僕はウブでカス野郎です!
「で、江崎殿。何が目的だ?」
「それは美人とお近付きになりたいとぉ。なんて言いたいところですが、我らはある宝珠を求めてこの世界へやって来ておりましてな。チンターマニという宝珠なのですが、ご存知ないでしょうか?」
「チンタ?」
おいおい、リリィさんも美波と同じこと言うんじゃありません。色んな意味で喜んじゃいますよ、俺が。
「ご存知ない? やはり、何でも知ると言われる、銀灰の魔女でないとダメかな……」
何でも知る銀灰の魔女? この世界の超重要人物っぽいワードだな。結構ちゃんと調査しとるやん、エージェントども。
「ははははっ!」
突然、リリィさんが大声で笑い出した。なんだ? おっさんの物言いが態とらし過ぎたのか、ワインの飲み過ぎか。
「江崎殿も回りくどい。そこまで掴んでおられるのなら、単刀直入に申せば良いものを。銀灰の魔女は、私の祖母だ」
そおゆうことかぁ。俺の中で全てが繋がった気がした。
「いやぁ、我々はタチの悪い遊び人集団でして、回りくどいのが大好きなのですよ。全てが宇宙のシナリオ、なんつって」
「おっさんも、リリィ姐も待ってよ。なに? ぎんかいのまじょって?」
美波きゅん、ナイスツッコミ。俺も知りたい。
「銀灰の魔女。この世の全てを知ると言われている。まあ、実際は永く生きた故の知識の集積であり、魔女と呼ばれるほど仰々しくはない。何せ、祖母はエルフだからな。見た目の歳は私と変わらぬどころか、若々しいほどだ。その中身もな」
「あれ? リリィさんもエルフじゃないんすか?」
「何だ、京介。この耳を見てそう思ったのか? 純血のエルフはもっと尖って長いぞ。私はクォーターと言うやつだ。母がハーフエルフでな」
リリィさんは髪を指先でたくし上げて、よく見ろと言わんばかりに俺に耳を向けた。流麗な横顔が美しい。ああ、それだけで……いや、それを想うも無粋。
「へぇ。リリィ姐が超絶美人なのも納得だよ。エルフってみんな爆乳なの?」
「爆乳? 乳がでかいということか? ああ、女は皆爆乳だぞ」
「えーずるい」
「美波は乳が小さいことを気にしているな。こんなもの、ただの脂肪の膨らみだ」
そう言うと、リリィさんは自らの豊かな胸を鷲掴みにして揉み上げた。いけません! そこいらの凡百ならまだしも、あなたのような方がそれをしたら、俺はもう……あかん!
俺は湧き上がる衝動を抑える為にワインを一気に飲み干した。
「ハンスさん! もう一杯!」
「かしこまりました」
ハンスさんが既に俺の側に立っていて、すぐさまワインを注いでくれた。この人なら俺の葛藤を察してくれているのだろう。
「フフ、京介もウブだな」
リリィさんは俺へ微笑みを向けた。それが酔いと混ざり合って、妖艶な挑発に見えた。
「はい! ウブです! 僕はウブでカス野郎です!」
「なーに動揺しちゃってんの、京介。バカじゃないの」
美波が蔑んだ三白眼を向けてくる。美波ちゃんナイス。その眼で中和されて救われる。
「話を戻そう。江崎殿、つまり目的は、私に銀灰の魔女へ取り次いで欲しいということで相違ないか?」
リリィさんのおっさんを見る眼に鋭さが消えた。美波のコンプレックスが功を奏したか。
「お察しがいい。その通りです。出来れば、お婆さまともこうしてワインを酌み交わしたいものですな。ははははっ」
「相分かった。だが、一つ条件がある。少々重労働になるが、宜しいか?」
「ええ、宜しいですとも。労働なら、京介が八割、美波が二割方やってくれますので」
「おっさん、比率がおかしいだろ。無職の俺に労働のスキルはねぇ」
堂々と言うことじゃないよな。
「労働と言っても、ゴブリン退治だ。だが、少々厄介でな。手練れが必要だった」
「え、ゴブリンをぶっ殺せるの? やるやる!」
美波は生粋の狂戦士だな。近所の野良猫に餌やるの大好きだったのに。よっぽどゴブリン田中さんが憎いか、内なる殺意の波動にでも目覚めたか。
「ゴブリンでも、さっきの奴らとは数も強さも桁違いだ。ここから東へ二日ほど歩いた場所に古代の人々が築いた大石窟がある。今ではこの辺りで最も巨大な魔物の生息域になっている場所だ。知能の低い様々な魔物が種ごとで集団を形成し、そこでお互いの縄張り争いをしていた為、周囲の人の住む地域には時折ハブにされたザコが流れ着くだけだった」
「へぇ、RPGで村の近くにザコしか出ないのって、そんな理由があったんだ」
「だからゲームとごっちゃにすんなって」
美波の呟きに、俺は呟きでツッコんであげた。
