメンナサイね』的な煽り文句だったとか。
それを見て気を良くした伯母は毎回のように手紙を送るよう指示したのはいいものの、何回か続いた頃には同じような中身だと思い込み、校閲の手が緩んだようで、その機にアリアから丁重な謝罪と、このままではマズいという趣旨の内容が送られたのです。
ティアナ様からそのことを聞かされた私が父の尻を叩いて、企みを潰すためにリヴァロ家の情報ネットワークも利用させていただき、あの仕儀となったのでございます。
もちろんアリアが難病というのも仕組まれたウソです。ウソツー菌なんて存在しませんので。
彼女とは下打ち合わせしていませんでしたが、ティアナ様へ情報を伝えた手腕を見るに、こちらの思惑を汲むことは十分に可能だと思い、隣国に向かうか判断を委ね、彼女もそれに乗ったというわけです。
身体が弱いのは事実なので、当面はその治療も兼ねてとなりますが、母親の軛から放たれた今、いずれ元気になれば新たな人生を歩み始めることとなりましょう。
「ですが、よろしかったのですか?」
「何がでしょう?」
「エミリオ様が後継から外された時、次の候補はロクサーヌ様だったわけですよね」
わざわざ従兄に継がせるくらいなら、直系の私が跡を継いだほうがよかったのでは? ティアナ様が言いたいのはそういうことでしょう。
「それは私がディミトール様と夫婦になる未来が消えるということに他なりませんわ」
何度も言うようですが、私はディミトール様と夫婦になることを喜んでおります。政略から始まった縁ですが、これ以上ないと思えるお相手でしたから。
それを一門の連中ときたら、伯母には何も言えなかったくせに、私にはやいのやいのと煩いこと煩いこと……
「ですので私、申し上げましたの。跡を継ぐのは構わないが、そうなるとティアナ様の処遇はどうするのかと。当家への心象を確実に悪くした辺境伯家とのやり取り、後始末まで私に押し付けるつもりですかと」
「あらあら。エメンタールの女性は昔からお強いと聞いておりましたが、本当でしたわね」
昔からそう言われていたのは否定しない。正しいかどうかは別にして、伯母もあんな感じだし、私もそうだし、その血を受け継いだアリアも結構強かでしたからね。
「私も見習わないとね」
「見習わなくてよろしいかと。気が強いのも一歩間違うと病気のようなものなので、治せるなら治したほうが」
「僕はそんなロクサーヌも好きだけど」
「そう言われると治るものも治りませんわ」
お読みいただきありがとうございました。
病弱な令嬢と婚約者を蔑ろにしてまで構う婚約者の話を見るに、親とか家族はなにをしているんだろと思いまして書いた作品となります。
色々粗はあるかと思いますが、お楽しみいただけたなら幸いです。
評価していただけた際は、ポイントも入れていただけるとうれしいです。よろしくお願いします。