「しかし、ここ数ヶ月の間で状況が変わった。ゴブリンが大規模な徒党を組み周囲の村々を襲い金品や物資を奪うようになった。私はディアゼー村から数名募り調査に向かった。そこで判明したのは、大石窟をゴブリンどもが征服しその数を膨らませていたことだった。通常、知能も力も弱いただ小狡いだけのゴブリンに、このようなことが出来るとは考えられない」
リリィさんの眼が再び鋭くなった。
「おそらく、知能が高く力が強いゴブリンの個体が生まれたのだろう。頭の悪いゴブリンをまとめ上げ、大石窟を制圧出来るほどにな」
「突然変異ってやつですか?」
「そうだ。その可能性の一つは、魔界のより深層部分に魔物が触れ、運良く生き残ってしまった時に発生すると言うものだ。大石窟であれば魔力溜まりが起き、そこから深層へ繋がることは有り得なくもない」
「その物言いですと、他の可能性が高いように聞こえますなぁ。しかも、そちらの方がより厄介だと」
おっさんが鼻毛と髭の境目をいじりながら言った。俺も同じことを思った。魔力溜まりが起き、且つ魔界の深層に繋がり、且つ脆弱なゴブリンが生き残る。とても可能性が高いようには思えない。
「うむ。今私が言った変異ならば、変異した強い個体を討てばそれでことは済む。魔力溜まりなどすぐに消えるからな。だが、大石窟のどこかに『扉』があれば話は別だ」
「扉って、あんなの?」
美波が食堂の出入り口を指した。
「いや、形は様々だ。魔力を強大に秘めたアイテム、魔具と言った方が良い。それに魔物が触れると、より強い個体へ変異してしまうことがある。もしそれが彼の地にあった場合破壊しなければ、また同じことの繰り返しになってしまう」
なんかのSF映画に出てくるモノリスみたいだ。猿から人へ進化させるように、魔物を強力に変異させる。
「つまり、銀灰の魔女へ取り次いで頂く条件として、大石窟へ潜って変異したゴブリンをぶっ殺し、扉が存在したならぶっ壊す。それを手伝えと」
「その通りだ」
「承知しました。お任せください。お安い御用です。ははははっ」
あんたはお安いだろうよ。どうせやるのは俺と美波だ。
「ようし、アタシ頑張るよ!」
幼馴染はやる気だ。乗り気でないのは俺だけだ。しかし、やれやれ系主人公の宿命だ。強引に流されるのはしょうがない。
「ハンスさん。これにワインどっぷり注いで!」
美波はビールジョッキをドスンとテーブルに置いた。そんなのまだ持ってたのか。景気付けにしこたま飲むってか。山賊かよ。だが、美波のそんな野性味溢れる思いは叶わなかった。次の瞬間だった。ジョッキにいく筋もヒビが走り、粉々に砕け散ったのだ。
「ウソぉ、アタシのジョッキが……」
美波は残った取手を持ちながら、三白眼を見開いていた。ウソぉ、じゃねぇよ。あれだけそいつでゴブリンぶっ叩けば砕けない方が奇跡だろ。
「その器は美波の宝物だったのか?」
「え、まあね。お気に入りだったよ。アタシのものになったのは今日だけど」
「しこたま酒が注げそうだものな。あの器を用いた戦闘も独創的で美波によく合っている。よく似た物を私も持っている。明日までに用意しよう」
「え、くれるの? もらう、もらう」
いいねぇ。その無遠慮さ、俺も見習いたい。
「ああ、皆の装備もこちらで用意する。その格好では旅をするのに心許ないからな」
「ってことは、出発は明日ってことですか?」
「そうだ。さっきゴブリンを一匹残らず駆逐出来たのだ。それが向こう方へ伝わるのに時間がかかるだろう。攻めるのは速ければ速いほど良い」
展開が早いな。俺の異世界旅潭はもっとスローでメロウでチルな感じ、で進むと思ってたんだけど。
「では、明日に備えて、今晩は大いに飲むぞ。ハンス、ワインだ。樽ごとだ」
樽ごと? 備える為に? リリィさんもぶっ飛んだ酒好きだ。やれやれだぜ。とは言わない。何故なら、俺はやれやれ系を装ったカス系主人公だからだ。だから、こういう人嫌いじゃない。って言うか、好き。美人なら尚更好き。
その後、俺たちは血がワインに置き換わるんじゃねぇかって言うほどに飲んだ。その間、おっさんとリリィさんとの間で酷い下ネタ合戦が繰り広げられたり、何故か俺がみんなから代わる代わる頭引っ叩かれたり、美波が地球の流行歌と称してのラップを披露したり、なんか意味分からねぇことで笑った。こんな酒は久しぶりだった。最近は、終わっていく世界に憂いたり憎んだり蔑んだり、そこから逃げる為に無理矢理酔って笑う酒だった。
酒宴は朝まで続き、睡眠なんて言うより酔いによる微睡みってだけで、大石窟探索へ出発の時を迎えた。